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戦いの夜⑤

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SIDE6 田中



どれ位の間、こうしているのだろうか。
秒針の回転で十周分以上を数え、それも止めて暫くしてからふと思った。
静かだ。

「暇、と口にすべき状況ではないんだけどね」

【百鬼夜行(ナイト・ナイツ)】襲来を告げるバイクの排気音が止んでそれなりに経つ。
呼吸しながら経過した時間を数えていたが、萌奈先輩からの音沙汰もない。
とすれば、戦いは順調、少なくとも劣勢ではないと言えるのだけど。

「・・・静かだな」

そのせいか、どうにもやることがない。
A棟から少しでも離れるわけにはいかないし、
移動も好ましくないだろうからずっと一箇所に止まっている。
夜間にも拘らず照明を全開にした校舎、普段ない光で照らされる構内の光景。
初めは新鮮なそれも、視点が固定されたままでは流石に飽きてしまう。
僅かとは言え邪気を消耗するので、
落ち着いてからは“愚数配列(インフィニティ)”も消した。
自身から生まれたこの世で最も手に馴染む愛剣もなくなり、現状は正しく手持ち無沙汰。
言いたくはないが、

「暇だよね」

言いながら、頬を撫でた夜風に目を細めた。
ほんの少し先に立ち並ぶ木々がざわめくが、眩しいほどの照明の下では迫力に欠ける。
代わりに、日々冷たさを失くして湿りを帯びていく夜気の流れが心地良い。
梅雨を迎えれば湿気が増えすぎて不快になるだろうし、
過ぎれば今度は温度は上がって、それはそれで不快に思うようになる。
冬が近付けば冷気に体が震えるだろう。
一年のうちで、今と秋くらいしか感じられない特有の涼感。
思わず浸りたくなる。

「────────おっと」

が、危ういところで意識を引き戻せた。

「危ない危ない」

たとえ一瞬でも任された役割を忘れてはいけない。
【百鬼夜行】はVIP学園に喧嘩を売った。
である以上、僕が立つこの場所も含めて既に校内全域が戦場と言える。
僕がここに配置されていることからも、いつ敵がここに来るか分からない。
あの会長達がそうそう敵に抜かれるとも思えないが、
可能性という点でそれは別次元の問題だ。
勝手に気を抜くことは許されない。
何より、

「・・・・・・」

心地いい感覚に身を任せて、戦場で殺意を忘れてはならない。
殺気を消しても、持たなくても、殺意だけは常に両手の中に握っていなければならない。
でないと刃が鈍る。
錆びた刃で守り切れる者は多くないはずだ。
殺すつもりで来た相手に、
殺さないつもりで向かえば実力差がひっくり返ることはあり得る。
心の部分で手加減し、そこで競り負けるからだ。
手加減してなお相手を倒すには余程の実力差が必要となる。
かつて僕が負けた時の様に。
まあ、僕が敗北すること自体は構わないが、それで皆に迷惑がかかるのはダメだ。
僕のせいで仲間が、クーが傷付く可能性なんて看過出来ない。

「気、引き締めないとね」

軽く精神統一。
深く呼吸して、取り入れた夜気を細く長く吐く。
思い浮かべるのは一本の剣。
僕の邪気が生み出した不純なき銀色の剣(つるぎ)。
想像の中で刀身に指先を置いて滑らせる。ほとんど抵抗のない冷えた感触。
思い出すのは過去の記憶。
僕が邪心を抱き、邪気眼に目覚めた日の思い出。
過ぎた光景の中から感情を掘り起こす。熱く煮えたぎるような浮ついた感覚。
相反するものが混じり合い、僕の中で統一されていく。

「はあー・・・・・・」

深呼吸を指の数。
それで、ほんの少し自分が『戻った』感じがする。
血に近付いていく高揚と、並列して計算を立てる冷徹。
興奮に浮つく体に、冷えた剣の重さ。
目的を固定する。皆を守ること。
手段を決定する。方法は問わず。

「────────」

気負いも退屈も、戦いに不要な物が全て吐き出される。
心身が軽くなり、それでも浮つかない程度の重みが残った。
余計なことは考えない。
余分なことは感じない。

「よし」

余り皆の前でやるわけにはいかないが、これでいい。
意識するというのは大事だ。
目的と手段と期間を確定させてことに臨む。
余計な動作や思考が、死やその遠因になる負傷に結びつく戦場では尚更だ。
だからこそ、僕も気付くことが出来た。





「“愚数配列”っ!」





心象から引き出した銀剣を具現、半円の軌跡で上空へ向けて斬り上げる。
刀身の形で切り離された青光が斬撃として射出され、夜気を両断しながら上空へと飛翔。
頭上、星空と僕の間を隔てる影へと斬り込んだ。

「・・・・・!」

衝突によって一際強く青光が放たれ、星明りに代わって僕を照らす。
細まった視界の中で何かが中心から横に移動。僕の攻撃の反発を利用して跳んだらしい。
剣を構え直した先に、影が着地する。

「やあ、初めまして。僕は生徒会見習いの田中。君は?」

影。
校舎の照明によって闇を取り払われたその姿は、どう見ても年下の少女のものだった。
中学一年生かそれ以下ということはないから、おそらく中学二年、13歳か14歳。
頭より面積の大きい薄く広い円状の黒帽子を被り、
零れるように垂れた黒髪の下、同色の長いマントでゆったりと体を包んでいる。
首の辺りに一つだけある留具のボタンが金色に輝き、
その下からマントを押しのけて差し出された手には杖。
先端には五芒星を象った大きな飾りが取り付けられていた。
視線を合わせた顔には、攻撃した相手と相対しているのに緊張らしきものなく、
向けられた目にもどこか焦点が合っていない印象を受ける。
見た目の年齢の割には、雰囲気にも快活さがない。
会長の趣味で魔法少女モノというのを見せられたことがあるが、
それにライバルとして出てくるヒロインの対比的な無口無表情少女。
奇怪な衣装も相まってそんな感じだろうか。

「答えないか。でも、攻撃してきた以上は【百鬼夜行】に違いないよね?」

余り年下と話すのは得意ではない。
質問にそれほどの意味もないけど、攻撃のタイミングを計る意味でも聞いておく。
敵である以上は年齢なんて関係ない。

「・・・・・・黒神 夜宵(くろかみ やよい)。
 【百鬼夜行】の、助っ人」

小さく、凝視する顔の唇が動いた。
声は少女特有の高音なのに声量が小さくて聞き取りにくい。

「助っ人だって?」

が、むしろその内容に鸚鵡返しになった。

「・・・・・・そう」

唇の動きに、同じ小ささの首肯が加わる。
しかし、どうにもそれだけでは分からない。
邪気眼使いの集団が余所に助っ人を頼んだ話なんて、聞いたことがないからだ。
うちの生徒会のような組織でもない限り、
普通は自分最強という思考の邪気眼使いが他人を頼ることは稀。
だからこそ、生徒会が今の規模でも対処出来ていると言える。
その邪気眼使いが組織として、まして依頼先が個人となると更に考えにくい。

(いや)

それは、今この場で考えるべきことじゃないか。
別に目の前の敵を倒してから聞いても遅いことではない。
現状で優先されるのは敵の排除。
気付けたから良かったが、萌奈先輩の連絡もない内にここまで敵が侵入したとなると、
あまり嬉しい話とは言えない。
面倒な事態は早めに対処しないと次の厄介事が来た時に問題だ。
敵は一人なのか、それとも複数か。
どちらにせよ秒殺が望ましい。

「まあいいや。質問に答えてくれてありがとう。
 一応、お礼を言わせてもらうよ。それじゃあ────────!?」

耳鳴りに似た感覚。“愚数配列”の刀身を横に傾ける。
僕自身はそれと逆方向に向けて跳躍、
可能な限り絞ったエネルギーを最大量で放出し、上乗せした推力で真横に跳んだ。

「っ・・・!」

飛び退いた瞬間、頭上で発生した殺気が膨張する。
星明りを飲み込む光が炸裂し、僕と少女を照らし出した。

「伏兵かっ!」

半秒で間に合った回避、
今度は逆に寝かせた剣先から放った光の反発力で運動を殺して着地する。
瞬間、端に少女を置いた視界、過去の僕の立ち位置を中心に炎の雨が降り注いだ。
目算で軽く三十以上、
上空から飛来した炎の鏃が地に触れて弾け、内包した熱量を開放して焼き尽くす。
同時に爆ぜ上がった炎の花が帯となり、大地に敷かれて燃え上がった。
瞬きの間に一体となった赤色の花弁が咲き狂い、
轟とうねる鮮烈なレッドカーペットを形作る。

「ぃぃぃいいいいいいいやああああああっはああああーーっっ!!」

吹き飛ばすような声が降ってくるまで、それから更に半秒もあったかどうか。
転じた視界に夜空から地上へ向けて直線を引く影。
己の敷いた赤い照明に照らし出されて、その姿が視覚に焼き付けられる。
制服を着た女。
そいつは真っ直ぐに、興奮さえ覗かせる顔で焔の踊る平面へと両足を叩き付けた。
震度の低い地震かと思う揺れ。
爆音が聴覚に侵入し、次いで引き千切られる炎の花々が視界で散った。
そいつの着地点、足の裏から渦巻いた炎の圧力が地上を薙ぎ払う。
女が着地の際に曲げた背を伸ばした時、
そこには雑草一本もない焦げた地肌だけが広がっていた。

「アンタやるわね! 今のを無傷で避けるだなんて!」

少女の第一印象が寡黙なら、こいつは対極か。
間一髪、攻撃をかわした僕に着地した彼女が向けたのは忌憚ない笑顔と賞賛だった。
赤茶けた短髪。
どこのものかも知らない、
異様に短いプリーツスカートの制服に、焦げた革靴から伸びた黒いニーソックス。
よく見たら耳には小さく飾り気のないピアスをしている。
特に眉を剃ったりだとかはしてないようだが、
笑顔の中にも気の強そうな顔立ちを窺えた。
見た目は生意気で反発してしまう年頃、だろうか。
その中ではまともそうだが。

「アタシは紅月 火澄(こうづき かすみ)、16歳よ!
 今日はこの夜宵と一緒に連中の助っ人としてやって来たわ!」

着地後に僕へ向けて声を張ったと思えば、
警戒するこちらを余所にずんずんと突き進み、先の少女の横に立つと、
そいつ────────火澄は無い胸をそらして言った。

『田中! 皆のところに敵の幹部クラスが来たモナ!
 それとドクオから連絡で抜けた敵が二人!
 多分こっちに来るから気をつけるモナ!』

被せるようにして萌奈先輩から連絡が入る。

(既に交戦中です・・・まだ負傷は無いので心配なく)
『モナ!?』

流石に、今度は声に出すと目の前の二人に変人と思われかねないので心中に留めた。

「アタシとしては強そうな奴と戦えればいいんだけどね!」
『りょ、了解だモナ! 田中、絶対に無事で勝つモナよっ!』
(了解)

重なっている声の片方に返事をしてから遠ざかるそれを意識から締め出し、
得た情報にざっと思考を巡らせる。
会長の所を抜けたのがこの二人である可能性はタイミング的に高いが、断定は不可。
一度あれば二度があるし、伏兵への警戒は多少必要。
まあ、伏兵がいてもいなくても、現状は僕一人で対処するしかないし、
追加で敵が現れる可能性を含めるといちいち確かめる必要はなし。
あとは、萌奈先輩が情報を伝達するより早く移動できる手段がある可能性、か。

「じゃあ、こちらも改めて名乗らせてもらおうかな。
 生徒会見習い、田中。学園の治安の保守のため、君達を倒させてもらう」

それも戦いながら確かめるしかない。
剣を握り直し、淡く青色に輝く刀身を挟んで宣言する。

「へ? アンタ見習いなの? ふうん・・・?
 ま、いいわ。見習いでこれなら、残りはもっと期待できるってことよね!」
「・・・・・・」

宣言を受けた火澄は更に闘志を燃やし、少女────夜宵もこちらへと目を向ける。
視線と共に交わされた戦意が場に蓄積し、
僕の動きも火澄の楽しげな笑みも、夜宵の胡乱げな瞳も全てが止まる。
じりじりと、停滞から弾かれる瞬間までの膠着が数秒。
空間が内圧に耐え切れずに圧壊し、火蓋はあちらから切られた。

「じゃあ行くわよ────────“火炎災(ヴァーミリオン)”!」

火澄が手を後ろに引くと夜気に描いた軌跡に炎熱が発生。
自分の顔を赤く照らしながら渦を巻いて収束し、頭ほどもある火炎の球体を形成。
この間、せいぜいが2、3秒。
威力を容易に想像できる熱量を秘めた炎球が腕力を足して投擲される。

「てぇぇえええりゃあああああっ!」

咆哮と開放。
火矢を遥かに凌駕する赤い残像を引いて放たれた炎の塊が、
瞬く間に距離を焼き尽くしながら迫る。

「はっ!」

僕は構えた愛剣を縦に一閃、射出した光刃で迎撃した。
元が形として不安定な炎。
吹けば流れるようなそれが抵抗なく両断され、
しかし分かれた直後に炸裂、溜め込まれた熱と炎を吐き散らす。

「っ!」

発光と熱波を腕を上げてやり過ごし、
燃え移る物なく虚空に消えた炎幕の先を見る。
火澄は同じように腕を引き、今度は球体ではなく炎の槍を生み出そうとしていた。
渦巻く火炎が細く長く圧縮されている。
どう見ても初撃より高威力。だがそのせいで溜めが長い。
先制するのは容易────────と見た視界の中、彼女の傍にもう一人の姿がない。

「“立体影絵(ダークサイド)”」

地を蹴る最中に声が響く。
先に不意打ちを経験したおかげで思考から始動までのラグが短い。
それがここまで移動してきた能力なのか、
咄嗟に飛び退くと、校舎の照明を背に受けて僕の影があった地点から杖が生えた。
先端に五芒星の飾り。夜宵が手にしていた物。
ただし、色が黒く変色している。
杖に次いで闇を広げたような平面からぬっと顔を出した持ち主がそれを掲げると、
巻き付いていた影が解き放たれて帯となって向かってきた。

「開放っ!」

闇色の触手が絡み合いながら近付いたところで“愚数配列”から放射状に青光を放出。
ぱっと閃光が広がり、衝撃で影の網を弾き飛ばす。
そのまま切っ先を水平に、
影に沈んでいく少女に光流を叩きつけようと先端を突き出した。
そこで視界の端が燃え猛る紅蓮に焼かれる。

「火愚槌(かぐづち)!」

剣はそのままで向きを変えずに後ろに跳び、
前方へ放った青光を推力に背後へ身を押し出す。
直後に膨大な熱量を孕んだ長槍が投擲され、
闇夜を溶かしながら空間を穿ち抜いた超高速の一閃が間一髪、
半瞬前の僕を貫いて引き裂いた夜気を熱波と荒れ狂わせる。
紅の残像が尾を引き、立ちふさがる障害全てを焼き滅ぼしながら彼方へと飛び去った。

「はああああっ!」

流石に肝が冷えた。
その原因を断つために着地から全身で螺旋を描き銀剣を二閃、
青色の刃を重ね、大技の後の火澄へと叩きつける。
が。

「────────闇帯(あんたい)」

撤退を終えたもう片方が彼女の影から浮かび上がり、
掲げた手に沿って暗黒色の壁を展開。
激突を経て斬りかかった光刃は相殺され、
漆黒の障壁もガラス染みた音と共に小片となって砕け散った。
崩れる防壁の欠片が地に着く前に溶け消える。
そうして攻撃と防御の一手を出し合った僕と夜宵が膠着、
高威力の一撃を放った火澄がほぼ同時に硬直を解いた。

「・・・・・・」

互いにダメージなし。
不本意ながら、攻め切れずに再び睨みあう形になる。

「────────あは」

と、火澄が吐息と共に声を漏らした。

「あはは」

手を当てて耳を塞ぐ夜宵の横で、細い体を震わせる。

「あはははははははははははっははははは!」

衝突した殺気の残滓を吹き飛ばすような哄笑が木霊した。

「おっっっもしろいじゃないのアンタっ!!」

抑えようとして抑え切れない。
堪えようとして堪え切れない。
そんな狂喜を満面に浮かべた顔で指差される。

「アタシと夜宵を同時に相手してここまで戦える奴ってそうはいないわよ?
 おまけにまだ無傷・・・っくぅ~~~! 褒めてあげる!
 アンタ本当に闘(や)りがいがあるわっ!」

生粋のバトルマニア、なのだろう。
自分の邪気眼を尽くかわされても動じないのは相応の経験を積んだ証。
自己主張の強い邪気眼使いは連携が苦手なのにも拘らず、
もう一人との連携もお互いの行動を阻害することはなく、
むしろ完璧に攻撃の隙を補完し合っていて非常にやり難い。
夜宵の方の年齢を考慮すれば長い付き合いではないだろうけど、関係の深さは別か。
正直、強い。
二人合わせて見れば随分と長いこと相手をしていないレベルの強敵だ。

「それはどうも」

気が抜けない。
火澄の邪気眼の余波で熱された肌に汗が浮く。

「出来れば、このまま帰ってくれた方が有難いんだけどね」

ないだろうなと自分でも思いつつ呟きの形で提案をしてみる。
敵に情け容赦は無用だが、背後を気にしながら強敵と戦うのは気が進まない。

「はっ! 冗談でしょ────────こっからが楽しいんじゃない!」

拒絶と同時、
左右へ伸ばされた火澄の両腕から炎が噴き出した。
人工の照明を浴びながらもなお赤々と燃え猛る流れが羽広げたように拡散し、
分裂と収束を繰り返して主を守護するように布陣。
礫のような火炎の弾丸が数十、火澄を囲んで待機する。

「盛り上がってきたとこに水を差すんじゃないわよ。
 さあ夜宵、エンジン全開で行くわよおお!!」

いつの間にか耳から手を離していた夜宵が緩慢に頷いた。
火澄は動作の完了を待たずに伸ばした腕を背後へやり、
反動をつけて傍で待つ炎弾に号令を下す。
振るわれた両腕が胸の前で交錯し、開かれた五指の軌跡を辿って突撃が開始された。

「火雨(ひさめ)っ!」

描かれたのは弧と直線。
それなりの熟練者なら邪気眼を愚直に放つだけが能ではない。
半数が加速によって朱色の尾を引きながら地表と平行に迫り、
残りが上空から斜めの軌道で僕を目指す。
前方二方向から迫り来る炎雨の進撃。
僕は下方へと“愚数配列”を突き立ててそれに応えた。
地を割った銀の刀身から光が生まれ、亀裂から走った青い輝きが顔を撫でる。
最初の奇襲を避けた左右、炎の槍を回避した前後の動きときて上方、
三次元の領域へと青光の爆発が僕を押し上げた。
寸前に跳躍を加えた移動で瞬きの間に地面が遠ざかり、空の星が近付く。
光の放出を止めると足場のない浮遊感の最中に目標を失った赤色の群れが見えた。
推力と引力の拮抗。
回避から攻撃に転じようと剣を振り被る。

「甘いわよ!」

そこで炎の雨のうち、
上空から僕を襲おうとしていた半数の進路が変わった。
蛇さながらにぐねりと鎌首をもたげると反転、
落下から上昇へと転じて見下ろす僕へと踊りかかる。
ダース単位の炎の礫。
避けるか、防ぐか、迎撃するか。
反射で後者を選択。
動作の半ばで止まっていた切っ先を始動させ、
光流を帯状に発生させながら眼下を斬り払う。
輝きの中に呑まれた炎は威力を発揮しないままに消え去った。
迎撃を終えても刀身から生じる力の放出は止めない。
反発によって体が中空を押し流される。
直後、夜空に刻んだ僕の残像が灼熱に撫でられた。

「ちっ!」

僕自身の攻撃、
光の帯が遮った視界の向こうで紅炎を手に携えていた火澄が舌打ちする。
死角が生まれたのは相手も同じ。
僕が同じ位置に止まっていれば一瞬で焼かれていただろう。
ぞっとする。

「・・・・・・闇剣(あんけん)・・・」

そして背筋を、本当にぞっとする声が撫でた。
張り巡らせている感覚をすり抜けて触れそうな至近で膨れ上がる殺気。
振り返る。
背中に夜宵が張り付いていた。いや、触れてはいない。
ただ、僕の背からほんの少しだけ離れた位置に黒い影が蟠り、
そこから夜宵の上半身が生えている。
手にはずっと握っている杖。
闇色のコーティングが施されたそれは巨大な刃を形成していた。

「なっ────!?」

硬直した体の中で思考だけが高速で巡る。
夜宵の能力は影を操作するものと考えて間違いない。
会長を抜けてから瞬時に火澄と共にここまで来れたのも、
僕の影から杖を突き出して攻撃が出来たのもそれによるはずだ。
おそらくは自分を中心に異なる影同士を繋いでその間を移動できるのだろう。
それが応用。基本は影の操作による攻撃と防御。
しかし、一体どうやって影のない上空で僕の背後に。
そう思った意識の隅で、
夜宵が身を乗り出す影から細く糸のようなものが伸びているのを認識する。
影と同色のそれは僕の方、足の辺りへと伸びていた。
まさか。

「僕の『服の内側の影』かっ!」
「・・・・・・さよなら」

夜宵が刃を振り上げた。
刹那の差で硬直を脱した体が動き出す。

「う、ぉぉぉおおおおおおおおお!」

光流の最大放射。
もとが夜宵の身には大きな杖。
それを中心に作られた剣は必然に巨大になる。
まして剣を専門に扱っている訳ではない相手。
虚を突かれた驚愕の不利が不慣れな形状のハンデで相殺され、
後は純粋な技量と経験の勝負。
結果、辛うじて僕の愛剣に軍配が上がった。

「うっ・・・!」

発生した推進力が空中で抵抗する術を持たない僕を突き飛ばす。
無駄に大きな相手の刀身は懐に入れば用を成さない。
激突と反動。
浅い裂傷を代償に僕の肩が夜宵の胸の辺りに入った。
余すことなく運動エネルギーを食らった夜宵が弾き飛ばされて虚空に踊る。
影の中に消えたりはしない。
咄嗟のことに邪気眼を展開出来ないか、繋げる手頃な影が近くにないのか。

「夜宵!?」

落ちていく影を追うように叫びが上がる。
内心で火澄の追撃の可能性に肝を冷やしていたが、
当の本人は落下する夜宵の方へと駆け出した。
踏みつけた地面との間に炎が炸裂して急加速する。
が、夜宵の奇妙な衣装の内側から溢れ出した影が地へと突き立ち、
勢いを殺して着地した。
あのひらひらしたマントや帽子はいざという時に扱える影を増やす意味もあるのか。
脳裏の考察を余所に、
僕も噴射した青光で勢いを削いで着地する。
構え直した銀剣が校舎の光を照り返すと、相手も体勢を立て直してこちらを見据えた。
お互いに第二手を交わして再び膠着。
これは長くなるかもしれない。
そう思いながら、今は相手の背後側となったA棟の中、
守るべき人達を思い浮かべて僕は柄を握った。
12

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