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#6 宣戦

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 例えるなら、この世界は茫漠たる荒野。
そこには正義も秩序もない。あるのはただ―――犯した罪と、その罰だけ。

ならばどうする?のたれ死ぬか?生き抜く方法は、ないわけじゃない。
罪も罰も、荒野の砂塵も、全部身に受けて、
秩序(コスモス)を砕く
荒野の旅人(デカダンス)になれ。

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「説明してくれ、委員長」
何度呼びかけても、彼女は首を振るだけだ。
頬に涙が流れているようだが、薄暗くてよく見えない。
黒いフードを被った人物の顔も、よく見えない。
おそらくコイツも、コスモスのメンバー・・・
「まずったわねえ」
黒峰は、雰囲気にそぐわない、呆けた声を発した。
「京ちんがここに入れるの、忘れてたわ。ふふ。ごめんね向井ちん。
 でも京ちんはメンバーじゃないのよ」
わざとらしいふくみ笑い。
きっと俺がここに来ることも計算済みなんだろう。
彼女は、そう仕向けたのだ。事態が、「楽しく」なるように。
「あたしが委員長に鍵を渡してあげたのよ」
「何?」
黒峰は笑ったままだ。
「彼女、苦しそうだったからね。あたしから提案したのよ。相川ちんを裁いてみないかって」
委員長は、俺から、目を背けている。
彼女が目を逸らすこと、黙っていること、それらは、黒峰への肯定を意味してしまう。
「・・・・」
本当にそうなのかよ・・委員長・・・
何で、何でこんなヤツらに・・・耳を貸してしまったんだよ・・・
「何でだよ・・・」
きっと彼女は答えてくれない。
「何でだよ・・・それは・・・」
だが構わない。
「それは・・クラスを守ることじゃないだろ・・」
俺は彼女に訴えかける。
「それは正義なんかじゃないだろっ!!」
「仕方がなかったのよ!」
予想に反して、訴えは届いたようだ。委員長の肩が震える。
「仕方がないのよ・・・あたしは・・誰かの力を借りなきゃ・・・
 どうにもできなかったのよ・・・だって・・」
声も震える。
「だって・・知ってるでしょ・・?」
空気も・・震える。
「あたしは・・・無能なんだもの」
空気を介して、彼女の呻きが伝わってくる。
「でもねえ」
その空気を、突拍子もなく切断するのが、黒峰。
「あたしから依頼するように持ちかけるのは、どうやら掟に反するみたいだったのよね。
“おしおき”喰らっちゃいそうよ、あたし。この人から」
そう言って彼女が指したのは、黒フード。
俺がこの部屋に入ってから、一言たりとも話していない人物。
「つまんないわよねえ。ただ、楽しくなるようにって思っただけなのに」
そこでようやく黒フードが口を開く。
「その思想は・・機関にとっては邪魔だ、黒峰」
それは、異様な声質。
「我々は、ただ純粋に、依頼をこなせばいい」
コイツ・・・何なんだ。
律儀に変声器を使って声を変えているのか。
そこまでして素性を守り通さねばならないのか。
「徹底しているな・・もはやカルト集団の域だ」
黒フードは俺の皮肉をかわして、続ける。
「黒峰、前座はいい。早く報酬を受け取るんだ。オマエに罰を科すのは、その後だ」
そうだ・・・確か依頼には報酬が必要だった・・。委員長はどうするんだ・・
「ほ、報酬?」
「あれ、ごっめーん」
黒峰の稚拙な演技。
「言ってなかったっけ、向井ちん?
 ごめんねえ。そう。報酬が必要なのよ。依頼はこなしたからねえ」
「で・・でもっ」
委員長は狼狽している。
「あんなの・・・あたしが望んだことじゃないわ」
「まだそれを言うの?蒸し返すの好きねえ、向井ちん」
蒸し返すのが好きなのは、俺も知っている。
「職務怠慢だな、黒峰」
黒フードが割って入る。
「報酬を説明していないのなら・・」
そして、委員長に、言う。
「そうだな・・・コスモスに入れ。それで払うべき報酬は帳消しだ」
「・・・・・!」
委員長の狼狽は度を増していく。
「あたしが・・・コスモスに・・・」
「そうだ、それで今回のことは免じてやる」
委員長の、助けを請うような視線。
懲りないな、あんたも。俺は助けちゃくれないって知ってるだろ?
何でそんな目をするんだよ。何でそんな目で俺を見るんだよ。
何で・・何で俺に昔のことを思い出させるのが、そんなに好きなんだよ・・・
「ふざけるな」
今度は俺が、割って入る。
「何のマネだ、入谷京介」
・・・!俺の名前を知ってる・・!?いや、黒峰から聞いたのか。
「人の弱みにつけこんで、ただ正義のごっこ遊びをしてるだけじゃないか」
「入谷君!?」
「目的は何だよ。あんたらの目的は何だ」
黒フードはこちらを向く。
黒峰は、熱心に飴を舐めている。しかし事態を見逃してはいない。
「それを聞いてどうする」
「あざ笑う。もしくはけなす」
この・・「楽しい」事態を。
「・・・・・」
黒フードは黙って、椅子に腰掛ける。
「宇宙はビッグバンで形成された」
そして唐突に語った。
「ビッグバン以前の無の状態。雑然とした状態を、混沌、カオスと呼ぶ」
「地学の授業か?」
黒フードは俺の皮肉をかわして、続ける。
「ビックバン以降の、美しい、整然とした状態を、秩序、コスモスと呼ぶ」
「・・・・!」
コスモス・・・秩序・・・?
「我々が目指すのは、そう、機関の名の通り、コスモスだよ」
オマエらが・・秩序を語るのか・・?
「正義を行使し、悪を裁き、浄罪し」
俺の秩序を・・・踏みにじっておきながらか・・・?
「秩序を守り、ビッグバンの役目を担うのだ」
ふざけるな・・・
「我々の大義名分は・・・革命だ!ビッグバンだ!」
大概にしろ・・・
「入谷君・・?」

「“コスモスの名付け親”となることだ!」

「ふざけるなっ!」
瞬間、静寂。
「へえ・・」
部屋が静けさに満ちる。
そのなかで、黒峰は態度を変えずに、「楽しそうに」俺を眺めている。
だが俺は気にも留めない。何か、タガのようなものが外れたように。
姉さんが生きていた頃を、思い出したように。
「あんたらは・・やっぱりごっこ遊びだな。大事なことをわかっちゃいない」
「・・・・」
黒フードは何も言わない。
「秩序を壊しているのは、あんたらだ。
 人の罪なんて、あんたらに裁かれるのを待っちゃいない。
 驕りに基づいた正義なんていうのは・・」
「・・・・」
「悪だ」
「・・・入谷・・君・・・」
「人の罪を裁くのは」
俺は、自分に語りかけるように、言った。
「結局自分自身だ」
委員長も聞いている。
「オマエなら・・・」
黒フードから出てきたのは、意外な言葉。
「オマエなら・・わかってくれると思っていたんだがな・・入谷京介・・・」
「はっ」
俺は制服のポケットを探る。
「ここにきて妄言か?随分と趣向を凝らしてくれるんだな」
探り当てたのは、コスモスの鍵。

バン!

それを机に叩きつける。
相川じゃないが、意外と痛快だな。
「怒り心頭ってやつだ」
「・・・・・」
黒フードは・・また黙っている。
「おい」
黒峰に呼びかける。
「何?京ちん」
その顔に笑みを浮かべて、こちらに振り向く。
「俺が代わりに入ってやるよ」
委員長は愕然とする。
「コスモスには、俺が入る」
「い・・入谷君!何を言って・・」
「それで委員長の負債は帳消しだ。構わないな?」
黒峰は、ニタリと笑う。
「ええ。かまわないわよ」
黒フードが、黒峰を睨む。
「おい」
今度は黒フードに呼びかける。
「俺は・・自分の日常を壊されるのが大嫌いなんだ。 
 他人に用意された秩序なんてなおさらだ。」
黒フードは動じない。
「だから俺は、俺の手で、俺の秩序を取り戻す!」
俺は、俺の力で、俺の世界を創る。
それは、姉さんに向けた誓いでもあった。
「入谷君!」
委員長の制止も効かない。
「あんたらがコスモスなら、俺はさしずめ・・荒廃・・・デカダンスか?」
何もかも、どうでもいい。
あるのはただ、一つの決意。
「まあいい。一回しか言わない。刻んでおけ、鼓膜に。沁みこませておけ、網膜に」
今だけ、時間が、俺のために止まったような・・
「潰してやるよ・・・コスモス!」
今だけ・・
「内側から、ジリジリとだ」
世界が、俺を中心にして、廻っているような・・・ 
「俺の世界を汚したことを、生涯かけて後悔させてやるよ・・!」

罪も罰も、今だけは、ことごとく背負えるような・・・ 


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