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第二章

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第八話 築城航空戦
2008/01/18 九州国 周防灘上空
戦闘機F15J、戦闘爆撃機F15EJ三機ずつが編隊飛行で西へ向かう。その正面に、二機のミラージュ2000が近付く。
独自の近代化改修を施されたミラージュのコクピットには、たくさんの計器と並んで液晶画面が備わっている。そこには、早期警戒管制機から送られる作戦空域の情報が表示される。
First Look,First Killという言葉が示すように、航空戦において先に相手を目視確認することは大きなアドバンテージとなる。あいにく、この日は低い雲がかかっていた。
雲海の上を、二機のミラージュが進んでいく。ディスプレイの情報では、既に自機と敵機の位置はほとんど変わらない。
「ホーク2、敵機は確認できたか?」
「ノン。ここから見えないとなれば雲の下か、あるいは中だ。」
機首のレーダーでも、既に敵機は確認できている。
「ホーク1、反転しよう。」
「了解。」

福岡 築城航空基地
所属するファイターパイロットに非常呼集がかかり、基地内は慌ただしい雰囲気に包まれている。移動式の対空ミサイル部隊は居場所を隠すために基地外へ展開し、基地には対空機銃等で防衛体制が敷かれる。

福岡 春日基地
「北九州、大分発着の民間機は全便欠航。当該空域には既に民間機はありません。」
春日基地の地下にあるDCにも、様々な情報が飛び回っている。
「よし。敵機の目的は当基地の機能停止。所属機は全力でこれを阻止せよ。万が一の場合に備え北九州空港に簡易ハンガーを設営。城野の陸軍施設科には救援を要請。敵攻撃の被害を最小限に食い止め、早期に復旧する。以上、かかれ。」
航空隊司令の尾崎中将は、冷静にこの状況に対処している。

周防灘上空
二機のミラージュは機体をロールさせ、逆さまの状態になるとすぐに雲の中へ飛び込んでいく。垂直にUターンする、いわゆるスプリットSで、敵機の後方に付く作戦である。
雲を突き抜けて目の前に青い海面が広がった。と同時に、三つの航空機が編隊を組んでいるのを、二機同時に目視確認した。
「敵機発見!」
一号機のパイロットが声を上げた。しかし、同時にミサイルの警報も鳴り始める。

三機のF15EJを護衛するために着いて来た三機のF15Jもまた、アラート発進したミラージュをレーダーによって確認していた。
「二機は高高度から接近して、タイミングを計って反転してくるはずだ。我々は、同時に宙返りして奴らのケツをとる。」
リーダー機から無線が入る。ウイングマンの二機もすぐに了承した。
「EJが墜ちれば作戦に支障が出る。」
「大丈夫だ。先にあっちを落とせば問題ない。」
レーダーの影が自機に重なり、三機は同時に宙返りを始める。雲から抜けた瞬間、目の前には寮機を狙う二機のミラージュがいた。
「FOX2!!」
F15の翼下のパイロンから、短距離空対空ミサイルが発射される。ミラージュは、素早い対応で左右へバレルロールしていくが、振り切れない。ミサイルは二機に追い付き、爆発を起こした。ミラージュは炎に包まれ四散した。

早期警戒管制機 E300J
「敵三機が国境線を突破。」
「間もなく増援が離陸。」
レーダーには、国境で行われている航空戦の様子が克明に映し出されている。
築城へ向かってくる三機のF15EJは、相変わらず前進中である。アラートで出た二機のミラージュの影が、レーダーから消えた。
「ホーク1、ホーク2、ロスト。」
機内が沈痛な雰囲気になる。

築城航空基地
エプロンに並んだミラージュに、ミサイルが次々と装備されていく。エンジンが始動し、既に飛行前の点検に入っている機もある。

姫島レーダーサイト
「岩国基地より新たに敵編隊。」
レーダーに新たな機影が映る。先程よりも、編隊数は増えている。

春日基地
「敵増援機の数は?」
「20機です。」
「恐らく、また新たなターゲットを狙ってきてるな。とりあえず、全機早急に離陸だ。基地防衛の他に、姫島と脊振山のレーダーサイト防衛、それと早期警戒管制機の護衛に機を割け。どれも欠かせんぞ。全軍の高射部隊は戦闘配置につけろ。対レーダーミサイルの攻撃には注意だ。」
尾崎中将は、休む間もなく指揮を続ける。戦況は刻々と変化している。

築城航空基地付近
基地を囲むように広がる保安林の中には、、移動式の地対空ミサイル部隊が展開している。低空飛行で迫る敵機が、レーダーの索敵範囲へと入ってきた。
「発射」
号令と共に、全てのミサイルが盛大に火を噴きランチャーを離れる。

周防灘上空
六機は再び編隊を組み、築城へ近付く。正面からは、新たにミサイル群が迫っている。
「俺の合図と同時にフレアを放出して散開する。」
一番機のパイロットが言った。迫るミサイルの数は、18発である。
「3、2、1、散開」
六機は火球を放出しながら、散り散りに別れていく。火球に当たったミサイルが爆発するが、六機に被害は無い。
「間もなく築城だ。EJは対地攻撃準備。Jは護衛。」
編隊を組み直した六機は再び直進する。

築城航空基地
誘導路に、ミラージュがずらりと並ぶ。ようやく出撃準備を終え、いよいよ離陸である。
「以後は、別命なく二機ずつ順に離陸せよ。」
管制塔から各機に無線が入る。
「一番、二番、離り…」
交信が途切れるのと同時に、いくつかの轟音が響き、格納庫や管制塔を炎が包んだ。
「タワーがやられた!早く飛べ!」
誘導路で待機するミラージュがパニックになる。アフターバーナーを焚きながら、ミラージュが離陸していく。
「誘導路も使え!とにかく離陸だ!」
滑走路に並行する誘導路は、ほとんどの基地において緊急の場合滑走路として利用できるよう整備されている。誘導路からも滑走路からも、続けてミラージュが離陸する。既に敵機は肉眼で確認できる距離にある。

築城航空基地上空
F15EJから発射されたマーベリックが、管制塔や格納庫を破壊した。基地からは、ミラージュが次々と離陸していく。
「アムラーム射程圏内。」
「撃てッ!離陸する前に潰せッ!」
リーダー機の指示で、三機のF15Jから次々にミサイルが発射される。離陸直前のミラージュにヒットし、滑走路上、誘導路上で爆発が起きた。後続していた数機が爆発に巻き込まれ、滑走路、誘導路上で大破する。後方のF15EJから発射されたミサイルが、基地脇の林へ直進し、爆発する。地対空ミサイルを積んだトレーラーが炎上しているのが、上空からも確認できる。
「四機逃がした。EJは対地攻撃に専念しろ。」
F15Jが、無事に離陸したミラージュ四機を追い散開していく。F15EJの翼から、滑走路めがけて精密誘導爆弾が落とされる。盛大に土煙をあげながら、爆発が滑走路に深い穴を穿つ。

春日基地
「築城、所属機四機を除き全滅。機能停止。」
DCは焦りに包まれている。尾崎中将の表情は変わらず厳しい。
「今更築城を守ってもどうにもならん。AWACSは直ちに福岡空港に降りろ。残る四機は姫島のレーダーの守備にあたれ。新田原の飛行隊も至急反撃だ。敵にこれ以上本土の上を飛ばせるな。」
第九話 航空優勢
2008/01/18 札幌 某ホテル
女が無言でスーツケースを差し出す。それを受け取った男は、まだ若く妙に色白な男である。
「アリガトウ。君の協力で計画は成功だ。」
男が台本を読むように平坦な台詞を吐く。
「あと、これも…」
女がソ連製の拳銃を差し出す。
「私は、逮捕されないんですよね?」
突拍子もない事を聞かれ、男はしばし返答に困った。
「…大丈夫だよ。君は正式な諜報員だ。殺しのライセンスもある。」
女は頷くと、部屋を出ていった。男はスーツケースを慎重に開け、中にあった書類を取り出した。
「攻撃型原子力潜水艦「鮫龍」諸元」
「弾道ミサイル型原子力潜水艦「白鯨」諸元」

宮崎 新田原航空基地
多目的戦闘機ラファルが、エプロン内でずらりと列を成す。対空戦闘装備を身に纏い、次々に滑走路を飛び立っていく。目標は、徐々に迫りつつある多数の敵機である。

日本海 北管区空母「大鵬」
スキージャンプ甲板の上には、洋上迷彩に身を包むSu-33が出撃準備を終えて並んでいる。そこに、小柄な無人機が偵察を終えて帰ってきた。
「これはひどい。多勢に無勢ですね。」
艦長の西尾准海将は、CICに送られてきた偵察結果を見て苦笑している。
「今頃になって漸く新田原のラファルがお出ましだと。窮鼠猫を噛むとはまさにこの事だ。」
大鵬航空隊司令の稲毛海将補も、罰が悪そうに戦況モニターを見ている。
「今うちが全力で攻勢をかければ、奴らは陥ちますよ。」
「それはやっちゃあいかん。飽くまで私らの目的は上陸、駐留だからな。囚われた同志たちの頭上に爆弾を落とす事じゃあない。」
「確かに。」
戦況モニターに、陸上部隊の情報が映し出される。
「それにしても面倒だな。」
今回の空母派遣は、九州北部の海岸から上陸する海兵隊の近接支援である。既に九州軍は、上陸可能な海岸地帯に部隊を派遣し終えている。
「今回、「神威」が上陸作戦を行うのがこの若松北海岸。まずは北九州都市圏に駐留して、橋頭堡を築くといったところですね。ただし、海岸から都市部にかけては未開発の台地が多く、そこに敵部隊が散在しています。土地勘のある向こうは、おそらくゲリラ戦で攻めてくるでしょう。これを航空攻撃で潰すのは」
幕僚の説明に、稲毛が口を挟む。
「余りに無駄が多い。そのくらい、幹部自衛官なら誰でも知っとるよ。問題は、川を挟んだ向かい側にある芦屋航空基地だ。あそこにいる練習機はジャギュアだったな。攻撃機としても活用可能な機体だから、奴らは対艦ミサイルでも積んで支援に回すはずだ。それを我々が潰すと。」
「加えて、上陸地点に設置された地雷地帯を、爆撃を以て啓開します。」
モニター上の上陸地点が赤く塗られているのは、地雷地帯を表すためである。
「なんだ、奴らは地雷なんか持ってたのか。物騒な。」
西尾が顔をしかめる。統一政府として公式には、自衛隊は地雷を持っていないと表明していたのだった。
「上陸作戦は、まずは航空優勢を確保してから行うのが通説だ。日没後から、芦屋航空基地を攻撃する。」
稲毛の言葉に、幕僚が頷いた。

大分 姫島レーダーサイト
四機のミラージュがF15六機に追われている様子が、画面から読み取れる。ミラージュは必死に抵抗をするが、数でも性能でも上回るF15には初めから勝ち目等無いに等しい。そのうち、ミラージュを表すマークが一つずつ画面から消失していった。
「これが現実かよ…ホントに…」
絶望感がレーダーサイトの中を包んでいく。ミラージュが全て消え、同時にミサイルが飛んでくる。
「HARMだ…」
DCによってミサイルが判別され、対レーダーミサイルの名が画面に表示された。
「逃げるぞ!!」
蜘蛛の子を散らすように、紺色の制服達がレーダーサイトを飛び出していく。そうしてもぬけの殻になったレーダーサイトに、ミサイルが殺到した。

春日基地
「姫島、機能停止。」
DCの緊迫感はもはや限界に達し、苛立ちに変わってきている。
「これが航空戦力の脆さだ。一度崩れ始めた戦力は、もう元には戻らん。」
まるで自分を戒めるように、尾崎中将が呟く。
「芦屋の教育航空隊を武装しろ。ラファルを対空戦闘に専念させ、ジャギュアで航空支援を行う。」

福岡空港
空軍の格納庫のシャッターが開き、中から二機のエアバスA310が現れる。政府専用機として、特別な改造を施された機体である。
二機は空軍用エプロンに引き出され、E300AWACSと並んだ。
乗降用タラップが据え付けられるとすぐに、数台の公用車とマイクロバスがそれに横付けした。

中管区空母「赤城」
対地攻撃装備のF/A-18がカタパルトにセットされる。アフターバーナーを全開にしたエンジンから、爆音を立てて空気が流れている。官制員の合図で、機体が急加速を始めた。蒸気式のカタパルトから白煙が噴出するのを尻目に、艦載機は空へ飛び出していく。同じ作業が、広い甲板の上で延々と続けられる。

福岡 芦屋航空基地
この基地は、立地の関係で滑走路の延長が困難であり戦闘機の運用ができないという理由から、教育隊が使用する基地となっている。東と南に住宅地が近接していることもあり、ここには実戦部隊の配備は行われないことになっている。
派手な紅白のカラーリングを施された練習機型のジャギュアが、格納庫内に並んで出撃準備をしている。翼下にはエグゾゼ対艦ミサイルが取り付けられ、万が一のための対空ミサイルも搭載されている。練習機ではあるが、能力は通常のジャギュアと変わらない。いつもは教える側の教官たちが、自らGスーツに着替えて待機している。

福岡 北九州市庁舎
「市長、政府からお電話です。」
パソコンのモニターに顔を埋めるように集中していた市長が、ハッとしたように受話器を取る。
「はい、北九州市長の岩崎です。」
「首相の荒尾です。突然申し訳ない。今、日本海から北管区の艦隊が南下しているというのはご存知ですね?」
「ええ…」
「彼らの上陸地点は若松北海岸地区です。先立って、上陸地点や近接する芦屋航空基地への艦載機攻撃が予想されます。その危険回避のため、若松区の住民に避難命令を発令します。主に陸軍が支援に回りますが、市としてもバックアップをして頂きたい。」
「避難命令、ですか。了解しました。こちらもあらゆる手を使って市民のバックアップをしていきます。」
「ありがとう。心強いお言葉です。」
「首相。」
「何でしょう。」
「私は、市民達を戦場に置かない、戦闘に巻き込まないことが、国家政府の最大の義務だと思っております。どうか、それを忘れないでほしい。」
「わかりました。」

日向灘上空
薄雲のかかる海上のごく低い高度を、スーパーホーネットの編隊が飛んでいく。
湾岸戦争序盤において、米海軍はイラクの主要航空設備を巡航ミサイル「トマホーク」の波状攻撃をもって粉砕した。
しかし、元来自衛隊にはその存在意義との矛盾から、巡航ミサイルや弾道ミサイルなるものが存在していない。
むろん、敵国土に直接打撃を与え得る、爆撃機やステルス攻撃機も存在しない。
よって、地上施設破壊をこのようにマルチロール機によって代替しているのである。
AWACSが危険回避のために降りた九州にとって、地上レーダーに写りにくい低空侵入は盲点となっている。
ただし、既に新田原基地まですぐの位置に迫るスーパーホーネット編隊は、なんとかレーダーに写り込んでいた。数機のラファルが、基地防衛のために向かってくる。

中国 北京国際空港
軍用トラックがエプロンに乗りつけ、人民解放軍陸軍の制服を着た軍人が多数降りてくる。国賓に対する礼式を受け持つ、いわゆる儀仗部隊である。続いて、厳重に警護されながら一台のリムジンが進入してくる。五星紅旗を掲げたリムジンが停車し、中から国家元首が現れた。

10, 9

  

第十話 アウトレンジ戦法
2008/01/18 福岡 芦屋航空基地
パイロット達が集まり、出撃前のブリーフィングが行われる。教育隊のパイロットのための教場がブリーフィングルームと化し、綿密な会議が続いている。
「今現在、この基地の対空戦闘能力は、ほとんどSAM部隊のみといっても過言ではない状態だ。ジャギュアでのスホイ相手の対空戦闘は、あまりに分が悪すぎる。AAMも調達できていないし。」
「築城でさえあの状態だ。相手が違うとは言え似たような状況に陥るのが妥当だろうな。」
「つまりは、次ソーテイでは帰る場所を芦屋には限定出来ないって事だろう。それも踏まえた飛行計画を立てないと。」
「北九州空港には簡易ハンガーが設営されたんだったな。そこに帰投すれば。」
「それだな。もうすぐ日が沈む。出撃だ。」

山口県 角島沖 空母「大鵬」
冷戦期にロシアで建造されたアドミラル・クズネツォフ級重航空巡洋艦の設計を基に、大幅な近代化改良を施されたこの空母には、設計の古さを感じさせない第一線級の空母らしいオーラが漂っている。併せて、最新型の巡洋艦、駆逐艦がこの空母を囲むようにして護衛している。
夕日の照らすスキージャンプ式甲板から、ずんぐりとした双発ジェット機が飛び出し、急上昇をかけながら国境空域へ向かっていく。電子戦機として改修を受けたその機からジャミング電波が発信され、あたり一面のレーダーが無効化される。

北九州市 芦屋区
家財道具が満載された自家用車が、ゆっくりと南へ向かっていく。緊急避難命令が発令され、当該区域への立ち入りが禁止となった。区域の入口には、陸軍の普通科部隊がテキパキとバリケードを設営している。その上を、武装した複数のジャギュアが轟音を響かせながらパスしていく。

福岡 春日基地
「新田原より連絡、敵部隊によるジャミングを観測、地上、機載各レーダーが不調です。」
DCは相変わらず慌ただしい。敵機の攻撃は止む気配さえない。
「周波数切り替えだ。モタモタしていてはやられてばかりだぞ。」
「芦屋でもジャミングを観測。」
「なにもかも訓練した通りだろう。うろたえるな。落ち着け。」
尾崎中将は、まるで自分に言い聞かせるように言う。
「両方とも戦略は同じだ。我々の手が届かないところからミサイル攻撃によって被害を与える、いわゆるアウトレンジ戦法だ。相手が手を出す前にこちらから潰せ。」

佐賀 松浦半島沖
佐世保の地方隊に所属する護衛艦が、隊列を組んで東を目指す。海軍の主力である海軍総隊は、総隊司令部を載せた上陸指揮艦「阿蘇」と共に逃げるように南進してしまったため、現在九州の国土を守っているのは地方隊に所属する小さな艦だけとなっている。
「こういう状況を、無茶振りって言うんよ。」
地方隊司令の矢沢少将が、艦長室内でぼやいている。
「はは、矢沢さんも、海士校から無茶振りには慣れているでしょう。」
苦笑しながら、艦長の小林大佐が答える。
「そうやね、ふふ。海士校では何かにつけてコントをやらされたなぁ。いきなり。ありゃあ無茶振りやった。懐かしいな。」
「覚えてますよ、ボート部の納会でやってた矢沢さんの漫談。」
「あれか、「DHMO」の話か。」
「オチを聴くまでヒヤヒヤしましたよ。」
「やろ。焦ったやろ。恐怖の化学物質の話。」
「まさか、あんな大袈裟に説明した物が、み」
「砲雷長岸部大尉入ります。」
二人の談話を遮るように、砲雷長が入ってくる。
「おう岸部。お疲れ。」
矢沢が右手を挙げて応える。岸部もそれを見てニヤリとした。
「また一緒にいらっしゃったんですか。」
「悪かったな。仕事前の休息の時間だよ。」
「はは、そうですか。ところで矢沢さん、ブリーフィングはいつ頃に?」
「そうだな、飯の後だ。資料を飯に持参しろ。」
「わかりました。帰ります。」
岸部は礼をして部屋を出る。
「さ、小林君、我々も様子見にブリッジに上がるか。」
「そうしましょう。」

中国上空 九州国政府専用機
北京へ向かうエアバスの中で、荒尾はゆっくりとコーヒーを楽しんでいる。ここ数日の忙しさで、睡眠どころか思うように休息さえ取れない彼にとって、移動間は大事な休息の時間である。
「首相、間もなく着陸です。」
客室乗務員の空軍伍長が注意を促す。
「了解、ありがとう。」
荒尾はコーヒーを飲み干すと、伍長にそれを渡してシートベルトを締めた。

日向灘上空
ラファルの編隊が東へ飛ぶ。全機とも、執拗な電子攻撃によってレーダーがほとんど使えない状態でのフライトである。
その編隊の下の海面すれすれを、いくつかの光るものが正反対に飛んでいく。ラファル編隊にはただ一機として、それに気付く者はいなかった。
第十一話 機雷
2008/01/18 北京国際空港
日没が間近に迫る空港に、一機のエアバスが着陸した。尾翼に九州のシルエットが描かれたその機は、誘導路を抜けるとVIP用ターミナルの前に駐機した。
タラップが付き、その下に赤いカーペットが敷かれ、儀仗兵が小銃を片手に休めの姿勢をとっている。

福岡 響灘 白島沖
「総員、戦闘配置につけ。」
艦内に伝達がかかり、作業服姿の水兵が艦内を駆け回る。
ブリッジ内の士官たちも慌ただしく動き、報告や命令が次々に飛び交う。
「これだけ日が沈むのが嫌だったことは無いな。」
隊司令用の黄色いストラップがついた双眼鏡で外を眺めながら、矢沢が呟く。
「大丈夫でしょう。彼等の目標は地上施設ですから。我々なんて気に留めませんよ。」
艦長用の赤青の椅子に座る小林がそれに答える。
「"機雷"はもう定位置にあるのか?あれがしっかり動かんと、我々は囮にさえならないまま沈むぞ。まさか見つかったりはしてなかろうな?」
「大丈夫でしょう。彼らはこの辺の海を熟知してますから。」

宮崎 新田原航空基地
轟音を響かせながら、FA18が編隊を組んで低空侵入してくる。基地周辺からしきりに対空ミサイルや機銃の弾が飛んでくるが、全てをするりと交わしながら反撃を加えている。手の空いた機が、基地施設に誘導爆弾を落としていき、それらを次々に破壊する。とどめに、滑走路や誘導路に向けて地中貫通爆弾が落とされ、深い穴を穿った。

中国 北京近郊
五星紅旗をバンパーに掲げたリムジンが、市内へ続く高速道路を走っている。当然、その前後には公安当局の白バイ隊による厳重な護衛がついている。
「いやはや、ここまでは順調に事が運んでいるようだね、荒尾君」
「ええ、あとは戦況の挽回を待つばかりといった所です。」
胡がくわえている葉巻から、甘い香りが煙と共に立ち上り、車内を包んでいる。
「それなら心配いらんよ。はは。明日旅順へ行けば、そんな気持ちは露と消え去る。」
「頼もしい限りですね。」
「日本、いや、九州は、経済、科学技術やあらゆる面で他のアジア諸国を超越している。東アジアのまとめ役にはもってこいだ。君達の国には発展してもらわねば困る。」
「これからは国内のインフラを徹底的に整備し直す必要があります。そのためにも、かなり多額の国債を発行する予定です。」
「かまわんよ。いくらでも買ってあげよう。見返りとして得られるものを考えれば、どれだけ買っても足りないくらいだ。」
「頼もしい限りです。」

室戸岬沖 潜水艦「鮫龍」
士官室に、乗り組んでいる士官が全員集まった。全員とはいえ、艦長の古賀以下たったの20人程である。
「君達に、伝えることがある。」
全員が集まったのを確認し、古賀が口を開いた。
「というより、既に気付いている、あるいは知っている者もいるかもしれんが、この艦は、寮艦「白鯨」と共にいずれ九州海軍の指揮下を離脱する予定だ。」
驚いた顔をする者もいれば、平然としている者もいる。
「詳しくは追って達するが、そうなることだけは知っておいてくれ。以上だ。」
士官達が黙礼し、艦長が席を立った。

北九州 門司港上空
エグゾゼ対艦ミサイルを抱えたジャギュアが、薄暗い空を飛んでいく。目標の敵艦隊が射程圏内に入り、編隊から次々にエグゾゼが発射される。エグゾゼは一気に高度を下げ、対岸の下関に向けて這うように飛んでいく。ジャギュアはそれを確認すると、進路を南に変えた。

響灘上空
大鵬航空隊のSu-33が、芦屋航空基地へ向かって飛行していく。その翼には、国産の精密誘導爆弾が吊り下がっている。暗い中にいくつも住宅地の明かりが浮かんでいるが、海岸地帯だけは暗闇に包まれている。
「ブリーフィング通り、むやみに陸の上を飛ばないこと。海岸地帯は対空ミサイルの巣窟だぞ。」
リーダー機が念を押した。編隊から数機が離脱し、上陸地点の啓開に向かう。
「上陸地点確認。」
真っ暗な海岸にカーソルを合わせ、スイッチを押し込む。地雷原啓開のために作られた特殊爆弾から、小さなパラシュートに引かれ小型の爆弾が網のように連なったものが展開される。地面へ落ちると、その網は埋設された地雷もろとも爆発した。地雷原と化した海岸に、一瞬にして安全な回廊が確保された。

福岡 博多駅
帰宅ラッシュの時間帯で、ホーム上は溢れんばかりの人だかりである。ベルがけたたましく鳴り響き、特急型車両が入線してくる。
「はーい下がってくださーい!!黄色い線の内側までお下がりくださーい!!」
駅員の声がが、スピーカーから乱暴に響く。スイッチが連打され、狂ったようにベルが鳴る。
特急がプラットホームに差し掛かるのとほぼ同時に、人込みの中からスーツ姿の男が飛び出してきた。
「え…」
駅員の間の抜けた声がスピーカーで流れた後に、急制動をかける車輪から激しい金属音が響いた。非常ブレーキも意味を成さず、男は車両前面に全身を激しく打ち付けると、少し飛ばされてから台車の下へ吸い込まれていった。
ホームの至る所から悲鳴があがり、連結器カバーを赤く染めた特急がホーム中ほどで停止した。

山口 角島沖
空母「大鵬」、強襲揚陸艦「神威」を中心に陣形を組む北管区の艦隊に、複数のエグゾゼが迫る。巡洋艦や駆逐艦が対空ミサイルを以てそれを迎撃していく。
しかし、撃ち漏らされた一発が駆逐艦の横腹に直撃し、爆発を起こした。船体にぽっかりと穴が開き、中から炎が上がる。クルーが次々に甲板へ飛び出し、内火艇で脱出していく。後続の補給艦が、乗員達を拾っていく。
12, 11

  

第十二話 響灘海戦
2008/01/18 北九州空港
駐機場からは民間機が一切排除され、代わりに空軍の補給部隊の車両がずらりと列を成している。
攻撃を終えたジャギュアが順に着陸し、駐機場までタキシングしていく。ここで兵装などを補給することで、パイロットの体力が続く限り何度でも出撃することが可能である。
専用の機材を用いて翼下にエグゾゼを吊り下げられたジャギュアは、再び滑走路へとタキシングを始めた。

北九州 白島沖
佐世保地方隊のフリゲート群が、一列縦隊で進んで行く。先頭で指揮をとるフリゲート「洞海」から、後続艦へ向けて発光信号が伝わる。
後続艦は、発光信号を確認すると、二列に分かれ始めた。二列はかなり間隔を広げ、まるで海の上に一つの回廊を作り上げたように並んでいる。
その回廊の先には、空母「大鵬」強襲揚陸艦「神威」を核とする艦隊が陣形を組み近づいている。

空母「大鵬」付巡洋艦「日高」
「正面右三度、及び左三度に敵フリゲート群、数10。」
「ジャミング有効、FCSリンク起動、レーザーに切替。」
FCSと呼ばれる統合射撃管制装置が艦隊全艦でリンクすることにより、情報を共有し、目標に対して効率的な打撃を加えられる。
これは、いわゆるイージスシステムに似たもので、北日本管区がその技術力と情報力を駆使して独自に開発、配備したものである。というより、中日本管区からの情報の横流しがあったからこそ開発できた、イージスシステムの改良版とも言える。
イージスと異なる点は、単に防空のみを主目的とするイージスと違い、対地、艦、潜水艦全てのレンジを目標として設計されたことである。
さらに、友軍敵軍問わず電波障害発生時にも使用可能とするため、電波通信のほかにもレーザーを用いた光通信にも対応している。
防空巡洋艦の中でも最も新しい部類に入る「日高」「大雪」の二艦は、就役したての新鋭艦であり、様々な新技術が投入された実験的な艦でもある。
ステルス性を考慮された船体は殆ど平面で構成され、船体は従来のようなものではなく、20世紀初頭、日露戦争等で活躍した、衝角のある戦艦のように、顎を突き出した形になっている。
ミサイル等への最終対抗手段として装備される小型対空ミサイルは配備されず、代わりにカメラのようなレンズの付いた回転可能なポッドが、小振りなマストの頂上に陣取っている。これは、目標に向けて強い光を集中的に照射して高温にして破壊する、レーザー砲に近いものであり、これもまた中日本管区からの情報の横流しが実を結んだものである。
空母「大鵬」を随えた「日高」は、間もなく国境線を越える所まで来ている。

響灘 九州-日本国境線海底
海上の要所であり、一日にいくつもの艦船が行き交う関門海峡の西口にあたるこの海域には、過去に不慮の事故や標的艦として沈んだ艦船の残骸が散乱している。ここでは潜水艦に対する磁気探索は当てにならず、アクティブソナーにもノイズが映り込み、対潜戦闘には不向きな海面である。
船の墓場とも思えるようなこの海底に、黒い艦体が四つ、緩やかに並んで横たわっている。フランス海軍の攻撃型原潜リュビ級に似通ったこの艦は、九州海軍の通常動力型潜水艦「皿倉」級の「福智」「皿倉」「足立」「風師」の四隻である。死んだ鯨のようになった四隻は、艦から延ばした曳航ソナーを用いて、海上の様子をじっと探っている。
海面からは、輪形陣を組んだ敵艦隊が頭上を横切る音や、それに向かってくる味方艦隊の音がはっきりと伝わってくる。
「上、通過」
頭とは不釣り合いに大きいヘッドホンを付けた海曹が、艦長に対してジェスチャーで伝える。「敵潜、数5」
ジェスチャーは続き、それに対して艦長が頷く。そして、艦内放送のマイクを取った。
「目標、前方敵潜、数5。全発射管発射用意、目標敵潜群両翼。」
CICの士官がそれを復唱し、作業に移る。魚雷が装填された発射管が口を開く。

同海域 北管区潜水艦群
ソ連からの輸入潜水艦である「キロ」級は、これまで何度も近代化改修を受けながら常に北管区の海上防衛の第一線に君臨している。
この上陸作戦においても、主要艦隊の露払いとして、五隻のキロ級が艦隊の先頭で聞き耳をたてながら南下してきた。
しかし、この複雑な海域では思うように力を発揮することができない。警戒度はいつもに増して高い。
「正面敵艦隊、数10。」
哨戒長から報告が上がる。
「一隻で二殺だ。ちょうどいい。艦隊が頭上を通過し次第、後ろに回り込んで追撃を開始する。」
制帽を指でクルクルと回しながら、艦長が答える。再び、哨戒長から報告が上がった。
「下方から異音、詳細不明。」
「何、アクティブソナーには何か見えるか?」
「いえ、沈船が多数…」
「不気味な海域だ…しかし、あの小粒共の墓場には相応しかろう。哨戒長、引き続き警戒」
「後方魚雷!数6!」
「うっ…外側に展開して回避!」
「不能です!魚雷進行方向はこのフリートの両翼!」
「何!全艦停止!」
「フリートごと爆圧に飲まれます!危険です!」
「糞ッ!各艦、圧縮空気を用いて内燃機関始動、全速力で前方へ脱出!」
それまで至って静粛だった五隻のキロ級は、一斉に機械音をたてながら加速を始める。
「魚雷接近!」
「対衝撃体勢とれ!」
全ての乗組員が作業をやめ、近くのものをがっちりと掴んで身体を固定する。

佐世保地方隊旗艦「綾波」
地方隊司令の矢沢少将を乗せたフリゲート「綾波」の目前には、既に敵艦隊がすぐそこまで迫っている。
「前方エンジン音多数!敵潜、キロ級!」
CICのモニターに、五つの潜水艦が点となって表される。
「魚雷も接近!艦隊両翼!」
「発射位置からして、"機雷"からの攻撃。うまくおびき寄せたな。」
艦長の小林大佐が感心したように言う。
「全艦魚雷発射用意!目標、敵潜!」
フリゲートに装備された魚雷発射管から、次々に魚雷が発射されていく。多数の魚雷が、雨のように海中へ降り注ぐ。

北管区空母「大鵬」
キロ級が奇襲されると同時に、この「大鵬」そして「神威」にも危機が迫ってきた。
「直下に敵潜!」
大鵬のCICがいっそう緊迫した雰囲気になる。
「直下…手の出せない所に浮上したか!」艦長の西尾准海将が、苦い顔をする。
「神威直下にも敵潜!」
「これじゃあ我らが誇る最新艦も打つ手無しってわけだ。」
航空隊司令の稲毛海将補も困憊している。
「先のミサイル攻撃でこっちは一隻失ってる!もう無駄死にはできんぞ!振り払う!」
西尾の顔には血の気が充満し、湯気が出そうな程に紅潮している。
「機関全速!突撃用意!付艦は進路啓開だ!」
「航空隊は状況を中断し、当艦隊の援護にあたれ!」
稲毛も同じような顔で無線をとっている。
陣形を組んでいた付艦が旗艦の前に横一列で並び、急加速をかけた大鵬、神威の排気管からは黒煙が上がる。
「敵艦隊が大量の魚雷を投射!」
「かまわん!取り舵!横っ腹に突撃しろ!」T字に陣形を組んだ大鵬と神威は、敵艦隊の隊列へ全速力で突っ込んでいった。

北管区潜水艦群
敵フリゲートの魚雷による波状攻撃で、キロ級全艦は既にかなりの痛手を負っている。
「機関区画浸水止まりません!」
「機関区画閉鎖!トリムを維持しろ!」
「艦長!この艦はもう戦闘不能です!」
「仕方がない…全タンクブロー!浮上した後総員退避!」
戦闘可能な艦はすでに残っていない。五隻は、それぞれのタイミングで浮上していった。

フリゲート「綾波」
隊列に向かって、敵艦隊が突撃してくる。もしも空母に衝突されれば、地方隊クラスの小型フリゲートはひとたまりもない。しかし、空母とて無傷では済まない。
「間隔を詰め!向こうが突撃するつもりならば、こちらは鉄壁になるまでだ!」
矢沢が全艦に告ぐ。隊列の間隔が詰まり、巡洋艦一隻でさえ躊躇するほどになっている。
「敵艦隊に対し集中砲火!てぇーッ!」
フリゲートから、速射砲や対艦ミサイルが次々に発射され、弾幕が張られる。敵巡洋艦も、負けじとそれを迎撃していく。得に、対艦ミサイルはレーザーによって次々破壊されていく。
「ミサイルが当たりません!」
「どうでもいい!手を休めるな!」
「主砲不調!」
砲雷長が叫んだ直後に、激しい衝撃が綾波を襲う。敵巡洋艦の防空レーザーが、隙を突いて主砲へ照射されたことにより、砲塔内部で砲弾が爆発を起こしたのである。
「何だ!」
状況を掴めずに小林が叫ぶ。
「敵巡洋艦のレーザーです!」
「何!直接攻撃もできるのか!」
小林が言い終わらないうちに、さらに大きな衝撃が綾波を襲った。
「アスロックのランチャーがやられた!」「前部区画浸水!区画閉鎖します!」
「小林!総員退艦だ!あとは仲間に任せよう!」
「はい!綾波、総員退艦!迅速に退艦せよ!」
内火艇が次々に下ろされ、乗組員が艦内から駆け出してくる。
停止した綾波の横すれすれを、後続の磯波が突っ切る。辺りは爆音で埋め尽くされ、飛び交う砲火で昼のような明るさである。
綾波を追い越した磯波の後部甲板から突如爆炎が上がり、磯波が傾く。間髪入れず、ブリッジ付近からも爆炎が上がる。直後、頭上をSu-33が通過していった。

北管区空母「大鵬」
「航空隊は引き続き敵艦隊への爆撃だ!敵潜の位置は?」
「当艦直後!」
「よし!デルタ1、当艦後方に誘導爆弾を投下せよ!」
「デルタ1ラジャー。」
大鵬の後ろから、一機のSu-33が迫る。翼に下げられた誘導爆弾が暗い海に向かって打ち出され、海面直下で爆発を起こした。
「敵潜撃沈!」
大鵬のCICが安堵に包まれる。モニターの敵艦を表すマークには、戦闘不能を表す×印が付けられている。
「まだ気を抜くなよ。航空隊は敵航空部隊の掃討に向かえ。付艦は対潜哨戒を継続しろ。」
西尾の表情も落ち着きを取り戻した。燃え盛るフリゲートの残骸を尻目に、大鵬、神威率いる北管区艦隊は上陸地点へ近づいていく。
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