かくしごと
風邪も良くなり、生活のサイクルも戻り始めた頃。
すーちゃんは暇を見つけてはどこかへふらり、と居なくなることが多くなった。
妖怪なのにいいのか、とか最初は思ったりしたのだけれど妖怪にも人権(?)はあるわけで。
まぁ別段悪いことをしてるわけでもなさそうなので放っておいた。
…………………………のが悪かったのだろうか。
すーちゃんは家へ帰ると「ご飯!」そして「寝る!」
次の日もその次の日もさらにその次の日も、まるでダメな中年オヤジのようなことを繰り返した。
そりゃあ僕は心が広いから?最初のうちははいはいって大人しく言うこと聞いてたよ?
でも。一週間連続でそういう態度とられると、堪忍袋のなんとやらが切れるかもしれないよね。
心の広い(四畳半)僕でも。
というか僕はすーちゃんのメイドさんじゃねえんだぞ!?
「というわけで」
「どういうわけかわかんない。ねむいよぉ」
「………説明してもらいまひょか」
青筋が立っている人を見かけたことがあるだろうか。僕は過去に二度見たことがある。
友人の桂介が貸したDVDを割られた時と桂介の限定フィギュアを犬に食わせた時。
そして、その顔がとてつもなく恐ろしいことを知っている。
…しかし、惜しくもすーちゃんはねむけ眼で僕の顔を見ていやがらないのであったこんちくしょう!
「ん。ん。なにを………?」
「僕が毎日すーちゃんの奴隷みたいなことしてること!そうやっていつも眠そうなこと!
毎日ふらりと出掛けてること!あとなんか隠してること!全部!」
そこまで一気に捲くし立てるとさすがに目が覚めたのか、うう。とか唸っている。
僕はすーちゃんの目を一瞬も見逃さないまま次の言葉を待った。
「え………と。妖怪集会?」
さぁみなさん。がく、とこけてみてはいかがだろうか。僕はこけたぞ。
目をそらしたすーちゃんがぶっ放った言葉はあまりにも常識とかを逸脱していた。
…元から常識を逸脱してる、とかは言わないであげて。後生だから。
「へぇぇぇぇぇぇ。へぇぇぇぇぇ。面白そうだね」
「ダ、ダメだよゆうゆう。人間は入れない決まりがあるの!」
だから、ゆうゆう言うなゆ。
「そっかそっか。それじゃあ仕方ない」
なんて納得するか馬鹿が!
「わかってくれたらいいの」
って納得すたと思いこんでる人が約一名!馬鹿ァ!
なんとなく憑かれ主として恥ずかしいわ!
「じゃあ寝るね」
「あ、うん。おやすみ」
脳内でノリツッコミしてたらあっさりというか冷静というか
やっぱりすーちゃんは眠かったらしく、そのまま寝息を立て始めた。
「すーすー」
そこは僕の布団だ。襲うぞこのやろう。
バイトから帰り、鍵を鞄から出そうとするとドアノブがくるりと回って
思い切り扉が開いた。もちろん予想だにしていなかったので思い切りぶち当たる。
「ぬあ」
本当に苦しい時は声がでないものである。少ししてから痛い痛い言うかもしれないけど。
額を抑えてうずくまっていると、あちゃーとかなんとか言いながらすーちゃんが近づく。
「悪魔め………!」
いや、妖怪です。とでも言いそうな勢いだったのできっ、と睨みつけた。
「………あーごめんねゆうゆう、私急いでるからそれじゃあ!」
初期設定がぶっ壊れつつあるすーちゃんはたたた、と駆けていってしまった。
昔読んだ漫画だと雨女は憑いた人からは離れられないんだぞ?
隠す気もないのかね。お嬢さん。
そんなことよりも『………あーごめんねゆうゆう』という
こいつ面倒くさいな…いっか適当にあしらえば。
みたいなニュアンスに聞こえなくもないセリフにちょっと胸が痛んだ。
そしてなんとなく苛立ってみたりもした。
ただいま、と独りで家へ帰る。ふて寝したやるう。がるる。
そんなことをひとりごちて(一人しかいないからね!)扉をくぐると
なにやらおいしそうな匂い。
ちょっとだけ早足でテーブルへ向かうと、
『愛のこもった料理です。いつもありがと』というメッセージとともに
随分豪華な料理立ちが所狭しと並べられていた。
な、なんという。さきほどのいらだちはどこへやら、
嬉しさとか喜びといった感情に流された。
こう、踊りたいねっ。手料理とか考えもつかなかったよすーちゃん。
母さんの手料理を食べたのはもう随分前だし、
久しぶりに自分以外の人が作ってくれた料理を食べれる。
(コンビニ弁当だって人が作ってますとかは無しの方向で頼む)
というかそんな食べれるとか食べれないとか久し振りだから、という理屈は抜きで。
すーちゃんが僕の為に料理を作ってくれた、という事実が嬉しい。
食べるのもったいないなぁ、とか誰かに自慢してぇ!とかいう感情を抑えて僕は料理を頬張った。
幸せとはこういうことなのか、と思った。
すーちゃんがいてくれたらもっといいな、とも思った。
………ただ、塩と砂糖を間違えるという可愛い間違いがあったことを付け加えておく。