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その冤罪に手を出すな

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「皇王様にご報告いたします」

秘密結社ベクトロン秘密基地。その所在、いや存在さえも知らないその場所。

「我らベクトロンのバロン計画を担うべき、改造人間タイガーバロン。
きゃつめは、何者かによる破壊工作が行われた隙に乗じて、基地内より脱走しました」

組織の幹部らしき男が、先日の一件をトップである皇王に報告していた。
といっても、皇王本人の姿はそこにはない。
壁に貼り付けてある怪獣のレリーフに向かって、幹部は話しかけているのだ。

「破壊工作を行った曲者は、目下調査中であります。
つきましては、バロンめの処置について、ご指示を。皇王様」

レリーフの目が青く光る。

「あれはバロン計画の遂行には必要不可欠な素材である。少々痛めつけても構わん。
見つけ次第、生け捕りにせよ。そして、今度こそベクトロンに忠実な改造人間として完成させるのだ。
この役目を買って出ようという者は、誰ぞおらんのか、我こそはと思うものは名乗り出よ」

皇王の指示を受け、幹部達が騒然となる。ここで手柄を立て、皇王に認めてもらえば上級幹部への出世は
間違いないのだ。俺が、いやいや俺がと様々な幹部達が名乗り出る。

「お待ちあれ、皆さん!」
一際声の大きい幹部が場を制する。
「私には、奴を生け捕りにする策がございます。皇王様、是非ともこの私にお任せください。
所詮、奴は脳改造を受けずに逃げ出した未完成品。奴の脆弱な心を、見事からめとってご覧にいれましょう」

「ほう…面白い。ならばお前に命じよう。行け!そして奴を捕らえるのだ!!」
「ははっ!全てはベクトロンのために……」

タイガーバロンを捕らえるべく、ベクトロンの恐ろしい作戦が今、始まろうとしていた。







その頃、当の本人であるタイガーバロンこと滝川健二は、自分探しの旅に出ていた。
わけのわからない団体に拉致され、わけのわからない手術を受け、はっきりと改造人間にされてしまった自分。
怒り任せに追っ手を破壊したものの、派手に破壊し過ぎて敵から色々聞き出すのを忘れてしまった彼は、
自分のするべきことを見失っていた。

「そうだ……旅に出よう……どこか、遠い遠いところへ…」

きっとそこには、改造人間の国とかがあって、俺を大臣待遇あたりで暖かく、
しかも尊敬の眼差しを持って迎えてくれるに違いない……フ、フフフ……。

彼は明らかに現実から逃げていた。

「そして、俺を助けてくれた謎の声……俺を勝手に改造した謎の声…
これらの手がかりも何か、つかめるかもしれない」

何かの間違いが起こらない限り、そんなことは絶対に有り得ない。
有り得ないのだが、家から出たらいきなり改造されてしまう世の中だ。その程度のことぐらいあっさり起こるはずだ。
彼は根拠の無い自信に満ち溢れていた。

「それにしても…」

通勤ラッシュの時間帯に列車に乗り込んだのは失敗だった。
いや、でもこれは仕方が無いんだ。家に帰ってきたのが朝の4時で、
それからちょっと寝て、決意したのが丁度そんな時間だったからで、
ほら、俺、自分の都合を周りの都合で変えるの嫌いだから。なんかこう、流されてるみたいで嫌なんだよね。

後悔をさえぎるために、健二は脳内で言い訳を続ける。
だが、いくら言い訳しても、車内は加齢臭と香水が織り成すフローラルな香りに包まれ、
人々のの毛穴という毛穴から噴出している汗は車内の温度を上げ続けていた。
そしてこの密着状態。お前ら、他にも交通機関はあるだろう。電車が無ければ何も出来ないのか、全く。

「きゃあああああああ!!」

突如、車内に響き渡るうら若き乙女の悲鳴。
ははぁ、これはあれだな。今流行りの痴漢という奴ですな。
これだからバブル世代のアブラギッシュどもは困る。
未だに世の女性がジュリアナ東京でブルマ天国だと思ったら大間違いだぜ。ふぅ、やれや……

「この人痴漢ですぅ!!」

痴漢された(と主張している)女性が力強く掲げたその腕は、確かに俺のものだった。
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「だからぁ、何度も言うように、僕は全然やってないんですよ」
「あのねぇ、こちも何度も言うがね、被害者の女性の方が、確かにあなただって言ってるんですよ」

ここは地獄の駅員室。俺は、痴漢の疑いをかけられた挙句、電車を降ろされた。
俺の旅が、こんな形で終わりを告げようとは思わなかった。
電車を降ろされるときのあの乗客たちの視線……
よもや車内で「でらべっぴん」を読んでるようなハゲ親父にまで軽蔑の視線を浴びせられようとは……

「とにかく、僕はやっていません。その証拠に、僕は彼女のパンツの色さえ知らない」
「……いいですか、お客さん。満員電車の中でどうやってパンツを見ながら痴漢するんです?」
「ハッ。知りませんよそんなの。それこそ、痴漢に聞いてください。
僕にもね、好みのパンツってものがあるんです。それすら知らない人のパンツなんて、
とてもじゃないが触れませんよ」
「あなたも強情ですね。被害者の女性は、あなたに胸も揉まれたとも訴えているんですよ」
「僕は彼女の乳頭の色だって知らない」
「……どうも貴方の発言を聞いていますと、失礼ながら痴漢以外にも余罪がありそうですね」

なんと失礼な駅員だ。性の乱れが問題視されている今日、
俺ほど貞操観念を確立した若者はいないというのに。

「まっ、後は警察にでも言って話してくださいよ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!俺には旅を続けなければならない理由があるんだ!」

終わった…もはやこれまでか。俺は犯罪者の烙印を押され、自分が何なのかさえわからないまま刑務所へ移送され、
でもって身体検査の時に改造人間であることがばれて、危険視とかされて死刑にされてしまうんだ。

健二が自分の人生の終わりを見たその時だった。

「駅長、本当の犯人を捕まえたというお客様が、お見えになられました」
「なっなに?マジでか!?」


神様は、哀れな僕を見捨てていなかった。


「いやあ、本当にありがとうございました」

健二は、彼を性犯罪者の汚名から救ってくれた男に対して深々と頭を下げた。

「いえ、なに。人として当然のことをしたまでです。さっ、頭をあげてください」
「いえいえ、後一歩で僕のエリート大学生としての人生が、台無しになるところでしたから…
あっ、これ、よければ1つどうぞ。駅からのお詫びの品ですけど…」

健二は、ひよこサブレを男に差し出す。

「これはどうも、ありがとう。ところで……君に折り入って話があるんだけど、
ちょっと、時間のほうは、いいかな?」
「……ええ、実は僕も貴方に、少し聞きたいことがあるんです」
「よかった。それじゃ、そこのファミレスでも」

健二は、救世主である爽やかな若者と一緒にファミレスに入る。
はじめて声を聞いたときから、どうも引っかかっていたことがあったが、
いざこうやって呼び出されたことで、そのひっかかりが徐々に現実味を帯びていく。



「単刀直入に聞こう。君は、ベクトロンに改造された人間…だね?」
「……仮に、そうだとして、何故貴方がそれを知っているんです?」

相席でクールなアイスコーヒーをすすりながらとりわけクールな答えを返す健二。
彼が比較的冷静なのは、この男の正体に、大体のあたりをつけているからだ。

「君も、もしかしたらもう気付いているかもしれないが、
あの日、ベクトロンの動力炉をストップさせ、君を逃がす手助けをしたのは僕なんだよ」
「やっぱりそうでしたか。僕も、どこかで聞いた声だと思っていたんです」

「申し遅れたが、私はICPO特別捜査官、緑川修二というものだ。
秘密結社ベクトロンの悪事を密かに追っている」

緑川と名乗った男は、ICPOの身分証明を僕に見せる。
本物かどうかは見比べるべき対象を知らないのでなんとも言えないが、信用してもいいだろう。

「それで、そのICPOが僕に何の用ですか」
「君の、改造人間としての力を借りたい。
実は、今日の午後11時、横浜のM18倉庫でベクトロンと何者かの取引があるという情報を入手した。
それに協力して欲しい。君にとっても、自分の正体を問いただすいい機会になると思うが、どうだろう。
協力してもらえるかな?」

「……いいでしょう。僕も、奴らにはもっと礼をしたいと思っていたところです」

自分探しの旅に出ていた情けない過去を棚に上げ、健二は力強く応えた。
もう、彼は一人ではない。心強い仲間が出来たのだ。

「ありがとう。それでは、午後9時に例の倉庫へ…そこで奴らを待ち伏せする」

彼らは固い握手を交わした後、ベクトロンと戦うことを誓い合ったのだった。
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午後9時。M18倉庫。
静寂が辺りを包む。緑川さんはもう来ているのだろうか、
そんなことを考えながら健二は敵地に足を踏み入れる。
不安はあった。不安はあった。改造されたとはいえ、健二は自分の能力のことを何一つ知らない。
強いて言えば、「パンチが強い」ぐらいのものである。しかし、今の彼には仲間がいる。
あの秘密結社と戦っているのは何も自分ひとりだけではない。
その事実が、彼を幾ばくか安心させていた。

シャッ!!

「なっ何ッ!?」

遅かった。健二が叫び声をあげた時にはもう既に、
彼の体は電磁ネットに絡め取られ、軽々と中に浮かんでいた。

「くっ…こちらの作戦が読まれていたのか?」

「はははははははははははははは…その通り、その通りだ滝川健二!!」

暗い倉庫内に声がこだまする。しかし、この声は、この声は。
信じたくなかった。だが、嫌でも信じさせてやるぞとばかり、倉庫内をライトが照らす。

「あっ、あんたは……!!」

「はははは……そう、ICPO捜査官、緑川修二だ!」

仲間であるはずの男が、この俺を罠にはめている。
こうとなれば答えはもうひとつだが、健二はそれを信じたくは無かった。

「何故、何故こんなことをする!?ベクトロンを倒すんじゃなかったのか!!」
「おやおや…懸命な君ならもう気付いているだろうと思ったが、案外ニブチンらしいな。
ICPO捜査官、緑川修二とは仮の姿!しかるに、その実態は!!」

修二(仮)の周りを怪しい紫色の光線が包む。そしてその光が終わる頃、彼は変わった。

「ベクトロンが幹部の一人、改造人間詐欺仮面よ!!」

「ぐっ、くそっ謀ったな、謀ったな、ベクトロン!」

「ははははは!そう、そうだ…今回、おまえに降りかかった一連の事件、
痴漢冤罪から倉庫での捕獲まで!すべてこの詐欺仮面の詐術よ!
そして貴様は、まんまと罠にかかったわけだ…他人なんぞをあっさり信じやがって、この愚か者が!」

詐欺仮面は悪態をつきながら倉庫の壁にあるレバーを下げる。

「ぐああああああああ!!」

「はっはははは!どうだ、10万ボルトの電流の味は!!
そのワイヤーから流れる電流を長時間浴びれば、いくら改造人間の貴様とて気を失う!
そして、今度こそ貴様は完全なベクトロンの改造人間として生まれ変わるのだ!」

「が、ああああ…」
強烈な電流が体内を蝕む。改造人間でよかった。そうじゃなかったら多分もう死んでる。
などと悠長なことを考えている場合ではなかった。

「ぐ…何故、あの時俺を助けた……」
「ん?それも私の詐術!組織に忍び込んだ賊の声を私が声帯模写して利用したまでよ!
災い転じて福となす、いかなる事実もこの詐欺仮面の前には無意味!!
全てが嘘、そして金になるのだ!はーっはっはっはっは!!」

「許さん……よくもこの俺を…俺の、俺の心を踏み躙ったなぁぁあ!!」
「フッ、その台詞は聞き飽きたよ。どいつもこいつもワンパターンなことばかり…」

突如、健二の体が光り輝く。これは、決して高圧電流によるものではない。
そう、これはまさしく!


「タイガースパーク!!」

輝きが最高潮に達したとき、この健二の掛け声とともに、電磁ネットは粉々に吹き飛んだ。

「ばっ馬鹿な…奴が変身のやり方を知っているはずが……」

何も馬鹿なことはない。ネットを突き破り、まさしく健二は改造人間タイガーバロンに変身したのだ。

「どうやら、怒りが頂点に達すると変身できるらしいな……1つ、いい事を知ったよ」

「うっ…うう…だが、こんなことでこの詐欺仮面様が敗れるわけが無いッ!勝負だ、タイガーバロン!」

詐欺仮面はやおら飛び上がり、バロンめがけてキックを放つ。
しかし、バロンも同様に飛び上がる。


「バロンキック!」

命中。キックを食らったのは先に仕掛けた詐欺仮面のほうだった。
彼は仰向け様に6mほど吹っ飛び、地面に叩き付けられる。機械の壊れる音がした。

「ぐっ…こ、この詐欺業界のプリンスとまで呼ばれた詐欺仮面が…
貴様、貴様ごときカモにやられるとは……」
「お前が人を騙すだけのヒョロ人間だった、それだけのことだ。」

「言ってくれるじゃないか…だが、我ベクトロンの改造人間は、
何も私のような知略に長けたものだけの組織ではないぞ…未熟な貴様に、次の資格が打ち破れるかな、
はは、はははははは……うげっ!」

お決まりの捨て台詞を残すと、詐欺仮面はあっけなく爆発した。
人を欺き続け、金に塗れた生活を送り、本当の顔さえ忘れた男の最後だった。

「来るなら来い。ベクトロン。こうなったら全て叩きのめして、それを俺の復讐としてやる」

燃え盛る倉庫を背にタイガーバロンこと滝川健二は今、
ベクトロンへの復讐を固く心に誓うのであった。



         次回予告

次なるベクトロンが送り込む改造人間は、「改造人間イケメンダー」

イケメンダーは、持ち前のルックスと高学歴高身長高収入を生かし、

東京中の女性を狙った恐るべき作戦を展開しようとしていた。

次回、改造人間タイガーバロン。

       「日本総ビッチ化計画」

        ご期待ください。
12, 11

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