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7:恐怖の頭脳改革

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 怪物と戦うときに必要なのは何か? 武器だ。人狼に銀の銃弾をぶち込む。あるいは、吸血鬼に十字架をかざし、心臓に白樺の杭を打ち込んだ後、首をはねて口にニンニクを詰め込み川に流す。そんなふうに、デッドフィッシュを確実に始末する武器がなくては。
 夢の中でぶち砕かれて死んだミチコが公園にいたので、その話をした。彼女が、腐れサボテンの自由研究を聞いたクラスメートみたいな顔になるのではと思ったが、無表情のまま黙って僕の話を聞いていた。
「死んだ魚……。なるほど。……一つ弱点みたいなのを思いついたよ」
 早々にミチコは言った。
「それは?」
「火だよ。魚も死体も、どっちも火で焼かれるから……。夢の中に火を持ち込んで、それで攻撃すればいいと思うよ。……骨だけにしちゃって……そいつらを猫の餌にしてやるんだ」
 ナイスアイデアだ。
「なるほど、ありがとう。ところでまだバンドでやる気はないの?」と聞くとミチコは、
「気が合う人が見つかれば……もしかしたらやるかもね……たぶんやらないけど……」
 と言ってルーシーをジャカジャカやるのだった。


 血のように赤い液体がべたべたと足の裏に貼り付いている。白い部屋だった。赤い僕の足跡だけがずっと続いている。
 壁には赤い手形がいくつもあった。顔の形をした染みも。それらは皆、苦悶の表情を浮かべていた。僕も今そういう顔をしているのかもしれない。
 数メートル先に、赤い水溜りが見えた。その中で、なにかが蠢いている。
 コードの塊に見えた。真っ赤なコードが球になっているように。
 釣り立ての魚みたいにそれが飛び跳ねた。跳ねながらこちらに向かって来ている模様。
 僕はあせらなかった。武器があったからだ。
 ライターだ。寝る前に枕の下に入れておいたものだった。赤く光るそれを迫り来るデッドフィッシュに向け、着火した。
 現実ではガスが切れているはずのそれから、白い炎が噴き出した。怪物に命中し勢い良く燃え上がる。
「焼き魚焼き魚、楽しい楽しい焼き魚、今夜の魚は良い魚、明日の魚も良い魚
 焼き魚焼き魚、楽しい楽しい焼き魚……」
 今作った歌だった。


 こうして僕はデッドフィッシュを火葬し始めた。
 一晩で三匹くらいのペースである。おおむね、楽しかったが、燃えながらゴロゴロとこちらに転がってくるデッドフィッシュもいて油断はできなかった。
 あるとき、ヒレが生えた来戸が夢に出てきた。僕の頭の中にある彼女のイメージが、デッドフィッシュ菌に感染したのだろう。僕は焼く前に彼女をぶん殴って、首を絞めて、倒れたところでまた蹴飛ばした。彼女のことが嫌いというわけでもいないのになぜそんなことをしたんだろう。
 その夢を見た次の日、来戸はベーシストのアパートの屋根から飛び降りた。
 僕はどうやって屋根に上ったのか気になった。近所の家から梯子を拝借したのだろうか。
 ちなみに来戸は無傷だったらしい。


 気になっていることがある。テンプラ油を固める薬品がある。あれで吐しゃ物を固められないだろうか。
別にどうこうする気はないが、なんとなく固めてみたい気がする。小便も混ぜた上で四角く固めたい。それを道に置いてみる。ブロック状のそれが何なのか、手にとって調べてみる人もいるかもしれない。犬が食べるかもしれない。想像しながら僕は二日酔いの頭をガクガク揺らし、便器に吐く。
 起きている間、暇なのでいろいろやった。例えば壁にラクガキ。水で消えるようにトマトケチャップで。卑猥な言葉を書こうかと思ったが、「環境汚染」「ウルトラバイオレット」「カリウムの匂い」「明るい月曜日」と、とりあえず自分のバンドの曲名を書くことにした。
 すると「宣伝してるのぉ?」という声とともに、柑橘系のどぎつい匂いがした。
 長身の、黒ずくめの女の子が後ろにいた。前髪が長く視界が確保されてるのか怪しい。
「何だ君か……」僕らのバンドのファンの女の子である。名前は確か春日井……。何度か来戸たちと一緒に酒を飲みに行った。「ストレス発散だよ、なんか用」
「いや別に通りがかっただけ……影介さん、最近顔色悪いわよぉ」
「そういう君こそ目が真っ赤みたいだけど。髪を切った方がいいんじゃないか」
「寝てないし大泣きしから」
「なにか哀しい出来事でも?」
「タマネギを切っただけ」
「タマネギか……」
 確かに泣くほどの哀しい出来事なんて普通に生きていたらあまりないかもしれない。
 ところで春日井はベーシストである。腕はどの程度か知らない。ずっと、共にバンドを組むメンバーを探しているがなかなか見つからないらしい。なんでも彼女は、爆発的かつ退廃的なセンスを持つ人間じゃないと、一緒に活動したくはないそうだ。
 僕は思いついた。ミチコはどうだろう。
「なあ春日井」
「何?」
「一人ギタリストを知ってるんだけど、すごいセンスの持ち主なんだ。今フリーだから勧誘したら」
「マジで? 影介さんがそう言うんなら会ってみたいわねぇ……」
「後悔はしないと思うよ」
 というわけでミチコのいる公園へ向かう。
 またピアス増えた? とか、また背伸びた? とか、来戸が屋根からダイブしたこととか、そういうくだらない話をしながら公園についた。
 いた。
 小型のアンプとエフェクターを持ち込んでいるミチコ。アンプのせいか、音がひどく汚い。
「やあミチコ」
「……うん。何か用……」
 相変わらず覇気がない彼女に春日井のことを紹介し、僕は「じゃあ後は二人で」と言い残し帰った。


 春日井は時折意味の分からないことを言って僕らを混乱させる。
 あるときラジオから猫が出てきて彼女の額を引っ掻いたと言う。髪を分けてそのときの傷を見せてくれたのだが、何もなかった。しかし彼女はその傷があると信じて疑わない。道に黒トカゲがいると言って先に進めなくなることもあった。しかしそんなものもどこにもいやしなかった。見えている演技をしているのか、あるいは彼女の白昼夢にも何かが住みついているということなのだろう。
 で、夜になって、自分から性欲が消えているかどうかいろいろ調査していたら春日井から電話が来た。ひどく興奮した声だった。
「スゴい! スゴいわよぉミチコちゃん! 天才! スゴすぎて惚れた! 目からうろこ涙腺崩壊頭の中でビッグバンよぉ! ああああ」声が震えていた。
 一体何があったのかは知らないが、どうやら意気投合したらしい。話を聞くのが面倒だったので「良かったね」と言って電話を切った。


 その夜僕はある実験をした。
 寝なかったらどうなるんだろう――そう思ったのがきっかけだ。
 ずっと寝ていないとなにやら幻覚を見るらしい。それを期待しているわけではないが、夜に寝るのは当然という観念に対するブレイクスルーを試みたかった。
 とりあえずコーヒーを飲む。
 何かしていなくては寝てしまうだろう。絵を描いてみることにした。その辺に落ちていたチラシの裏に万年筆で、バケモノを描く。夢でいつも見てるやつらを。飽きてきたので、今度は猫の絵を描く。それも飽きたので次は猫のバケモノ。尻尾がいくつにも分かれている。魚のバケモノを食い殺す猫の怪物。できに満足した僕はコンビニへ向かい、何枚もコピーした。家に帰ると部屋の壁にべたべたと貼る。
 その絵を見ているうちに曲が浮かんだ。ジェニーを手に取り、形にする。いいできだ。ゴミの山の中からラジカセを引っ張り出し、テープに録音した。新曲「魚群日和」がこうして完成したのだった。
 そうしているうちに朝になった。
 不思議と倦怠感はなく、酒を飲まなかったせいか頭は冴えていた。
 この境地は新しい。もうちょっと徹夜を続けてみよう。
 腹が空いたので朝食を摂ることに。ラジカセを探しているときに出てきたカップ麺に、炊飯器に入っていた冷や飯をぶち込んだ。それを食べていると来客。
 春日井とミチコだった。
「おはようございます。『Strawberry Alliance』結成記念ライブをしに来たのよぉ」と、春日井は愛用のプレシジョンベースを取り出した。「わたしもミチコちゃんにインスパイアされて名前つけたのよぉ。『ミッシェル』ってね」
「それは分かったけど」僕は言った。「朝方からこうしてやって来て僕が寝てるって可能性は考慮しないのかな」
「……影介が寝てたら、そのまま聞いてもらうつもりだった」とミチコ。
「そういうことよぉ……じゃ、始めるわ。わたしたちを出会わせてくれた恩人に……最初の曲は『空飛ぶ鯨』」
 というわけで演奏が始まった。
 興味がなかったのでヘッドフォンをつけてマリリン・マンソンを聞いた。音量をかなり上げていたので二人の演奏は聞こえなかったが多分良かったんじゃないかと思う。
 
7

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