俺の名は伊集院。
名前は忘れた。
仕事は害獣駆除(モンスターハンター)だ。
今日は仕事の報告書を事務所に提出しに都までやってきた。
どんだけ害獣駆除をしたところで報告書を提出しないとギルドから報酬が貰えない仕組みだ。
ある程度大きな仕事なら記録係も同行するが、
経費節約のため雑魚相手には駆除人一人だけを遣すのがギルドの方針だ。
面倒だが仕方がない。
優秀なハンターなら秘書を雇って書類は全部任せているそうだが、安月給ではそうもいかない。
禄に学校に通っていなかった俺はまず読み書きを学ばないといけなかった。
この歳になっても時々わからない漢字がある。
この前なんて「ケツ」って漢字どう書くのかしったかぶって「尻偏に穴」っ書いたら同僚に笑われた。
そんなことはどうでもいい。
この国の無茶な社会構造の所為でギルドの窓口は長蛇の列ができていた。
モンスターハンターとはいわゆる青少年ボランティアで、他にやる仕事のないニートがなっている。
普通は10年働こうと20年働こうと殆ど給料は上がらないで、
中央の省庁から天下りしてきた札束数え係の幹部どもに中間マージンがごっそり取られている。
―キンコンカンコーン
「伊集院さん156番窓口へお越しください」
―コンカンコンキーン
今月1ヶ月の報酬はしめて10円50銭。
サラリーマンの初任給は18円。
給料から食費を抜いた殆どは借金の返済に充てられる。
だが定住所はないので、家賃の心配は要らない。
普段は治安の悪くない少し街から離れたところで野宿か、納屋を借りたりする。
ハンターは最低の屑の仕事だ。
誰かの曰くハンターはサービス業ではないので、
大抵不潔で臭い、髭も中途半端に伸びて、髪も油でネトネトフケだらけ。
俺なんかまだましな方で、冬場じゃなきゃ三日に一度は川で垢を落とすし、そうでなくても馬油でスキンケアはする。
だからノミもシラミも沸いていないし、インキンにもなっていない。
こんな俺だが昔の事を思い出すとどうしょうもない気持ちに駆られることがあった。
第一章〜同じ人生送りたくないなら読むなよ〜
俺が生まれたのは東アジアの某国の中流家庭だった。
父母は優しかった。
それから兄と姉がいた。
落ちこぼれは俺一人。
中学2年のある日。
同級生からのイジメを苦に家に引きこもってしまった。
それから何年経ったのだろう。
珍しく外出をすると言い出した時は家族は喜んだ。
どこへ行くつもりなのかもきかなかった。
そして俺は何処にもいなくなった。
12階から飛び降りて意識を取り戻した時、
あたりの景色は一変していた。
そこは見た事のない植物が生える森で、
北欧の菓子の様な甘い臭いのする不快な花や
動物の様に蠢くツタ、あと性器にそっくりな動く植物?まで生えていた。
正直なところ『死ぬ』前の記憶ははっきりと思い出せない。
「伊集院」という名前だって本当に自分の名前だったか確かじゃない。
2日だったか3日だったか覚えていないが、あの奇妙な森をさまよい歩いた末、一つの村を見つけた。
建物は一見するとヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家の様にわざとらしく風変わりな素材で
プラスチックなのか木材なのか微妙だった。
家の住人が俺に気づくと、歓迎してくれた。
褐色の肌をした白髪の老爺と老婆。ゲームみたいなわざとらしいファンタジックな服を着ている。
「どうした若いの、儂らを襲いにきたにしては随分やつれてるな。」
でも、あの時涙が止まらなかったのを覚えている。
「なぜ泣く。これを飲んで悲しみなど忘れろ。」
灰汁の味のする酒だった。
彼らは不思議そうに俺を見て、心配そうに宥めてくれた。
それを見て俺はますます泣いた。
家族からは普通の赤の他人の1/10ほども心配されていなかったのに、
今別の世界の全く見ず知らずの爺さんと婆さんから優しくされている。
その状況が哀しくて倖せだった。
それから何ヶ月か村に留まって、この世界の事を知った。
この世界では食料資源は無尽蔵みたいで、
食べ物は到底人間の食い物でない様な雑草みたいで口に合わなかったが、3日もすると慣れた。
だが人間として大切なものを失っていった気がした。
50人ほどの村人は皆無気力で、それでも見知らぬ者には優しい。
明らかに地球上ではないのに人間がいて日本語が通じるのはなぜなのか深く考えないようになった。
まるで天国みたいだった。
村人はこの村のことをただ「村」とだけ呼んで外の世界への認識がない。
村の外については誰も知らず、恐ろしい場所だという認識があるだけだった。
好奇心から俺はある日村を抜け出して周囲を探検に出た。
村が見えなくなった途端、何か不安を感じて引き返した。
でも二度と村に戻る事はできなかった。
大きな後悔が襲ってきた。
また訳のわからない世界を彷徨う羽目になるなんて。
森の中のものは何でも構わず口にした。
植物ばかりでは衰弱死するので虫でも構わず食べた。
こんなに生きるのに必死なのは後にも先にもないだろうな。
ついに町を見つけた。
だが門には人間の形をした屈強な肉の塊が聳え立っていた。
赤黒い肉の塊は突然触手を十数本も生やして俺を捕らえようとする。
とっさに避ける。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
触手の届かない距離から周囲にあるものを手当たり次第に投げつけてみる。
俺のひ弱な腕力では石も木の枝も本体まで届かない。
ここは逃げるしかない。
街壁に他の入り口はないのか、町の周囲を回ったが3時間ぐらい歩いたところで諦めた。
見つかった4つのどの門もあの肉塊が邪魔して通れない。
きっと他も同じだろう。
他に入れそうな場所は…。
壁は優に10mはある。
排水溝が目に止まった。
臭い汚い臭い汚い。
下水道を抜けると目の前は城だった。
「おめでとう。君は試練に打ち勝った。」
と突然の低い男の声。
「さあ、勇者よ我々の城へ―」
訳がわからないままに、
銅色に輝く全身鎧に身を包んだ兵士たちに導かれて
彼らの王に謁見した。
「よくぞ参った。私が幻沱羅(ゲンダラ)国の王、播倶藺(ハグリン)3世。この世界へ君を召喚したのは私の娘だ。」
王冠を被った胡散臭い髭の男がもごもごした口調で言う。
「第3王女の靄沙(アイシャ)です。あなたは本来あの世界の人間ではなかったのです。」
綺麗だがどこか胡散臭い娘だった。
「嫌だなあ、僕は伊集院、ただの引きこもりニートです。たんなる東アジアの某国のしがない中流家庭の子にすぎません。」
「おぬしは見事に我々の用意した試練をパスしたではないか。」
「でも僕は働かずに暮らしたかった。」
「あの村も試練の一部だ。1年以上そこで暮らせば廃人となり緩やかな死が訪れるだけ。おぬしも死にたくなかろう。」
「うっ」
「あなたの本当の仕事はこの国を脅かす魔物たちを退治することです。早く一人前の勇者となって私のところへいらして。」
まんざらでもない気分だった。
修練所に入れられた俺はマッチョな教官から血の滲むような訓練を何ヶ月も受けた。
家でゴロゴロしていた頃とはまるで正反対の生活。
別の世界から呼び出されて、自分は勇者だと言われてホイホイと害獣駆除屋になったのは俺だけではなかったことを知った。
たとえばルームメイトの貶怒狸苦戍(ヘンドリクス)はこの世界でも地球でもないどこかの世界のニートで、
シンナー中毒になった拍子に電車(に相当する彼の世界の乗り物)に飛び込んだ後にこの世界で例の試練を受けていた。
修練所を無事に卒業して新米モンスターハンターとなった俺にのしかかったのは受講料と称する大量の借金だった。
この国の通貨で400円。単位が日本と同じなところに突込みを入れる気力は残っていなかった。
こうして今俺はハンターをしている。
父母は優しかった。
それから兄と姉がいた。
落ちこぼれは俺一人。
中学2年のある日。
同級生からのイジメを苦に家に引きこもってしまった。
それから何年経ったのだろう。
珍しく外出をすると言い出した時は家族は喜んだ。
どこへ行くつもりなのかもきかなかった。
そして俺は何処にもいなくなった。
12階から飛び降りて意識を取り戻した時、
あたりの景色は一変していた。
そこは見た事のない植物が生える森で、
北欧の菓子の様な甘い臭いのする不快な花や
動物の様に蠢くツタ、あと性器にそっくりな動く植物?まで生えていた。
正直なところ『死ぬ』前の記憶ははっきりと思い出せない。
「伊集院」という名前だって本当に自分の名前だったか確かじゃない。
2日だったか3日だったか覚えていないが、あの奇妙な森をさまよい歩いた末、一つの村を見つけた。
建物は一見するとヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家の様にわざとらしく風変わりな素材で
プラスチックなのか木材なのか微妙だった。
家の住人が俺に気づくと、歓迎してくれた。
褐色の肌をした白髪の老爺と老婆。ゲームみたいなわざとらしいファンタジックな服を着ている。
「どうした若いの、儂らを襲いにきたにしては随分やつれてるな。」
でも、あの時涙が止まらなかったのを覚えている。
「なぜ泣く。これを飲んで悲しみなど忘れろ。」
灰汁の味のする酒だった。
彼らは不思議そうに俺を見て、心配そうに宥めてくれた。
それを見て俺はますます泣いた。
家族からは普通の赤の他人の1/10ほども心配されていなかったのに、
今別の世界の全く見ず知らずの爺さんと婆さんから優しくされている。
その状況が哀しくて倖せだった。
それから何ヶ月か村に留まって、この世界の事を知った。
この世界では食料資源は無尽蔵みたいで、
食べ物は到底人間の食い物でない様な雑草みたいで口に合わなかったが、3日もすると慣れた。
だが人間として大切なものを失っていった気がした。
50人ほどの村人は皆無気力で、それでも見知らぬ者には優しい。
明らかに地球上ではないのに人間がいて日本語が通じるのはなぜなのか深く考えないようになった。
まるで天国みたいだった。
村人はこの村のことをただ「村」とだけ呼んで外の世界への認識がない。
村の外については誰も知らず、恐ろしい場所だという認識があるだけだった。
好奇心から俺はある日村を抜け出して周囲を探検に出た。
村が見えなくなった途端、何か不安を感じて引き返した。
でも二度と村に戻る事はできなかった。
大きな後悔が襲ってきた。
また訳のわからない世界を彷徨う羽目になるなんて。
森の中のものは何でも構わず口にした。
植物ばかりでは衰弱死するので虫でも構わず食べた。
こんなに生きるのに必死なのは後にも先にもないだろうな。
ついに町を見つけた。
だが門には人間の形をした屈強な肉の塊が聳え立っていた。
赤黒い肉の塊は突然触手を十数本も生やして俺を捕らえようとする。
とっさに避ける。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
触手の届かない距離から周囲にあるものを手当たり次第に投げつけてみる。
俺のひ弱な腕力では石も木の枝も本体まで届かない。
ここは逃げるしかない。
街壁に他の入り口はないのか、町の周囲を回ったが3時間ぐらい歩いたところで諦めた。
見つかった4つのどの門もあの肉塊が邪魔して通れない。
きっと他も同じだろう。
他に入れそうな場所は…。
壁は優に10mはある。
排水溝が目に止まった。
臭い汚い臭い汚い。
下水道を抜けると目の前は城だった。
「おめでとう。君は試練に打ち勝った。」
と突然の低い男の声。
「さあ、勇者よ我々の城へ―」
訳がわからないままに、
銅色に輝く全身鎧に身を包んだ兵士たちに導かれて
彼らの王に謁見した。
「よくぞ参った。私が幻沱羅(ゲンダラ)国の王、播倶藺(ハグリン)3世。この世界へ君を召喚したのは私の娘だ。」
王冠を被った胡散臭い髭の男がもごもごした口調で言う。
「第3王女の靄沙(アイシャ)です。あなたは本来あの世界の人間ではなかったのです。」
綺麗だがどこか胡散臭い娘だった。
「嫌だなあ、僕は伊集院、ただの引きこもりニートです。たんなる東アジアの某国のしがない中流家庭の子にすぎません。」
「おぬしは見事に我々の用意した試練をパスしたではないか。」
「でも僕は働かずに暮らしたかった。」
「あの村も試練の一部だ。1年以上そこで暮らせば廃人となり緩やかな死が訪れるだけ。おぬしも死にたくなかろう。」
「うっ」
「あなたの本当の仕事はこの国を脅かす魔物たちを退治することです。早く一人前の勇者となって私のところへいらして。」
まんざらでもない気分だった。
修練所に入れられた俺はマッチョな教官から血の滲むような訓練を何ヶ月も受けた。
家でゴロゴロしていた頃とはまるで正反対の生活。
別の世界から呼び出されて、自分は勇者だと言われてホイホイと害獣駆除屋になったのは俺だけではなかったことを知った。
たとえばルームメイトの貶怒狸苦戍(ヘンドリクス)はこの世界でも地球でもないどこかの世界のニートで、
シンナー中毒になった拍子に電車(に相当する彼の世界の乗り物)に飛び込んだ後にこの世界で例の試練を受けていた。
修練所を無事に卒業して新米モンスターハンターとなった俺にのしかかったのは受講料と称する大量の借金だった。
この国の通貨で400円。単位が日本と同じなところに突込みを入れる気力は残っていなかった。
こうして今俺はハンターをしている。