九月八日(FRI)午後十一時五十分
湧き上がってくるのを感じる。
これは、なんだろう。
ああ。
分かった。
この、感じ。
似てる。
学校とかで凄く、凄く嫌いな女がいて。
刺したくなったり、硫酸かけてやりたくなったりしたことがあった。
勿論、その時はしなかった。
思ってただけ。
思ってた――
和也:あんま馬鹿なこといってんなよな23:51
馬鹿なの?
好きだって思うの、馬鹿なの?
あたし、馬鹿。
馬鹿なんだな。
そうだ。
でもそうなの?
あたしが馬鹿なの?
そうは、思わない。
思いたくないよ。
馬鹿なのは――
――馬鹿なのは。
和也:俺明日早いからもう寝るけど23:53
和也:今お前は混乱してんだよ23:54
miya:お兄ちゃん
和也:俺がいない間に落ち着いとけ
和也なんだよ23:55
馬鹿なのは――
miya:今からそっちに行くよ23:56
――あたしじゃない。
あたしは、机の引き出しを開けた。
九月九日(SAT)午前零時
来るなよ。
和也:来るな00:00
――都子。
十一時五十六分から反応がない。
来るのか?
来るなよ。
俺は立ち上がり、ドアの前に立ち、背中をつけた。
鍵なんてついていない。
体で塞ぐしかないな。
絶対に、入れたくない。
今の精神状態で、あいつと顔合わせたくない。
あいつを見ないまま、出発したい。
あいつに、「いない間に落ち着け」と言ったけど……俺だって、同じなんだぞ。
実の妹にあんなこと言われて、冷静でいられるかよ。
怖いし、ムカつくし、信じられないし、でも、ほんの、少しだけ、嬉しくも思うんだ。
こんな感情、消してやりたい!
今、あいつを見たら、俺、どうなるか分からない。
だから――絶対に入れてやら――
――ガス?
ドアの上の方、貫通していた。
これ、なんだ。
――刃?
――どういうことだ?
「都子ォ!」
思わず叫んだ。
怒りじゃない。恐怖からだ。
あいつ、なにしてくれてんだ!?
「おまえ、ふざけんなよ」
「開けてよ。開けなきゃ、次は、刺すから」
「なに……」
「色々考えてるけど、言わないわ。ただ、言いたいのは……お兄ちゃん、大好きなの」
「…家族としてなら、俺だって……」
「今さら、それ? そっちこそふざけないで。本当に刺してやるんだから」
「や、やめろ」
ドアから離れるわけにもいかない。しかし、刺される。
近くに、ドアを塞げそうなものもない。
どうしたら――
「――だから、簡単なことじゃない。四の五の言わないでよ」
「お前を抱けって? そんなことできるか! 頭おかしいんじゃねぇか!?」
「おかしくないよ。好きな人に触ってもらいたい、好きな人に気持ちよくなってもらいたい、好き
な人に――好きな人に愛されたいなんて、当たり前の感情じゃない」
「だから、お前は俺の……分からないか? お前今、見えてないな。何も見えてねぇな!」
「見えなくて結構よ! 性器と性器を合わせて、あたしの体を触って……それだけじゃない!」
「イヤだ!」
ガス、とまた音がした。
俺の肩の、すぐ横を通った。
少しだけ小便が漏れた。
体が、震えて仕方がない。
なんで、俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ!?
「子供とか……出来たらどう説明すんだよ! 産めねぇだろ!?」
「出来たら産むわよ! お兄ちゃんとの子供なら、きっと凄く愛せるもの!」
「お前がそうでもなぁ、俺は駄目だ! この、自分勝手女! 消えろよ!」
「なんでそんなこと言うのよ!」
「消えろよ消えろよ消えろよ! お前怖いよ!」
ガス。
刃は、脇腹を切り裂いた。
俺は喘ぎ、膝が言うこときかなくなる。
いてぇ。
俺は、自分が今泣いていることに気付いた。
あったかい。
顔と涙の落ちた手が――
――寝たいな。
何もかも全部なかったことにして。
この、急にやってきた、尋常じゃない事態を。
夢として、済ませられないかなあ。
ドアが開いた。
都子は俺を強引に仰向けにした。
体に力が入らない。良いようにされてしまう。
都子はそして、俺の上に乗った。
右手に、ドアを貫通させ、俺の脇腹を切り裂いた、得物を握っている。
目が、おかしい。
都子おかしい。
「お兄ちゃん、大好き」
歪んだ、笑顔。
今まで、こんな顔見たことない。
お前、都子じゃないだろ。
「悪霊にでも憑かれてんのか」
「?」
「その刃物で俺ころすの?」
「そんなわけないじゃい。抵抗するなら一箇所二箇所刺そうと思ってたけど」
「そこ」
分かってくれ。
「分かるだろ?」
「何が?」
「お前の乗ってるところ、ちんこのとこだよ――勃ってないだろ」
都子は黙りこくっていた。
「俺の体も、お前とはしたくないと言ってんだ」
「勃たなくてもいいでしょ?」
「…お前、経験ねえな?」
また黙ったが、今度は少し焦りの見える沈黙に思えた。
「勃たなきゃ、入るもんも入らねぇよ。俺も、お前も、全然気持ちよくなれないぜ」
「…勃つの」
え?
「彼女となら……あの女となら、勃つの?」
「そりゃ、お前……!」
瞬間的に体が動いた。
上にいる都子を弾き飛ばして、俺は窓の近くに走り、開けた。
「当たり前だろ!」
飛び降りた。