1.白猫のエチュード
彼女は自身が何者なのかを良く知りませんでした。
どこで生まれ、誰が親なのか。
気付いたときには、空き地のダンボールの中でした。
「シロ!」
と自分が呼ばれているということに気付いたのは、その時が初めてでした。
小さな女の子と、小さな男の子が、牛乳と、ツナカンを持って目の前に立っていました。
シロと呼ばれた彼女は、差し出された飲み物と食べ物を素直に食べました。
コレが、今の彼女の唯一の食事だからです。
小さな女の子は、彼女の食事を言いながら、彼女の前に来るたびに零す愚痴を言いました。
「ごめんね、ウチマンションだからシロのこと飼えないの。でもご飯は毎日持ってきてあげるからね!」
そういって、今度はその空き地で花を摘み始めました。
「なぁ、そんなのの何が楽しいんだよ」
「だって綺麗じゃない!好きなんだ、この花!」
ちぇ、と男の子はふて腐れました。
家から牛乳やツナカンをくすねてきたのは彼なのです。
シロと呼ばれた彼女は、食事を終え、毛づくろいも終え、じーっと男の子のことを見ていました。
「なんだよ」
男の子は、彼女を睨み返しました。
しかし、彼女はそんな目線などお構い無しにあくびをしました。
「たっくよぉー、お前もアイツも、俺に感謝無しかよ」
男の子は、彼女の前に座り込みずいっっと顔を覗き込みました。
「ま、でも俺はお前に感謝してんだけどな」
ボソっと、言葉を理解できるはずのない白猫に呟きました。
「あー、わーくんなんだかんだ言ってシロのこと好きなんじゃない!」
花を摘んでいたはずの少女は、いつの間にか彼の後ろにたっており、ニヤニヤ笑いを浮かべていました。
「ち、ちっげぇよ!別にこんな猫のこと、好きなんかじゃね―よ!死なれたりしたら、目覚めが悪いって、それだけ‥・‥・」
「好きじゃ、ないの・・・・・・?」
女の子が悲しそうな顔をしました。
男の子は、まるで自分が女の子のことを好きじゃない、そう取られてしまったかのように思え、あたふたしました。
「いや、別に嫌いとかってんじゃなくて‥・・・・あー!もう!わかったよ!俺もコイツのこと気に入ってるよ!それでいいんだろ!」
「あはは!わーくん優しい!」
うるせー!などという、わーくんと呼ばれる男の子の不器用な恋心は、なかなか女の子に伝わることはありませんでした。
しかし、白猫だけはそれを知っていました。
それから、数ヶ月のある日。
女の子は引っ越してしまうことになりました。
こればっかりは、子どもの力ではどうしようもない、絶対的な別れでした。
「わーくん、今まで仲良くしてくれてありがとうね」
玄関で、家の物がトラックに積まれていく中、女の子は男の子に別れの挨拶をしていました。
「別に、普通に友達してただけだろ」
男の子は、最後まで素直になれないようでした。
「わーくん・・・・・・」
男の子はいたたまれなくなり、走ってどこかへいってしまいました。
女の子は、悲しい気持ちになりました。
でも、男の子はただその場を離れたわけではありませんでした。
男の子が向かったのは、空き地でした。
最後に、何か贈り物がしたい。
男の子は、女の子が一緒にいてくれて、嬉しかったことを言葉では伝えられない代わりに、贈り物がしたくてここに来たのです。
女の子が好きだといった、その花を摘みに。
でも、男の子には、それがどんな花だったか分かりませんでした。
その時
「にゃぁ」
と、ダンボール箱の中から猫の鳴き声がしました。
男の子は、ダンボール箱に近寄りました。
「もう、お前の面倒だって、見てやれないからな。アイツも居なくなっちまうし」
男の子は、行き場のない苛立ちを、ダンボール箱の中の白猫に向けました。
でも、その白猫はそんなのまったく気にしないかの風に、ダンボール箱から抜け出しました。
「・・・・・・、お前、そこから出れたのかよ」
二人が訪れる時は、いつも白猫はダンボール箱の中から動こうとしませんでした。
この空き地には殆ど人がきません。
ダンボール箱から、白猫が動かなければ、二人はそこから動けません。
だから、二人っきりの時間が出来ていたのです。
ダンボール箱から抜け出した猫は、前足でダンボール箱を叩きました。
その中には、一輪の花が落ちていました。
男の子には、それが女の子が言っていた、好きな花のように見えました。
「持ってけ・・・・・・てか?でも俺はもうここには」
そういいかけたことろで、白猫は一声「気にするな」といった風になくと、どこかへ消えていきました。
「なんなんだよ・・・・・・」
男の子は少しの間考えましたが、その花を持って女の子の元へ戻ることにしました。
「これ・・・・・・」
男の子が女の子の家に戻る頃には、もう出発する直前でした。
「え・・・?なぁに、この花?」
「なにって、お前が好きだって言ってた空き地の花・・・・・・」
「え?違うわよ?」
あの白猫‥・‥・!と、男の子は思いました。
でもそれはすこし筋違いというもの。
白猫はそれが、女の子の好きな花だなんて、一言も言ってません。猫ですから。
「でも、とっても綺麗ね。探してきてくれたの?」
「え?あ、いや、まぁ・・・・・・」
なんとも歯切れの悪い返事でした。
それでも、花を贈られた女の子は、嬉しそうで、悲しそうでした。
「あのねわーくん、わたしずっと言えなかったけど・・・・・・」
「待った」
別れる前に、想いを伝える最後の機会でした。
でも、それは男の子に遮られてしまいました。
女の子は悲しい顔をしました。
「俺が、言う。俺、お前のこと・・・・・・あーちゃんのこと、好きだ」
女の子は嬉しい顔をしました。
「このまま、別れるだなんて、嫌だ!」
「わたしもだよ、わーくん!」
そうやって、二人はわんわん泣きました。
その様子を見ていたお母さんが、近くに寄ってきて事情を聞きました。
そうすると、お母さんは優しく微笑んで言いました。
「二人とも、大丈夫よ。お引越しって言っても、二駅くらいしか離れてないのよ?
それに、来年二人とも中学生でしょ?学区は一緒だから、中学校ではまた一緒よ」
それを聞いて、二人ともきょとんとしてしまいました。
その後は、男の子がなんでそんな大事なこと聞いてないんだ!とか、女の子がだってお引越しでわーくんと離れるのかとおもってそれどころじゃなかった!とか言い合ったそうです。
でも、それを知っていたら、二人が結ばれることなく、ずっとそのままだったのかもしれません。
あのまま、空き地で持っていく花が見つからず、遅れていたら、想いを伝える機会を逃したまま、隣町という事実を知って、その機会は訪れなかったかもしれません。
白猫は、知っていたのでしょうか?
この二人は、その後も空き地にやってきましたが、白猫はもういませんでした。
この二人の物語は、女の子の今度こそ本格的な引越しによって、終わってしまいます。
男の子は、それによって、女の子を真剣愛することが怖くなり、バイクという趣味を見つけ、バイク馬鹿となりますが、それはまた別の話。
白猫は、この空き地を去った後に、また違う場所に住み着きました。
だから、白猫の話は、まだ続きます。
次は、これから八年後の話です。
番外編 白猫の組曲
2.白猫のプレリュード
さて、白猫が彼の地を去ってから8年ほど過ぎました。
その間白猫はあちこちを転々とし、憎まれたり感謝されたりしながらある場所へやってきました。
白猫は何を目指し、どこへ向かっているのでしょうか?
これから話す白猫の物語は、ある春の日の出来事です。
「珍しいな。ノラの白猫か」
白猫に声をかけたのは、一人の青年でした。
青年は珍しい白いノラ猫に近寄ってきました。
これまた白猫はノラ猫にしては珍しく、特に警戒する様子もありませんでした。
「しかし随分痩せてるなお前。飯食べてねぇんじゃねぇのか?」
白猫は黙って青年を見返すだけで、何も言いません。
青年はそのまま歩いてどこかへ言ったかと思うと、直ぐに魚の缶詰を持って表れました。
「ホレ、なんかの縁だ。食いねぇ」
白猫は差し出されるままに、缶詰の中身を食べました。
そうして、青年は白猫に会うたびに餌を与えました。
青年は一人暮らしを始めたばかりで、少し寂しかったようです。
ペットも飼えないマンションですから、白猫を自分のペットのように思って寂しさを紛らわしていたのです。
そうやって餌を与えているうちに、白猫は随分と青年に懐きました。
いつの間にか開いている窓から勝手に部屋に入ってくるようにもなっていました。
青年も追い出すでもなく、小さな客を迎え入れました。
大学に入ったばっかりで、そんなに仲の良いと呼べる友達が居なかった青年の、数少ない心を許せる相手がこの白猫でした。
ある日のことでした。
青年は家に白猫がいる時は、白猫を話し相手にして色々な事を話すのが日課になっていました。
今日も、白猫に一日で起きたことや思ったことを話していました。
「今日さ、すっげー面白い女みつけたんだよ」
青年は嬉々として話しました。
「体育の授業だったんだけどさ、スポーツを何種類かの中から選べたんだけど、サッカーに集まったの男だけだったんだ」
その時の様子を思い出しているのか、青年は一人で笑っていました。
傍から見ると、すこし怪しい人のようです。
それでも青年は構わず白猫に話を続けましたし、白猫も構わず聞き続けました。
「そこにさ、女の子が自分もサッカーやりたいって来たんだよ。無茶するなぁと思ったんだけど、なかなか引き下がんなかったんだよね」
青年は相変わらず嬉しそうです。
「まぁ結局更衣室がないって事で、他に移されたんだけど・・・・・・なんつーのかな、一目ぼれ?顔は全然見れなかったんだけどさ、あの子ぜってー可愛いぜ!」
白猫は聞いているのか聞いていないのか、小さなあくびをしました。
「いやぁ、大学行く気が既に失せてたんだけど、あの子に会える可能性が1%でもあるならいく価値あるな!うん!」
そうやって、青年は自分を鼓舞していました。
広い広い大学。
ましてや、体育は全学部共通です。
同じ学部かどうかも分かりません。
果たして、1%も可能性があるのか怪しいところですが、青年にはそれで大学に行く理由は十分なようでした。
さて、青年が白猫にそんなことを話したことをすっかり忘れた三ヵ月後くらいのある日のことでした。
青年にも親しい友人が出来ていました。
青年は、友人達に時々自分の家にノラ猫にしては珍しい、白猫が遊びに来ることを話しました。
友人達はその白猫に興味を持って、部屋に遊びに来たいといいました。
白猫がその時ちょうど来るかどうかはわかりませんでしたが、青年は友人達を家に招きました。
青年の家には、友人が五人遊びに来ました。
そのうちの一人は女性で、青年が最近気になっている女性でした。
「それで、その白猫は?」
「あー、今日は来てないみたいだなー」
「なんだー、見たかったのにー」
「まぁいいじゃん、なんかゲームないのー?」
友人達は口々に好きな事を言います。
しかし、彼らは別に白猫なんてどうでもよかったのです。
最近親しくなった一人暮らしの友人の家に遊びに来る口実として使っただけでしたのです。
ただ、一人の女性だけがその白猫を見たがっていました。
友人達は部屋の物色やゲームなどをしていましたが、次第に飽きてきました。
そこで、大学に入ってからどのように過ごしていたのかという話題になりました。
話を振られてた友人は、白猫に話したあの話をすることにしました。
体育の選択で魅力的な女性を見つけたこと。
その女性に会うために、毎日1%の可能性にかけて大学に通っているのだと、冗談めかして言いました。
「大体さ、その人に会える確率は1%なら、三ヶ月たったしそろそろ会えてもいい気がするんだよねー」
友人達はその不純な動機に笑っていましたが、一人だけ考え込んでいました。
「どうした?」
それに気付いた友人の一人が、考え込んでいた友人に声をかけました。
「なんかさー、そんなことした奴俺知ってる気がするんだよねー」
「まじで!?それ俺の運命の人だよ!頑張って思い出せ!俺の人生がかかっている!」
青年は大げさではなく、本気で友人に詰め寄りました。
「つったってー・・・・・・あ!思い出した!智恵!」
そこで考え込んでいた友人は、窓の外を眺めていた女性―――智恵に声をかけました。
「何?今猫待ちで忙しいんだけど」
「それは暇って言うんだよ」
「ぶちころされたいのか」
「ほほう、この俺に勝てるとでも」
青年は言わなくてもいいのに、ついつい突っ込んでしまいました。
考え込んでいた友人は、そんな二人のやりとりはいつものことなので、気にすることなく質問を続けました。
「智恵ってさ、体育選択の時、サッカー行こうとしてたよな?」
「ん?そうだけど?それが?」
それまで青年の話を聞いていなかった智恵は、何でそんな質問をされたのか分からない様子でした。
しかし、青年は別でした。
自分が運命の人だと思っていた女性。
それが、最近とても気になっていた女性だった。
青年は胸の動悸を抑えるのに必死でした。
「おー!?これ凄い偶然じゃねぇ!?」
また別の友人が言いました。
「なになに?」
先ほどまで窓の外を眺めていた智恵も、急に叫んだので興味津々です。
「体育選択の日から数えて今日‥・‥・ちょうど百日目だぜ!りょっちのいう1%が本当なら、丁度今日で累計100%になった日に、お前は運命の人に出会えたってことになるんだよ!」
ヒュゥ!と友人達が口笛を吹いたりしてはやし立てます。
「おいおい!勘弁してくれよ!俺の運命の人がこいつ?明日から俺の学校に行く動機がなくなっちまうじゃねーか」
りょっちと呼ばれた青年は、肩をがっくり落とすジェスチャーをしました。
それは、内心とはまったく逆のジェスチャーでした。
「なによ!失礼ね!あーぁ、りょっち最初に見たときは、結構好みの顔だったから期待してたのに、これだもんなぁ」
「それはこっちのセリフだよ。俺だって、かわいいと思ってたのに中身がこんなだったなんて知ってショックだったよ」
これも、まったく気持ちとは反対。
りょっちという青年は、素直になるということが苦手なようでした。
そんな二人のやりとりを、周りにいた友人達はニヤニヤと眺めていました。
二人がそうやって言い合いが出来るのは、仲の良い証拠。そう思っているのです。
友人達はしばらくからかっていましたが、飽きたのか、バイトなのか順々に帰って行きました。
最後に残ったのは、猫が来るまで居ると言い張った智恵だけでした。
ただ窓の外を眺めているのに飽きたのか、智恵はりょっちに話しかけました。
「ねーねー、運命の女性が目の前に居るのに、何もしないの?」
さっきの話題で、りょっちをからかうように言いました。
「しねーよ。別にその人のことが好きだとか、そういうのは結構前に無くなったし」
「あれ?諦めてたの?」
「ちげーよ、他に好きな人が出来たからだよ」
「へー!?だれだれ?私の知ってる人?」
この質問に、りょっちは少し考えたようでした。
「あぁ、知ってる人だよ」
そういうと、窓からカリカリという音がしました。
件の白猫でした。
「あー!白猫キター!」
智恵は今までの話題そっちのけで、猫の発見に喜びました。
色々と覚悟をしていたりょっちは、すこしがっくりしていました。
「ねー?名前とか付けてないの?」
「あぁ、付けたぜ」
今な、というのは、小さな声でいったので、猫の鳴き声にかき消されてしまいました。
「なんて言うの?」
「キューだよ。キューピットのキュー」
「なんで?マヨネーズでも好きなの?」
智恵は的外れな事を言いました。
りょっちは、もう一度覚悟を決めなおすといいました。
「ちげーよ。俺を運命の人と、好きになった人を同時に連れてきてくれた、恋のキューピットだよ」
「へ?誰?そういえば私が知ってる人って言ってたっけ?」
りょっちは深呼吸するといいました。
「そうだよ。お前も良く知ってる人―――お前だよ」
「へー・・・・・・え?」
この後、智恵はきょとんとした後、えーっと、付き合う?と聞いて、りょっちもそれにおう、と答えました。
こうして、白猫は今度はキューという名前を与えられて、そしてまた一組のカップルに幸せを与えました。
智恵は、白猫の話を聞かなければ、今日はりょっちの家にやってこなかったでしょう。
りょっちは、丁度100日目という奇蹟が無ければ、勇気を出せなかったでしょう。
白猫はやっぱり知っているのか知らないのか、二人が素直に照れながら話す様子を見て、あくびをしていました。
でも、やっぱりこの二人は色々あって別れてしまいました。
白猫は、その様子を遠くから見て、悲しそうに一声ないて裏路地に消えました。
その後、白猫はしばらくりょっちの前から姿を消します。
白猫は今度どこに行くのでしょうか。
今度こそ、どこへ行くのでしょうあか。
白猫の目的はただ一つ。
失敗した練習曲をやり直すため、別の場所でまた演奏すること。
次こそ上手く演奏してみせる。
そうしたら、またいつかの少年と少女の下へもどり彼らの前で立派な演奏をして見せるのだ。
白猫の奏でる、恋の組曲を。
白猫は、そんなことを思ってか思わずか、誰に見てもらえないくらい暗い裏路地で一声鳴きました。
さて、白猫が彼の地を去ってから8年ほど過ぎました。
その間白猫はあちこちを転々とし、憎まれたり感謝されたりしながらある場所へやってきました。
白猫は何を目指し、どこへ向かっているのでしょうか?
これから話す白猫の物語は、ある春の日の出来事です。
「珍しいな。ノラの白猫か」
白猫に声をかけたのは、一人の青年でした。
青年は珍しい白いノラ猫に近寄ってきました。
これまた白猫はノラ猫にしては珍しく、特に警戒する様子もありませんでした。
「しかし随分痩せてるなお前。飯食べてねぇんじゃねぇのか?」
白猫は黙って青年を見返すだけで、何も言いません。
青年はそのまま歩いてどこかへ言ったかと思うと、直ぐに魚の缶詰を持って表れました。
「ホレ、なんかの縁だ。食いねぇ」
白猫は差し出されるままに、缶詰の中身を食べました。
そうして、青年は白猫に会うたびに餌を与えました。
青年は一人暮らしを始めたばかりで、少し寂しかったようです。
ペットも飼えないマンションですから、白猫を自分のペットのように思って寂しさを紛らわしていたのです。
そうやって餌を与えているうちに、白猫は随分と青年に懐きました。
いつの間にか開いている窓から勝手に部屋に入ってくるようにもなっていました。
青年も追い出すでもなく、小さな客を迎え入れました。
大学に入ったばっかりで、そんなに仲の良いと呼べる友達が居なかった青年の、数少ない心を許せる相手がこの白猫でした。
ある日のことでした。
青年は家に白猫がいる時は、白猫を話し相手にして色々な事を話すのが日課になっていました。
今日も、白猫に一日で起きたことや思ったことを話していました。
「今日さ、すっげー面白い女みつけたんだよ」
青年は嬉々として話しました。
「体育の授業だったんだけどさ、スポーツを何種類かの中から選べたんだけど、サッカーに集まったの男だけだったんだ」
その時の様子を思い出しているのか、青年は一人で笑っていました。
傍から見ると、すこし怪しい人のようです。
それでも青年は構わず白猫に話を続けましたし、白猫も構わず聞き続けました。
「そこにさ、女の子が自分もサッカーやりたいって来たんだよ。無茶するなぁと思ったんだけど、なかなか引き下がんなかったんだよね」
青年は相変わらず嬉しそうです。
「まぁ結局更衣室がないって事で、他に移されたんだけど・・・・・・なんつーのかな、一目ぼれ?顔は全然見れなかったんだけどさ、あの子ぜってー可愛いぜ!」
白猫は聞いているのか聞いていないのか、小さなあくびをしました。
「いやぁ、大学行く気が既に失せてたんだけど、あの子に会える可能性が1%でもあるならいく価値あるな!うん!」
そうやって、青年は自分を鼓舞していました。
広い広い大学。
ましてや、体育は全学部共通です。
同じ学部かどうかも分かりません。
果たして、1%も可能性があるのか怪しいところですが、青年にはそれで大学に行く理由は十分なようでした。
さて、青年が白猫にそんなことを話したことをすっかり忘れた三ヵ月後くらいのある日のことでした。
青年にも親しい友人が出来ていました。
青年は、友人達に時々自分の家にノラ猫にしては珍しい、白猫が遊びに来ることを話しました。
友人達はその白猫に興味を持って、部屋に遊びに来たいといいました。
白猫がその時ちょうど来るかどうかはわかりませんでしたが、青年は友人達を家に招きました。
青年の家には、友人が五人遊びに来ました。
そのうちの一人は女性で、青年が最近気になっている女性でした。
「それで、その白猫は?」
「あー、今日は来てないみたいだなー」
「なんだー、見たかったのにー」
「まぁいいじゃん、なんかゲームないのー?」
友人達は口々に好きな事を言います。
しかし、彼らは別に白猫なんてどうでもよかったのです。
最近親しくなった一人暮らしの友人の家に遊びに来る口実として使っただけでしたのです。
ただ、一人の女性だけがその白猫を見たがっていました。
友人達は部屋の物色やゲームなどをしていましたが、次第に飽きてきました。
そこで、大学に入ってからどのように過ごしていたのかという話題になりました。
話を振られてた友人は、白猫に話したあの話をすることにしました。
体育の選択で魅力的な女性を見つけたこと。
その女性に会うために、毎日1%の可能性にかけて大学に通っているのだと、冗談めかして言いました。
「大体さ、その人に会える確率は1%なら、三ヶ月たったしそろそろ会えてもいい気がするんだよねー」
友人達はその不純な動機に笑っていましたが、一人だけ考え込んでいました。
「どうした?」
それに気付いた友人の一人が、考え込んでいた友人に声をかけました。
「なんかさー、そんなことした奴俺知ってる気がするんだよねー」
「まじで!?それ俺の運命の人だよ!頑張って思い出せ!俺の人生がかかっている!」
青年は大げさではなく、本気で友人に詰め寄りました。
「つったってー・・・・・・あ!思い出した!智恵!」
そこで考え込んでいた友人は、窓の外を眺めていた女性―――智恵に声をかけました。
「何?今猫待ちで忙しいんだけど」
「それは暇って言うんだよ」
「ぶちころされたいのか」
「ほほう、この俺に勝てるとでも」
青年は言わなくてもいいのに、ついつい突っ込んでしまいました。
考え込んでいた友人は、そんな二人のやりとりはいつものことなので、気にすることなく質問を続けました。
「智恵ってさ、体育選択の時、サッカー行こうとしてたよな?」
「ん?そうだけど?それが?」
それまで青年の話を聞いていなかった智恵は、何でそんな質問をされたのか分からない様子でした。
しかし、青年は別でした。
自分が運命の人だと思っていた女性。
それが、最近とても気になっていた女性だった。
青年は胸の動悸を抑えるのに必死でした。
「おー!?これ凄い偶然じゃねぇ!?」
また別の友人が言いました。
「なになに?」
先ほどまで窓の外を眺めていた智恵も、急に叫んだので興味津々です。
「体育選択の日から数えて今日‥・‥・ちょうど百日目だぜ!りょっちのいう1%が本当なら、丁度今日で累計100%になった日に、お前は運命の人に出会えたってことになるんだよ!」
ヒュゥ!と友人達が口笛を吹いたりしてはやし立てます。
「おいおい!勘弁してくれよ!俺の運命の人がこいつ?明日から俺の学校に行く動機がなくなっちまうじゃねーか」
りょっちと呼ばれた青年は、肩をがっくり落とすジェスチャーをしました。
それは、内心とはまったく逆のジェスチャーでした。
「なによ!失礼ね!あーぁ、りょっち最初に見たときは、結構好みの顔だったから期待してたのに、これだもんなぁ」
「それはこっちのセリフだよ。俺だって、かわいいと思ってたのに中身がこんなだったなんて知ってショックだったよ」
これも、まったく気持ちとは反対。
りょっちという青年は、素直になるということが苦手なようでした。
そんな二人のやりとりを、周りにいた友人達はニヤニヤと眺めていました。
二人がそうやって言い合いが出来るのは、仲の良い証拠。そう思っているのです。
友人達はしばらくからかっていましたが、飽きたのか、バイトなのか順々に帰って行きました。
最後に残ったのは、猫が来るまで居ると言い張った智恵だけでした。
ただ窓の外を眺めているのに飽きたのか、智恵はりょっちに話しかけました。
「ねーねー、運命の女性が目の前に居るのに、何もしないの?」
さっきの話題で、りょっちをからかうように言いました。
「しねーよ。別にその人のことが好きだとか、そういうのは結構前に無くなったし」
「あれ?諦めてたの?」
「ちげーよ、他に好きな人が出来たからだよ」
「へー!?だれだれ?私の知ってる人?」
この質問に、りょっちは少し考えたようでした。
「あぁ、知ってる人だよ」
そういうと、窓からカリカリという音がしました。
件の白猫でした。
「あー!白猫キター!」
智恵は今までの話題そっちのけで、猫の発見に喜びました。
色々と覚悟をしていたりょっちは、すこしがっくりしていました。
「ねー?名前とか付けてないの?」
「あぁ、付けたぜ」
今な、というのは、小さな声でいったので、猫の鳴き声にかき消されてしまいました。
「なんて言うの?」
「キューだよ。キューピットのキュー」
「なんで?マヨネーズでも好きなの?」
智恵は的外れな事を言いました。
りょっちは、もう一度覚悟を決めなおすといいました。
「ちげーよ。俺を運命の人と、好きになった人を同時に連れてきてくれた、恋のキューピットだよ」
「へ?誰?そういえば私が知ってる人って言ってたっけ?」
りょっちは深呼吸するといいました。
「そうだよ。お前も良く知ってる人―――お前だよ」
「へー・・・・・・え?」
この後、智恵はきょとんとした後、えーっと、付き合う?と聞いて、りょっちもそれにおう、と答えました。
こうして、白猫は今度はキューという名前を与えられて、そしてまた一組のカップルに幸せを与えました。
智恵は、白猫の話を聞かなければ、今日はりょっちの家にやってこなかったでしょう。
りょっちは、丁度100日目という奇蹟が無ければ、勇気を出せなかったでしょう。
白猫はやっぱり知っているのか知らないのか、二人が素直に照れながら話す様子を見て、あくびをしていました。
でも、やっぱりこの二人は色々あって別れてしまいました。
白猫は、その様子を遠くから見て、悲しそうに一声ないて裏路地に消えました。
その後、白猫はしばらくりょっちの前から姿を消します。
白猫は今度どこに行くのでしょうか。
今度こそ、どこへ行くのでしょうあか。
白猫の目的はただ一つ。
失敗した練習曲をやり直すため、別の場所でまた演奏すること。
次こそ上手く演奏してみせる。
そうしたら、またいつかの少年と少女の下へもどり彼らの前で立派な演奏をして見せるのだ。
白猫の奏でる、恋の組曲を。
白猫は、そんなことを思ってか思わずか、誰に見てもらえないくらい暗い裏路地で一声鳴きました。
3.白猫のラプソディ
さて、白猫がりょっちの前から姿を消してからしばらく経ちました。
それからというもの、白猫はあちこちを歩き回っていました。
何探しているようにも見えました。
しかし、白猫はもともとノラ猫です。
探すものは食事でしょうか?
でも、それならりょっちの元を離れなければ良かったのです。
だから、食事を探すのが目的ではありませんでした。
むしろ、白猫は食事もろくにしていない為、衰弱していました。
それでも白猫は何かを探します。
白猫はいったい何を探しているのでしょうか?
白猫はいったい何を見ているのでしょうか?
白猫の目的はただ一つ、自分が生れ落ちた時に、自分に餌を与えてくれた人間にお礼をすること。
本当は、その場は上手くお礼をしたつもりだった。
でも、それは失敗してしまった。
だから、白猫は今度は少しお世話になった人間にお礼をすることにした。
そして、上手く行ったら同じ事を最初の人間にしてあげよう。
そう思っていたのです。
でも、やっぱり失敗してしまいました。
それで、再チャレンジということでこうして白猫は少し世話になった人間に礼をすべく辺りを彷徨っているのでした。
しかし、それもそろそろ限界。
あちこちで漁った餌だけでは体は持ちそうにありませんでした。
白猫は思いました。
また少し世話になろう。
だから、今回の俺は少し適当でもいいはずだ。と。
裏路地からずっと辺りを観察していた白猫は、そこで表の通りに出てみました。
するとどうでしょう。
丁度そこに少し世話になった人間と同じような傷を負った女の人が居ました。
バイクに跨っていたその女の人は、白猫に気付きました。
飼い猫かと思ったら、首輪をしていません。
ノラ猫にしては珍しいな、と女の人は思いました。
そして、信号を待っている間、その白猫はずっとこちらを見ています。
気になった女の人は、白猫のいる路地へ向かってきました。
すると、白猫はそのまま裏路地へ入ってしまいました。
気になった女の人は、なおも白猫を追い、裏路地へ迷い込んでいきます。
女の人は、しばらく裏路地をさまよいましたが、やがて諦めてバイクか下りました。
そうです、すっかり迷子になってしまったのです。
白猫はしめたと思いました。
この辺りは、世話になった人間の帰り道です。
上手く行くかはわかりませんが、上手くすれば恩返しになるかも知れない。
そう思ったとき、声がしました。
その女の人でした。
「猫ちゃーん?どこー?」
どうやら、白猫の心配をしているようでした。
白猫は少し申し訳ない気持ちになりました。
しばらく女の人は白猫を探して歩き回っていましたが、諦めてまたバイクのところに戻ってきました。
しかし、バイクのエンジンはかかりませんでした。
なぜなら、女の人がバイクから離れた隙に、白猫がバイクのキルスイッチを切っていたのです。
しばらくして、世話になっていた人間と、女の人が出会いました。
なにやら揉めているようでした。
白猫は後悔しました。
あまりにも適当にやりすぎた。上手く行くはずがない、と。
そして、一ヵ月後くらいでしょうか、白猫は不思議に思いました。
適当にやった、そのはずなのに、件の二人は上手く行ったみたいです。
白猫は思いました。
人間の恋というものは、良く分からない。と。
さて、白猫がりょっちの前から姿を消してからしばらく経ちました。
それからというもの、白猫はあちこちを歩き回っていました。
何探しているようにも見えました。
しかし、白猫はもともとノラ猫です。
探すものは食事でしょうか?
でも、それならりょっちの元を離れなければ良かったのです。
だから、食事を探すのが目的ではありませんでした。
むしろ、白猫は食事もろくにしていない為、衰弱していました。
それでも白猫は何かを探します。
白猫はいったい何を探しているのでしょうか?
白猫はいったい何を見ているのでしょうか?
白猫の目的はただ一つ、自分が生れ落ちた時に、自分に餌を与えてくれた人間にお礼をすること。
本当は、その場は上手くお礼をしたつもりだった。
でも、それは失敗してしまった。
だから、白猫は今度は少しお世話になった人間にお礼をすることにした。
そして、上手く行ったら同じ事を最初の人間にしてあげよう。
そう思っていたのです。
でも、やっぱり失敗してしまいました。
それで、再チャレンジということでこうして白猫は少し世話になった人間に礼をすべく辺りを彷徨っているのでした。
しかし、それもそろそろ限界。
あちこちで漁った餌だけでは体は持ちそうにありませんでした。
白猫は思いました。
また少し世話になろう。
だから、今回の俺は少し適当でもいいはずだ。と。
裏路地からずっと辺りを観察していた白猫は、そこで表の通りに出てみました。
するとどうでしょう。
丁度そこに少し世話になった人間と同じような傷を負った女の人が居ました。
バイクに跨っていたその女の人は、白猫に気付きました。
飼い猫かと思ったら、首輪をしていません。
ノラ猫にしては珍しいな、と女の人は思いました。
そして、信号を待っている間、その白猫はずっとこちらを見ています。
気になった女の人は、白猫のいる路地へ向かってきました。
すると、白猫はそのまま裏路地へ入ってしまいました。
気になった女の人は、なおも白猫を追い、裏路地へ迷い込んでいきます。
女の人は、しばらく裏路地をさまよいましたが、やがて諦めてバイクか下りました。
そうです、すっかり迷子になってしまったのです。
白猫はしめたと思いました。
この辺りは、世話になった人間の帰り道です。
上手く行くかはわかりませんが、上手くすれば恩返しになるかも知れない。
そう思ったとき、声がしました。
その女の人でした。
「猫ちゃーん?どこー?」
どうやら、白猫の心配をしているようでした。
白猫は少し申し訳ない気持ちになりました。
しばらく女の人は白猫を探して歩き回っていましたが、諦めてまたバイクのところに戻ってきました。
しかし、バイクのエンジンはかかりませんでした。
なぜなら、女の人がバイクから離れた隙に、白猫がバイクのキルスイッチを切っていたのです。
しばらくして、世話になっていた人間と、女の人が出会いました。
なにやら揉めているようでした。
白猫は後悔しました。
あまりにも適当にやりすぎた。上手く行くはずがない、と。
そして、一ヵ月後くらいでしょうか、白猫は不思議に思いました。
適当にやった、そのはずなのに、件の二人は上手く行ったみたいです。
白猫は思いました。
人間の恋というものは、良く分からない。と。
4.白猫のセレナーデ
さて、そうして不可解ながらも一つの成功をあげた白猫は、当初の目的を果たすべく、ある人物を探すことにしました。
でも、そう思ったときは探し人は二人ともある場所にいて、白猫が近づくことは出来ませんでした。
それでも白猫は
「何書いてるんだ?」
私は集中していたため、背後にその人が居ることに気付かなかった。
「物語か?」
私に話しかけた彼は、私が驚いたことなんか気にもせず、パソコンの画面を覗き込んだ。
「そうよ。ホラ、以前あなたが話してくれた話―――アレを物語りにして二人の結婚式のときにプレゼントしてあげたら喜んだじゃない?
それで、何かこうやって物語を書くのが楽しくなっちゃって」
私の妹は去年の春に結婚した。
なんでも、彼が就職して直ぐプロポーズをされたんだとか。
羨ましい限りである。
「そうか。で、そいつは誰に読ませるんだい?」
こっちはてんで進展なし。
彼が私のことを大切にしてくれているのは分かるが、それ以上に仕事に打ち込んでしまう。
だから、今の私の状態を打ち明けるのは怖かった。
高校生の時から彼はバイクが大好きだった。
バイクいじりに没頭する余り、大学受験をすっぽかしたりしていたというほどだ。
「内緒」
私は意地悪くそういうと、パソコンの電源を落とした。
「ほら、まだ仕事が残ってるんでしょ?夕飯の仕度するからそっちも片付けてきたら?」
ハイハイ、という気のない返事をしながら、彼は仕事場へ戻っていった。
私は彼の背中を溜息をついて見送る。
―――いつ、言い出せばいいんだろう。
―――言い出していいものなのか。
そんな迷いばかりが募る。
それに、彼は気付いていないだろうけど、私は出会った時から気付いていた。
顔に大きな傷があったときは驚いたけど、彼は間違いなく、あの彼だ。
彼にとっは「偶然の出会い」だったのかもしれないけど、私にとっては「偶然の再会」だった。
私はそっと手を腹の辺りに当てて、途方にくれた。
夕食の時間になり、彼が戻ってきた。
それと同時に、最近居座り始めた白猫も庭にやってきた。
「お、シロじゃないか」
彼はその白猫をそう呼ぶ。
彼が名付けたのではない。私が名付けたのだ。
ありふれた名前だが、それは私にとって特別な意味を持つ名前だった。
しかし、彼にとってはそうではなかったみたいだった。
私はテーブルに料理を並べ終えると、小さな器にミルクを入れて、ツナカンと一緒に白猫に与えた。
私はそうやって餌を与えながら、白猫に問いかけた。
「貴方はあの時のシロなのかしら?それとも、あの子が言ってたキューちゃんなのかしら?それともまったく別の猫ちゃんなのかそれとも―――」
全部、貴方なのかしら?
その質問は出来なかった。
そんな都合のいい話なんてないだろう。
もし、本当にこの猫が私の知る白猫ならば、きっとこの白猫は恋のキューピットだ。
「貴方がもし、あの『シロ』なら、打ち明ける勇気を持てるんだけどね」
私は無責任に、自分の弱さを白猫のせいにして押し付けた。
しかし、白猫は首を傾げて、餌も食べずに辺りをうろうろしだした。
どうしたのだろう?
そう思っていると、庭の片隅から花を一本口に咥えて持ってきた。
それは、かつてある男の子が私に送ってくれた花と同じ花だった。
「・・・・・・貴方、まさか本当にシロなの?」
私が驚いていると、白猫はまるで関係ないのようにあくびをした。
この猫が本当にあの時の白猫なのか。
いや、そんなの確かめようがない。
私がそうだと思えばそうなのだ。
ならきっと、彼は―――亘はきっと私の運命の人なんだ。
だから、打ち明けても大丈夫。
きっと優しく受け止めてくれる。
私はそう決心して、亘の待つ食卓へと戻った。
私達はいつもと変わらない風に食事を取っていた。
しかし、私はあることをどのタイミングで打ち明けようか、それを考えてなかなか箸が進まなかった。
すると、亘の方から私に話しかけてきた。
「さっき書いてた物語、どんな話なんだい?」
そう話を振られて、私は今度こそ決心をした。
この物語の話は、今の私が打ち明けようとしている話と無関係ではない。
この話と絡めて、打ち明けよう。そう決心した。
「白猫のお話なの。亮君や優から聞いてた白猫のお話」
「あぁ、キューの話か」
「えぇ、それから私が小さい頃に空き地で飼っていた白猫が居てね、その白猫とキューは同じ猫だったって話なの」
「へぇー」
その返事を聞いて、少しガッカリした。
亘はもう覚えてないみたいだ。
「それから、最後に私達を出会わせてくれたあの白猫。あの子も同じ猫で、今遊びに来てるシロも同じ白猫で―――この白猫は恋のキューピットで、亮君と優、私と亘を出会わせてくれたってお話なの」
「なかなか素敵な話じゃないか」
「えぇ、それからさっきは内緒って言ったんだけど‥・‥・この本を読ませたい相手って言うのはね」
私はそこまで言って、一度深呼吸をしてから言った。
「私達の、子どもに読ませてあげたいな、って思って書いてるの」
そこまで言って、亘の箸が止まった。
「・・・・・・本当、なのか?」
喜んでいるのか、困っているのか、私には亘の返事では分からなかった。
「本当よ」
私は内心で酷く怯えていることを隠しながら毅然と答えた。
今、亘は非常に大事な仕事を抱えている。
この仕事が成功すれば、バイクのパーツメーカーとしての評判は大きく上がるだろう。
そんな時期だからこそ、彼に負担をかけるようなことはしたくなかった。
でも、話さなければならない話だった。
すると、亘はこちらに回ってきて、私のおなかに手を当てていった。
「じゃぁ、今の仕事失敗できないな。生まれてくるこの子の為にも」
そう言われて、私は何も言えなくなっていた。
口を押さえてボロボロと涙を零していた。
「おいおい、何をないているんだい。めでたい話じゃないか」
そういって彼は私の涙を拭ってくれた。
彼が私達が幼少の頃に出会っていたなんて事はもう覚えていようがいまいがどうでも良かった。
彼なら、そういってくれるということはわかっていた。
でも、万が一彼が今の仕事が忙しいから―――ずっと愛して止まなかったバイクの大仕事、そちらを優先してしまうことがあったらどうしようと、言い出せなかった。
「やっと、君に対する誓いを果たせそうだ」
亘は、急にそんなこと言った。
誓いとは、なんだろうか。
そう思っていると、彼はこういった。
「子どもの頃、俺はよく言ってただろ?『俺はあーちゃんと結婚するんだ。あーちゃんを幸せにしてやるんだ』って」
そのセリフは、傍から見れば奇妙なものだったかも知れない。
でも、私にとってはこの上なくロマンチックで、素敵なプロポーズだった。
-----------------------------
「やれやれ、随分と手間のかかる友人だったぜ」
俺は仕掛けた盗聴器から聞こえたくっさいプロポーズを確認して言葉を漏らした。
すると、盗聴器の音声を受信していたイヤホンを引っこ抜かれた。
「あんた、もう確認したんだったらもういいでしょ。おせっかいってレベルじゃないわよこれ、まったく」
横でなんだか呆れた顔をしているのは、ユウだった。
俺はなかなか進展しない友人と、コイツの姉の仲を取り持ってやったというのに、酷い対応だ。
「昔から、ワタルはこういう行動が遅いからな。こうでもしなきゃあいつらいつまで経っても結婚なんてできないって」
いやはや、イイコトをした後は気持ちがいいものだ。
多少出費はあったが、面白かったしよしとしよう。
「しかし、アレなかなかいい出来だろ?本物の猫みたいだろ?大地に頼んで作ってもらったかいがあったぜ」
アレ、とは猫の形をしたロボットのことである。
以前、ワタルが女性に対して本気になれない理由を聞かせてくれたことがあった。
それが、中学生の頃に本気で惚れていた女の子が、引っ越して連絡の取れなくなってしまったという話だ。
そして、ユウから聞いた愛さんの話。
どう見ても二人とも中学生の頃に付き合っていた者どうしです本当にありがとうございましたって感じである。
そこで、この猫を利用して実は二人は運命の糸で結ばれていたのだ―――というストーリーにすることに決めたのだ。
様々なツテを持つ大地に協力してもらい、限りなくリアルな猫のロボットを作ってもらい、姉から姉の家の合鍵をもらっているというユウの協力で盗聴器を仕掛けタイミングを伺う。
そして、こうして今まで白猫をけしかけて愛さんの後押しをしていたのである。
「いやぁ、美しい話じゃないか。子どもの頃に自分達をくっつけてくれた白猫が、また自分達のもとにやってくるなんて。もはや俺はプロデューサーだな」
うんうん、と一人頷いていると、横からツンツンと腕をつつかれた。
「悦に入ってるところ悪いんだけど、あんたの言うロボットってそこで転がってる奴じゃない?電池でも切れたの?」
「へ?」
ユウに言われたほうを見ると、確かに白猫が変な格好で転がっている。
紛れも無く俺が特注した猫ロボットだった。
「え?じゃぁアレは―――」
「さぁ?シロで、キューで、やっぱりシロだったんじゃない?」
-----------------------------
こうして、白猫にまつわる様々な出来事は終わりです。
登場した白猫は、本当にみんな同じ白猫だったのでしょか?
真相は誰にも分かりません。
それでも、彼らがあの白猫は恋のキューピットだったのだと言えば、きっとそうだったのでしょう。
ノラ猫の割には長生きで、そして珍しい白猫は、優しい夫婦のもとで、赤ん坊と一緒に育てられることになりました。
今日も、白猫はのんびりと辺りを散歩をしながら、のんきにあくびをしているのでした。
めでたしめでたし。
さて、そうして不可解ながらも一つの成功をあげた白猫は、当初の目的を果たすべく、ある人物を探すことにしました。
でも、そう思ったときは探し人は二人ともある場所にいて、白猫が近づくことは出来ませんでした。
それでも白猫は
「何書いてるんだ?」
私は集中していたため、背後にその人が居ることに気付かなかった。
「物語か?」
私に話しかけた彼は、私が驚いたことなんか気にもせず、パソコンの画面を覗き込んだ。
「そうよ。ホラ、以前あなたが話してくれた話―――アレを物語りにして二人の結婚式のときにプレゼントしてあげたら喜んだじゃない?
それで、何かこうやって物語を書くのが楽しくなっちゃって」
私の妹は去年の春に結婚した。
なんでも、彼が就職して直ぐプロポーズをされたんだとか。
羨ましい限りである。
「そうか。で、そいつは誰に読ませるんだい?」
こっちはてんで進展なし。
彼が私のことを大切にしてくれているのは分かるが、それ以上に仕事に打ち込んでしまう。
だから、今の私の状態を打ち明けるのは怖かった。
高校生の時から彼はバイクが大好きだった。
バイクいじりに没頭する余り、大学受験をすっぽかしたりしていたというほどだ。
「内緒」
私は意地悪くそういうと、パソコンの電源を落とした。
「ほら、まだ仕事が残ってるんでしょ?夕飯の仕度するからそっちも片付けてきたら?」
ハイハイ、という気のない返事をしながら、彼は仕事場へ戻っていった。
私は彼の背中を溜息をついて見送る。
―――いつ、言い出せばいいんだろう。
―――言い出していいものなのか。
そんな迷いばかりが募る。
それに、彼は気付いていないだろうけど、私は出会った時から気付いていた。
顔に大きな傷があったときは驚いたけど、彼は間違いなく、あの彼だ。
彼にとっは「偶然の出会い」だったのかもしれないけど、私にとっては「偶然の再会」だった。
私はそっと手を腹の辺りに当てて、途方にくれた。
夕食の時間になり、彼が戻ってきた。
それと同時に、最近居座り始めた白猫も庭にやってきた。
「お、シロじゃないか」
彼はその白猫をそう呼ぶ。
彼が名付けたのではない。私が名付けたのだ。
ありふれた名前だが、それは私にとって特別な意味を持つ名前だった。
しかし、彼にとってはそうではなかったみたいだった。
私はテーブルに料理を並べ終えると、小さな器にミルクを入れて、ツナカンと一緒に白猫に与えた。
私はそうやって餌を与えながら、白猫に問いかけた。
「貴方はあの時のシロなのかしら?それとも、あの子が言ってたキューちゃんなのかしら?それともまったく別の猫ちゃんなのかそれとも―――」
全部、貴方なのかしら?
その質問は出来なかった。
そんな都合のいい話なんてないだろう。
もし、本当にこの猫が私の知る白猫ならば、きっとこの白猫は恋のキューピットだ。
「貴方がもし、あの『シロ』なら、打ち明ける勇気を持てるんだけどね」
私は無責任に、自分の弱さを白猫のせいにして押し付けた。
しかし、白猫は首を傾げて、餌も食べずに辺りをうろうろしだした。
どうしたのだろう?
そう思っていると、庭の片隅から花を一本口に咥えて持ってきた。
それは、かつてある男の子が私に送ってくれた花と同じ花だった。
「・・・・・・貴方、まさか本当にシロなの?」
私が驚いていると、白猫はまるで関係ないのようにあくびをした。
この猫が本当にあの時の白猫なのか。
いや、そんなの確かめようがない。
私がそうだと思えばそうなのだ。
ならきっと、彼は―――亘はきっと私の運命の人なんだ。
だから、打ち明けても大丈夫。
きっと優しく受け止めてくれる。
私はそう決心して、亘の待つ食卓へと戻った。
私達はいつもと変わらない風に食事を取っていた。
しかし、私はあることをどのタイミングで打ち明けようか、それを考えてなかなか箸が進まなかった。
すると、亘の方から私に話しかけてきた。
「さっき書いてた物語、どんな話なんだい?」
そう話を振られて、私は今度こそ決心をした。
この物語の話は、今の私が打ち明けようとしている話と無関係ではない。
この話と絡めて、打ち明けよう。そう決心した。
「白猫のお話なの。亮君や優から聞いてた白猫のお話」
「あぁ、キューの話か」
「えぇ、それから私が小さい頃に空き地で飼っていた白猫が居てね、その白猫とキューは同じ猫だったって話なの」
「へぇー」
その返事を聞いて、少しガッカリした。
亘はもう覚えてないみたいだ。
「それから、最後に私達を出会わせてくれたあの白猫。あの子も同じ猫で、今遊びに来てるシロも同じ白猫で―――この白猫は恋のキューピットで、亮君と優、私と亘を出会わせてくれたってお話なの」
「なかなか素敵な話じゃないか」
「えぇ、それからさっきは内緒って言ったんだけど‥・‥・この本を読ませたい相手って言うのはね」
私はそこまで言って、一度深呼吸をしてから言った。
「私達の、子どもに読ませてあげたいな、って思って書いてるの」
そこまで言って、亘の箸が止まった。
「・・・・・・本当、なのか?」
喜んでいるのか、困っているのか、私には亘の返事では分からなかった。
「本当よ」
私は内心で酷く怯えていることを隠しながら毅然と答えた。
今、亘は非常に大事な仕事を抱えている。
この仕事が成功すれば、バイクのパーツメーカーとしての評判は大きく上がるだろう。
そんな時期だからこそ、彼に負担をかけるようなことはしたくなかった。
でも、話さなければならない話だった。
すると、亘はこちらに回ってきて、私のおなかに手を当てていった。
「じゃぁ、今の仕事失敗できないな。生まれてくるこの子の為にも」
そう言われて、私は何も言えなくなっていた。
口を押さえてボロボロと涙を零していた。
「おいおい、何をないているんだい。めでたい話じゃないか」
そういって彼は私の涙を拭ってくれた。
彼が私達が幼少の頃に出会っていたなんて事はもう覚えていようがいまいがどうでも良かった。
彼なら、そういってくれるということはわかっていた。
でも、万が一彼が今の仕事が忙しいから―――ずっと愛して止まなかったバイクの大仕事、そちらを優先してしまうことがあったらどうしようと、言い出せなかった。
「やっと、君に対する誓いを果たせそうだ」
亘は、急にそんなこと言った。
誓いとは、なんだろうか。
そう思っていると、彼はこういった。
「子どもの頃、俺はよく言ってただろ?『俺はあーちゃんと結婚するんだ。あーちゃんを幸せにしてやるんだ』って」
そのセリフは、傍から見れば奇妙なものだったかも知れない。
でも、私にとってはこの上なくロマンチックで、素敵なプロポーズだった。
-----------------------------
「やれやれ、随分と手間のかかる友人だったぜ」
俺は仕掛けた盗聴器から聞こえたくっさいプロポーズを確認して言葉を漏らした。
すると、盗聴器の音声を受信していたイヤホンを引っこ抜かれた。
「あんた、もう確認したんだったらもういいでしょ。おせっかいってレベルじゃないわよこれ、まったく」
横でなんだか呆れた顔をしているのは、ユウだった。
俺はなかなか進展しない友人と、コイツの姉の仲を取り持ってやったというのに、酷い対応だ。
「昔から、ワタルはこういう行動が遅いからな。こうでもしなきゃあいつらいつまで経っても結婚なんてできないって」
いやはや、イイコトをした後は気持ちがいいものだ。
多少出費はあったが、面白かったしよしとしよう。
「しかし、アレなかなかいい出来だろ?本物の猫みたいだろ?大地に頼んで作ってもらったかいがあったぜ」
アレ、とは猫の形をしたロボットのことである。
以前、ワタルが女性に対して本気になれない理由を聞かせてくれたことがあった。
それが、中学生の頃に本気で惚れていた女の子が、引っ越して連絡の取れなくなってしまったという話だ。
そして、ユウから聞いた愛さんの話。
どう見ても二人とも中学生の頃に付き合っていた者どうしです本当にありがとうございましたって感じである。
そこで、この猫を利用して実は二人は運命の糸で結ばれていたのだ―――というストーリーにすることに決めたのだ。
様々なツテを持つ大地に協力してもらい、限りなくリアルな猫のロボットを作ってもらい、姉から姉の家の合鍵をもらっているというユウの協力で盗聴器を仕掛けタイミングを伺う。
そして、こうして今まで白猫をけしかけて愛さんの後押しをしていたのである。
「いやぁ、美しい話じゃないか。子どもの頃に自分達をくっつけてくれた白猫が、また自分達のもとにやってくるなんて。もはや俺はプロデューサーだな」
うんうん、と一人頷いていると、横からツンツンと腕をつつかれた。
「悦に入ってるところ悪いんだけど、あんたの言うロボットってそこで転がってる奴じゃない?電池でも切れたの?」
「へ?」
ユウに言われたほうを見ると、確かに白猫が変な格好で転がっている。
紛れも無く俺が特注した猫ロボットだった。
「え?じゃぁアレは―――」
「さぁ?シロで、キューで、やっぱりシロだったんじゃない?」
-----------------------------
こうして、白猫にまつわる様々な出来事は終わりです。
登場した白猫は、本当にみんな同じ白猫だったのでしょか?
真相は誰にも分かりません。
それでも、彼らがあの白猫は恋のキューピットだったのだと言えば、きっとそうだったのでしょう。
ノラ猫の割には長生きで、そして珍しい白猫は、優しい夫婦のもとで、赤ん坊と一緒に育てられることになりました。
今日も、白猫はのんびりと辺りを散歩をしながら、のんきにあくびをしているのでした。
めでたしめでたし。