[TwentyEight Syndrome]
#1. hate me
俺にとって唯一の自由時間、昼休み。
毎日午後零時伍分にチャイムが鳴り、始まりを告げる。
「今日は、寒いな」
誰に対して言ったわけではないが、俺は誰一人居ない屋上でため息とも取れない愚痴をこぼした。
ここは普通な都市にある普通な高校。普通とはいえ、うちの学校は俗に言うところの進学校。受験を控えピリピリとした空気になっているみんなを尻目に、今日も俺はこの昼休みと言う時間を満喫する。
自慢じゃないが偏差値は50少々、国立大学に進学することを希望せずにセンター試験を受ける気もない。受験用語で言えば私文一本というやつだ。それ故に、この学校においては「勉強をしない」という烙印が押された―ヒエラルキー的に最も下層に生きている。
俺より偏差値が低くても頑張って勉強をしている奴。俺より頭が良く当然ガリガリ勉強をしている奴。どいつもこいつも「勉強しないことが罪」と言わんばかりの眼差しを俺に向けてくる。
俺にはそれが心底たまらなかった。偏差値―世間で言っても真ん中より上の成績を維持しているのに、何故ここまで見下されなければならない?―そんなキモチが俺の中でいつまでもさまよい続けている。
そんな俺が自分の存在を感じることが出来る唯一の宝物。ちっぽけな、一本の紙が巻かれた太くない筒。
制服の内ポケットに忍ばせたライターに手を伸ばし、かじかむ手をゆっくりと押し込み、火を付ける。白い独特の煙が屋上の一角に散っていく。
*
五分もせずにそのひと時は終わりを告げる。いつもは一本で終わらせるのだが、今日は違った。今日の午後は、講演会があるからだ。講演会といっても、学校が企画したもの。一部の生徒を除いて誰一人聞きたい奴なんて居ないだろう。全く、誰が呼んだんだ…って。
今日の講演のテーマは「現代社会における医療の役割」だと朝のホームルームで言っていた。馬鹿馬鹿しい。人間寿命が来てしまえば医者も何も勝手に死ぬんだよ、そう思ったのがふと蘇る。
少し暖まった手をもう一度内ポケットに入れようとしたとき、大きな物音が真後ろから響いた。
*
「普段の素行において特に目立つところは無く、人間関係でも特に目立つところは無し、か」
目の前に居るのは学年主任の佐脇。あの物音の後、俺は教師に見つかり、現行犯と言うことで講演会に出席せずに進路指導室という名の生徒指導室とでもいう場所に連れて入れられた。
ある意味確実に講演会をすっぽかすことが出来たのだが、これはこれで面倒だ。講演は100対1とかそういう数字のはずがこれは1対1。強いて言うならマンツーマンってところ。なんとも肩が凝る。
「最初に聞こう、なんでこんなことをした?」
こんなこと、か。タバコ程度そこらじゅう皆が吸っているのに、なんで俺だけを咎めるような言い方をするのだろう。
「単純ですよ。少し大人と同じ目線に立ちたくって背伸びしただけです」
俺は淡々と、内心を極力悟られないよう答えた。
「それだけなら他にやることがあるだろう。なんでタバコなんか吸うんだ?」
「なんで」「タバコ」なんだろう。別にドラッグやセックスをやってたわけでもないのに。
「皆やってるから、それだけです」
「皆って誰だ?言ってみろ」
ユダは銀貨10枚でキリストを売ったとされているが、これはこれで踏み絵なのだろうか。答えたところで銀貨どころか何一つ得るものは無い。俺がこんなところで話すことは無いだろう。その程度のことを何故こいつはわかってないんだろうか。
「誰でもいいじゃないですか。個人名でも指して欲しいんですか?」
相手の返答が予想できるように、そして自分のペースで会話が進められるようにゆっくりと答えた。
「そうか、友達は売りたくない、そういうことだな?」
「ええ、そうです」
間髪入れずに俺が答える。
「なら、その点に関しては特に問うことは無い。だが、お前自身は現行犯ということで校則どおりのペナルティが科される。当然、親御さんにもお伝えすることになるが、それはわかるよな?」
こんなやり取りが数十分続き、佐脇が親を呼び出し、俺は二日間の自宅謹慎を命じられた。講演会中ということもあってクラスメイトだとかに見られることが無かったのは幸いとでも言うべきだったのだろうか。
*
自宅に着く。親とは別行動で、学校の門を出た後は時間差をつけて一人で帰ってきた。
恥ずかしいとかそういうわけではなく、ただ自分の中での失敗の悔しさともいえない微妙な心持ちと親と歩きたくない反発がどうにも俺の歩く脚を遅くした。
何の変哲も無いただの一軒家。学校から電車で30分ほどの場所にある住宅街に溶け込む特徴の無い建物。自分の苗字が書かれた表札だけがここを自分のテリトリーだと伝えている。そんな建物の中の六畳間。そんな俺の部屋もやはり何一つ特徴など無い。普通の勉強机に勉強道具。小さなブラウン管テレビに一世代前のゲーム機。挫折したギター…なんで興味というやつは一瞬にして膨れ上がって一瞬にして弾けるのだろう。
俺はベッドに体を放り投げ、そんなことを考えながら浅い眠りに落ちていくのであった。