第8話
どうもありがとう
僕はこのまま闇に溶けよう
消えてゆくのはただの幻
そんな幻を照らしてくれた光に
伝えたい言葉と共に
-第8話-
ふと見上げた上空には、見知らぬ天井が覆いかぶさっていた。それはわずかばかり、逃げちゃだめだの人が見た光景と似ていた。
「…び…病院…」
「目を覚ましたようだね。ここは保健室さ」
ベッドの脇にパイプ椅子に足を組んで腰掛け、ウェハースチョコを齧る男の姿がそこにあった。高木たかしくんだった。
「食べるかい?」
たかしくんは、食べかけのウェハースチョコを僕に差し出した。
ウェハースチョコの齧りかけの部分に、緑色のゼリー状の物質が附いていた為、僕は拒否した。正直言って、見るのも耐え難かった。
「そういえば、僕は…」
僕はマラソンの最中に倒れた筈だった。そして、鬼教師に辱められそうになったところを、この男に助けてもらったんだ。
「なあに、心配いらないよ。あの後は僕が西田先生にみくるビームをかけただけだよ。今頃先生は病院さ」
みくるビーム??よくわからないが、そしてこんな不良だが、助けてもらった事実には変わりはない。
「ありがとう」
本音だ。心から言える。僕はこの恩を絶対に忘れない。
「いいって。あとこのパソコン、大切なものなんだろう」
たかしくんは、腹部から僕の時空の扉を取り出し、僕に差し出した。なぜ僕のように腹部に収納していたのだろう。だが、そんなことは別にどうでもいい。
時空の扉を守ってくれたのか…。本当にありがとう。
僕は時空の扉を受け取り、電源を投入した。
声が聴きたい。
「ひとつ、聞いてもいいかい?」
たかしくんは、僕にそう訊ねた。蛍光灯の光に照らされた禿頭が、ほんの少し眩しく感じた。
「いいよ。なに?」
「君の…君の体は、釘宮病に侵されているのか…」
「…気付いていたのか」
「うん…腸(ひろし)君は、授業の度に白目を剥いて泡を吹いてるし、休み時間の度にパソコンでアニメを再生してるし。医学の知識なんて無いけど、僕にだってそのくらいはわかるよ。昨日も…釘宮病欠だったんだね…」
「…ああ。その通りだ」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁルハレタヒノコトぉぉぉぉマホウイジョウノユカイガアアァァァァアァ」
たかしくんは、声をあげて泣いた。
「な…なんてことだ…すまない…あの日、勝嗣達と…君にDVDさえ渡さなければ…こんなことには…」
涙の理由が分からない。そして僕には時間が無い。ゼロ時間へ行かなければ。
「泣かないで。それじゃあ、行ってくる」
僕はたかしくんに別れを告げ、ゼロ時間へ行こうとしたその時。
「この後、勝嗣とポチ男とアニメイトに行くんだ。腸(ひろし)君も来ないか。お詫びがしたい」
「悪いが、僕は君達のような不良の遊びには興味が無い。もう僕を引き止めないでくれ、頼む。君には感謝している」
「そうか…僕達のような不良は、所詮は世の中のはみだし者。わかってる。だが、だが聞いてくれ、アニメイトには、ヴァリエール嬢のグッズだって揃ってる」
…僕に選択の余地は無かった。