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第1話

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ある朝、古地幹生がなにか気がかりな夢から目をさますと、
自分が寝床の中で一人の美人なメイドに変わっているのを発見した。

「そんなバカな!」

とりあえず、困った。
本気で困ったわけではないが、ここは困るべき時であろうと思った。だから困った。

今日は月曜日か、なら寝ればいい。二度寝、二度寝っと…。
すこぶる気持ちがいい。快眠である。



――さて、それからしばらくして、幹生は目を覚ました。
さっきのが夢であることがよく分かった。

ただし、おかしい事がある。

いま、ここ、それは現実である。幹生は一人暮らしである。
それなのにも関わらず、ゴチャゴチャした机の上には、メシがある。スープもある。
別に、昨日食べ残しておいてそのまま、というわけでもない。
近所に知り合いもいない。地方から一人で越してきたのだから当たり前だが。
当然、彼女もいない。募集中である。
夢遊病とか、精神障害とか、そんなチャチなもんじゃあない。

…ひとつ、思い当たることがあった。


メイド、さん。


それだ…
――――――――――――――――――――――――――――――――――

まず、事のはじまりは昨日であった。


The Beatles の Octopus's Garden のアポストロフィー s のうしろにsを続けてるところが
リンゴらしいなと思いつつ、あらかた食べ終えたスパゲティの皿を見て一息つく。

次づいて Roland Kirk の Domino が流れる。
それは(ナスとホウレン草とにんにくとスパゲティの欠片をかき込んで)
乗りのいいジャズの曲である。実に自由で奔放な曲風でもある。

「奔」の字が分からなくて電子辞書で調べた。

時代は便利だ。夏目漱石先生は、よく間違えた漢字を使っていたという。
いちいち重厚長大な辞書様を引っ張るのも面倒であろう。
でも、漢字で書きたい。この気持ちはよく分かる。自分もそういうクチだからだ。

次づいて King Crimson の Starless をかける。
まるで高原の星空を眺めているときのような雰囲気が漂い、情緒的な曲調とよくマッチする。

一息も二息もためいきをつきながら聴き入っていると、
向こうのほうから Camel の Rhayader が突然大音量で鳴り出す。
普段ならうっとりする旋律だが、いまは普段ではない。
――携帯電話の着信音、メールである。

一息も二息も溜め息をつく。
はあ、取りにいくかぁ

重い腰を上げることにする。
イヤホンを外し、


と、横に誰か立っている。


ジョセイ 女のひと
メイド
    メヱド



さてはて、思考停止状態、電源オフ状態に陥った訳です。
ただただ Starless の終盤の情緒満天の部分のみが流れている。
イヤホンは外したのに…
2, 1

  

――――――――――――――――――――――――――――――――――

さてと、今の僕は悲常に困っている訳です。
悲常に困っている自分がいるなー、と考えられるくらい困っている訳です。

なぜかと申し上げますと、つまりは

昨日のことは事実であって、
その上、今朝目が覚めたときには布団の中にいて、
今は、常時ならば乗らないはずの播能行の急行に乗っていて、
最上、布団の中の自分は何故か寝巻(ジャージ)に着掛えてあって、
机の上には、前も書いたかもしれないけど、朝メシがあった訳です。

ここは深呼吸。スーゥ、ハーァ
落ち着くわけがない。落ち着けるはずが!

ま、次の駅で降りて、池梟行のに乗り換えないとな。まずはそこからだ。

「次はぁ~、播能、バンノウ、終点です。お忘れ物のないよう…」

いつのまにか終点ってなあひどいなぁ…。
酔っ払ったときでも西所天で降りて、そこからタクシーで帰ったのにな…

でも、これで少しは意識もハッキリしてきたってもんだ
どうやら、池梟行はみんな急行とか快速らしいからな。助かった!



…あ、荷物忘れてた。結局また家に帰らないかんのか…そんなオバマ…。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

「次はぁ~、むくどりヶ丘、ムクドリガオカ。お出口は左側です。」

あいかわらずの車掌さんの声を聞きながら、
あいかわらずではないマイルームへの一歩を踏み出す。

大体、おかしい。メイドさんがいることなんてさ。しかもいきなり!
遂に頭、イっちゃったのかな…スキッツオイドマンになったのかな…
でもまだこうして冷静に考えられるだけ、酷くはなってないらしいな。
いや、そもそも!俺は狂っていない!狂ってないって!イヤッホーィ!

…ということで、マイルームに着いた。徒歩約15分。時間は全く感じなかった。
まだ朝だからな…ピンポ~ンはまずい。隣にも聞こえてしまうし。
それに、自宅のピンポンを押すのは気が引ける。

意を決して突撃!せよ!


「ただいま!」

「お帰りなさいませ、ご主人」


結論:俺の頭は、やっぱり狂っている。
4, 3

  

――――――――――――――――――――――――――――――――――

「おはようございます、ご主人」


やあ、おはよう、

なんて言えるかコノヤロウ!

何故か現実に復帰したとき、俺は布団の中に居た。


「そう何度も気絶なさられて、大丈夫ですか?」


だ・か・ら・な…あなたは誰なんですか?


「御気分のほうがすぐれないようでしたら、お薬を御用意いたしましょうか?」


なんのクスリだ~ 恋の薬ですか? LSDですかぁ~?


「あ、もしかして、御説明、まだ…でしたっけ?」

ん?

「あの~どうなんでしょうか…実は私も覚えていなくって…」
「あ、はい。説明されてません。」
ようやく目が覚めた。
結論撤回。俺の頭は狂っていない。これが現実だ!

「わたくし、明戸(あけど)さくらと申します。メイドです。よろしくお願いします。」
「あ、どうも、よろしくお願いします。自分は古地幹生(ふるち・みきお)と言います」

名乗る時には苗字しか言わないこの俺が、フルネームを言うとは。ワケワカラン。

「いま、8時ですので、まだ1限目は間に合いますよ」
「はい…」
「1限目は、えっと…『法経心理学』ですよね」
「はい…ぃ?」

ホーケイ、ですか!いやあ、いいですねその言葉!

「じゃあ頑張ってくださいね!わたくしも、お夕飯の支度しますから」

俺は頑張ることにした。ホーケイ心理学!ホーケイ!


「いってらっしゃいませ。ご主人」
「はい、行ってきます!」

百万ドルの笑顔を俺に向けてくれた彼女に、近年稀に見るニヤけた笑顔で返した。


おれは、勝ち組だ!メイドさんだ!イヤッホー!!
思わずガッツポーズをしてしまった


そして気づいたときには、また播能行の電車に乗っている自分を見出すのであった。
5

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