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D棟の戦闘

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VIP学園生徒会の設立、
少なくとも現在の体制が築かれるまでを語るには、外せない二つの要因がある。
一つは、『邪神』。
ある日突然、
このVIP学園の存在する新都(にいと)の地の上空に出現した不定形の異形。
蛸と烏賊が絡み合っているような姿の時もあれば天使の体にモグラの顔を載せたような姿の時もあるそれが、全ての始まりだと言われている。
もう一つは、『邪気眼使い』。
邪神の出現と同時に現れ始めた、物理法則では計れない異能を持つ人間。
邪神自体は人類に何ら直接の危害を及ぼさないが、
こちらは一般にははっきりと人類にとっての有害・脅威とされている。
邪気眼、という変わった名称が含まれるのには勿論理由がある。
邪気眼使いは異能を保有する証明として体のどこかに三つ目の眼を持っていて、
それが異能の発現と共に生じるのは、
発現者が強烈な邪気────怒りや憎しみなどの破壊的意思や、現実を嫌う否定的意思────を発した時とされている。
邪気によって生み出される眼、故に邪気眼であり、
それによる異能を駆使する者が邪気眼使いと言うわけだ。
邪気眼使いには戦闘向きな者もそうでない者もいるし、能力自体もピンキリだが、
一般人に比べれば最低でも見えないナイフ一本で武装しているくらいの脅威ではあるので、
国や県レベルは当然、
学校のようにある程度の自治と治安で成り立つ場所では例外なく運営者にとって恐怖の的。
加えて、邪気眼使いには狂的・破滅的な人間が多い。
もとから切欠さえあれば理性を捨て易い人間が多いというせいもある。
基本的に攻撃的であったり排他的な人間なので悪に走りやすく、
特に成り立てだと力に酔うものだから歯止めが利かない。
そのような幾つかの事情の上に、VIP学園生徒会は存在している。

邪気眼使いになる条件は二つ。
①年齢が13歳~17歳であること(このせいで別名中二病・高二病とも呼ばれるが、一度発現すれば以降も能力は保持される)。
②強烈な(あるいは質の高い)邪気を発すること。

①から分かりやすいことだが、邪気眼使いには学生が多い。
まして学園と言う規模と数を揃える場にあってはイジメも発生率はともかく件数は多いし、
邪気眼はその性質上、苛めっ子のように攻撃的な人間や、
苛められっ子のように追い詰められて世界を嫌うようになった人間が一番発現し易い。
と、この程度の分析なら誰にでも出来るわけだが、
なら具体的な対策をどうするか考えると実際に取れる選択肢は少ない。
学園側としては生徒の数を邪気眼使いを管理できるレベルにまで減らせば経営が成り立たず、
かと言ってことあるごとに警察や自衛隊を入れていれば、
学園の自治がなくなりまともな経営自体が不可能となる。
ではどうするのか?
その答えが、学園の住人の自治。
つまりは生徒の、生徒による、生徒のための自治だ。

毒を以て毒を制す、という言葉がある。

それと同じように目には目を、歯には歯を、邪気眼には邪気眼を。
学生が邪気眼を発現しやすいのなら、
その中から選抜した比較的マシな邪気眼使いに対処を任せる。
と言うのが、VIP学園生徒会が今の形になった経緯である。
何故執行部だとか風紀委員ではないのかと言えば、
邪気眼に目覚めた人間は自分より弱い人間の言うことを聞かない場合が多いため、
自然に権力者=強者の図式が出来たからだ。
一般生徒としてもいざという時に暴走した邪気眼使いを止められる人間の方が安心できるのか、
選挙でも強くて比較的善良な人間に票が集中するせいもある。

まあその辺り、
ドクオ会長にスカウト────拉致────された見習いの僕には余り関係はないのだが。

「見えたぞ、田中。どうやらアレのようだ」

と、幾らかの懐古と共に僕が状況を整理しているうちに目標の場所に着いた。
D棟三階東側、廊下の窓が軒並み割れている地点。
そこに彼はいた。

「お? どうやら来たみたいだな。お前達が生徒会────────んんっ?」

嫌に空気が乾いた印象の空気が頬を撫でた。
広がっていた光景は、死屍累々とでも言うべきか。
水分を失ったように乾いた生徒の体を積み上げた山の上に、男子生徒が腰掛けている。
怪訝そうに目を見開いたの顔には見覚えがあった。
確か、蛭沼(ひるぬま)ナントカという名前だっただろうか。

「誰だ? オマエら」

その蛭沼(仮)が、さも意外という風に聞いてきた。

「生徒会で男女のペアってのは一つしかいねえはずだよなあ?
 けどツンって奴は髪が巻いてるはずだし、
 確か内藤って奴はもっとフザケたツラしてるって話だったな・・・」

誰だよ? お前ら。
そう、二回質問される。
第一印象は芳しくないのか、
微かに怒ったような気配を伝えてくるクーを背に、僕は一歩前に出た。

「生徒会見習いの田中と恋塚だ。
 会長命令で校則に違反した邪気眼使いを取り締まりに来た。
 報告された邪気眼使いは君・・・でいいんだな?」

「はン?」

質問に半音上げて返される。
邪気眼使いには、割とこういう反応を返す人間が多い。
もう一度説明しようとして、

「オイオイオイオイ」

睨むような視線を交えて吐き出された言葉に遮られる。

「オマエ、今何つった? 見習い?
 もしかしてよ、オイ。
 オレ様の耳がイカレてねえんだったら、オマエは今、見習いって言ったのか?」
「その通りだ。我々は生徒会見習い。
 まあ、実質的な生徒会メンバーとは言い難い身分だな」

僕の肩越しにクーが答えた。
性格を反映したかのように虚飾のないクーの返答に、蛭沼は仰け反るように上を向く。
顔に当てた手の指越しに覗く瞳が、僕らを見て歪んだ。

「ヒャハ」

何が可笑しいのか、笑う。

「ヒャハハハハハハハハハハハハハ!」

笑う。笑う。笑う。
壊れたように笑って────────こっちを見据える瞳だけが、怒りに歪められていた。

「ヒャハッハハハハハハハハァァアアアッッ!!」

叩きつけるように笑ってから、かっと口を開いた。

「ナメられたもんぜ・・・・・・この蛭沼様もよ!」

退けられた手の下から、ギラついた双眸が向けられる。

「今日はギコの奴がいねえっつーから一暴れして生徒会の奴でも招待しようと思っていたのによお。
 楽しみに待ってたら、まさかまさか来たのが無名もいいとこの見習いだあ?
 ナメてんじゃねえぞゴルァアアアアッッ!!」

怒号と同時に、空間の大気が重圧を増した。
肺を押しながら、粘りつく冷気が体内を侵すような幻覚を覚える。
怒気でも殺気でも敵意でもなく、それ以外の何かが浸食したような、
まるで人間以外の何かがそこで見詰めているような、
恐怖めいた違和感が蛭沼を中心に放射されていた。
吼えた蛭沼の顔、右頬の下に線が一本入り、粘液を引きながら両側に裂ける。
薄く細められた赤色の、三つ目の眼が僕らを捉えた。

「この【死の両腕(デス・ハンズ)】の蛭沼様がよぉ。
 ここまでコケにされて、黙っているワケにゃあいかねえよなあ」

そのせいでという訳でもないが、確信する。
経験の幅自体は狭いとは言え僕も伊達に生徒会見習いをやっているのではないし、
密度という点ではそれなりのものを積み上げてきたつもりだ。
それを踏まえて言うなら邪気眼使い、
中でも彼のように自分で自分に異名をつけ、
しかも臆面もなく人前で名乗るようなタイプには、まず話し合いでの解決が出来ない。
フルネームまではなかなか憶えないが、
これでも書類で学園内にいる邪気眼使いのデータは閲覧してある。
彼の能力名は別にあったはずだ。

「ヒャハハハハハ!
 考えてもみりゃあよ、お前らが見習いってことは、
 お前らをぶっ殺せば今度は確実にお前らの先輩が出てくるわけだ。
 見習いとは言え生徒会の奴をやれば、取り合えずオレ様の株も上がるしなあ」

殺気や怒気よりも、別の何かで廊下の空気が軋みを上げる。
彼が『名乗り』を挙げた瞬間から、
周辺に蟠る違和感────────僕らが邪気と呼ぶモノが質量を増す。
邪気眼使いには自身の持つ邪心に何らかの役割や名称を与え、
それを口にしたり特定のルールやキャラに沿った行動を取ることで邪気を一段深く、
強くする技法がある。
邪心や邪気とは即ち心、精神力。
簡単に言えばそうやって自分に酔うほどテンションは上がり、
邪気眼の威力は強くなる傾向があるのだ。
これで彼との戦闘が確定した。
この技法は邪気眼の威力を底上げする代償に、理性を削る。
邪気眼とは現実を否定して初めて得られ、そしてそれが強まるほどに力を増すモノだ。
その性質上、『名乗り』の内容は確実に非現実的なものになるし、
そういったものに成りきる、
つまり妄想に身を置くということは現実的・理性的判断からは遠ざかることを意味する。
半ば諦めてはいたが、やはり話し合いという選択肢はなさそうだ。
何より、口ぶりからするとクーにも手を出すつもりなのだろう。
それは許せない。

「クー、下がって」
「ん。了解した。では田中、怪我のないようにな」

背後に一声かけてから、相手に見えるように右手を掲げる。
負けるな、とは言わないのが心強い。
ならその期待には応えるよう努力しようと内心で苦笑して、

「お? お前もやる気に────────」

蛭沼が言い終わる前に、僕も『眼』を開いた。
痛痒に似た感覚。
じくじくと、世界を押し広げて生まれ出る邪気の眼が僕の右手の甲に現出する。
自分の心が────眠らせている邪心が────何か人外の存在と繋がったような感触。
相手から何かを吸い上げ、相手に自分の中を侵される。
自分は強い。自分は特別。自分は選ばれた存在。自分は人を超えたもの。自分は正しい。
そんな声が、耳の内側から聞こえて来た。
塗りつけるような囁き声。
誘惑とも異なった、ただただそれが真実だと語りかけてくる繰り返し。
それは、紛れもない僕自身のものだ。
かつて、この声に耐え切れなくなったときが邪気眼使いの終わりだと教わったことがある。
その時、邪気眼使いは人間でなくなるのだ、とも。
少なくとも今はまだ、僕にとってその時ではない。
だから封殺する。
蓋をして閉じ込め、栓をして圧殺する。
絡みつく触手を切り払うイメージ。
ほんの少し意識するだけで声は消えた。
圧縮されたような一瞬を終えて、僕は自身が幻想した武器を手にする。



邪気眼使いはその能力傾向から幾つかの種類に大別され、
それは同時に彼または彼女の邪気眼が肉体のどこに現れるかをも示す。
先ず、邪気眼を中心として肉体を強化する『寄生型(パラサイト)』。邪気眼の場所は四肢のどこか。
物体に干渉する『作用型(アクション)』。邪気眼の場所は肩。
特定の超現象を引き起こす『事象型(フェノメノン)』。邪気眼の場所は頭部。
固有の法則を作り出して周囲へ適用する『法則型(ルール)』。邪気眼の場所は胸部。
自身の分身とも言える存在を作り出す『現像型(ヴィジョン)』。邪気眼の場所は背中。



そして、科学を超えた効果を発揮する武器を創造する『具現型(アームズ)』。邪気眼の場所は、手だ。



鈴鳴りに似て澄んだ音がリノリウムの平面に反射しながら遠ざかっていく。
その秒にも満たない余韻の終わりに、僕の右手は一振りの剣を握っていた。
切っ先から柄尻までが銀色で構成された片手用の西洋剣。
刀身から漏れ出す青色の淡い発光の中で、親しんだ重さが右腕にのしかかる。
僕はその重量を確かめるように軽く振るい、

「へえ。それがお前の邪気眼か。『具現型』────」

僕の邪気眼に頷いて獰猛な笑みを浮かべようとした蛭沼へと突き出した。

「“愚数配列(インフィニティ)”ッ!」

銀の刀身から青く輝く濁流が生まれる。
刃の発光が閃光となって溢れ、
突き出された剣を中心に発生したエネルギーが収束し、高密度に圧縮、
行き場をなくした力が薄皮一枚の制御下で荒れ狂い、竜巻の回転を得て開放。
相手の反応より早く青光の渦が彼我の距離を抉り抜き、暴虐となって敵対者を喰らう。

「っおお!?」

蛭沼は咄嗟に腰掛けていた木乃伊(ミイラ)の山から飛び降り、
だが回避間に合わず光流に呑まれる。
青色の瀑布を前にしては細すぎる両腕が重ねられた瞬間、
僕の邪気眼の威力が余すことなく叩きつけられた。
半瞬と拮抗し得ずに蛭沼の足が廊下から離れ、宙に浮いた体が木乃伊の山に激突。
生死も不明な生徒達の体が舞い散り、光がその分だけ空いた空白へと蛭沼を叩き込む。
普通ならそのままエネルギーの奔流に飲み込まれて吹っ飛び、
廊下の奥まで運ばれて磔にされるところだ。
それでも、僕は手を緩めない。

「へへ・・・・・・何だ、見習いってのも案外やるじゃねえか」

相手と同時に僕も吹き飛ばそうと柄から伝わってくる反発を両手で押さえ込み、
少しずつ距離を詰めていく。
足の指の力だけで地面を掴んで移動するような、ひどく遅い接近。
じりじりと、手に伝わる威力の反動は増していく。

「だけどよ。オレにエネルギー系の攻撃は相性最悪だぜ?」

涼しげな声が光の向こうから投げかけられ、視界の一部を塞いでいた光の渦が縮小した。
一度は飲み込まれたはずの蛭沼の姿が顔と肩の辺りまであらわになり、
邪気眼も含めて三つの視線が僕と絡み合う。
その人外の輝きの眼の下で、
放出する量は変わっていないにも拘らず、光流が先端で急激に細くなっていた。
まるで、受け止める蛭沼の腕に吸い込まれてでもいるかのように。

「“略奪還元(アブソープション)”!」

剣先の向こうの顔が自慢げに口を開いた。

「オレ様は他人のエネルギーを奪うほど強くなれるんだよ。
 それが生命力だろうと、邪気眼の力だろうとなあッ!」

あの甲高い笑い声が廊下に響いた。

「つまりお前にとってオレ様は相性最悪、
 オレ様にとってお前は相性バツグンってことだ!
 残念だったな見習い、そしてありがとよ!
 もうかなりの量のエネルギーを吸収させてもらったぜ」

蛭沼はまた、ヒャハハハハッ、と言いながら天井を仰いだ。
右頬の下で赤色の眼球がギョロギョロと不気味に回転する。

「いいぜいいぜえ!
 こんだけの量を一度に吸収したのは初めてだ。
 力が怖いくらいに漲ってきやがる・・・ッ!」

僕はまだ、手を緩めない。
更に一歩、蛭沼へと踏み込む。

「ヒャハハハハハハハッ!
 無駄だ無駄だあっ!
 お前がどんだけ頑張ったところでオレ様には絶対に勝てねえっ!」

もう一歩。また一歩。
近付いた分だけエネルギーの反発が強まる。
本来ならそれは僕だけではなく、相手にとっても同じこと。
今はその威力を吸収しているから気付けないだけだ。

「ちなみに教えておいてやるとよぉ、
 たとえお前がその剣で斬り付けたところで無駄だぜ?
 剣の運動エネルギーを吸収しちまえば同じことだからなぁ。ヒャハハハッ!」

蛭沼はまだ気付かない。
溺れているのだろう。自分の邪気と邪気眼に。
既に呑まれている、と言ってもいい。
僕との距離はもう8mもない。これで────────詰みだ。

「だが褒めてやるよ、見習い。
 正直言ってここまで攻撃を続けられるとは思わなかったからな。
 とんでもねえ邪気のパワーだぜ。
 もっとも、オレはそのぶんだけ強くなるんだけどなあ!
 ヒャハハハハハハ────────ガッ!?」

ぐらりと、蛭沼の体が傾いだ。

「なん・・・だ、こりゃ────────オレ様の、体が・・・!?」

こちらの見間違いや疲労によるものではない。
僕の視点は一定のままで、蛭沼の体だけがふらふらと左右に揺れる。
急激に青ざめた顔が僕を見上げた。

「お、まえ・・・オレに何を・・・っ!」
「別に。何も特別なことはしていないよ」

冷や汗を流す顔にニヤニヤと笑いかけてやる。

「ただ、打ち消す能力ではなく吸収する能力というのが仇になったね」
「なん・・・だと?」

ぐらぐらと、蛭沼の上体が揺れている。足元も覚束ない。
何かを堪えるように全身を細かく揺らしながら、
それでも押さえ込めないものに侵されている。

「エネルギーを打ち消す能力なら直接自分の体に影響はないけれど、
 吸収する能力なら君が自慢げに語った通りに強くなるなり何なりの影響が出る。
 ただし、それは肉体がついていける範囲での話だ。
 過剰なドーピングは体を壊すし、限界を超えた風船は破裂する。
 人間である以上は越えられないラインがあるんだよ」
「つ、つまり・・・」
「そう」

ほんの数十秒で随分と口数が逆転したが、この戦闘、
実は優位性自体は最初から一度も動いていなかったりする。

「単純に吸収し過ぎたんだよ、君は。もっとも、そうするように仕向けたんだけれど。
 生徒会には学内に存在する邪気眼使いの情報があるし、
 見習いでも許可があれば閲覧できる。
 流石に完全に記憶してはいないけど、
 顔か名前とさえ照合できれば細部まではともかくおおよそどんな能力だったかくらいは思い出せるからね。
 逆に生徒会役員のデータは抹消されるけど、
 活動を続けるうちに自然と能力を知られる先輩達と違って、
 まだ新人に過ぎない僕の邪気眼の情報は出回っていない。
 だから、君が散々見習いだの何だのと馬鹿にしてくれている間に作戦が立てられた」
「く、くそうっ・・・!」

組織力は大事と言う話。
もしくは事前の準備や心構え、だろうか。

「それから、流石に気付いていると思うけど」

暴れ狂いそうになる力を抑えて、更に光に包まれた剣を突き出す。
攻撃開始から、蛭沼のお喋りも含めて一分以上は経っただろうか。
その間、僕の攻撃は一度も止んでいない。

「僕の邪気眼“愚数配列”の能力はエネルギーの無限生成。
 僕は他の『具現型』と違ってこの剣の創造と維持にしか邪気を消耗しないし、
 出力に限界はあるけどその間は休みなしでエネルギーを生み出せる。
 肉体の限界という条件が付く君とでは、
 確かに相性は最悪だったね────────君にとっての」
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、
 くそくそくそくそくそくそくそぉぉおおおおおーーっ!!」

もし、蛭沼がエネルギーの吸収を止めればその瞬間に今度こそ光流の直撃を食らうし、
既にふらふらの状態では激突までの一瞬で回避することも出来ない。
かと言ってこのまま吸収を続ければ肉体が限界に達するし、
その邪気眼の能力内容から言って反撃に転じる方法もない。
蛭沼に出来るのは、エネルギーの濁流に呑まれるか肉体が壊れるまで堪えるかの二択だけ。

「こ・・・!」

最後の一歩。
蛭沼に向けて踏み込み、エネルギーの放出を限界まで高める。
銀の刀身から生まれる光が発光から閃光、閃光から雷光の域へ。
廊下全体を隠すほどに膨れ上がった青色の津波が蛭沼を襲った。

「このオレが・・・! このオレ様がああぁぁぁーーーっっ!!」

濁流が、あっと言う間もなく綺麗に廊下を浚っていった。



「無事だったか? 田中」

吹っ飛んだ蛭沼が遠くで伸びているのを確認してから一息吐くと、
内容と裏腹に嬉しそうな声で呼ばれた。

「大丈夫。怪我も何もないよ、クー」

振り返ると、視線の位置に笑顔がある。
クーは女性にしては長身だ。僕も、男子で背の低い方ではないのだが。

「そうか、それは重畳だ。では・・・」

走って戻って来たのだろうか。
クーが、ほんの少し乱れた背中の黒髪を払ってから言う。

「VIP学園生徒会の名の下に────────」

僕は“愚数配列”を心中へと戻してから続ける。

「────────高等部D棟の平和を、保守」

取り合えず、見習いとなってから初の書類整理以外の仕事は無事に終わった。
今度は安堵で吐息が漏れる。

「それにしても派手にやったものだな! 相変わらず邪気眼使いの戦いは物騒だ」

クーが幾分興奮した面持ちで首を左右に振っていた。
と言っても、見回したところで何もな────────あ。

「見ろ、田中。人がまるで木の葉のようだ」

死屍累々。
辺りには蛭沼に生命力を吸収されて半ば木乃伊となった人達が転がっている。
重なっていたり並んでいたり、確かに木の葉と言えなくもない。

「・・・・・・生きてるかな?」

D棟とEな棟には邪気眼使いしかいないし、
この人達も大部分は蛭沼と戦闘してこうなったのだろうが、
流石に自業自得やご愁傷様で済ます気にはなれない。

「どうだろうな。
 私としては、田中が前科者になる前に救急車の手配をするべきだと思うが」

保守、出来なかったかもしれない。

「取り合えず、ツン先輩にお願いしよう。
 過労で倒れられでもしたら僕がブーン先輩に殺されそうだけど」
「なに、心配するな。その時は私が膝枕で介抱してやろう!」

そんなクーを前にもう一度、今度は幸福の詰まってそうな溜息が出た。
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