第七話『土台の完成』
「――――部活よ。私たちで裁縫部を作り、心ちゃんを誘うのよ!」
「め、名案だ!」
なんてことはない、そんな風に三島は言ってのけた。部活を作り、見事杉林の事を勧誘してみせる、と。その自信はどこから来るのか、俺には理解できない。
「というわけで、ここにいる全員は裁縫部に入部決定ね」
「待て、その様なことは聞いていないぞ」
俺だって聞いてない。これほどまでに本堂の意見に賛同できるのは初めてだ。
部活の最低人数は五人、それに加え顧問、さらに校長の許可が必要となる。なんとも面倒極まりないので、非公認部活動は半ば容認されている。
なのに、コイツは正攻法でいくと抜かしやがったのだ。手続きの面倒さを知らないわけじゃあるまいし、パッと見アホの子にしか見えない。
「人数ったってここにいるだけでも四人、一人足りない。顧問だって誰に頼み込むのかわからないが、部活の面倒を見るなんて、それこそ面倒なことをする物好きな教師なんていないと思うぞ」
佐藤と本堂が目で俺に同意を伝えてくる。普通に考えて、これは大事過ぎるんだ。裁縫なんていうマイナーな、競技もクソも無い部活じゃ学校の利益になるとは思えないし。
「武田君にしては正論を言ってくれるじゃないのよ」
「普通に考えたらこうだ、ってのを言っただけだ」
「でもね、不可能を可能にしちゃうのがわたしなのよ。まず部員、これは頭数さえ揃えれば後でどうとでもなる。心ちゃんを誘えばちょうど五人になるじゃない? 次に顧問だけど、こっちはもう目星はつけてる」
なんて手際の良さだ。
……言っておくが、俺は裁縫部なんていうわけのわからん部活に入部するつもりはさらさらない。時間を有意義に使える帰宅部こそが、学生に一番合っているんだ。
あわよくばここで正論をかざし、この話をなかったことに出来ればと思ったのだが……くそっ、三島の奴、なんて不条理にして正論をかましやがる。
「そして、これが決定打。――遠からん者は音に聞け、近くばよって目にも見よ。私の名は三島早紀、現校長の娘なるぞ!」
「「「な、なんだってー!?」」」
俺は必死にいつか耳にした事のある校長の名前を思い出す。県立甲陽高等学校校長、三島秀久……三島……そういうことか!
してやられた。三島の奴、最初からジョーカーを隠し持っていやがった。
「もちろんわたしも鬼じゃないわよ。部活創設時の頭数が欲しいだけだから、創った後は幽霊部員になろうがなんだろうが、強制しないわ」
「当たり前だ」
完全なる、敗北……! 校長の娘で新聞部部長という肩書きに成す術もなく……ん、新聞部部長? そうだ、確かにそう言っていた。
「待て、裁縫部の部長は誰なんだ」
「もちろんわたし」
「……ふふっ、馬鹿め! 部長は部活の掛け持ちが出来ないということを忘れたか!」
校則にあったはずだ、部長の掛け持ちは認められないと。……そう、最後に笑うのはこの俺だ。
「あ、じゃあ俺が部長になる」
……チェックメイト。佐藤のその一言により、三島の提案は可決された。
『土台の完成』
で、だ。
「なんで俺が声をかけなきゃいかん。同じ女として三島、お前が行くべきだろ。常識的に考えて」
「駄目ね。心ちゃんの身辺を嗅ぎ回り過ぎた所為か、マークされてるのよわたし」
なんという非現実極まりない言い訳。しかし言っている奴が三島なだけあり、妙に現実味があるというのもまた事実。
不本意ながら、何故か俺が杉林に対してコンタクトをとることになってしまった。どうしようもない、佐藤と本堂は帰宅してしまったのだから。
……佐藤は気恥ずかしさで話しかけれないというのは認めよう。だけど、本堂は明らかに面倒ごとを回避した節がある。なんだよ、「急用が出来た」って。あからさま過ぎるのもどうかと思うぞ。
「それにしても心ちゃん、あれだけ人気があったにしては妙ね」
扉の影で教室の中を覗き見る三島が、そんなことを言う。つられて俺も中の様子を確認する。……なるほど、確かに。
教室には杉林以外おらず、杉林だけが一人自分の席に座っていた。かといって何かをするわけでもなく、ただ席に座っているのだ。まるで何かを待っているかのように。
「ありゃ何してんだ? あれだけの人気ぶりなら、下校のお誘いくらいあっただろうに」
「うーん、いじめって線は無いだろうし……宿題をやっている風には見えないわよね……謎だわ」
一人そこに居るだけならばなんら変わりのない、学校では普通の光景と言えた。だが、なんというか、言葉にしにくい。言ってみれば、近寄りがたい空気が彼女の周りに漂っている。
高嶺の花とかそういう類のものではなく、一方的な拒絶……見ていてそんなことを思ってしまう程までに、それは違和感があった。
「見ていても仕方がない。……とりあえず裁縫部に誘ってくりゃいいんだよな?」
「え、あ、うん」
どうやら三島も俺と同じようなものを感じているようで、返ってきた返事は素っ気無い。
正直、俺としては近寄りたくない空気ではある。俺でなくともそうであると断言できるだろう。けど、考えてもみれば適当に会話をして、「裁縫部に入りませんか」と言うだけだ。断られればそこまで、オッケーが出れば後は三島にでも任せればいい。そう、至極簡単なこと。
そう考えると扉の前で尻すぼみになっている自分がひどく滑稽に見えてきて、それがどうしようもなく笑えた。
気を取り直し、扉を開け、さりげない風を装って教室に入る。
「――貴方は」
「武田智和だ。……もうみんな帰宅するなり部活に行くなりしてるってのに、一人で何してたんだ?」
「えぇ、その、待っていたんです」
見れば見るほどその姿は年上に見えず、どちらかと言えば幼さまで感じるその風貌。しかしながら口調はこの年代の女子にしては妙に大人びており、うーむ、可愛いと思ってもこれは仕方が無いといえる。
「もしかしてこの時間帯、暇だったりするのか?」
「暇……そう、ですね。確かに暇を持て余してますね」
煮え切らない返答。しかしながらその言葉は一つの問題をクリアしたことになる。すなわち、時間の都合だ。部活をやらない奴の中には、なにかしらの都合でやりたくても出来ないって奴もいる。それを考えると三島の案も結構穴だらけだったりするのだが、そこはまぁ、今は考えないでおこう。
俺がやることは部活が出来るかどうか確認することと、部活に誘うこと。これだけだ。
「なるほど」
「そんなことを聞いて、どうするんです? ナンパでもしているんですか?」
なんて、真顔で突飛なことを言われてしまった。確かに誤解される質問だったかもしれないが、面と向かって言われるとあまりいい気分じゃないな、こういうのって。
「それは断じて違う。実は、杉林さんが裁縫に興味があると聞いてさ。それで、今度作る裁縫部の部員になって欲しいと思った」
「裁縫……そうですね、確かに裁縫は好き」
またしても煮え切らない。さっきから違和感を感じているのだが、彼女はどこかしか現実味が無い物言いをする。あれだ、寝起きの人間みたいな。
怪訝な顔をしている俺に気付いたのか、杉林は少し慌てたように口を開いた。
「ぶ、部員ですよね。その、私でよろしかったら、どうぞよろしくお願いします」
「は、はぁ。オッケーってことでいいのか?」
「はい」
なんともかんとも、気付けば彼女は快く了承してくれていた。まさかこんな簡単に物事が運ぶとは……今更になって、三島の底知れなさを感じた気がする。
「さんきゅ。そんじゃ俺はこれで帰るけど、杉林さんも用が無いなら帰った方がいいぜ。どうせ帰宅部だ、早く家に帰った方が有意義に過ごせると思うぞ」
「そうね……」
終始煮え切らない言葉を返す彼女に背を向け教室を出る。三島が待ち構えているだろう廊下に顔を出すと、そこには予想通り最初から最後まで覗き見&盗み聞きしていただろう三島の姿があった。
俺が出てきたのを見ると、慌てて体裁を繕う。……まぁ、扉の隙間を覗きながら出迎えられたら不愉快極まりないって話だな。
「どうやら了承されてしまったようだ。おめでとう、これで裁縫部が作れるな。俺は実におめでたくない」
「はいはい、武田君にしては上出来なんじゃない」
とても気に入らない物言いだが、褒め言葉として受け止めておこう。そうすることでこの場限り、精神の均衡は保たれる。……この場限りだ、次は無い。
「で、三島様々は今すぐにでも裁縫部を創設しにでも行くのか?」
「うーん……そうしたいのは山々なんだけど、ちょっと用事が出来ちゃった。というわけで、今日は帰る!」
「あ……」
有無を言わさず言いたいことだけ喋ると、三島は風のように目の前から姿を消した。……最近思う。三島ってこんな破天荒なキャラだったっけ、と。
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