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第十二話『思い出:佐藤啓太』

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 夏、澄み切った青空、その空を別つように流れる一筋の飛行機雲。……いやあ、やっぱり屋上はいいね。少しばかりの暑さに目を瞑れば、そこは素晴らしきユートピア。学校の何が楽しみって、これが一番楽しみかもしれない。
 俺は鮭おにぎりの包装紙を破きながら、優しくそよぐ風を受け止める。もぐもぐと冷たくてぱさぱさしている米を食いながら、結局おにぎりに落ち着くのだと一人頷く。
 最近は人と関わってばかりだから、この貴重なひとときは大事に過ごしたい。鮭が少ないなあ、なんて考えつつも、この状況が得難いものなのだと実感する。
「ふわあ」
 自然と欠伸が出た。
 なんという既視感。経験を生かすに、このままだと俺はまたもや昼の授業をボイコットすることになってしまう。確かに睡眠と覚醒の瀬戸際はかなり気持ちがいいのだが、さすがに俺自身が自覚している数少ないアイデンティティをこれ以上失うわけにはいかない。
 脳がストライキを起こしそうになっているのを鞭打ち、必死に睡眠欲と格闘する。……そんな時、不意に目の前の扉が開いた。
「あ……武田さん」
「杉林さん」
 ううむ、ここにもパターン化の流れが。
 開いた扉が、自重によって閉まる。やってきたのは、以前と同じ姿の杉林さんだった。そう、以前にも見た可愛らしいピンクの弁当包みを抱えている。
「今日もここで昼食なのか?」
「はい。ここはとても気分が良くなるので」
 そう言って、杉林さんはまたも俺の隣――まあ、前と同じで少し距離はあるが――に腰掛ける。
 まいったなあ。俺の予定では、このまま午後の授業まで“宇宙とはなんぞや”を考える予定だったのに。……杉林さんを見れば、俺のそんな思いなど露知らず、いそいそと包みから弁当を取り出している。
「……そういえば杉林さんって、弁当は自分で作ってるの?」
「いえ、家政婦さんが作ってくれています」
「家政婦さんかあ。なんかすごいなあ」
「そんなこと、ないですよ。うちはお父さんがすごい人ですし」
「そうだったっけ」
 そうか、忘れてたけど杉林さんの父親は世界一のシェアを誇る自動車メーカーの社長だったな。
 俺が関わる女って、なんでこうすごい繋がりがあるのだろうか。三島だって父親がこの学校の校長だし。……ああ、古雅原先生は違うな。あれはダメだ。
 ふむふむと一人納得しながら、俺はじっと杉林さんの食べっぷりを観察する。この前隣で食べてた時に気になったったんだが、結構食うの早いんだよな。観察していると、箸の速さはゆっくりしているのに、何故かおかずと白米が均等に結構な速さで減っていく。……なんかすごいものを見てる気分だ。
「……楽しいですか?」
 ふと杉林さんは俺に視線を向けると、訝しげにそんなことを聞いてきた。
 熱中していた所為だろう、俺はついつい
「楽しい」
 と、即答してしまった。
「変な人ですね」
 そんなことを言われてしまい、思う。おかしいなあ。この前、俺が杉林さんに対して変な子だと思っていたばっかりなのに。なんで俺が変な人扱いになっているんだろうか。
 俺はちょっと悔しくなってしまい、黙々と昼食を食い続ける杉林さんに対し口を開く。
「杉林さんも十分変だと思う」
「……そうですね」
 とても悲しかった。


『思い出:佐藤啓太』


 昼食を食べ終わった杉林さんは、何をするわけでもなく、ぼうっと空を見上げていた。俺もつられるように空を見上げて、すっかり広がってしまった飛行機雲を見つめる。
 杉林さんは変な子だ。それは間違いない。……確かに俺も変な人だとは思うが、たぶんそれとは“違う変”。
 考えてみよう。転校初日、社交的にクラスメイトの質問に答えていたのに、放課後になってみれば近寄りがたい空気を纏った彼女が一人。かと言って話してみれば刺々しいというわけでもなく。で、今はこうして不思議ちゃんよろしく、まるで的を射ない会話をしたり。考えれば考えるほど、この子がわからなくなる。
「武田さんって、変な人ですよね」
 俺が杉林さんについて考えていると、その当の本人が急に問いかけてきた。それも、俺が思っていることと同じ疑問を、これまた俺にぶつけてきたのだ。
 無機質を思わせる杉林さんの目を見つめながら、俺は急に来た問いに対し、答えあぐねる。
「まあ、俺もそう思う……」
 結果、なんとも情けない返答になってしまった。
 だが、杉林さんはそれに何を言うわけでもなく、独白めいた言葉を続ける。
「佐藤さんや三島さん、本堂さんと楽しく話しているかと思えば、それが嘘のように孤立していたり。集団が好きなのかと思えば、こんなところで一人ぼっち。……不思議です」
「ううむ」
 確かに杉林さんの言う通りではある。行動に明確な主体性が無いのは、自分でも理解しているつもりだ。しかし、それだけで“変な人”となるのは、些かおかしい気がする。
 案の定、杉林さんの言葉にはまだ続きがあるようで、俺は黙って耳を傾ける。
「たぶん、変だと思うのは私と武田さんが似ているって感じるから。……私はこの現実感の無い、浮き足立った状況がとても不安なのに、武田さんは飄々としている。なんでそうなるのか、わからないんです」
 何時になく饒舌な杉林さんの話が、一旦途切れる。
 難しい。
 そりゃあ、俺だって自分の置かれた状況を軽く考えることぐらいは、何かしたことがある。けど、深くまで考えて、それを他人と比べるなんて事はしたことがない。
 依然として俺を見つめている杉林さんに対し、俺は何を言えばいいんだろうか。……“助言”なんて大それたことを言えるほど、俺は出来た人間じゃない。それが出来る身分なら、俺はこんなところで一人昼食を食うようなことはしていなかっただろう。
 杉林さんは、俺に一体、何を求めているんだ。
「……ごめんなさい、変なこと聞いてしまいました。今言ったことは忘れて――」
「人に依存すればいいじゃん」
 この話を切り上げようとした杉林さんを遮り、俺は一言、助言というには少しばかり捻くれたことを言った。
「現実感が無いなら、人に依存すればいい。恋人でも友達でも、家族でも。自分を認識してくれる人がいれば、それは現実ってことになるんじゃないのかな」
 我ながらわけのわからんことを言っている。けど、杉林さんの問いに対しての答えは、これしか浮かばなかった。
 杉林さんは自分と俺が似ていると言うけど、それは違う。決定的な違いは、俺がこの状況に“不安”を感じていないという点だ。むしろ、俺は人と接することが不安に繋がってしまう。……自分のことだけなら自分で何とか出来るけど、他人が絡むとどうしようもないからな。身の丈に合ったことをしていれば、変なことにはならない。それを俺は一年前、身を以って学んだ。
「人に依存、ですか」
 いきなりこんなことを言われたら、普通ならば変な顔をするだけじゃ済まないだろう。しかし、杉林さんは思うところがあるのだろう、目を伏せて何かを考えているみたいだ。
 俺はそんな杉林さんから目を離し、今日何度目かの青い空を見上げる。
 ……現実感、か。それを言うなら、俺もそうなのかもしれない。事故に遭ってから、変な幻覚は見るし。
「――ますか?」
「え?」
 ぼうっとしていた時、消え入るような声が右耳から左耳へと通り過ぎた。俺は急なことで混乱しながらも、落ち着いて今言われた言葉を再度、頭の中で再生する。
 “なら、武田さんが私の依存する人になってくれますか?”。
「……いや、その、なんで?」
 わけがわからない。いや、話の流れからして、別に突拍子が無いというわけではないのだが、わけがわからない。なんで俺がそれを言われなければいけないんだ。
「……」
 だんまりかよ。
 つくづくこの屋上には文字通り縁があると言うのか。……単純な告白よりも性質の悪い。
「私、家族と話す機会もないし、友達と呼べる人も居ないし、恋人も居ない。だから、私の話をちゃんと聞いてくれた――武田さんしかいないって……」
「待て、待て待て。確かにそうは言ったけど、なにも俺じゃなくったっていいじゃないか」
「武田さんは、私のこと、嫌いですか?」
 ……ううむ。俺はまたしても答えに詰まる。
 正直な話、人に頼られるのはいい気分だろう。悪く言えば優越感を味わえるわけだし。けれども、それは“変な人”にとって、面倒以外のなにものでもない。
 心なしかすがるような視線を投げかけてくる杉林さん。……でも、やっぱりダメだ。
「嫌いじゃない。けど、俺には無理だ。杉林さんの言う“依存の対象”がどの程度のものかはわからないけど、俺には務まらない」
 杉林さんの返答を待たずに、俺は立ち上がる。見下ろせば、俺を見つめる杉林さん。……務まるか務まらないかなんて、相手が決めることだ。俺が言ったって、それは見当違いに他ならない。それはわかっているけど、どうしようもなく。
 俺はそのまま背を向けて、屋上から足早に立ち去った。



 放課後。授業が終わり、生徒たちが慌しく席を立つ。俺は何故か――何故かもクソも、わかりきっている――そうする気にはなれず、窓の向こう、まだ明るい外を見ながら呆ける。
 結局、午後の授業の中身は頭に入ってこなかった。ただでさえ遅れた分を取り返さなければいけないというのに、これだよ。……大いに悩め少年少女よ、なんて、何処かで聞いた失笑物な言葉を思い出す。
 どうしようか。正直、杉林さんにはもう会いたくない。今になって、自分の言ったことを後悔する。何が身の丈に合った~、だ。現にこんな面倒なことになっているのは、自分自身、何もわかってないからじゃないのか。こんなことじゃ、佐藤の奴に“思い出”を作ってやるなんて無理な話だ。
 佐藤。俺は昼、屋上に行く前に先生から渡されたものがあることを思い出す。やる気のない動きで鞄をあさると、社会のプリント。……渡しに行かなくちゃな。
 帰ってすぐ寝たい気持ちを抑え、俺は席から立ち上がる。……と、一人、俺のほうを見ている奴がいた。
「……なんだよ」
「佐藤の家に行くのか」
 メガネで顔の半分を隠している奴、本堂がそんなことを言いながら近付いてきた。
 俺は相手をする気にもなれず教室を出ようとしたが、肩を掴まれ、止められる。
「なんか用か?」
「――武田智和、お前は佐藤の何なんだ」
「ナニでもねえよ」
 もう他人の感情に振り回されるのはごめんだ、と。俺は肩を掴んでいる手を振り解き、そのまま一瞥もくれてやらずに教室を出る。……もともと本堂とは友達でもなんでもない。知り合いですら怪しい。これが自然な受け応えだ。
 自分でも気が立っているというのは自覚している。けど、これでも俺は短気なんだ。イライラしている時に余計なことが出来るほど、出来た人間じゃない。
 少しは申し訳ないと思いつつも、俺は言い訳じみたことを思いながら、教室を後にした。



 夏だからだろう、まだまだ弱まることを知らない日差しが、容赦なくアスファルトに降り注いでいる。だが、それも慣れたもの。俺はゆるゆると歩きながら、佐藤について考えていた。
 小学校の頃、俺と佐藤は頻繁に遊んでいた。親友という呼び方が、もっとも当てはまる。……しかし、小学校を卒業する前に佐藤は引っ越してしまった。そんなに遠くではなく、隣の校区に、なのだが。
 何故か俺は佐藤と連絡を取る気にはなれなかった。それは向こうも同じだったのだろう。自転車でならそれほど苦ではない、それだけの距離が開いてしまっただけで、俺と佐藤の関係はそこで終わった。
 初めて歩く道。俺の家からは少し遠いが、この歳になれば近いと感じる範囲。……そう、場所は知っている。何度か行こうと思っていたからだ。でも、行こう行こうと思っている間に、今では高校生。何故か佐藤は同じ高校で。いまさらな話だった。
 足を止める。俺の記憶が正しければ、佐藤の家はここだ。
 表札にある“佐藤”の文字を確認すると、俺はドアホンを押す。
「はい、どちら様でしょうか」
 しばらくすると、機械を通した人の声が鳴った。女性の声。俺は機械に向かって喋りかける。
「佐藤君の学友で武田と申します。昨日と今日、休まれたようなので、学校での配布物を届けがてらお見舞いに来ました」
「……そう。ドアは開いているので、勝手に上がってください」
 そう言われ、俺は扉に手をかける。言われたとおり鍵はかかっておらず、遠慮がちに扉を開く。
「うっ」
 ひどいタバコの臭い。……佐藤が言っていたっけ。家のどこに居ても副流煙を吸える環境だ、って。確かにこれは常軌を逸している。
 俺は咳き込みながら家に入ると、奥から女性――たぶん佐藤の母親だろう――がやってきた。
「啓太は階段を上って突き当たりの部屋で寝込んでいます。……あら、もしかして、武田君?」
 部屋への行き方を説明し終わった佐藤の母親は口に咥えていたタバコを手に持ち変え、俺に向かってそんなことを言ってきた。
「はい、そうですけど」
「あらあら、名前を聞いた時、もしかしてとは思っていたけど、懐かしいわねえ。ごめんなさいねえ、急に引越しなんてしてしまって」
「いえ、お気になさらず結構ですよ」
 もう過ぎ去ったことだし。それよりも、俺は目の前のタバコから一刻も早く目を背けたい。だが、佐藤の母親はそんな俺の気も知らずに、俺を見て懐かしんでいる。
「武田君ならもう知っていると思うけど、啓太はもう長くないの。なのに、毎日毎日学校に行っちゃって……そんなに早く死にたいのかしら」
「そんなことは、ないと思いますけど」
「そうは言っても、ねえ。やっぱり入院させておいた方が正解だったかしら……」
「佐藤は十分、今を楽しんでますよ。入院云々も自分で理解しているだろうし」
 言うが早く、俺は階段を上り始めた。
 イライラする。なんでこうも息子に対して他人行儀なことを言っていられるんだ、この親は。……まあ、親だからこそ、死ぬとわかっている子供に対して普通に接するのが難しいのかもしれない。……ただ、やっぱり原因はタバコなんだろうな。確かに小学校の頃も、佐藤から微かなタバコの臭いがした。
 階段を上りきり、突き当たり。軽くノックすると、“どうぞ”という佐藤の声が聞こえ、扉を開ける。
「あ、武田。どうしたんだよ」
 物が極端に少ない部屋。小さめのテレビとベッドがあるだけ。そのベッドの上に、覇気のない佐藤の姿があった。
 俺が来たことが意外だったのだろう、佐藤は嬉しいのなら驚いているのやら、判断しづらい反応を見せる。
「どうしたんだよもクソも、プリントを届けるついでにお見舞いに来たんだよ」
「そうなんだ。珍しいこともあるもんだなあ。……それで、お見舞いの品は?」
 近くにあった椅子に座ると、佐藤がそんなことを言ってきた。……そうだった。自分でお見舞いとか言いつつ、見舞いの品をすっかり忘れていた。急にきまずくなる。
 仕方がない、と。俺は肩にかけていた鞄を下ろし、おもむろに中身を探りだす。
「お、なんだなんだ」
「はい、お見舞いの品」
「……テスト範囲が書かれたプリントじゃないか」
「ごめん忘れてた」
 二人で笑いあう。
 それから俺は学校であったこと、三島や本堂、それに杉林さんのこと、授業の内容などを伝える。今日屋上であったことは、もちろん伏せておいた。
 無事に裁縫部が出来たことを聞いて、佐藤が喜んでいる。……そうなんだよなあ。屋上であったこと、杉林さんのことを言ってしまったら、たぶん、佐藤は落ち込んでしまうだろう。なんたって佐藤は杉林さんにぞっこんラブだからな。それも踏まえて、杉林さんには佐藤を選んで欲しかったのだが、ああ、思い出したらまた面倒になってきた。
 たぶん、俺は変な顔をしていたのだろう。佐藤がこれまた変な顔をしながら俺を見つめている。
「……ま、まあそんなわけだ。それより佐藤、本当に体のほうは大丈夫なのかよ」
「ん、死ぬのが確定してる人間に対して大丈夫は無いんじゃない」
「それは違いない」
「ははっ、まあ冗談は置いといて、まだ大丈夫だ。今回はただの風邪。けど、確かにボロが来てるかもしれない。吐血の頻度も高くなってきたし」
 和やかな時間。しかし、それも長くは続かないのだろう。七月に入った時点で、佐藤は“後一ヶ月”だと言った。今日は十八日、もう半分も残っていない。前後する可能性はもちろんあるけど、それは早まる可能性もあるってことだ。
 佐藤を見る。元気そうにはしているが、体を見れば随分と細くなっている。以前と比べれば、かなりの体重が落ちたのだろう。またも佐藤が変な顔をしているので、俺は適当に相槌を打つ。
 せめて動けなくなる前に、思い出を作ってやりたい。だが、それは具体的にどうすればいいのか。そもそも俺が勝手に“思い出”と称したものが、佐藤に受け入れられるのか。……確実なのは、このまま裁縫部で活動することだろう。春にしては少し遅めな風も佐藤に吹いていることだし。
「もうこんな時間か」
 窓の向こうに落ちる夕陽を見て、俺は壁にかけてある時計を確認する。……六時半。日が落ちるのが遅いと、少し時間の感覚が狂ってしまう。
「もう帰るんだ」
「そりゃなあ、晩飯の用意もあるし」
「そういえば武田って、今は一人暮らしなんだっけ」
「ああ。俺が事故ったってのに顔も見せにこない薄情な親の所為でね」
 床に置いておいた鞄を肩にかけ、立ち上がる。佐藤はまだ話し足りないと言った顔をしているが、まあ、仕方がない。
 俺は笑いながら佐藤に帰りの挨拶を送ると、部屋を後にした。



「お邪魔しました」
 佐藤の家を出る。すでに空は紫に染まり、遅めの夜が来ることを告げている。
 明日からどうするか。佐藤は明日は学校に来ると言っていたが、ふむ、やはり裁縫部の活動を始めるのが一番か。……しかし、いくら杉林さんの趣味が裁縫だからって、裁縫部はないよなあ。俺が想像出来るものと言えば、全員で黙々と刺繍の練習をしている様ぐらいだ。
 裁縫部での活動に頭を悩ます。……と、やけに長く伸びている影が、俺の目の前にあった。視線を上げると、そこには三島と本堂が立っていた。
「おまえら、なんでここに」
 本堂の奴、自分で渡しに行くのを断っておいて、なんでここに居るんだか。だがまあ、本堂はなんとなくここに居ても納得出来る。なにより、三島が何故居るのかが疑問だ。
 俺が気付いたのを察したのか、本堂が無言でこちらに歩み寄ってくる。……俺は動物的な本能で後ずさるが、本堂はお構いなしだ。
「な、なんだよ」
「武田智和、お前は佐藤の何なんだ」
「またその話かよ……」
 俺は身構えていた体から力を抜き、溜め息をつく。
「お前ら、佐藤に用があるんじゃないのか」
「ちょっと武田クンに聞きたいことがあるんだよね。それというのも佐藤君のことなんだけど」
「佐藤の?」
 黙っていた三島が口を開いたかと思えば、眼鏡を光らせてそんなことを言ってくる。……この眼鏡コンビ共が、一体なにが目的なんだ。
「最近、佐藤の調子が悪い事は知っているだろう。体育でも頻繁に見学している。それだけならば別段、不思議なことではないのだが、武田智和、お前と佐藤が何か隠し事をしているように思えてね」
「隠し事って、いきなりそんなこと言われてもな」
「クラスメイトと話すことが全く無かったお前が、今月に入って急に佐藤と親しくなった。優しさをも感じるほどな。そして、それに合わせて佐藤の体の不調が目立つようになった」
 眼鏡を光らせる本堂。その顔は真剣で、この場をちゃかそうと思い口から出そうになった言葉が、無意識に飲み込まれる。
 本堂の話は終わらない。
「今日に限らず、佐藤は頻繁に病院へ行っている。なんでもない顔をしているが、その実、目に見えるように衰弱している」
「だから、それで俺に一体何の用なんだよ。俺はさっさと帰って晩飯を作りたいんだが」
「くっ!」
 みし、と。頬の骨が悲鳴を上げた。……なんで俺は地面に倒れているんだ。なぜ頬が痛い。
 また殴られた。
 一瞬混乱してしまった頭を整理し、目の前の激昂しかけている本堂を見て、この状況を無理矢理納得させる。くそが、また熱血青春パンチか。
「ちょっと本堂君、落ち着いて、ね? 武田クン、本当に知らないのかもしれないんだし」
 三島が本堂を抑える。本堂は言葉にもならないのだろう、明確な怒りのこもった目で、俺を睨んでいる。
 あー、いてえ。なんなんだよ。佐藤に直接聞けばいいってのに、なんで俺が無理矢理こうまでされて聞かれなけりゃいけないんだ。
 制服に付いた汚れを手で払いながら立ち上がる。
「佐藤に直接聞けよ。お前が本気で佐藤にラブラブってのは身を以ってわかったから。それなら尚更、本人に直接聞いたほうがいいんじゃねえの」
 俺はそう言って二人に背を向ける。
「……ごめんね、武田クン。なんか変なことになっちゃって。本堂君も悪気があって殴ったわけじゃないと思うし、その、やっぱり焚き付けたわたしも悪いと言うか――」
 三島の言葉を無視して、俺は歩き出す。――視界の端に女の子が映る。
 俺はどうしようもないイライラとやるせない気持ちを抑えながら、この場を後にした。





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