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残党編-03【ドッグ・ウェイ】

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高校最後の夏休みも、あと二週間で終わる。
全く宿題に手をつけていない俺は、今日からトーヤの家で宿題合宿をする事になった。
とはいえ、トーヤの成績は常に学年ワースト10キープという惨憺たるものなので、実質俺が勉強のほとんどを教える羽目になる。
何故、四人ではなく二人で勉強合宿かと言うと、四人集まると、誰かしら「麻雀やろうぜ」などと腐った事をほざき出すからだ。
去年はそれを毎日繰り返して悲惨な事になったので、今年はその失敗を踏まえて少数精鋭で集まる事にしたのだ。
俺も大概勉強嫌いだが、トーヤのそれは筋金入りで、10分もすると落ち着き無く腰をそわそわやり出し、やれTVが見たいだのコンビニ行きたいだの子供のようにごね出すのだ。
「あかーん、もう限界やって! 今日俺もうめちゃ頑張ったから、あとは明日やればえーやん!」
「お前まだ30分もやってないだろ! このままだと確実に追試コースだぞ、お前」
「出来んもんは出来んやって! あ~なんで与党どもが女とシケこんどる中で、俺らは男二人でシケて勉強なんかせなかんのや~! 終わっとるぞ、ホンマに!」
「殴るぞ、お前……」
こんなやり取りがこれから二週間も続くと思うと気が重くなってくる。
一応トーヤは指定校推薦で大学を狙っているらしいが、この様子だと結果は見えたようなものだ。
結局そんなやり取りを何度か繰り返し、それでも2時間近く勉強させた俺の功績は大きいと思う。
もっとも、宿題全体の比率から考えたら、そのこなした量は微々たる物だが。
「やっべー、脳の糖分めちゃ消費してもうたわ。俺今めちゃアイス食いたいんやけど」
「あー、じゃローソン行くか? 今週のジャンプまだ読んでないし」
「アホか、お前! アイスつったらサーティーワンやろ!  今の俺に必要なんはラムの芳醇な香り漂うラムレーズンの濃厚な甘味なんやって!」
「遠いじゃん………サーティーワン」
「その長い道程を、チャリ漕いで汗流して辿り着くからアイスが美味なるんよ! どうせお前家帰っても、オナニーぐらいしかやる事ないやろ! オナニーはいつでも出来るけど、夏場のアイスの涼味は今の時期しか味わえんのやぞ!」
何故「サル」の異名を取る程の生粋のオナニストであるコイツにここまで言われなきゃならんのか理解できんが、俺も実家が和菓子屋なので甘いものは嫌いじゃない。
親父の作る寒天黒蜜の味が懐かしくなり、不意に黒蜜味のアイスが食べたくなった。
「あ~、んじゃチバ達呼んで行っか。 この時間混んでねぇかな」
俺は、言うが早いかケータイのチバの電話番号を呼び出した。





結局、トーヤのマンションの前で待ち合わせる事になったのだが、現れたチバを見てまず俺達は驚いた。
てっきりチャリで来るものかと思ったら、エスティマだったのだ。
車の事はよく分からなかったが、確か『ジゴロ次●郎』でマイキーが乗ってたヤツだ。
「いやー、実は二日前に免許取ったんだよ。 車は親車だけどな」
と、運転席のパワーウィンドウの中からチバが顔を出して言った時には、チバがやけに大人になったように見えた。
なんというか、車にはそいつを大人っぽく見せる魔力があるらしい。
一歩車から降りれば、俺達のよく知ってるいつものクズいチバだというのに。
若葉マークの運転と言うのが少々気にかかるが、俺達はとりあえず車に乗る事にした。
親車というだけあって、車内は少し煙草臭かった。
「はぁ~、ええなー、車。 俺も欲しいわ。 これで大分行動範囲広がるやん」
「まぁ、親が仕事で使ってない時だけだけどな。 来年になったらちゃんとマイカー買うよ」
「ならランエボ買って俺に貸してくれん。 一辺、慣性ドリフトとかいうのやってみたかったんやって」
「買えるか! よしんば買えたとして絶対お前なんかに貸すか! 即日廃車確定だし!!」
チバは、俺たち四人の中で唯一の就職組だ。
夏休みの間に会社回りをして、住宅会社の営業職に内定したらしい。
俺達の中でいち早く車の免許を取ったのも、来年から営業の仕事で必要だからなのだ。
「そう言えば、ユゲはどうしたん? てっきり一緒だと思ったんだけど」
「知らねぇよ。 あのチャーシュー、何遍電話かけても出ねーし。 どうせ家畜みたいに食っちゃ寝食っちゃ寝してンだろ」
「それは非常によくあり得るパターンですな」
「今から拾いに行くのも面倒やし、今日はあいつ干して三人で食いにこーや。 俺もう気分はラムレーズン一色なんやって」
「ひどいね、君たち。 まぁでも連絡取れないならしょうがないか」
チバがイグニッション・キーを回すと、エスティマはブルル、とアイドリングを始めた。

太陽がそろそろ南中する頃だ。
車内もガンガンにクーラーを入れてるはずだが、太陽光線で熱せられる分はどうしようもない。
チバはいかにもそこらのヴィレヴァンで1000円で買ってきたような、変なサングラスをかけて運転していた。
実際、ウチらの中で一番社会性のあるがチバだ。
顔だってイケメンとまではいかないが、そこそこいい方だとは思う。
あとは、ライブでやるようなあの奇行癖がなければモテそうなものなんだが。
「宿題は進んだのか?」
チバが運転したまま聞いてきた。
カーステレオからは、チバの崇拝するニルヴァーナが流れている。
『スメルズ・ライク・ティーンスピリット』だ。
チバは、ニルヴァーナのカート・コバーンが好きで、ギターも同じフェンダー・ジャガーを使っている。
この、どこかやる気の無い攻撃的な曲調がチバの好みなのだそうだ。
「進む訳ないって。 このサル、集中力とか忍耐力とかと無縁だからな」
「しゃーないやんけ。 俺、快楽主義者なんやから」
「快楽主義とか聞いた事ねーよ。 またこのエテ公、意味わかんねー単語作りやがって」
「大体響きでわかるやん。 そもそも、高校生にもなって宿題とかいうもんがある事自体おかしいんやって! 人生の命題なんて自分で見つけるもんやろーが! オトナに与えられた、答えの決まってる問題なんか解く事に何の意味があるっちゅーんや!?」
「お前が言うと、壮大なテーマがやたら安っぽく聞こえるから不思議だよな……」
そこから何となく会話が途切れて、俺は窓の外に目をやった。
車は、街の郊外の方から都心部に入りつつある。
俺がこの街に来たのは、大体二年半前だ。
中学の頃、結構成績のいい方だった俺は、ちょっと背伸びして県外にある私立の高校に受かる事が出来た。
それが今の高校なのだが、地元の交通の便が悪過ぎて、通学するのに難儀したので、下宿させて貰う事にしたのだ。
今では、この街が第二の故郷のように思える。
駅ビルの周辺に行けば都会の雰囲気が味わえ、少し郊外に出れば山間部などの自然も残っている。
根性入れてチャリで一時間もかければ、海にも出る事が出来る。
難を言えば、海風が強くて冬は肌寒い事だけが欠点だが、都会の喧騒と田舎の情緒を上手く融和させた、住みやすい街だ。
だから、俺は大学もこっちで受けようと思ってる。
それはトーヤも同じ様だった。
トーヤも富山から出てきて同じく二年半経つが、地元に帰る気は無いらしく、こっちで受験するという話だ。
もっとも、俺もトーヤも高校で落ちぶれたクチなので、こっちで入れる大学があるかは怪しいが。
大学受験……あと半年も待たずに直面する現実であるはずなのに、今の俺にとってはあんまり現実感のない言葉だ。
そんな事に思いを馳せている内に、サーティーワンのある駅前のロータリーが見えてきた。
予想通り、店内は込み合っている。
チバはぎこちない運転で、やたら時間をかけてパーキングへのバック駐車を試みた。



「あれ? タカヒロじゃん。 奇遇だね」
偶然というものはあるらしい。
サーティーワンの店内では、見知った顔がいくつか見受けられた。
一人は、数日前、赤井楽器のドラムコーナーで会ったアキラだった。
今日は、暑さのせいか、タンクトップにダブルウェストの半パンというラフな格好だ。
今はあんまり会いたい気分じゃなかったのだが。
「なんだ、アキラ。 チバ達と知り合いになったのか?」
オーソドックスなバニラ・アイスを舐めながらそう言った金髪の坊主頭は、アキラの連れである榎本健太、通称「エノケン」だった。
どことなく華奢な感のあるアキラとは対称的に、いかり肩で体格はごつい。
確か、アキラと同じバンドでベースをやってた気がする。
こいつともまだ話した事はまだ無かったのだった。
その隣にいたのは、アキラ以上によく知ってる人物だった。
いつもバイト先で見てる顔だ。
サリナだった。
サリナは、チョコミントとキャラメルマキアートのダブルを舐めるのに夢中でこっちに気づくのが遅れたようだが、エノケンの言葉で俺達に気づいたらしい。
「おー! タカヒロじゃん! それに、チバにトーヤに……あ~、いつもの面子!」
いつもの制服姿と違い、サリナも今日はチューブトップにデニムのスカートといういかにも私服な感じだった。
そういえば学校とバイト先以外で会うのは初めてだった。
私服姿が、いつになく新鮮に感じられる。
「あ、う~す……?」
俺が手を挙げて答えようとした時、不意にトーヤが俺の服の裾を引っ張った。
(な、何だよ……。)
(お、おい。 お前、いつも間に与党達と仲良うなったんや?)
トーヤが険のある声で呟いた。
(別に仲良い訳じゃねぇよ。 こないだ赤井楽器でばったり会っただけだよ。)
(それにしても、向こうのナオンもお前と知り合いみたいやんけ。 お前、残党の掟を忘れたんやないやろな。 彼女が出来たらクビ―――)
(そんなんじゃねぇよ! バイトの同僚だよ!)
トーヤの被害妄想レベルは凄まじい。
17年間、女子と無縁だっただけあって、知り合いが女子と話したというだけでそいつの彼女候補だとトーヤは認識するのだ。
(ホンマやな? 万が一抜け駆けしようと企んどるんやったら、“協会”が黙っとらんぞ、“協会”が。)
(何の“協会”だよ! 大体わかるけど。)
どうせ「抜け駆けする奴の足を引っ張る協会」だとか「女と話す奴を干す協会」とかそんなロクでもない協会に決まっている。
構成員。 トーヤ、チバ、ユゲの三名。
間違いない。
「何だよ。お前らも、夏休みやる事無くてダベる場所探してんの?」
エノケンがいきなり地雷を踏んできた。
俺達が気にしている事を。
しかし、別にやる事が無いわけじゃない。
宿題の息抜きに来ているだけだ。
「あんたらも同じでしょうが。 だからこんなまっ昼間からアイス舐めに来てんでしょお?」
「まぁそれは確かに。 実際バンド練以外なんも建設的な事やってねぇな。 宿題もまだ手つけてないし」
「はぁ~? 今日何日だと思ってる訳? 今からやって間に合う訳ないじゃん!」
非常に耳の痛いトークだった。
何で勉強のリフレッシュに来て、宿題の事を思い出さにゃいけないのだろう。
「って言ってもよ~、次のライブは再来週なんだぜ? 今練習しなくてどうすんだよ」
「は~、このバンド馬鹿は……。 バンドにかまけてダブっても知らないよ?」
「卒業できなかったら、ダブってミュージシャンでも目指すさ」
「お前……現実見ろ、現実」
何となく会話の輪に入れずにいたので、トーヤとチバはとりあえず列に並ぶ事にしたようだった。
確かに、同じクラスとはいえ、無理に絡む必然性は無い。
干されると感じたら即座に自分達のグループに帰化するのが、俺達残党の処世術なのだ。
俺もそれに続こうと思ったら、何事か、アキラが俺のところに近づいてきた。
「なぁ、タカヒロ。 今でもまだ、バンドやってるんだろ」
「え? あぁ、一応まだやってるし、学園祭も出るつもりだよ」
「その前に、一回外のライブに出てみるつもりはない? 急な話なんだけど、再来週ウチラが出るイベントのオープニング・アクトのバンドがキャンセルになりそうなんだ。 そのバンドが急なドタキャンで出演料の半分を払ったから、実質半額以下の出演料で代わりにライブが出来るんだよ。 結構美味しい話だと思うんだけど」
本当に急な話だ。
確かにウチラは長くやってはいるものの、出番は年に一度きり。
しかも、持ち曲はほぼ全部コピーだ。
オリジナルは一曲も無い。
それに加えて、ウチラの演奏力は、その、アレだ。
恥をかいて、干されて終わるのは目に見えている。
そんな地雷をあえて踏むほど、俺は無知蒙昧じゃない。
「アキラ、悪いんだけど……」
「いいよ、出ようぜ」
横から、突然自分から地雷を踏みに来たのはやっぱりチバだった。
「はぁ!? チバ、お前……!!」
「いや、美味しいじゃん。 干されてこそのZAN党だろう。 あえてそこで空気読めない事やろうぜ。 悪りぃな、アキラだっけ? お前らの出番来る頃には、客席とか相当サムい事になっとると思うわ。 スマン」
チバの本気で空気読めてない発言に、アキラも目が点になっていた。
いや、そりゃそうだろう。
好意でライブに誘ってくれたのに、いきなり堂々と『サムい事やるぜ』発言をされた日には、困惑を通り越して、呆れる。
いや、それこそをチバは“美味しい”と思っているのだ。
「あ、そういう訳でトーヤ。 次のライブは再来週らしいで、曲覚え直してこいよ」
「はぁ!? お前、マジで言っとるん? 今、俺、宿題強化合宿期間中だって言っとるやん!」
「そんなのどうせ無理に決まっとるから、諦めればいいだけだろう」
「はぁ~、ホンマ終わっとるな、お前の思考。 いいわ、めんどくさいけど覚えてきたるわ」
そのやり取りに、アキラも引きつった笑いを浮かべる事しか出来なかった。
『サムい事やるぜ』の次は『めんどくさいけど』。
明らかに、誘った事を後悔してる感じの顔だ。
そうですね。 俺もこの面子に声をかけたのは間違いだったと思います。
「おし、そんじゃ出演決定だな。 じゃ、詳しい事は後で連絡くれや。 とりあえずアドレス交換しようぜ」
と、有無を言わせぬ勢いでチバはケータイを取り出した。
そして、こいつの中で、ここに居ないユゲの意向とかそういうのは全く考慮されてないらしい。
………前言撤回しよう。
俺達の中で、一番社会性に縁が無いのが間違いなくチバだ。
「へぇ、面白そうじゃん。 せいぜい場の空気あっためといてくれよ、騒音楽部」
「いや。 そんな空気読めるような事する訳ねーし。 思いっきりドン引きするような事するし」
エノケンの皮肉にも、チバは全く怯まない。
ホントにこいつは毛の生えた心臓を持っている。
兎にも角にも、チバのやつは決断わずか三十秒でライブ出演を決めてしまった。
「へぇ、『アナボリック・ステロイド』と『ZAN党』が対バンするんだ。 面白そう」
サリナが言った。
『アナボリック・ステロイド』というのがアキラ達のバンド名らしい。
いかにも与党らしい、狙った響きのバンド名だ。
『ZAN党』とかいう自虐的なネーミングとは一味違う。
「あ、帰ってきた。 聞いてよ、『ステロイド』とチバ達が対バンする事になったらしいよ。 再来週、見に行こっか」
サリナは、フロアのトイレの方から出てきた女の子に向かってそう呼びかけた。
俺は、その顔を見た瞬間、目の前が真っ暗になるような気がした。
セミロングの髪に、どこか浮世離れした童顔。 黒のキャミソール。
俺の片思いの相手、津島ナオコがそこに立っていた。
「あ、チバくんって、去年ライブで裸になった……?」
はい、そうです。 去年、ライブ中に公然猥褻物チン列の罪を犯したチバくんのバンドです。
ナオコちゃんが、どことなく罰の悪そうな顔をしてるのがわかる。
そりゃそうだろうな。
彼女のイメージ的にはただのセクハラバンドなのだから。
「だーいじょうぶだって。 今回は外バンだから、そんなのやったら逮捕されちゃうよ。 行こうよ、アタシも行くから。」
「う、うーん。 サーちゃんが行くなら行こうかな。 『ステロイド』も観たいし。」
俺の心臓に不整脈が派生するのが、何となくわかった。



「何考えてんだ、チバ! あと一週間でまともな演奏なんか出来る訳ないだろう!!」
「じゃあ、まともな演奏しなきゃいいだけだろ」
アキラ達と別れた後、激昂して叫んだ俺に、チバはさも当然のようにそう返してきた。
なんかもう、ここまで開き直られると俺の価値観の方がどっかおかしいような錯覚に陥ってくる。
「てゆーか、俺達そもそもまともな演奏なんかした事ないだろーが。 何を今更」
「う………」
チバの的確な指摘に、一瞬言葉を失った。
まともな演奏かそうではないかは、結局演奏者のセルフジャッジだが、少なくとも俺達の演奏は世間一般の基準からしてもまともとは言い難い。
恥晒しと言えば、去年のライブも一昨年のライブも恥晒しには違いないのだ。
演奏で魅せてモテるとかいう最終目的は、はるか地平線の彼方にある。
「タカヒロ。 干されるのが怖いか?」
「ああ?」
唐突な質問に、俺は思わず呆けたような声を出していた。
「セックス・ピストルズを知ってるだろ。 イギリスの、パンクの元祖。 今でこそ奴らは有名だけど、現役当時、奴らは本物のカスだった。 ライブで酒は飲んだり、客殴ったり、演奏中にアンプの電源が入ってないなんてのもざらだ。 正直、奴らのライブ音源なんてただのノイズだし 音楽的にはマジ終わっとる。 レコード会社からも発売拒否されて、TVからは発禁扱いされた。 つまり、奴らは正真正銘の残党だった。 だが、奴らは今では伝説だ。 何でか、分かるか?」
「そんなのは俺だって知ってる。 低所得の労働者に代わって、皇室や権力を批判したからだろ。 当時の社会のタブーを踏みまくって、奴らは伝説になった。」
「そうだ。 だけど、やつらが堂々と権力を批判できたのは、奴らが残党で、失うものが何も無かったからだ。 この世の中でやりたい事をやるには、干される事が必要なんだ。 干されるのを恐れるのは、野党のパンピー共がする事だろうが。 俺達残党は、やらかしても失う評価なんかなんもねーから猪突猛進になれんだよ。 その残党の特権、使う時に使っとかなくていつ使うんだよ」
何となくチバの言いたい事は理解できる。
最初から無い外聞なら気にするなという事だろう。
しかし、こいつらはわかっていない。
いや、知らない。
サリナと一緒にライブを見に来るナオコちゃんに、俺が片思いしている事を。
俺が恐れているのは、干される事ではない。
必ずや晒すであろう醜態を、ナオコちゃんに見られる事なのだ。
好きな子の評価を気にするのは当然だろう。
だが、それをこいつらに言う訳にはいかない。
言った瞬間、絶対このクズどもは義兄弟の契りを交わし、全力を挙げて思いつく限りの妨害工作に走り出すだろう。
「一週間も練習すれば充分だろ。 逆にあいつら干したろうぜ。 俺らの、パフォーマンスで」
…………嘘でも、せめて『演奏で』って言えよ。
今、わかった。
こいつは、外皮から骨髄の奥にいたるまでパンク、つまり反社会精神で構成されてるのだ。
こんな奴が来年から社会の野に放たれると思うとぞっとするモノがあるが、あるいは、だからこそ今の内にそういう行為の限りを尽くしておきたいのかもしれない。
その時、その場から離れてユゲに電話をかけていたトーヤが帰ってきた。
「ようやっとデブに電話つながったわ。 ちょい渋っとったけど、ユゲも出演OKやって」
「はぁ~、デブやっぱり寝とっただろ」
「予想通りやって。 行動パターン決まっとるからすぐ読めるもん」
アスファルトの駐車場から、熱で陽炎が昇ってきている。
夏場の、最も暑い時間帯に入りつつあった。
「とりあえず、ZAN党の今年のファースト・ライブ決定だな」



17

牧根句郎 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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