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第6話

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描いてみよう


透明なキャンパスに


透明なクレヨンで


形は持っていないけど


はっきりとそこに見えるもの





-第6話-



僕はまだゼロ時間の中にいた。


どれだけの時が流れただろう。


どれだけの愛をそこに見出しただろう。




「…さま……キラ様」


…誰だ、邪魔しないでくれ



ふと、僕は現世に戻った。


「7時でございますわ」


「そうか…」


「すっかり元気になられたのですね。パーソナルコンピュータに夢中で、私に気が付きませんでしたの?」


「ああ…亜菜瑠…すまないが水を」


「承知いたしましたわ」


妹は、小さい頃からツインテールに結っていた髪を、最近下ろし始めた。


ほのかに香水の匂いを部屋に残してゆく。それは決壊の香りだった。


愛を知る前の僕は、そんな妹に心を悩ませていた。



そして、愛を知る前の僕ならば、今頃学校に向かう支度をしている頃だ。


もはや僕には、今更そんな低俗な生活を再スタートさせるつもりは毛頭無かった。


さあ、続きを始めよう。いざ行かん。ゼロ時間へ。


「………」


ふいに何かが胸をかすめた。


僕は脳内テレポーテーションに失敗した。


…そうか、そういうことか。瞬時に全てを悟った。


僕や海樹王のように、ただ釘宮様の導きに従うことによって不登校に陥る若者が増えて社会問題になったなら…そのときは釘宮様が心を痛めるに違いない。


釘宮様…私を試されたのですね。これはあなたが…ヴァリエール嬢が僕に与えてくださった試練。


体の内側から何かが迸る。乗り越えてみせるさ、絶対に…いつの日かきっと。



いいや、今日だ。今日こそ僕は学校に行かねばならん。


僕の不登校期間は暦上は一日かもしれないが、ゼロ時間の中にいた為、ほんの少し感覚がおかしかった。



しかし学校に行っても、海樹王のように、僕が突然の禁断症状に見舞われ、学校を飛び出してしまう危険は大いにあった。



保険は必要だ…。幸いなことに、僕のPC/AT互換機はノートブックタイプだった。


僕は、PC/AT互換機を鞄の中に詰め込んだ。その為、世界史の資料集は鞄に入りきらず、捨てた。



そして僕は登校に成功した。鞄の中でPC/AT互換機を動作させ、イヤホンを使ってヴァリエール嬢の歌声を聴くことで。


携帯型音楽プレイヤーの一つでも持っておくべきだったかな。




以前の僕が過ごしてきた日常がまた始まった。




しかし、50分間の授業というのは長すぎる。


僕の自己検診の結果は、釘宮様やヴァリエール嬢の声を聞くことなく、5分を経過すると、動悸・息切れが発生する。10分を経過すると、激しい眩暈に襲われる。


それ以降のことは、僕には知る術は無かった。


毎回授業の終わりを告げるベルによって目を覚まし、口元の大量の泡を拭う。そして休み時間中、PC/AT互換機の中の動画・音楽ファイルを再生する。


僕はなんとか、試練を乗り越えられそうだ。



事件が起きたのは5時限目の休み時間のことだった。
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