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第十三話『assault』

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「こちら、鈴音。 何も異常はないわ。
あんた達ちゃんと起きてるんでしょうね?」

ザー、という音がしたかと思えば携帯無線から
10分毎の定例の報告が入る。

「こちら、図師。 今日の夜もモーマンタイだぜ。」

警護を勤めて、これで六日目になるだろうか。

依頼主と気まずさを感じながらも俺は、今日も『肉まん』
一つで河合ハルの部屋の扉の目の前で待機していた。

「はーい、三木でっすー!
こんな寒空の中、寝れる訳がありまっせーん。」

続いて三木さんのやけにテンションの高い声が無線機から響く。

寒さで頭がついにやられたのかもしれない。

「宜しい。 
はー、この仕事が終わったらとりあえず思いっきり寝たいわ。」

流石の鈴音からもとうとう愚痴がこぼれる。

「なんだ、御前。
偉そうにしてた割にはもう弱音吐くんだな。」

「私だって、現代っ子だもの。
でも、弱音を吐いても実行しているのと実行していないのは別だわ。」

「ですよねー。」

この辺ができる奴とできない奴の差なんだろうと俺は
自分の経歴を振り返って自分に落胆しつつ頷く。

やはり、根本的に人としての何かが違うのだろうか・・・・。

ってかよくよく考えれば、俺の人生ってマジでオワってないか?

死に掛けるわ、殺され掛けるわ、多額の借金があるわ・・・
と何重苦なんだろうか。


「現代っ子じゃないのにだらけてる俺を遠回しに
まるで駄目人間みたいに言ってるようにしか聞こえないんだが?」

「なによ、自覚してるんだったら少しは正したら? 三木さん。」


・・・・・・・・・・三木さん。

あんたを見てると何だか、救われるよ。







**************************









暗い、寒々しい街路を、骨の芯まで凍りつきそうな北風が吹きぬけている。

河合邸は、メインストリートからだいぶ引っ込んだ場所にある、
人気ない、ひっそりと静まり返った裏通りに面している。

といっても、店の所在を表示するような、ネオンや看板の類が
出ているわけではない。

ぎりぎり車二台分の幅しかない狭い街路の片側には、
高いコンクリート塀が長々と続いている。

この邸宅の広大な庭には、樹木が鬱蒼と生い茂っているらしい事が、
暗闇でも、高い塀越しにうかがわれる。

その河合邸に通じる裏通りには、まるで人影というものが無かった。

それもその筈、時刻はもう午前四時半を過ぎていた。

ありふれた生活人ならば、帰宅してベッドにもぐり込んでいる時間である。

四時半とはいえ二月のことで、夜が明けるにはまだ少し間がある。

獲物を求め、うろつき回る夜行獣には、あともう一稼ぎする
くらいの時間的余裕はあるとみていい。

「・・・・・・・・。」

鷹の目を彷彿させる己の眼光が、遠くから邸内をうかがっていく。

河合邸の正門は、先の尖った鉄柵状の門扉で固く鎖されており、
門のすぐ内側にある三角屋根を載せた石造りの小屋からは、
蛍光灯の白い光が洩れ出している。

格闘技訓練を受けている執事達か、あるいは専門の警備員が詰めている
と見て違いないだろう。

鉄格子を乗り越えるのは簡単だが、それでは警備員詰所の真ん前に
跳びおりることになってしまう。

別段、その行動に移っても何ら支障はないだろう。

己の技量を以ってすれば、その程度の“障害”を始末する事等、容易い。

だが、“暗殺屋”としての己の在り方は、『プロフェッショナル』である事だ。

加えて“頭目”である自身の『誇り』がそれを許さない。

そしてこの在り方に拘ってきているからこそ、自身の名が“畏敬”の
対象として広まっているという事を己は知っている。

それは、この家業では欠かせない物であるという事を理解しているからこそ、
―――故に、慎重を期さなければならないというのが今回の侵入に
当たっての己の決意だった。

アスファルトに微かな靴音も響かせずに、正門を40メートルほど行き過ぎる。

街路との敷地を隔てる高い石塀の下に立ち、左右をうかがって
おもむろに石塀に取り付いた。

手がかり、足がかり等無い綺麗な石壁をほんの一呼吸で登り、
塀の上から邸内を再度うかがって密生した幾十本ともしれぬ植林の
中へと身を躍らせる。

「―――――――。」

足首と膝のバネをうまく使い、着地の時にもほとんど物音を立てない。

林の中には、警備員がパトロールしているような気配は感じられない。

依頼者の話を聞いた所、自身の動きを警戒しているとは聞いていたが
『警戒した所でこの程度のものなのか?舐められたものだ』と失笑する。

――――邸内への侵入経路を軽く検討する。

正門は、警戒も厳重になっているだろうが他はこの様子だと手薄だろう。

一階にある適当な窓をこじ開けてそこから潜り込むのがいいだろう。

泥と枯葉が混ざった柔らかい土を踏みしめ、邸のある方向に向かう。

星明りだけの暗闇を黒影が、音も立てずに邸内を駆け抜けていった。









**************************











少女ハルは、暗い部屋の中ただ奥の扉を見つめ続けながら思案していた。

扉一枚隔てた先に、彼がいるのは分かっている。

「・・・・・・・・。」

彼が言いたい事は、十分に分かってはいる。

だけど、私はどうしても自分に素直になれなかった。

実を言うと、私には父が本当に裏で悪行をやっていた事なんて
今ではどうでもいい事なのかもしれない。

だから、私はその真偽を確かめてもいないし、数年前に
事故で母を亡くしてから父と話をする事なんてろくに無かった。

私は、事故で母が亡くなった原因を父のせいだとずっと思い込んでいる。

ずっと、ずっと、そう思い込み続けて生きてきた。

いつしか、私の父に対する感情は『憎悪』でしかなくなっていた。

むしろ、今の私は父がそうあっている事を求めている。

私がその真偽を確かめない理由、そして私が父と言葉を交わさない理由、

それは、そうしてしまった時に私の思い込みが間違って
いたという事実を叩き付けられた場合、この数年間の私の
何かが壊れてしまう気がしているからなんだろう。

今更、引くに引けないのだ。 真偽何て知りたくもないのだ。

そうして自身を形容してきたんだから、今更・・・・・・・・。

「――――なんだ、テメェは。」

扉の向こうから聞こえてきた声に体がビクッと反応する。

「・・・・・え?」

俯いていた顔を上げる。

顔を上げたと同時に、ドンと扉が強く叩かれる。

「あぁ? つか、おい!起きてんか!?アンタ!!
ぜってー部屋からでるんじゃねぇぞ!!!」

何かが向こうで起きている事が声色から扉を隔てても分かる。

「こちら図師! 目の前に怪し―――!?」

瞬間、

「キャアッ!?」

―――――耳を劈く様な轟音が扉の向こう側から聞こえた。









******************************



角を二度ほど曲がると、想定していた場所に出た。

河合ハルの部屋は、河合邸の本館とは別で別館に移してあり、

最奥にあるとてつもなく長い通路を通らなければ辿り着けない様な

構造になっている。

別館の周りには、本館とは別で周りに樹木も無く何も無い。

故に、河合ハルと接触する為には姿を隠して動くには此処までが限度。

別館へと続く通路の扉の前でさてどうするか、と思案している時であった。

凝った細工が施されている金色のノブが、ゆっくりと目の前で廻り始めた。

屋敷をパトロールしている誰かがドアの内側から
ノブを廻しているのは間違いなかった。

それを見て、上へと跳躍し天井に張り付く。

「・・・・・・・・・。」

扉が開いた瞬間に、次にどうするかの判断は決まった。

此方側の通路に出ようとしているのは、ガタイの良い壮年の執事服の男だった。

この扉を越えた通路の先に、“ターゲット”はいる。

――――恐らく、この男がそれの護衛だろう。

・・・・・・・ならば、ここで仕留めておいても構わないだろうか。

自身の下を通り過ぎた所で、天井から降りると同時に体の向きをクルリ、と
変えて、そのまま落下しながら首へと垂直に手刀を放つ。

驚愕の表情が浮かぶが、声をたてるほどの間は与えなかった。

無言のまま息を詰まらせ、白眼を剥いて床にへたり込みそうになる
執事の首を掴み、そのまま落とす。

窓を開けて、そのまま暗闇へと放り捨て
“ターゲット”のいる部屋へと続く通路へと進んだ。

障害は、これ以上ない。  後は、もう楽だ。

そう思った直後、一つの誤算が起きる。

―――――通路の行き着いた先にある扉。

その目の前に、ドッシリと座っている“男”が遠眼から見て分かる。

「――――なんだ、テメェは。」

“男”が立ち上がり、鋭い目つきで此方を見ている。

「何いきなり話かけて来てるわけ?」

「あぁ? つか、おい!起きてんか!?アンタ!!
ぜってー部屋からでるんじゃねぇぞ!!!」

男が、奥の扉を一度ドンと叩いて大声を張り上げて言う。

「その奥にターゲットがいるというのは確定的に明らかになった。」

吊り下げていた無線機か何かを取り出して、連絡を取ろうとしているのが
分かる。

―――――時既に時間切れ。

握り拳程の黒色の鉄球を取り出して相手に投げ、
それと同時に、目を瞑り真っ直ぐ駆け抜ける。

「こちら図師! 目の前に怪し―――!?」

瞬間、黒色の鉄球が四散し辺りに閃光と轟音を撒き散らした。
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