四日目
九月七日(THU)午前一時四十八分
――う、ん?
まだ、外が暗いぞ?
時計を見たら、そりゃそうだ、と思ったが。
やっぱ、毎日決まった時間に眠らないと、皺寄せがくんなあ。
もう一度眠ろう……
……
……
……
…無理だ。
暫く、なんかしてるしかねーな。
とりあえず、ベッドから出て、伸びをする。
引き絞られた声が、のどの奥から漏れる。
…ん?
さっきは気付かなかったが、PCが起動してる。
モニターが、薄ぼんやりと光ってる。
勿論、起動した覚えはない。「俺は」付けていない。
だって、最後に使ったのがいつなのか、はっきりと覚えてない程度には前のことなのだから。
とすると……都子か?
親父、それともお母さん?
――強盗だったりして。
PCだけ起動させて去っていく強盗。
ネタにはなるな。
部屋の灯りは点けずに、椅子にどっかと腰掛けた。
マウスを少し動かすと、画面が復帰した。
そこには、見慣れないサイトが表示されていた。
「…兄妹で恋愛――」
ポインタを、画面右上に動かし、左クリックして、シャットダウン。
九月七日(THU)午前六時四十五分
昨日のあれは、なんだったのやら。
なんか恐ろしくて、すぐに消してしまったが。
兄妹で恋愛?
…都子と、俺?
それは、ないな。
絶対に、あるわけないな。
顔を洗った。歯も磨いた。
さあ、忘れよう。
「昨日に別れを告げ、新たな今日へと思いを馳せるのだ」
…誰かが言ってたセリフを、ぽつりと呟いてみた。
「何かヤなことでもあったの?」
背後、洗面所の入口から、都子の声。昨日を思いだすじゃねぇか!
「…お前こそ、平気なのか? その、腹痛とか」
「三日目がピークだから」
「ふーん」
「ねえ、あたしも使いたいんだけど」
ああ。体をどかす。
「…昨日さ」
もう、秋になろうとしている。朝の水はもう冷たすぎて、お湯でないと顔を洗う気にもならない。
赤い蛇口を捻り、都子はお湯が出るのを待っている。
「――お兄ちゃん、お湯使わなかったの?」
「ああ。で、昨日なに」
「…PC、ついてたでしょ」
「…うん」
湯気が、立ってきた。
都子は、顔を洗う。
暫しの沈黙。
洗い終えると、洗面台横の歯磨き入れを開けて、自分の歯磨きを取り出し、歯磨き粉を捻り出し
た。
「…お前がつけたの?」
都子は、歯磨きを始めた。
「あのヘンなサイトは、お前が見てたんか?」
「…ふぉっふぇ」
「あ?」
「ふぉっふぉまっふぇ!」
ちょっと待って?
馬鹿、今日は、いつもより早く出なきゃならんのに。
土曜から、修学旅行。
四泊五日の長旅だ。
その打ち合わせを、仲間内でしなきゃならないんだよ。
何も、朝早くしなくてもいいだろうとは思うがな。
都子が口を濯いでいるのを、俺は舌打ちしながら見ていた。
「イライラしないでよぉ、終わったからさ」
「質問に答えろ」
「…そうだよ」
やっぱりか。一番ありそうなところに落ち着いた。
「昨日、あたしの部屋のでネット使えなくなってさぁ。なんでかは知らないんだけど。だから、お
兄ちゃんの使わせてもらっていたの」
「…あのサイトは? 見てたの?」
「あ、うん。ちょっと面白そうだったから、見てたの」
面白そう?
「どこが」
吐き捨てるように、言ってやった。
「ていうか、居間にもPCあるじゃん。今度からはそっち使えよな」
そう言って、俺は洗面所を出た。
全く、迷惑だ。
九月七日(THU)午後七時。
miya:真琴さん。
miya:どうしたらいいんだろう。
miya:ねえ。
miya:あたし、どうしたらいいと思う?
miya:お兄ちゃんと、話したいの。
miya:でも、面と向かっては無理。
miya:だから、ここのチャットを使おうと思ったんだけど……
miya:…どうやって、誘ったらいいか、分からないの。
真琴:お兄さんのパソコンに、此処をお気に入りに登録しておいたんでしょう?
真琴:なら、話は早いよ。
miya:え?
真琴:たまには、ストレートも欲しいの。変化球でかわそうとばかりしてちゃ、ダメなのよ。
miya:ストレート?
真琴:そう、お兄さんに、ここに来るように言うのよ。
miya:そんなの、無理!
真琴:言えないなら、メールとか。アドレスは知ってるでしょ。
miya:んー……
真琴:お兄さん、明後日から修学旅行だっけ? さっき言ってたよね。てことは、今日を逃したら
大体一週間くらい、モヤモヤしたまま過ごさなくちゃいけないわけでしょ? 明日は早く寝るだろ
うしさ。
miya:…そうだけど
真琴:大丈夫、チャットで話す位、なんでもないことなんだから。
miya:そう、だよね
真琴:そう。頑張って!