ユーロ2008を明け方まで観て、起きたら世界は少し変わっていた。
宮城岩手の地震。
このところ、秋葉原の事件で落ちてて、あらゆる連絡を絶っていた。
メールにも返信しないし、もちろん、こっちから積極的に誰かに話を聞いてもらおうなんて行動の停止。
将棋の戦術に“アナグラ”というのがあるそうだが、それの周到に準備して、簡単に攻め込まれなくした結果、
時々、進入してくる相手は無視。そのうち、誰もが次の一手を打たなくなった。
みな、忙しいのだ。つまんない相手と将棋するより、他にやるべきことが世界にはあふれている。
茨城の大学に通って、東北の知人が多い。
少し変わった世界に住んでいる何人か、大丈夫だろうか?
それとも、この“アナグマ”から、僕は、守り以外の手を打っていいのだろうか?
心配しているのか、それとも、心配するふりをして、善い人を繕っているのか。
いや、結婚式は呼ばれないといけないが、葬式は必要とされなくても行ける。
そんなことを聞いたことがある。
2、3人にメールを出した。
「地震、大丈夫?」
なるべく、近況の話題にならないよう、必要最小限の文を送った。
みんな、大丈夫だったようです。
山形に昔の女がいる。
ここまで連絡する必要はない、よな。と思って睡魔に襲われた。
夕方、起きた。TVつけても世界は変わったままだったが、犠牲は広がっていた。
午前中の世界では、死者が2名、不謹慎だが、
「日本は対策しっかりしてるね、やっぱ、中国のは人災だったんだよ」
と母と話したものだった。
生き埋めになった、と文言が並び、切れたリボンのような道路にぶら下がったガードレール。
酷い、と思った。そして、ある存在を思い出した。
僕が、地形が変わるくらい酷いことをした女。
彼女はおよそ一年前、仕事絡みでうつ病が進行して、一番僕を必要としていたとき、
地元の若い女と付き合うために、手を放した女性。
TVに映るは、彼女の、住んでいる、町だ。
「もう、絶対連絡しないから」と互いに約束してから、
僕は、若い女にカッコを見せるため、本当に一度も連絡しなかった。
「死んだかも」
それは、地震が原因ではなく、僕と別れたせいで磨耗したいっただろう彼女のイメージが離れないからだ。一個もいいとこない女性。
まー、僕の今の状況は、もしかしたら、あのとき、こんな残酷なことを平気にやってのけたから、
厚顔無恥に痛い目をあわせようと、そんな、作用が働いたのかもしれん。
と、脳内で無駄な思考で2時間ドラマを繰り返し、したが、
そんなんじゃないだろー、一度はお互いのぬくもりを必要とした相手ではないか、
遠慮とかしてる場合ではない、メールを入れた。
返事は返ってこない。届いているから、携帯は生きている。
関係が生きているかどうかの問題だ。
それ以上の詮索は止めよう。
厚顔な男は、ずっと同じ反省した顔ですごせない
19時からの日本代表戦を観て、心配の気持ちがどっか行ってたころ、携帯が光った。
「もしもし、アイです」
意外。生きていた。
それは、ちゃんとした、人間の声だ。鬱を経験した人間同士だからこそ声色で分かる部分、が、ないのだ。
「地震は、大丈夫と言えば、大丈夫、だったみたい。私、今、別の場所にいるから」