ちらつく雪が僕の頬を冷たく刺激する。
口から出る息は面白いぐらい白く、今の寒さを物語っている。
ニット帽を深くかぶり、着ているコートのボタンもすべて閉めて、なるべく風を遮断する。
遮断しきれないわずかな風に目を細ませ、体が勝手に縮じむ。
ニュースで言っていたとおり凄い雪だ。
痛いほど体に突き刺す冬の寒さに体を震わせる。体の芯はとても冷たく、今にも凍えそうなほど寒いのに、目柱だけが熱い。
僕の悴んだ手をそっと掴む誰かの手。暖かい手。
見上げた目線の先にはニッコリ笑いながら泣いている可愛い女の子がいる。
女の子は悴む僕の手をゆっくりと誘導しながら、二人の手を同じポッケへと手を入れる。入れたポッケはとても暖かくまるでお母さんのおなかの中のような温もりだ。手袋越しにでもわかる女の子の体温に心まで温まる。手から順に体全体が暖かくなるような感じだ。いや、錯覚だろうけど今は感じていたい。
女の子は流れる涙を拭かずに「こうすれば暖かいね?」とシャックリ交じりのか細い声を搾り出す。僕は「うん」と小さく頷き、手の温もりを確かめるように女の子の手をしっかりと握る。女の子もしっかりと僕の手を握り返して「エヘッ。」と少し笑う。そんな可愛い笑顔が急に恋しくなる。でも、僕は手を握ることしかできなかった・・・
一面の銀世界が小さな二人を冷たく暖かく包み込む。
いつの間にか一緒にいるのが当たり前だった。
男とか女とか関係なく、二人とも意識をしなかったでいたと思う。
僕の隣には彼女がいて、彼女の隣には僕がいる。
それが当たり前だったから変に疑問は持たなかった。
しかし、同じ年の子からは「ラブラブー」とか冷やかされることが多かった。でも僕等はそんなのは気にしない。なんと言われようが僕達はいつも一緒にいた。
学校でもクラスでもあまり活発でない僕等は、最初は本好きという共通点から自然と仲良くなり、いつのまにか自然と行動を共にするようになっていた。
学校でも、放課後でも。暇さえあれば一緒にいた。息苦しさなんてなく、幼い二人は相手を気遣うこともなく自己満足のために生きている。そんな理想的な関係に二人は満足していた。
僕はいつも彼女といるからクラスにあまり仲の良い友達がいなかった。もちろん彼女もそうだ。クラスからは浮いている存在で、いつも孤立をしている。先生からも親からもあまり良い視線で見られていないことを幼い二人でも知っていた。
しかし、どうってことはない。
自分たちの世界が壊れなきゃ関係ない。
帰り道に冷やかされても、親から「男の子のお友達を作りなさい」と言われても、先生から目をつけられても、僕たちの中では何かが変わるわけではない。
幼い僕はこれは恋愛感情ではないと考えていた。きっと彼女もそうだと思う。僕等は一緒にいるのが当たり前で、必要なものというか、いるのが当たり前って感じだから意識ができない。
まだ幼かった僕と彼女はずっとこの関係が続くものだとばかり思ってた。
小学4年生の春。僕が『磯浜』に引っ越してきた。
潮の匂いと波の音が聞こえてくる小さな町。東京に比べれば栄えてるわけでもなく、何か目ぼしいものがあるわけでもない。小さな小さな町だ。
もともと超がつく程のド田舎から引っ越してきた僕にとって、ここは割りと都会のほうで見るものがすべて新鮮だった。僕はまず、30分に1回は来るバスに驚いた。地元では1日に3回来ればいい方なバスが、ビュンビュン走っていたからだ。
田舎者の自分の常識が覆されることがいっぱいあり、それが僕のワクワクを満たしていた。
「田島 春くんです。みんな仲良くしてあげてね?」女の担任教師が優しい口調でクラスのみんなに声をかける。生徒達は決まった台詞のように「はぁ~い」と語尾の長い生返事を返す。ドヨドヨとざわめくクラスの中僕の自己紹介が始める。
「た、田島 春です。よろしくお願いします」緊張で体が強張ってしまい、肩が首まで上がってしまう。かすれかすれの小さな声にクラスのみんなは「よろしくお願いします」と、また決まったような生返事をする。
僕は先生に指示された席に足を向け、狭い席と席の間を体を進ませる。
僕が席に着くまでの間、ザワザワと生徒達の声が飛び交い、先生の「静かにして」という声までもがかき消されてしまう。
僕は指定された窓際の端の席に体をかける。春の暖かい風が僕の喉をなでる。窓の向こうは満開の桜で、まるで僕を歓迎しているかのようだった。
先生は僕の着席を見届けてから「はい、号令」と一時間目の合図を始める。
緊張の僕は、いつのまにか背筋を伸ばし、アゴを引いていてきっちりとした姿勢だった。
・・・・・・・・・・・
一時間目の終わりのチャイムが学校を包む。
授業を聞いた生徒も、寝ていた生徒も、待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、僕の席を囲む。
オドオドする僕に質問タイムがやってきたのだ。
「どこからきたの?」とか「親の仕事は?」とか、対して興味もないし必要の無いような質問ばかり繰り返す。僕は自分なりに精一杯質問に答えた。そんのことまで聞くの!?というようなデリケートな質問もされたが、聞かれたがままに答えてやった。あまり、居心持ちが良いような物ではなかった。どちらかというと日向のような場所が好きな自分にはこのスポットライトは眩しすぎる。
苦笑いであったがなんとか笑顔で答えているうちに学校の独特なチャイムの音が鳴る。生徒はそれを合図に次々と自分の席に着いていく。
僕は内心「助かった」と胸をなで下ろす。
まだ来たばかりとはいえ、どうもここの空気には慣れにくいと直感で感じた。
これからここでやっていくなんて、大丈夫かな?と弱音まで吐いてしまう。
つくづく自分の気は弱いなぁ。
先生が教材を片手に教室に入り、「号令」と声を2時間目のスタートにした。
2時間目の終わりのチャイムに僕は体を身構える。また質問の時間かと思ったからだ。しかし、クラスのみんなはさっきの質問で飽きてしまったようだ。とくにインパクトがあるわけでもなく、ましては暗い感じの奴に興味を引かれるわけではない。
僕はなんだか、悲しいような、嬉しいような微妙な気持ちになった。
まぁ、これで安心して本を読める。
唯一学校に持ってきた前の学校の鞄から割と小さな本を取り出す。昔から本が好きだった僕は常に新しい本が鞄の中に入っているのだ。
既に半分まで読んだ本の間に挟んであった栞を見つけ、続きへと胸を躍らせる。
少し読み始めて、集中してきた頃に声がかかった。
「あぁ!それ私も読んだ!」
自分の斜め前に座る女の子が話しかけてきた。
頭の上で結んである髪がピョコンと立てに揺れ、こちらに身を乗り出す。
顔をニコニコと笑わせながら彼女は言う。
「それ、おもしろよね?」
それが彼女との出会いだった。
〜小学生〜
彼女の名前は藤野 秋風(しゅうか)。
頭の上に1本だけ束ねてある髪形がトレードマークで、笑ったときの笑窪が素敵な少女だ。
彼女はどちらかというと活発な子ではなく、昼休みはいつも図書室にいるようなタイプだ。友達も少なく、本が好きなおとなしい性格。そんな彼女はどことなく僕と似ていたような気がする。読む本の趣味や、好きな食べ物。いろんな事に気が合った。だからだろう。僕たちが自然と仲良くなったのは。
あの他愛もない会話をしてから数ヶ月。僕等はいつの間にか行動を共にするようになってきた。お互いの趣味や、家庭環境が似ていたためにいつも一緒にいた。昼休みは図書室に行き本を読み、放課後は一緒に帰りながら近くの神社に腰を下ろす。最近読んだ本や、近頃のニュースや何でも話し、日が暮れたら家へと足を向ける。そんな毎日だった。家の方向が同じだったから自然とこの毎日の流れになったのだろう。よく彼女と割り勘でタイヤキを買い、二人で分け合って食べる。どっちが頭を食べてどっちが尻尾を食べるかで喧嘩をしたりしたこともあった。結局は僕の根負けで彼女が頭を食べることになる。若干悔しい気持ちもあったが、彼女の笑ったときの笑窪を見たら、なんだか悔しい気持ちがうれしい気持ちへと変わっていた。きっと、これは彼女の魅力なんだと僕は思った。
僕等は何でも話す。昨日感じたことから、今の考えてることまで。二人には秘密なんてなかった。だから話の種は尽きなかったし、いつも新鮮な話ばっかり。
僕等はよく将来の話をする。
一応、僕の将来の夢は宇宙研究者だ。趣味が星観察というのもあるけど、宇宙に対して凄い興味があるのだ。昔に聞いた父の話は僕の心を大きく揺さぶった。この日本よりも広く、この海よりも広く、この地球よりも広い世界があるということ。それが宇宙。ある意味全てで、その姿は謎に包まれている。僕はこの話を聞いたときに自分の存在の小ささを実感し、宇宙への興味が大きくなった。その日から日を追うごとに気持ちは更に大きくなり、いつしかこの夢を抱くようになっていた。でも、正直宇宙に行くのは怖い。真っ暗で無の世界で、何が起こるかわからないから・・・。だから僕は宇宙研究者だ。シャトルを作ったり、宇宙飛行士をサポートしたりするのが夢だ。多分この気持ちは変わらない。
偶然か否か、彼女も宇宙に対しての興味は凄かった。
僕と同じ、いや、僕以上かもしれない知識を持っていた。
小さいころから本を読んでいた彼女は、本を通して知識を蓄え、いつしか宇宙飛行士になるのを夢見ていた。
秋風は宇宙飛行士。僕は宇宙研究者。
少し違うが、二人は同じ宇宙を夢見ていた。
僕がこの話を持ち出したときに、彼女は
「なら、私のシャトルは絶対に春君が作ってね♪」
まだ子供ながらの小さな約束だ。でも、小さな僕らにとっては大きく、大切な約束なんだ。僕は大きく首を縦に振り小指を突き出す。
「うん。約束ね?」「うん!」二人の三寸ほどの小指を絡ませて指きりげんまんという掛け声と共に腕を大きく縦に振る。
「「指切った!!」」
絡ませていた小指を引き離し、満面の笑みで二人は向き合う。
エヘヘと若干恥ずかし混じりの笑顔でハニカンでいたら、町の教会の鐘が神社に響く。僕らのお別れの合図だ。「もうこんな時間なんだ」後ろに置いてあった赤いランドセルを担いで秋風は立ち上がる。僕も「早いねぇ」と返事をしながら黒いランドセルを担ぐ。
神社の門を抜けて長い階段を下りる。全部で30段ぐらいだろうか、大して疲れないぐらいの階段だ。僕等は二段飛ばしで階段を足早に降り、降りた先で「バイバイ。また明日。」と声を合わせて言い、二手に分かれる。
僕の家はここから北にあり、彼女の家はここから東にある。僕の家がある北には海があり、潮の匂いが一層と強くなる。東には駅があり、どちらかというと人が多い。特に6時頃の教会が鐘を鳴らす時刻は人の通りも多く、彼女も安心だろう。
僕は潮の匂いが強い方向へと足を向け、坂道を駆け上る。
頭の上に1本だけ束ねてある髪形がトレードマークで、笑ったときの笑窪が素敵な少女だ。
彼女はどちらかというと活発な子ではなく、昼休みはいつも図書室にいるようなタイプだ。友達も少なく、本が好きなおとなしい性格。そんな彼女はどことなく僕と似ていたような気がする。読む本の趣味や、好きな食べ物。いろんな事に気が合った。だからだろう。僕たちが自然と仲良くなったのは。
あの他愛もない会話をしてから数ヶ月。僕等はいつの間にか行動を共にするようになってきた。お互いの趣味や、家庭環境が似ていたためにいつも一緒にいた。昼休みは図書室に行き本を読み、放課後は一緒に帰りながら近くの神社に腰を下ろす。最近読んだ本や、近頃のニュースや何でも話し、日が暮れたら家へと足を向ける。そんな毎日だった。家の方向が同じだったから自然とこの毎日の流れになったのだろう。よく彼女と割り勘でタイヤキを買い、二人で分け合って食べる。どっちが頭を食べてどっちが尻尾を食べるかで喧嘩をしたりしたこともあった。結局は僕の根負けで彼女が頭を食べることになる。若干悔しい気持ちもあったが、彼女の笑ったときの笑窪を見たら、なんだか悔しい気持ちがうれしい気持ちへと変わっていた。きっと、これは彼女の魅力なんだと僕は思った。
僕等は何でも話す。昨日感じたことから、今の考えてることまで。二人には秘密なんてなかった。だから話の種は尽きなかったし、いつも新鮮な話ばっかり。
僕等はよく将来の話をする。
一応、僕の将来の夢は宇宙研究者だ。趣味が星観察というのもあるけど、宇宙に対して凄い興味があるのだ。昔に聞いた父の話は僕の心を大きく揺さぶった。この日本よりも広く、この海よりも広く、この地球よりも広い世界があるということ。それが宇宙。ある意味全てで、その姿は謎に包まれている。僕はこの話を聞いたときに自分の存在の小ささを実感し、宇宙への興味が大きくなった。その日から日を追うごとに気持ちは更に大きくなり、いつしかこの夢を抱くようになっていた。でも、正直宇宙に行くのは怖い。真っ暗で無の世界で、何が起こるかわからないから・・・。だから僕は宇宙研究者だ。シャトルを作ったり、宇宙飛行士をサポートしたりするのが夢だ。多分この気持ちは変わらない。
偶然か否か、彼女も宇宙に対しての興味は凄かった。
僕と同じ、いや、僕以上かもしれない知識を持っていた。
小さいころから本を読んでいた彼女は、本を通して知識を蓄え、いつしか宇宙飛行士になるのを夢見ていた。
秋風は宇宙飛行士。僕は宇宙研究者。
少し違うが、二人は同じ宇宙を夢見ていた。
僕がこの話を持ち出したときに、彼女は
「なら、私のシャトルは絶対に春君が作ってね♪」
まだ子供ながらの小さな約束だ。でも、小さな僕らにとっては大きく、大切な約束なんだ。僕は大きく首を縦に振り小指を突き出す。
「うん。約束ね?」「うん!」二人の三寸ほどの小指を絡ませて指きりげんまんという掛け声と共に腕を大きく縦に振る。
「「指切った!!」」
絡ませていた小指を引き離し、満面の笑みで二人は向き合う。
エヘヘと若干恥ずかし混じりの笑顔でハニカンでいたら、町の教会の鐘が神社に響く。僕らのお別れの合図だ。「もうこんな時間なんだ」後ろに置いてあった赤いランドセルを担いで秋風は立ち上がる。僕も「早いねぇ」と返事をしながら黒いランドセルを担ぐ。
神社の門を抜けて長い階段を下りる。全部で30段ぐらいだろうか、大して疲れないぐらいの階段だ。僕等は二段飛ばしで階段を足早に降り、降りた先で「バイバイ。また明日。」と声を合わせて言い、二手に分かれる。
僕の家はここから北にあり、彼女の家はここから東にある。僕の家がある北には海があり、潮の匂いが一層と強くなる。東には駅があり、どちらかというと人が多い。特に6時頃の教会が鐘を鳴らす時刻は人の通りも多く、彼女も安心だろう。
僕は潮の匂いが強い方向へと足を向け、坂道を駆け上る。
季節も巡り僕等は5年、6年へと進級した。
5年のときも6年の時も同じクラスだったため、何かが変わったわけではなかった。ある意味運命だろう。二人は6年になっても同じ毎日を送っていた。
学校でも放課後でも一緒に行動し、その生活は4年生の頃から今も変わらず。
けして飽きることのない二人の時間に酔いしれていた。僕はいつまでもこの空間に酔いしれていたかった。
しかし、いつの日かだった・・・・
順調に回っていた歯車が壊れてきたのは・・・
気温が30度を超えた真夏の日。
天から降りかかる光は僕の頭をこれでもかと思うぐらいに焼き照らす。スニーカーの上からでもわかるこの地面の温度は相当なものだろう。道行く人も干からびたミミズに目もくれず、日傘や帽子で熱を遮断するのに必死だ。
そんな猛暑の中、いつもどおりに放課後、神社へと足を向け、飽きもしない話をする。最近のニュースや気になったこと。とにかく話は尽きずに進む。
しかし、どうも様子がおかしい。秋風は朝から元気がなかった。僕はその理由が気になり「どうしたんだい?」と聞いても彼女は「ちょっとね・・」しか言わずに自慢の笑顔すら披露してくれない。最初はこんな暑い日に苛立ちを覚えたか、熱にやられて体調が悪いのかと考えていた。でも、どうも違うみたいだ。
既に2年近くを共に過ごせばわかる。彼女のちょっとした変化は、なんというか悩みを抱えているみたいだ。
僕はこれ以上の言及はしなかった。誰だって聞かれたくない事はあるだろう。彼女が言うまで待とうと心に決めた。
僕は若干不自然だったかもしれない。少しだけ秋風に気を使い理由に触れないようにしていたからだ。彼女はそんな不自然な僕にも気づかずに下ばかり見ていた。
一人相撲で次々と話題を振るが彼女は「うん」としか言わなかった。
別に知りたい内容でもないが「昨日何食べた?」という質問に対して「うん」と、生気のない返事しか返ってこなかった。僕は戸惑いの顔を表に出したが、我慢する。
そんな苦し紛れで何とか話を続ける僕に彼女は重い口を開いた。
「でさーそのときにお母さんが・・・」
「春君。聞いて。」
伏せていた彼女の顔が、いつのまにか僕に真剣なまなざしを向けていた。
その目は強く、悲しく、少しウルウルしていた。僕はのどをゴクリッと鳴らしてから問う。「・・・な、なに?」情けない声を返す。
秋風は数秒黙ってから口を開く。そのとき直感だが僕はあまり良い予感を感じなかった・・・
「春君。私引っ越すことになった。」
時間が止まった。
一秒が1年にも100年にも感じた。
秋風の言葉に僕の理解は追いつかなかった。
「ひ、引っ越すって何で・・・?」
なんとか絞り出した声は僕の動揺を物語っていた。
秋風は顔を斜め下に向けて、小さな声で「お、お父さんの仕事で・・・」
僕は「そう・・・なんだ・・・」としか言えなかった。小さな僕には大きな問題だ。二人は顔を下に向けてひたすら静寂を奏でていた。
「東京に!!・・・東京に引っ越すから、会おうと思えばいつでも会える・・・」
「・・・・うん・・・」
なんとか静寂を破りたかった秋風の声も、今の僕には届かなかった。
ショックが強すぎた。
心臓はバクバク言い、頭はぐるぐると眼を回す。
僕は少し気分が悪くなってきた・・・
「夏休みの中盤ぐらいに・・・もう・・・」
必死に話をしてくるが、心の弱い僕は黙るしかなかった。
静寂が10分ぐらい続いた。
僕には、分ではなく年単位で感じていた。長く静かな時間を破ったのは秋風だった。
秋風は「じゃぁ、そろそろ・・・時間だから・・・」痺れを切らせたように立ち上がり、赤いランドセルを背負う。
いつもは鐘が鳴ってから帰るが、今の僕の姿を見るのが辛かったのか、足早に階段を下りていく。
残された僕はずっと動けないままでいた。当たり前だった僕らの関係が崩れるのだ。これのショックは想像を絶するものだった。
心が落ち着いて頭の回転が追いついたころは既に夜に近い夕方だった。沈んでいく太陽が僕を薄赤く照らす。
無言のままランドセルを背負い、階段へと向かう。いつもの階段はいつもより長く遠く感じた。しばらく座っていたからか、足の痺れで階段を下りているのかわからない。自分の足ではないような感覚だ。
長い階段を降りきった僕は帰路に着く。普段は秋風と手を振って別れる二股道を俯いたまま通る。
帰り道はとても静かだった。この時期にうるさいはずの蝉の声も聞こえず、車の音も聞こえない。もしかしたら音はなっているだろう。でも今の僕の耳にはそんな音すら入らなかった。
過ぎていく景色は目に映らず、ただ家へと歩く。ひたすら歩く。
家に着いた僕は真っ先に自分の部屋に入る。
自慢のふかふかベットに倒れ掛かり静かに目を閉じる。
下の階からお母さんの「ご飯よ」の声が聞こえるが今は喉に何も通らない。ドアを開けてイラナイと一言発する。
再びベットに体を投げ、目を閉じる。
僕は秋風がいなくなるという現実を受け入れられなかった。習慣でもなく約束でもなく、秋風が隣にいるのが当たり前なんだ。
そんな隣にいつもいるはずだった秋風がいなくなることを想像したら、なんだか瞼がすごい熱くなってきた。
こんなにも悲しく辛い気持ちは初めてだった・・・
僕は目を閉じながら秋風との思い出を頭の中に駆け巡らす。
うれしいこと楽しいこと。この2年間の思いでは僕の宝物だった。
それを失うことを考えると胸が締め付けられるのがわかる。
大切なものを失う感じ。
秋風を恋しく思う感じ。
・・・・・
そうか、・・・この胸にポッカリと穴が開くような感じは好きという感情なのかな?
僕は思った。
今までいるのが当たり前で気がつかなかったけど、いざ失うことになって気づいたこの気持ち。これこそ人を好きになるというものなのではないかと。
「そうか。僕は秋風が好きなんだ」
誰もいない部屋で独り事を言う。
僕はやっとこの気持ちに気づいた。秋風に抱く家族でもない友達でもないこの気持ちを。
そしたら不思議なことに急に、秋風が恋しくなってきた。秋風と話したい。遊びたい。会いたい。
しかし、この気持ちに気づくのが遅く、僕の前には既に大きな壁が立ちはだかっていた。
硬く大きい鉄の壁。
小さな体の僕にはどうすることもできない。乗り越えることも砕くことも難しい。
まだ12才の小さな僕には大きすぎる壁だった。
現実とは何とも苦く苦しいものだろう。
5年のときも6年の時も同じクラスだったため、何かが変わったわけではなかった。ある意味運命だろう。二人は6年になっても同じ毎日を送っていた。
学校でも放課後でも一緒に行動し、その生活は4年生の頃から今も変わらず。
けして飽きることのない二人の時間に酔いしれていた。僕はいつまでもこの空間に酔いしれていたかった。
しかし、いつの日かだった・・・・
順調に回っていた歯車が壊れてきたのは・・・
気温が30度を超えた真夏の日。
天から降りかかる光は僕の頭をこれでもかと思うぐらいに焼き照らす。スニーカーの上からでもわかるこの地面の温度は相当なものだろう。道行く人も干からびたミミズに目もくれず、日傘や帽子で熱を遮断するのに必死だ。
そんな猛暑の中、いつもどおりに放課後、神社へと足を向け、飽きもしない話をする。最近のニュースや気になったこと。とにかく話は尽きずに進む。
しかし、どうも様子がおかしい。秋風は朝から元気がなかった。僕はその理由が気になり「どうしたんだい?」と聞いても彼女は「ちょっとね・・」しか言わずに自慢の笑顔すら披露してくれない。最初はこんな暑い日に苛立ちを覚えたか、熱にやられて体調が悪いのかと考えていた。でも、どうも違うみたいだ。
既に2年近くを共に過ごせばわかる。彼女のちょっとした変化は、なんというか悩みを抱えているみたいだ。
僕はこれ以上の言及はしなかった。誰だって聞かれたくない事はあるだろう。彼女が言うまで待とうと心に決めた。
僕は若干不自然だったかもしれない。少しだけ秋風に気を使い理由に触れないようにしていたからだ。彼女はそんな不自然な僕にも気づかずに下ばかり見ていた。
一人相撲で次々と話題を振るが彼女は「うん」としか言わなかった。
別に知りたい内容でもないが「昨日何食べた?」という質問に対して「うん」と、生気のない返事しか返ってこなかった。僕は戸惑いの顔を表に出したが、我慢する。
そんな苦し紛れで何とか話を続ける僕に彼女は重い口を開いた。
「でさーそのときにお母さんが・・・」
「春君。聞いて。」
伏せていた彼女の顔が、いつのまにか僕に真剣なまなざしを向けていた。
その目は強く、悲しく、少しウルウルしていた。僕はのどをゴクリッと鳴らしてから問う。「・・・な、なに?」情けない声を返す。
秋風は数秒黙ってから口を開く。そのとき直感だが僕はあまり良い予感を感じなかった・・・
「春君。私引っ越すことになった。」
時間が止まった。
一秒が1年にも100年にも感じた。
秋風の言葉に僕の理解は追いつかなかった。
「ひ、引っ越すって何で・・・?」
なんとか絞り出した声は僕の動揺を物語っていた。
秋風は顔を斜め下に向けて、小さな声で「お、お父さんの仕事で・・・」
僕は「そう・・・なんだ・・・」としか言えなかった。小さな僕には大きな問題だ。二人は顔を下に向けてひたすら静寂を奏でていた。
「東京に!!・・・東京に引っ越すから、会おうと思えばいつでも会える・・・」
「・・・・うん・・・」
なんとか静寂を破りたかった秋風の声も、今の僕には届かなかった。
ショックが強すぎた。
心臓はバクバク言い、頭はぐるぐると眼を回す。
僕は少し気分が悪くなってきた・・・
「夏休みの中盤ぐらいに・・・もう・・・」
必死に話をしてくるが、心の弱い僕は黙るしかなかった。
静寂が10分ぐらい続いた。
僕には、分ではなく年単位で感じていた。長く静かな時間を破ったのは秋風だった。
秋風は「じゃぁ、そろそろ・・・時間だから・・・」痺れを切らせたように立ち上がり、赤いランドセルを背負う。
いつもは鐘が鳴ってから帰るが、今の僕の姿を見るのが辛かったのか、足早に階段を下りていく。
残された僕はずっと動けないままでいた。当たり前だった僕らの関係が崩れるのだ。これのショックは想像を絶するものだった。
心が落ち着いて頭の回転が追いついたころは既に夜に近い夕方だった。沈んでいく太陽が僕を薄赤く照らす。
無言のままランドセルを背負い、階段へと向かう。いつもの階段はいつもより長く遠く感じた。しばらく座っていたからか、足の痺れで階段を下りているのかわからない。自分の足ではないような感覚だ。
長い階段を降りきった僕は帰路に着く。普段は秋風と手を振って別れる二股道を俯いたまま通る。
帰り道はとても静かだった。この時期にうるさいはずの蝉の声も聞こえず、車の音も聞こえない。もしかしたら音はなっているだろう。でも今の僕の耳にはそんな音すら入らなかった。
過ぎていく景色は目に映らず、ただ家へと歩く。ひたすら歩く。
家に着いた僕は真っ先に自分の部屋に入る。
自慢のふかふかベットに倒れ掛かり静かに目を閉じる。
下の階からお母さんの「ご飯よ」の声が聞こえるが今は喉に何も通らない。ドアを開けてイラナイと一言発する。
再びベットに体を投げ、目を閉じる。
僕は秋風がいなくなるという現実を受け入れられなかった。習慣でもなく約束でもなく、秋風が隣にいるのが当たり前なんだ。
そんな隣にいつもいるはずだった秋風がいなくなることを想像したら、なんだか瞼がすごい熱くなってきた。
こんなにも悲しく辛い気持ちは初めてだった・・・
僕は目を閉じながら秋風との思い出を頭の中に駆け巡らす。
うれしいこと楽しいこと。この2年間の思いでは僕の宝物だった。
それを失うことを考えると胸が締め付けられるのがわかる。
大切なものを失う感じ。
秋風を恋しく思う感じ。
・・・・・
そうか、・・・この胸にポッカリと穴が開くような感じは好きという感情なのかな?
僕は思った。
今までいるのが当たり前で気がつかなかったけど、いざ失うことになって気づいたこの気持ち。これこそ人を好きになるというものなのではないかと。
「そうか。僕は秋風が好きなんだ」
誰もいない部屋で独り事を言う。
僕はやっとこの気持ちに気づいた。秋風に抱く家族でもない友達でもないこの気持ちを。
そしたら不思議なことに急に、秋風が恋しくなってきた。秋風と話したい。遊びたい。会いたい。
しかし、この気持ちに気づくのが遅く、僕の前には既に大きな壁が立ちはだかっていた。
硬く大きい鉄の壁。
小さな体の僕にはどうすることもできない。乗り越えることも砕くことも難しい。
まだ12才の小さな僕には大きすぎる壁だった。
現実とは何とも苦く苦しいものだろう。