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条件

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 家に着くと、りょっちは鞄を置き、上着を適当に投げ捨てると、ベッドに腰をかけた。
 アタシはりょっちが放り投げた上着をハンガーに掛け直し、隣に腰掛けた。
「・・・・・・あれ?」
 そして、目の前の変な物体に気がついた。
 パソコンのキーボードの上に、白猫が丸くなって寝ていたのだ。
「・・・・・・キューか。久しぶりに来たなこいつ」
 キュー?この猫の名前だろうか?
 そういえば、換気をしようとして窓を開けっ放しで部屋を出てきたのだった。
 どうやらその窓から入ってきてしまったようだ。
 ん?でもこの猫どっかで見たことあるぞ・・・・・・?
 アタシがそうやって思い出そうとしている間、りょっちは優しく猫の背を撫でていた。
「あー!!この猫!!」
 アタシが急に大声を出してびっくりしたのか、猫はビクッと反応すると、窓から逃げていってしまった。
「なんだよ、急に大声出して」
「いや、あの猫‥・‥・見たことがあって」
 そうだ、アタシがそもそも迷子になったのはあの猫のせいだ。
 信号待ちをしていたところに、横断歩道を優雅に渡って行き、渡りきったところで、こちらを何度か振り返ってみてきたのだ。
 それで気になって追いかけてみたら、裏路地の迷路に迷い込んだのだ。
「ま、まぁどうでもいい話なんだけどね、何?キューっていう名前なの?」
 そんな間抜けな話をするわけにもいかず、適当に話題を変えることにした。
「へ?あ、あぁ。俺が勝手に付けたんだけどな。時々ベランダに来てたんだよ」
「ふーん、なんでキューっていうの?」
「色々と理由はあるが、白いお化けに似てたから、とか、初めてきたときもキーボードの上で寝てて、キーボードの配列の一番最初にあるQから取ってみたとか、そんな感じだよ」
 自分で名づけた割には、なんか由来がいっぱいあった。
「あ、そ、そういえばさ!」
 りょっちが病院で、智恵のことを吹っ切るつもりだと分かった時から、言おうと思っていたことだったのだが、何故かつっかえてしまった。
「あ?なに?」
「アタシ達の契約目的ってさ、アタシは寂しさを紛らわす、りょっちは智恵のことふっきるって事だったじゃない?だとしたら―――りょっちはもう、目的を達したんじゃない?」
 アタシは、極めて冷静―――なつもりで、そう言った。
 そう、コレは重要なことだ。もうりょっちにはこの『ゲーム』を続ける理由がないのだ。
 だというのに、この男はボケっとした顔をして。
「あー、そういやそんな風に言ってたっけ?」
 とか抜かしやがった。
「い、言ったわよ!ちゃんと自分の発言には責任持ちなさいよ!」
「何ムキになってるんだよ!」
「だって、大切なことでしょう!」
 そりゃぁムキにだってなる。
 だって、コレで終わりなら―――終わりなら、そう、アタシは住む場所を探さなきゃいけないし、ご飯も作らなきゃいけない。
 だから、大切なことだ。
「まぁ、言ったってことにしとこう」
 ということは―――
「で?それが何か問題あるの?」
「だから!それならこの『ゲーム』は終わりでしょ!?りょっちには続ける意味がないじゃない!」
「あー、そういうことになるのか。でもやっぱカンケーねーよ」
「は?」
 こんどはアタシが間抜けな顔をする番だった。
「だってよ、『ゲーム』の終了条件は、どちらかが相手にマジになった時、これだけだろ?他は関係ないじゃん」
 だって、そんなことを言うもんだから。
「ホッとしたか?」
「し、してないわよ!」
「噛んでるぞ」
「うっさい!」
 アタシはりょっちを叩こうとしたが、ひょいひょい避けられてしまった。
「そういや、ブログにもなんかやばいこと書いてるみたいなこと言ってたな・・・・・・」
 りょっちはアタシの攻撃を避けながら、器用にパソコンを立ち上げて達也のブログサイトを開いた。
「誤魔化すな!」
 と、叫んで右ストレートをりょっちの肩に放ったが、当たった。
 りょっちは画面をみて固まっていたのだ。
 アタシも、思わず画面を見てしまう。
 その内容は‥・‥・やはり、メールといい勝負だった。

タイトル:なんで

 退屈。すげー退屈。することない。智恵にも会えない。
 智恵が今日はこれないって。
 なんで俺こんな目に遭わなきゃいけないんだろう?おれなんかしたかな?
 そとはなんかめっちゃ晴れてるし。
 なのに俺ベッドから一歩も動けないし。
 智恵は会いに来てくれないし。
 あー、いやだなー、しにてーなー。

 コレはりょっちが行く以前に書かれたものだから、仕方がないといえば仕方がないのかも知れないが、それでも少しぞっとする。
 達也がコレを書いていたとき、もう殆ど周りのことなんて考えていないのだろう。
「・・・・・・ヤクイな」
 りょっちがサザンアイズの主人公みたいなセリフをこぼした。
「なにが?」
「これ、ワタルが見たら・・・・・・」
 そうなのだ。
 実際、こういうこと書いている原因は、りょっちに対する恐怖から、智恵を繋ぎ止めたいという執着心だ。
 実のところ、達也は事故に遭ったことに対しては、そこまで恨んでないと思われる。
 でも、事故を起こした本人が見たら、責任を感じてしまうだろう。
「ちょっとワタルんとこい「ダメ」
 立とうとしたりょっちの服をひっぱり、座らせる。
「アンタ今自分の精神状態分かってナイだろうけど、人を励ませるような状態じゃないわよ」
 それでも、とアタシは続ける。
「ワタルのトコに行くって言うんだったら、一度全部吐いちゃいなさい。
 智恵に対して好きって気持ちを表すのは、これで最後にするつもりで。
 つーか、なんで急に諦める気になったの?」
 アタシがそういうと、りょっちは観念したのか、どさっと再びベッドに腰を下ろした。
「別に、急ってわけでもねーよ」
 少しうつむきならが、りょっちは喋り始めた。
「いつかは、こうしなきゃって思ってた。
 付き合ってたときは、喧嘩をすることだって会ったけど、智恵とならずっとやっていけるって思ってた。
 智恵と一緒にいるだけで、なんか心が安らいだし、楽しかった。
 だから、別れた時は、その事実が信じられなかった」
 そういうと、りょっちは換気の為にあいていた窓をもう少し開けて、煙草に火をつけた。
 一息吸って、吐き出すと、また話し始めた。
「あんな感じ、はじめてだった。
 あんなに、守りたいって思ったのも。
 あんなに、幸せな気分になったのも。
 アイツ、少し変わってるから、あいつをわかってやれるのは俺だけなんだって思ってた。
 自分のことをあんなにもさらけ出したのも、それを受け止めてくれたのも、あいつが初めてだった」
 だんだんと、りょっちの声が震えてきた。
 りょっちは煙草の火を灰皿に押し付けて消した。
「だから、ずっと一緒にいられると思った。
 でも、それは俺の独りよがりな勘違いで、アイツはそんな風に思ってなかったのかも知れない」
 りょっちの表情は見えない。片手で顔を覆っていた。
「でも、好きでいるだけなら、何も望まないなら、いいと思ったんだ。
 好きでい続ければ、ひょっとしたら、達也と別れるかもしれない、そしたら、また俺は一緒にいられるかもしれない。
 でも、そんなの相手からすれば迷惑なだけだったんだ。
 それが分かってからも、好きでいるのはやめられなかった。
 こんなの間違ってる、そんなの分かってた!
 過去に固執するなんてことが良くないことも、良くないなんて分かってた!
 でも、そういうのを全部、自分は一人の女性を愛し続けてるなんて言い訳で、誤魔化してたんだよ!」
 りょっちは、とっくに涙を零し始めていた。
 大の男が、泣き喚くなんてみっともない。そんな風には思えなかった。
 あまりにも痛ましい、自虐。
 でも、それは今まで自分がしてきたことの代償だと、分かっているのかもしれない。
「本気で思ってたんだ‥・‥・俺はアイツしか愛せないって。
 でもそんなの誤魔化しだったんだ、誇れることなんかじゃない、好きでいたい言い訳だったんだ!
 わかってた・・・・・・『また、一からやり直す』ことが面倒くさいだけなんだってことも!
 何度もお互いを傷つけながら、信頼関係を築くってことを、もう一度やるのが嫌だったんだ!
 だから、こんなにも固執して‥・‥・みっともない‥・‥・迷惑も沢山かけて・・・・・・」
 だんだんと、もう自分が何を言っているのかも分からなくなってきたのだろう。
 ただただ、自分を責めて、今までの行いを否定して。
 もう、十分だろう。
 アタシはりょっちの前に回りこむと、抱きしめた。
「もういいよ。
 悪かったって分かったんだよね?
 でもね、全部が間違ってた、誤魔化しだったなんてことはないんだよ?
 だから、大切だった想いまで否定しなくていいんだよ?
 それは、間違いなんかじゃなかったから」
 りょっちは喋らない。喋れない。
 喋るべきことは喋った。
 だから、きっとりょっちはもう大丈夫。
 りょっちはとっくに泣いていた。
 でも、それはただ涙がこぼれていただけで、『ただ泣く』という行為は必死で我慢していた。
 だから、最後にそれだけすれば、もう、大丈夫だ。
「もう、泣いていいんだよ?」
 アタシがそういうと、もうりょっちは我慢しなかった。
 りょっちは、泣いた。
 恥も外聞もなく、大きな声でわめいて鳴いた。
 しばらく、泣き続けると、りょっちは静かになった。
 眠っていた。
 昨日も、変な姿勢で寝ていたのだ。多分ちゃんと寝れなかったのだろう。
 それに、今日だって精神的な疲労は大変なものだったはずだ。
 相当疲れていたんだろう。
 ベッドに腰をかけた姿勢だったので、そのままゆっくり横に倒し、布団をかけてあげる。
 そうして、アタシが離れようとすると、りょっちが手を掴んでいることに気付いた。
 アタシは、空いている手で頭を撫でてあげると、その隙に手を解いた。
 りょっちが少し唸った気もするが、まぁ頑張れとしか言いようがない。
 アタシにはしなきゃいけないことがあった。
 りょっちが、今日体を張って先に手本を見せてくれたのだ。
 前へ進むということ。いや、『どこか』へ進むということ。
 今のりょっちに、ゴールや、進むべき道なんてない。
 そもそも、そんな道なんてないのかも知れない。
 漠然と進んで、違ったら戻って、そうやっていつか辿りついた先がゴールになるんだろう。
 アタシ達は勘違いをしていたのかもしれない。
 それを、りょっちは気付かせてくれた。
 アタシも続かなくちゃいけない。
 でも、その前に、そうやって気付かせてくれたのだから、お礼の一つくらいしなきゃいけないだろう。
 りょっちは眠ってしまった。
 なら、そのりょっちがすべきだったことを、アタシが代わりに行うことにする。
 アタシは、りょっちの携帯を手に部屋を出た。
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 腕時計を確認する。
 夜の10時、そろそろのはずだ。
 昼間ではどこに看護師や医師の目があるか分かったものではない。
 ブツの受け渡しをするのは、面会時間が過ぎてから。
 職員用入り口を抜け、指定した待ち合わせ場所に待機する。

 しばらくして、バイクの音が聞こえる。
 ・・・・・・しかし、聞き覚えのある音とは少し違ったような気がする。
 バイクの音が消え、代わりにこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
 どうやら、俺の勘違いだったらしく、到着したのはやはり俺の知っている人物だったようだ。
 階段の下、上からは死角になりやすいこの位置からは、照明の明かりで上にいる人物は逆光でよく見えない。
 ・・・・・・すこし小柄すぎないか?こんな小さかったっけ?こいつ?
 と、思ったが、おもむろに上から何か投げられた。
 無地のポリ袋だ。
 中身は、ショートホープ。俺の指定した約束のブツ―――煙草。
「夜まで時間潰してくれっつったけど、またパチンコかよ。こりねぇな、こりゃ景品か?」
 相変わらずギャンブル狂のようだ。
 賭けるのが命じゃなくて、金って分薄いが、バイクでかっ飛ばすのと似た感じがあるぜ。
 なんてアイツはいっていたが、正直理解しかねる。
 金は金、命は命。
 バイクで得られる生の実感は、他のもので代用は効かない。
 そこで、階段の上にいた人物がようやく横に並ぶ。
「大体、ギャンブルに使う金があるなら、整備道具にまわせ―――」
 横に並んだ人物は、俺のまるっきりしらない女だった。
「はじめまして、白石ユウです」
 イキナリ名乗られた。
 深夜の病院でイキナリ表れた謎の女。
 これなんてエロゲ?って言いそうになったが、白石という苗字にピンと来た。
「そういえば、りょっちに妹がいるって聞いたことあったな」
 ぽん、と掌を打った。
「違います」
 否定された。
「じゃぁ誰だよ」
 ショートホープを持ってきた、ということはりょっちの知り合いなのだろうか?
 煙草を持ってきて欲しいとメールしたのは、りょっちの携帯だ。この時間を指定したのも、りょっちしか知らないはずだ。
「まぁ、アタシが誰かなんてどうでもいいのよ。問題はアンタよ」
 人に指を指すとは、失礼な女だ。
 正直、気が立っているので今はこういう手合いを相手にしたくはなかった。
「りょっちが心配してんのよ、あんたがなんともないって顔しててくれないと、まずい飯作られかねないから、アタシも困るわけ」
 一方的に、意味の分からないことを並べる。
「だからさ、あんた今すぐにでも達也に謝りたいとか思ってるでしょ?」
「あぁ?」
 イキナリ現れて、何を言い出すんだ?
「それ、やめなさい」
 俺は目の前の女が喋るのを無視して、煙草に火をつけて

 女の肩を掴み壁に叩きつけてやった。
「俺は今気が立ってんだよ。わかったら、煙草だけ置いて帰っちゃくれねーか」
 煙草はありがたい。
 でもそれ以上は余計。
 俺の左目の辺りを見て、少し女が怯む。
 暗くて見えなかったのだろうが、そこにはまだ抜糸をしていない、グロテスクな傷跡があるはずだ。
 しかし、それでも怯んだは少しだけだった。
「何だ、思ったよりビビリなんだ」
 とか抜かしやがった。
 掴んだ肩に、少し力を入れる。
 女は痛みからか、少し顔をしかめるが、それでも逃げようとしない。
「少しでも自分の弱いところが見られるのが嫌だから、そうやって強がる。典型的なビビリじゃない」
「だから、なんだ」
「別に?そうやって虚勢張るのは勝手だけど、やるなら貫き通してもらわないと迷惑だって言ってるの。
 達也はただ同情して欲しいんだから、同情がこっちにこないようにして欲しいんだよね」
「誰も頼んだ覚えはないぜ?」
「それでも勝手に同情するのが、人情ってもんでしょ?よっぽどの悪人でもない限り、同情はついて回るわ」
「じゃぁどうしろっつーんだよ」
「だから言ってるじゃない、悪人になれって言ってるのよ」
「・・・・・・は?」
 そういうと、女は肩を掴まれた手を払った。
「あのね、事故に巻き込んだのはアンタとは言え、アンタだって怪我してるし、怪我をさせたっていう自責の念に囚われてるって周りは勝手に思うわ。
 だから、そんな責任まるで感じてないかのように『バイク乗りてー』だけ言ってればいいのよ。
 お見舞いに来る人が、皆呆れるくらい。巻き込まれた達也にものすごく同情するくらい」
「多分、達也があんな状態になったのは、自分のせいだなんて思ってるみたいだけど、それ勘違い。
 りょっちが智恵に未練たらたらだからあんな風になったのよ。原因は別のトコにあるってわけ」
 それくらい、俺でも分かってる。
 それを達也が警戒していて、不満に思っていたことも。
 それが、発露しただけだ。
 だが、そのきっかけを作ったのも俺だ。
 原因がりょっちだろうと、今回のことがなければ、そんなことにはならなかったのだから。
「まぁ、きっかけを作ったのは確かにアンタかも知れない。
 原因を取り除くのはりょっちの役目。りょっちはもう、それを果たした。
 だから、アンタはアンタの役目を果たしなさい。
 達也は今、事故った哀れな自分を構って欲しいの。
 だから、アンタは見舞い客がそっちに流れるように悪役を演じる。
 それがアンタの役目」
 まるで、俺が思っていることなどお見通しだといわんばかりの言いようだ。
「言いたいことはそれだけか?」
「えぇ、まぁコレだけいって分からないような馬鹿じゃないことを願ってるわ」
 そういうと、女は帰っていこうとした。
「おい、待てよ」
 俺は引き止めた、一つだけ、言わなくてはならないことがある。
「達也のことを悪く言うな。達也も、こんなことがなきゃあんなふうにはならなかったんだ。
 りょっちも、達也も、二人とも俺のダチだ。悪く言うようなら、ゆるさねえ」
 それだけ言うと、女はまたこちらにつかつか歩いてきた。
「それは、悪かったわ。謝る」
 と言って頭を下げた。
 今までの不遜な態度など、どこへ言ったのかというほど真摯な態度で、少し面を喰らった。
「それから、アタシも一つ聞き忘れてた。あなた、あちこち怪我しているみたいだけど、無事な部分ないの?」
 続けて、この言い様である。
 さっきまで凄んでいた俺としては、少し対応に困ったが、素直に答えることにした。
「頭と肺と足をやったから―――まぁ、腕とか手は無事かな」
「見せて」
 訳の分からないまま、言われた通りに片腕を差し出すと―――
「っっっってぇ!」
 思いっきりつねられた。
「コレでオアイコね!肩、痛かったわよ!」
 痛がる俺を尻目に、女はさっさと逃げてしまった。
「そうそう、同情を買わなくたって、あんたには見舞いに来る馬鹿がいるから、安心しなさい!」
 言われなくても、分かっている。
 そういう馬鹿は、二人ほど知っていた。
 お人よしの馬鹿。
 りょっちと、たろやん。
 こいつらが見舞いに来てくれれば、まぁ、後は別にいいか―――、心置きなくヒールを演じられる。
 女の姿はもうなかった。
 つねられた時に落とした煙草を、踏んで消し、新しくもう一本煙草を取り出して吸いなおす。
 やれやれ、変な女だった。
 最後につねったのだって、俺が思わず肩を掴み、叩きつけたことに罪悪感を持っていたことに気がついてのことだろう。
『オアイコ』
 もう気にするな、そういいたかったのかも知れない。
 訳の分からない挙動のくせに、そういう部分だけやたらと気の回る女。
「・・・・・・りょっちの周りの女はそんなんばっかりだな」
 智恵しかり、さっきの女しかり。ワケワカンネェ。
「んで、またりょっちの好きそうなタイプだな」
 女の好みがおかしい、りょっちの好きそうなおかしい女。
 あの女がいるなら、りょっちも大丈夫だろう。
 俺のもう一つの懸念も、解消された。
 当面は、ヒールに徹するだけでよさそうだ。
 そう考えていると、階段の上の照明に、再び影が被さった。
 なんだ?戻ってきたのか?
 そう思ったとき
「宇津木さん!何やってるんで―――あー!煙草なんて吸って!どっから仕入れたんですか!没収です没収!」
 看護師だった。
「いや、ちょ、勘弁してくださいよ!今やっと届けてもらったんですから!」
「何言ってるの!あなた肺に穴空いてるのよ!?何考えてるの!」
 没収されてしまった。ジーザス。
 看護師に叱られながら、病室に戻る途中俺は思った。
(これはまた、早いところお人よしの馬鹿に見舞いに来てもらう必要がありそうだ)
 煙草が欲しい。
 そういう言い訳を利用して、友人を呼び出す。
 どうやら俺も、ご多分に漏れず構ってちゃんらしい―――
43, 42

  

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 アタシは、とりあえず役目を果たし部屋の戻ってきた。
 これで多分、ワタルとかいう奴は大丈夫だろう。
 りょっちなんかよりも、芯の部分がしっかりしてそうだったし。
 ドアを開けて戻ってきた、重要なことに気がついた。
 そういえば、りょっちをベッドに寝かしたんだっけ。
 そっと、本人の顔を覗き込んでみる。
 爆睡。
 いくらアタシとは言え、コレを起こすのは憚れた。
(・・・・・・仕方ない、寝袋で寝るか)
 いつもはりょっちが寝袋で寝ているのだ、たまには代わりにそっちで寝てやってもいいだろう。
 寝袋を床に引き、滑り込む。
 が、アタシは寝袋というものを甘く見ていたようだ。
 痛い。
 全然布団の役割をしていない。
 本当は寝袋の下に何か引かなきゃいけないのではないか?
 そう思い、辺りをきょろきょろして気がついた。
 ベッドの上には、薄い布団が二重に引かれていた。
 つまり、一つはこうして寝袋で寝る際に使うものだということではなかろうか。
 それをりょっちは、わざわざアタシの為に、一枚では薄かろうと、二重に引いて、自分は床に寝袋―――
 出会った当初のアタシの印象は最悪だったはずだ。
 だというのに、このお人よしはそこまで気を回していたのか。
 だが、今は関係ない。むしろそのお人よし加減がアタシを苦しめている。
 りょっちを起こすか、床で寝るか。
 さて、どうしたものか―――

-----------------------------

 何だが、とても気分の良い夢を見ていた気がする。
 いつもは、幸せな夢を見た後、つまり幸せではない現実に帰ってきてしまうと、気分が滅入ったものだが、今はそんな気分ではなかった。
 むしろ清々しい、満ち足りた気分―――
 よし、今日も一日頑張りますか!
 そう思い、重たいまぶたを開けると

 目の前にユウがいた。

 ・・・・・・落ち着け。ズボンははいている。俺は何も間違いは犯していない。そうだろブラザー?
 そうだ、深呼吸だ、深呼吸をして落ち着こう。
 すぅー・・・・・・
 と、息をめいいっぱい吸い込んだところで

 ユウの目がパチっと開いた。

「ぶはあああああ!!」
「うあああ!きたな!イキナリ何すんのよ!?」
 グーパンされた。
「いや、深呼吸をしていたところにイキナリだな・・・・・・」
「なんでイキナリ深呼吸なんてしてんのよ‥・‥・ん?」
 ユウが何かに気付いたようだ。
 そして、俺も何かに気付いてしまった。
「落ち着け、違うんだ。コレはだな、最近一人の時間がないせいで構ってもらえない息子が主張をしているだけで決してやましいことなんかないんだ朝だから仕方ないんだ」
「そうね、朝だからそういうときもあるでしょ」
 と、ユウは冷静に布団から出ると、顔を洗いに行ってしまった。
 俺なんかよりはるかに大人だった、なんか悔しかった。
 しかし何だって、俺とユウが一緒にベッドで寝ていたんだ?
 えーと、確か昨日は‥・‥・
 そこまで、思い出して、少し思考が停止した。
 そうだ、もう、終わったんだっけ‥・‥・。
 もう、アイツの傍にいることは、諦めたんだ‥・‥・。
 そうか、それで確かみっともなく泣き喚いて、そのまま寝ちまって‥・‥・寝場所に困ったユウが布団に潜り込んで来た、というわけか。
 納得。
 すると、そこに顔を洗ったユウが出てきた。
「あ、すまんかったな、ベッドで眠っちまって」
 別に元々俺の部屋なんだから、謝る必要もなかったんだが、昨日は迷惑をかけたからそう言ってみた。
「いや、別にいいわよ」
 ・・・・・・え?
 俺はてっきり「ホントよ、寝袋とか寝づらいし、起こすわけにもいかないし、狭いし、最悪でした朝飯作れ」
 とか言われるのかと思ってただけに、拍子抜けした。
「なんか、今朝はやけに機嫌がよろしいようで」
 逆に怖くなってきた。
 雪どころか、槍が降ってくるんじゃないだろうか。
「何よ、アタシが機嫌良くちゃいけない?」
「いや、滅相もござらん」
「じゃぁ早くご飯作ってよ」
 やっぱり、別に機嫌がいいわけじゃなさそうだった。女って分からん。

 フライパンを暖め、油を引き、片手で卵を割り、入れる。
 ジュー・・・・・・という食欲をそそる音がする。
 更に卵を割りいれ、都合三個の卵を入れたところで、塩コショウを適当に振る。
 満遍なく一振りづつくらいの味付けが俺の好み。すこししょっぱ目。
 更にそこにツナカンをぶち込み、適当に菜ばしでかき混ぜる。
 カシャン!と音を立ててトースターから、焼きあがったトーストが出てくる。
 火を弱めにして、かき混ぜるのをやめる。
 トーストを片手で取り出し、まな板の上に乗せる。
 予め洗っておいたグリーンカールをトーストの上に載せ、軽くマヨネーズを乗せる。
 そこにハムを適当に乗せ、更にもう一枚トーストを乗せる。
 四分割になるように、斜めに二回切り、爪楊枝で固定する。
 次に焼きあがったトーストには、今度は先ほど焼いたスクランブルエッグを挟んだ。
 そうしてサンドイッチを作っていると、ユウがいつの間にか横に立っていた。
「おー、なんか今朝の朝食は凝ってるねえ」
「いや、コレは昼飯。朝飯は次に焼く魚」
「げ、また鮭か」
「いや、マスだ」
「・・・・・・まぁ鮭じゃないならまだいいか」
 マスも鮭の仲間だ、愚か者め。
「ところで、お前今日暇か?」
 冷蔵庫からマスを取り出しながら、ユウにたずねた。
「ん?暇だけど?君学校じゃないの?」
 マスを、一度ペーパーで吹いたフライパンに放り投げながら答える。
「いや、学校だけどサボって行きたいところがあるんだ」
「パチンコ?」
「ちがわい」
 俺は他の場所に行っちゃ行けないのか。
「ワタルと以前バイクで出かけた時に、綺麗な景色が見れるとこ見つけたんだよ。そこに行こうかと思ってな」
 ツーリング、と言わなかったのは、本当はもっと先の、県境を越えた先まで行く予定が、寒いからという理由でそこで満足して引き返してきたからだ。
「りょっち、サボってばっかだけど、いーわけ?単位とか」
「へーきへーき、テストでそれなりの点とりゃ、単位なんてどーとでもなるって」
 実際は、去年出席日数が足りなくて落とした科目が何科目があるが、気にしないことにしている。
「ふーん・・・・・・りょっちがいいんだったら、別に付き合うよ」
「サンクス」
 こうして、俺達は付き合い始めてからの始めてのデートに行くことなった。
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  アタシ達は、東京から山梨へと向かう国道を走っていた。
 バイクには乗っていたが、ツーリングとかは行ったことがなかったので少し楽しみだ。
 先行するりょっちは、出発する前にアタシがツーリング初めてだと言ったから気を使っているのか、信号で止まるたびに
「疲れてないか?」
 とか
「コンビニ寄るか?」
 とか聞いてくる。
 なんだが、本当の彼氏彼女みたいな感じだ。まぁ、みたいなだけで実際は仮なんだけど。
 しばらく走っていると、周囲に緑が多くなってきた。
 ここのところ、自然があふれる場所なんて行っていなかっただけに、なんだが空気が綺麗というわかりもしない気分になっていた。
 すると、りょっちがジェスチャーで左を指差し、ウィンカーを出した。
 ガソリンスタンドに寄るようだ。
 速度を落とし、りょっちに続いてガソリンスタンドに入る。
 店員も二人しかいない、小さなスタンドだった。
「ここから先、当分スタンドないから」
 そういうと、りょっちはフッと笑った。
「何よ?」
 何か自分がしたのかと思って聞いたら、そうではなかったらしい。
「いや、以前ワタルと来たときに、何も知らずに走ってたらガス欠になって大変な目にあってさ」
 結局、立ち往生になった二人は、途中車に乗せてもらい、スタンドまで戻り、タンクにガソリンを入れてまた戻ってきたらしい。
「そういうトラブルを楽しめるっていうのも、一つの才能だよな」
 才能、というよりは、いい仲間に恵まれたというべきだろう。
 一人でもそうしたトラブルを嫌がるような人間がいれば、一気に場が冷めてしまう。
 そういうトラブルも、笑って済ませられる仲間達でツーリングにいけたりょっちは、恵まれているのだろう。
 そして、そのことは本人もよくわかっている。
 りょっちの仲間というのは、いい人たちばかりなのだろう。
 給油が終わり、発進すると、それからはずっと一本道で、信号もなかった。
 ひたすらに続く一本道。
 左右を流れる木々。
 時折木々の隙間から表れる清流。
 アタシはコレまで、バイクをただの移動手段としか思っていなかったが、こうやってただ走っているだけでも楽しいものだということを初めて知った。
 ドライブには行ったことがある。
 友達とわいわいと騒ぎながら、景色を見て楽しむ。
 それとは違った楽しさ。
 車のように話しながら走る、なんてことは出来ないが、そんな必要はなかった。
 一緒に走りながら、その場所その場所の空気を感じて楽しむ。
 車のように、窓から見える決められた景色じゃない。
 前を走るりょっちは、この空気をどんな風に感じるんだろう?
 さっきすれ違った、変わったバイクを目で追っていたが、りょっちは何が気になったんだろう?
 話したいことは沢山ある。
 いますぐには話せない。
 次の休憩で、話すのが楽しみになる。
 これが、ツーリングというやつの楽しみ方なのだろうか。
 そうやって、アタシは周囲の景色を感じながら、楽しく走っていた。

 ガソリンスタンドを出てから、だいぶ時間がたったころ、ようやく何か建物が見えた。
 道の駅、と書かれていた。
 アタシ達は、その道の駅へ入っていった。
 平日だというのに、そこそこ車もバイクをあった。
 アタシ達と同じぐらいの年齢の若者達が、または全然年上のおっさん達が、楽しそうに話している。
 駐輪場には、アタシでも分かる有名なバイク、ハーレイダビットソンなんかがずらりと並んでいたり、あれは‥・‥・モンキーだっけ?エイプだっけ?ゴリラだっけ?たしかそんな猿系の名前がついた小さなバイクが並んでいたり、同じような趣味を持つ人たちが集まってツーリングに来ているようだった。
「あれハーレイでしょ?すっごいねー、皆金持ちのおっさんなんかね」
「さあなー、案外、奥さんとかに怒られまくってるんじゃねぇ?でも、憧れるなぁあーいうおっさんになりてえ」
「奥さんに怒られたいの?」
「そこじゃねえよ」
「あ、あれなんだっけ?エイプ?モンキー?すごい数ね」
「あれはゴリラだな。タンクとシートの形が結構ちげえんだよ、詳しくは知らんけど。つーかあの人たちみんなゴリラって刺繍入ったジャンパー来てるじゃねぇか」
「あ、ほんとだ」
「うお!アレはまさかヨシムラカタナ!?すっげー!軽そー!」
「あの黒い奴?なんかりょっちのと似てるけどあっちのが格好良くない?」
「うっせ!」
 駐輪場だけで楽しめた。
 アタシのバイク知識はにわかだし、そこまで興味もないけど、なんだかりょっちが楽しそうなのでこっちまで楽しくなってきた。
 そこで、ふと思った。
 アタシは、何を望んでいたのだろう、と。
 茂と、こんな風に楽しむことを望んでいたのか。
 それとも、茂に、こんな風に楽しませてもらいたかったのか。
 楽しそうに、子どものようにはしゃぐ様は、まるで似てないりょっちと茂をダブらせた。
 こんな風にはしゃいでいた茂を見て、あたしは茂のことをもっと好きになったのだ。
 その時、アタシはどんな気持ちで、茂を好きになったんだろう。
 今では、よく分からなくなっていた。
 アタシがそんなことを思っていると、急にぐいっと手を引っ張られた。
「ほら、行こうぜ」
「行くって?ここで休憩するんじゃなかったの?」
「ちげーよ、ここが目的地」
 目的地、ってここ道の駅ですが。
 そういいたかったが、りょっちはアタシの手をひっぱってぐいぐいと歩いていってしまうので、ついて行くほかなかった。
「・・・・・・あ」
 と思ったら、イキナリ自販機の前で止まった。
 なんなんだこの男は。もう少し行動に一貫性を持って欲しい。
 と思っていたら、何も言わずに自販機で何かを買い、こちらの頬に当ててきた。
「ホレ」
 ホットココアだった。
 確かに、この辺りは涼しいというか、少し肌寒いくらいだ。
 アタシの手が冷たいんで、買ってくれたのだろう。
 そういう細かいところには気が回るくせに、なぜ肝心な場面で空気読めないのは何でだろう。
「ん?なんか言ったか?」
「あー、ココアありがと」
 とりあえず、思ったことは言わずに、礼だけ言っておいた。

 どこへ向かうのかと思ったら、イキナリ行き止まりのところへやってきた。
 かと思ったら、りょっちはその柵を乗り越え始めた。
「何やってんの?」
「いいから、こっち来いって」
 りょっちに手を貸してもらいながら、柵を乗り越える。
 すると、またりょっちはアタシの空いているほうの手を引き、山へ入っていった。
 どこいくのさ、と尋ねるアタシに、りょっちは以前ここへ来たときの経緯とやらを話し始めた。
「前にさ、ワタルと山中湖へ行こうとしたんだよ。それも思いつきで。
 最初は、ただ一緒に洗車をしてたんだけど、なんつーか、カウルに反射する太陽がまぶしすぎるぜ!これは走るしかないんだぜ!とかそんなノリだった気がする。
 んで、秋の頃だったかなー?軽装のまんま、この道の駅で休憩を取ったとき、二人ともみそでんがく買ったんだよね。そこで気付いた。実は寒すぎじゃね?とな。
 意見が一致して、ここで引き返すことにしたんだけど、それじゃつまんねーってことで、この辺を歩き回ってたら、すげーって程じゃないんだけど、いい場所を見つけてな。
 それ以来、なんか精神的に弱ってる時とか、頑張りてー時とかに来ることにしてたんだ」
 アタシはりょっちの話を聞きながら、周囲の自然の空気を感じていた。
 道路から結構離れているのか、とても静かだ。
 風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
 なんだか、さっきまでうじうじ悩んでいたのが、馬鹿らしく思えてきた。
 今は、この自然をめいっぱい楽しもう。
 そうやってしばらく歩くと、辺りに生えていた木々がなくなり、開けている場所が見えた。
「この景色はさ、一人で見るのがいいんだよ、俺が先に見てくるから、見終わったらお前行くといいよ」
 りょっちはそういうと、アタシをその場で待たせ、一人でその開けた場所へ行ってしまった。
 なんだそりゃ、って感じである。
 やっぱり空気の読めない男だ。

 しばらくして、りょっちが戻ってきた。
 りょっちは何も言わず、開けた場所を肩越しに指した。
 行って見ろ、ということらしい。
 言われんでも行くわ、このKYが、と言ってやりたかったが、黙っていくことにした。
 景色を見るんだったら、一人で見るより一緒に見たほうがいいだろうが、そう思ったが、それはその景色を目に入れた瞬間に吹っ飛んだ。
 少し先が切り立った崖になっていて、怖い気もしたが、それよりも景色に釘付けになってしまった。
 確かに、写真に収めたところで綺麗な風景とかにはならないだろう。
 なぜなら、写真なんかに納まるスケールじゃないからだ。
 眼下には、バイクで走っていたときに時折見えた川が、辺りには一面に広がる山々。そして、空。
 ただただ清らかな青。
 ただただやさしい緑。
 ただただひろがる青。
 見る場所を変えるだけで、表情を変える風景。
 川も、山も、空も、ただ一色。
 そう、普通に生活していると、色々なものがごっちゃになって、最初の色が何色だったかなんて、忘れてしまう。
 アタシに、もともとあった一色。
 お姉ちゃんが好きだった。
 茂が好きだった。
 お姉ちゃんが笑うのが好きだった。
 茂が笑うのが好きだった。
 ただ、それだけ。
 それが、色々なものを混ざり合ううちに、ぐちゃぐちゃになって分からなくなってしまった。
 そう、アタシが望んだことはそれだけ。
 なら、お姉ちゃんが笑えるように、茂が笑えるように。
 そうすればいいだけの話だったんだ。
 アタシは最後に、広がる空を目に焼き付けてそこから離れた。
「遅かったな」
 戻ってきたアタシにりょっちはそういった。
 気付かなかったかが、結構時間が立っていたみたいだ。
「立ちっ放しで疲れたろ?座れるトコがあるから休んでいこうぜ」
「うん」
 りょっちは、アタシの手を取ると、背中を向けて歩き出した。
 なんでかわからないけど、アタシは涙を零していた。
 りょっちは黙って手を引いてくれた。

 座れるところ、というだけあって、ただベンチが置いてあるだけだった。
 いったいどこから持ってきたのか、アイスのメーカーの名前が入った水色のベンチだった。
 りょっちは、ベンチについていた汚れを適当に手で払い、座るように薦めた。
 アタシが座ると、りょっちはリュックから水の入ったペットボトルを取り出し、近くに置いてあった缶に水を注いだ。
「何してんの?」
「コレ灰皿。消火用だよ」
 そう言ってアタシの隣にりょっちは座った。
 その後は、灰皿に水を入れたのに、煙草を吸うでもなく、ただ黙って二人して座っていた。
 出会った頃は、この沈黙がなんだか息苦しかった。
 話す話題が見当たらない気まずさ。
 でも今は違った。
 ムリに話す必要なんてなかった。
 ただ、黙って同じ空間の、同じ空気を共有するだけ。
 それだけで心地よかった。
 どれくらいそうしていたのかは分からなかったが、アタシが満足した頃に、りょっちも立ち上がった。
「行きますか」
「行かれますか」
 そうして、アタシ達は来た道を戻り、再び駐輪場に戻ってきた。
 止まっていたバイクは、色々と入れ替わっていた。随分と、長い間あそこにいたみたいだ。
 アタシ達は、バイクに跨り、またごちゃごちゃと入り混じった街へと戻るべくバイクを走らせた。
 来た時と違うのは、アタシの中にあるもの。
 りょっちは、自分が落ち込んでいたからここに来たかったという理由もあったのかもしれないが、ひょっとしたら、アタシの何かに気付いて連れてきてくれたのかもしれない。
 もし、ここにこなかったら、アタシは以前と同じように、結局中途半端なまま失敗していたかもしれなかった。
 そう思うと、帰ったら何かしらお礼をしようかな、なんて柄にもない気持ちになった。
 が。
 帰り道、信号で止まっていると、横にりょっちと同じ車種のバイクが並んだ。
 珍しいこともあるもんだ、そう思っていると、向こうのライダーがヘルメットのシールドを外し、りょっちに話しかけた。
「珍しいカラーですね、それいくつですか?」
 いくつ、というのは、多分排気量のことを言っているのだろう。
 同じバイクに乗っているのが嬉しかったのか、りょっちは楽しそうに答えた。
「コガタナっす。高回転の音が好きなんですよ」
 排気量が高ければ、そんなにアクセルを回さなくともパワーが出る。逆に、排気量の小さいバイクは、回さなければパワーが出ない。
 しかし、りょっちは逆にそうした排気量の小さいバイクが出す高回転の音が好きだ、と以前言っていた気がする。
 りょっちのその小さなこだわりはしかし―――
「あぁ、コガタナ乗ってる人ってよくそれいうよね」
 軽く馬鹿にされたようだ。
 ヘルメット越しで表情はよくわからないが、そういわれた瞬間にりょっちがシールドを閉めたので、どうやらカチンと来たようだ。
 りょっちはこっちに向き直ると一言
「すまん、先に行く。部屋に戻っててくれ」
 それだけ言うと、信号がシグナルよろしく、青になった瞬間隣のバイクと猛スピードで走り出していってしまった。
 アタシは、信号が青なのにも関わらず、ぽかんとただ立ち尽くしてしまい、そして後から沸いて来た言いようのない怒りに叫んだ。
「ふ、ふざけんなこのばかああああ!!!!!」
 その叫びは、空しく山々に響いた。
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