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残党編-01【アウト・ブルーズ】

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学校の教室の中を見回すと、どこの教室だろうと、ある一定の因果律によって支配されてる事に気づくはずだ。
チャラ男達と運動部系イケメンどもの集まったクラスの中心グループ、「与党」。
文化部系の地味系男子、いわゆる普通の男子たちが集まった、「野党」。
そして、そのどちらにも属していない……というか属させてもらえない、クラスの底辺である「残党」。
この俺、高梁貴弘は、どこの誰に聞こうが、紛れも無くこの「残党」グループに区分される。
取り立てて容姿がいい訳でもなく、趣味は将棋に麻雀というテーブルゲームであり、そして残念ながらモテる気配も全く無い。
実家は岐阜の和菓子屋。 クラスでの渾名も、「大根」とかいうよくわからないものだ。
唯一の救いは、どこにも属さない残党でありながら、孤立してはいない事だ。
俺の周りには、トーヤ、ユゲ、チバという残党仲間が三人いる。
俺の口から言うのもナンだが、三人が三人とも、どう考えても確実に残党だ。
残党の活動は、要するに、モテる奴らを妬み、僻(ひが)み、嫉(そね)む事である。





俺達は、高校一年の頃から、バンドを組んで毎年学園祭の有志演奏に出演している。
目的はもちろんモテる為だ。
一年に一度、俺たち残党が輝く瞬間である。………と自分たちでは思っている。
バンド名は「ZAN党」……発案者であるチバが自虐の意味を込めてつけたものである。
しかし、高一、高二と今まで二回出演してきてはいるものの、モテる気配は全く無い。
理由はわかっている。
パフォーマンスが過激すぎるからだ。
一年の時、ギターボーカルのチバはライブ会場にバンダナをしてきて現れた。
ステージ上でバンダナを取ると、彼は、見事なモヒカンになっていた。
イメチェンの為に坊主にしようと考えていて、どうせ坊主にするならその過程でモヒカンにした方が受ける、と思ったらしい。
実際、男子達には大受けだったものの、女子達は普段目立たない彼の奇行に完全に引いていたようだった。
二年の時、彼はビニール袋に詰められて、会場に届けられた。
ビニール袋を突き破って、彼がステージの上に上がった時、女子達の悲鳴があがった。
全裸だった。
当時世間を騒がせていた銀杏の影響を受けてやったらしい。
この件については、メンバー全員が職員室に呼び出されて厳重注意をくらった。
そんなこんなで「ZAN党」は、女子には全く人気が無いものの、男子達にはカルト的人気を誇る。
完全に本末転倒になってる形だが、チバ達はそれに満足しているようだから始末が悪い。
だから、モテる事を目的にしているにも関わらず、「彼女が出来たらクビ」という実に恥も外聞もない腐ったルールまで出来てしまった。
モヒカン、全裸とチバがどんどんパフォーマンスのハードルを上げてしまっている為、今年は一体どうしたもんかと頭を悩ませているところだった。
俺達がそうしたパフォーマンスに走る理由は一つだった。
演奏力がないからだ。
この高校にも一応軽音楽部があるものの、大半はイケメン与党達で締められている。
入れば干されるのは目に見えているから、俺達はみんな部に属さず、全て独学なのだ。
当然、ミックスボイスだのスィープだのチョッパーだのゴーストノートだのの高度な技とは無縁である。
ボーカルはただしゃがれ声でがなりたて、ギターはハウリングにも構わずカッティングしまくり、ベースはルート弾きだけでボンボン弾いて、ドラムに至っては原曲を聴いて、それっぽいとこを適当に叩くだけなのだ。
音楽というよりは騒音だな、とMTRに録音した音源を聞いた音楽教師に苦笑して言われた。
実際その通りなのだから何も言い返す言葉は無い。
軽音楽部からは、「騒音楽部」だの「クソバン」だのの名前で揶揄されているらしかった。
まぁそんな風評はどうでもいい事だ。
そんな訳で、俺達は今年の学園祭を二ヵ月後に控えた夏休み、今年の学園祭でやる事について議論をするのだった。





「ツモ。白・ドラ3でインスタント・マンガンっす。」
トーヤが雀牌を倒して、和了を宣言した。
今日はトーヤの家で、麻雀がてら学祭について打ち合わせする予定だった。
高校生活最後の夏休みに男四人で麻雀とは、とことん腐ってるなーと我ながら思う。
残念ながら、四人が四人とも夏休み中の童貞脱出は叶わず、残り期間で遂行できる見込みも全く無い。
だから俺達は残党なのだ。
「いっその事、全員全裸で登場でよくねぇ? 高校生とかでシャレで済む内に一回やっとこうぜ。」
またギターボーカルのチバが腐った事をほざき出した。
こいつはホントに、受ける為ならどんな事でもやる。
普通こういったキャラはクラスで重宝されそうなものだが、こいつの場合は本気でやり過ぎてドン引きの対象となっている。
「お前、全裸はヤバいやろ! 去年それやったから、今年は先コが舞台袖で目ぇ光らせとるって! この時期に停学とかマジ嫌やってホンマに!」
独特の変なイントネーションでそう答えたのはベースのトーヤだった。
トーヤは、顔はそこそこイケメンに分類される顔立ちであるものの、チキンでかなり頭が悪い。
将来の夢は最低でもニュースキャスターと結婚する事と本気で言っている。
あまりの偏差値の低さに、ついた渾名が「サル」。
独特の喋り方は、関西弁ではなく、こいつの実家のある富山弁だ。
高校に進学する際にこちらに下宿に来ており、同じく下宿してる俺とはご近所の間柄だった。
「馬鹿、お前、チーバ。わかってねぇよ、お前。シモネタに走る奴は負け組なんだって。大仏の面とかかぶって演奏するってのはどうだ。」
ユゲの台詞に、それじゃ演奏できねーだろと突っ込みそうになったがやめといた。
元々まともに演奏出来てるかも怪しいのだ。
ギターのユゲは、ぶっちゃけるとデブだ。
完全に太り方がメタボリック・シンドロームの域に入ってる。
ギターをかき鳴らす時には汗だくになって暴れ回るもんだから、「狂ったチャーシュー」の異名を取っている。
おまけに、カッコつけようと意気込んでツイストパーマをかけようとしたら、見事に失敗してもじゃもじゃ頭になってしまったという駄目さ加減だ。
この腐った三人組に、ドラムの俺を加えた面子が「ZAN党」である。
高校一年の時、クラスの干された連中を集めてチバが結成した。
最初は、モテる為にミスチルだのラルクだのに走ろうとしたものの、技術が追いつかず、結局パンクに走る事になって、干され方に拍車をかける結果になったのだった。
この間違った方向に一生懸命なのが、俺達の残党たる由縁なのだ。
「お前ら、何か方向性間違ってきてねぇ? そんな終わったパフォーマンスやったら益々モテなくなるだろ。」
とりあえず、俺がしごく真っ当な意見でもって、方向性の修正にかかる。
「じゃタカヒロ、お前も何か意見出せって。 否定するだけだったらそこのサルでも出来るぞ、そこのサルでも。」
と、チバがトーヤの方を見ながら言った。
俺たち残党の間には友情は存在しない。
基本的に全員が、「この面子の中でなら俺が一番イケてる」と思っているのだ。
「じゃあ、今までと路線変更して、今回はヴィジュアル系意識して、全員スーツってのはどうだ?」
「お前馬鹿やろ! 与党だったら絵になるかもしれんけど、俺らが着たら完全に就活中の学生やん!!」
「それにそこのデブ見ろ! こいつにスーツ着せたら、ズボンがピチピチになって相当悲惨な事になるぞ!」
「死にてーのか、チバ!? あ、それロン!」
「うーわ、親ッパネかよ!!」
こんな感じの非建設的な話し合いをしながら、結局麻雀を半荘三回やった辺りで、疲れて今日は解散となった。
そんな時間の浪費を、俺達はもう一週間近くも繰り返している。




家に帰ると、俺はおもむろに上着をベッドの上に脱ぎ捨て、床の上に横になった。
フローリングの床は硬かったが、その冷たさが肌に心地いい。
夏も終わりに近づき、外から聞こえてくる蝉の声も大分減ってきた。
高校三年の夏がもう終わろうとしている。
結局今年も、思い出らしい思い出のない夏休みだった。
子供の頃思い描いていた高校生活というのはもうちょっと輝かしいものだと思っていたが、何の事は無い。
高校だって結局は、小学校や中学といった現実の延長線上に過ぎないのだ。
夏が終わればもう受験勉強が始まる。
他の学生達は、大学のキャンパスライフに幻想を持っているようだが、それだって結局、高校という現実の延長線上にある訳で。
中学で残党なら、高校でも残党であり、大学でも残党だろう。
大学デビューを目指さないでもないが、中身が同じなら何をしても一緒だ。
そんな時間に何か意味があるのだろうか。
結局、俺は自分が何をしたいのかすら、わかっていないのだ。
何となく空しくなって、俺はMDコンポのスイッチを入れた。
一人暮らしは、何かとネガティブ思考に陥って困る。
ほどなくして、バンプの物憂げなナンバーが流れ出した。
バンプ・オブ・チキン。 臆病者達の一撃。
俺達ZAN党にぴったりなネーミングだが、実際のところ、俺達は一撃をかますどころか道化になってるだけな気がする。
それは、俺達自身の演奏がヘタだからに他ならない。
演奏力だけでオーディエンスをノセる力がないから、パフォーマンスに走るのだ。
客観的に見ると、それはひどく滑稽な行為に思えた。
ドラマーのサガか、音楽を聴いているとついつい身体でリズムを刻んでしまう。
やはりバンプはいい。
こんな風にドラムが叩けたら、少しは自分に自信が持てる様になるのだろうか。


不意に、後ろから誰かの掌で視界が遮られた。
その掌は柔らかくて、そして、少し冷たかった。
「だーれだ?」
その掌の持ち主は、猫撫で声で俺に語りかけてきた。
この状態で俺に話しかけられる人物と言えば、一人しか思い当たらない。
「誰も何も、マドカ、以外に誰がいるんだ?」
視界が再び拡がると、いつの間にかそこにはワンピース姿の女の子が立っていた。
女の子は、俺と目が合うと、弾けるような笑顔で笑った。
「まぁた自分の世界入ってた?」
「放っとけよ。 今日はまた、アンニュイな気分なんだよ俺は。」
「ネクラ~。 そんなんじゃあ女の子にモテないよ~?」
「どうせ俺はモテねぇよ。」
「へへーん、拗ねてやんの!」
マドカはそう言うと、からかうように舌を出した。
その仕種はどことなく猫を連想させる。
彼女の名前は、マドカ。
俺と同居している、二歳下の妹だ。
妹と同居している事を、トーヤ達は知らない。
女子高生の妹と二人暮らしなどと言ったら、奴らに何を邪推されるか分かったものじゃない。
まぁ、だが現実はうるさい飼い猫が一匹増えた程度のものだ。
「今夜の飯は何?」
「んーとね、麻婆ソーメン。」
「お前……。 どうせそれ、ソーメンにインスタントの麻婆豆腐のルゥかけただけだろ。」
「そうだよ。 5分で出来るインスタント・キッチン。」
「はぁ、昨日はカレーそうめんだったっけ。 お前この頃、手ぇ抜きすぎじゃねーの? 俺が作る朝飯の方が品数多いぞ。」
「めんどくさいんだよ。」
「お前を嫁に貰う男は大変だな……。」
俺は口の中で容易に味の想像できる献立を思い浮かべながらキッチンに立った。



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