「俺は勇者だ」
「はあ」
さて、どうしたらいいんだろうね。
自称・勇者が目の前に立っている。いや、なかなかある事じゃない。やったね、僕。
『そして私が勇者の証、聖剣《ランケア》だ』
おもむろに彼が持つ十字型の剣がやたらと渋い声を発した。
無線でも搭載しているのだろうか。
「驚いたのか」
「いや、驚くっつーか」
しかも、自称・勇者の彼はなかなかにイケメンな風体で、さらさらの前髪をいじりながら話すもんだから。
「どう反応して良いのか分からないんだよ」
言葉を濁しても彼等は消えてくれそうに無いので、思ったことをそのまま口にしてみる。
『無理もあるまい。轍の民はオドを繰る術を知らぬ』
「何だ、俺の最強呪文に驚いたのか。フッ、もう何も恐れる事はないのだが」
『もう少し考えて撃つべきであったな。先程の《ダエーワ》も仕留めきれてもおらぬ』
「何!?俺の最強呪文で滅ぼしきれなかっただと!?何者なんだ!?」
「いやごめん、すいません、さっぱり訳が分からないです」
勝手に話を進めようとする《勇者》と《聖剣》の間に割って入る。
「つーか、それ何?」
勇者の携えているそれは、少なくとも僕の目にはただ大きなだけの古い西洋剣に見える。
『それ、とは少々礼儀がなっていないな。私は数千年の歴史を持つ由緒正しき自我剣(エゴソード)で……』
「勇者であるこの俺、笠原勇の所有物だ」
「はあ」
凄いや。
生まれてこの方、こんなにも話が通じない人達を見たのは初めてだ。
「で、勇さんはこんなところで何やってんすか」
どうやらろくな感じがしないので、僕はその辺を深く追求するのをやめる事にした。
『我々は轍の民の国に生まれ出でてしまった魔性を追っている』
「いや、剣には聞いてないんすけど」
『満身創痍で異界から逃れた魔王《ザッハーク》がこの地にて滅び、その影響で時と空間を歪ませた』
「聞いちゃいねえ」
『歪んだ時空はこの地に住まう轍の民に力を与えた』
剣は言う。
『そして力に飲まれた多くの轍の民が、人にあらざる魔性《ダエーワ》に身を落とす事となったのだ』
これは、あまり聞きたくない話だ。
そんな気がした。
「ダエーワ?」
「魔王が滅びる際に飛び散った純粋な力の塊は、ちょうどその近くに居た人間達の願いに反応し吸収された。その時、その瞬間、強い願いを抱いていた者が、不運な事にその願いを叶える力を得たって訳だ」
勇が両腕を組んでいちいちキザなポージングを取りながら言う。
『だが所詮は魔性の力よ。負の願いには負の形を。そうして、生身を持ちながらにして悪しき姿と力を得、己の欲望を無限に吐き出し続ける存在と成り果てた人間』
「それが《ダエーワ》」
『お前の傍に居る、そこの少女の様な者の事だ』
第二話 勇者とアンドロイド
右手は勝手に動いた。
持ち上げたファイブセブンの銃口は勇の頭を。そして、勇の持つ聖剣の刀身は僕の首筋に。
お互いの得物を向けたまま、僕達は向かい合う。言葉はない。
無意味だからだ。
勇は冷たく細めた眼を僕に向けている。彼は言動はシュールだが、なまじ美形なだけに妙な迫力がある。
さて、僕は一体どんな顔をしているのだろうか。
『落ち着くのだ、少年よ』
「うるさいよ」
剣が再び口を開くが、今度は聞いてやるつもりなどない。
「彼女には借りが出来た。手出しをさせるわけにはいかない」
我ながら変わり身の早い事だとは思う。けど、そうしなければいけないと思うのだ。
僕は彼女達の様に一線を踏み超えていない。
異常者ではあるが、異能者ではない。
その気になれば『元の場所』に戻る事も出来るだろう。
だけど、そんな宙ぶらりな僕だからこそ選べるんじゃないだろうか。
ピクリともせず横たわる森山さんには、やはり生気がない。
当たり前だ。とうに死んでいる筈の人間なのだから。
僕は後悔している。
どうして、『ただ死なないという理由だけで、彼女を連れてきてしまったのか』。
考えてみれば彼女が僕に付き合う義理などは当然ないし、何の利益にもならない筈だったのに。
どうして気が付かなかったのか。
彼女は本当に、純粋に僕を案じていたんじゃないだろうか。
その森山さんを、こんな得体の知れない勇者とやらにくれてやっていいわけがない。
『案ずるな。その少女は未だ完全には目覚めておらぬ』
剣はそんな事を言う。
「ランケア、だからといって見過ごすわけにはいかないだろう」
『勇、お前は黙っていろ。人心の機微などお前に理解出来るとは思わん』
咎められた勇はばつの悪そうな顔をして剣を下げる。
やっぱり訳が分からない。
『見た所、魔性と化しているにしては人の形を留め過ぎている。確かにオドの量と流れは人外のものではあるが、それにしては歪みも少ない』
「つまりどういう事なんだ?」
『時間を置けば、或いは元に戻るやも知れん』
先程まで僕に向けられていた剣は、そんな、意外な事実を口にする。
喜んで良いのだろうか。
『宿したオドの力をこれ以上使わなければ、の話だがな』
「さっきから気になってるんだけど、オドの力って何だ?」
『その少女の願いが何であったかは分からぬが、お前には心当たりがあるだろう。理から外れし在らざるべき願いの具現、その形に』
-------蟲を模した異形。
-------爆ぜる金色の光。
そして-------死なない身体。
「……」
『その少女を《ダエーワ》に身を落とさせたくなければ、くれぐれも注意する事だ。なれば、果てぬ欲望を満たし続けるためだけに在る存在へと成り果てる。そうなればさすがに捨て置けぬ』
「分かった」
具体的にどうなるかは分からない。けど、僕の脳裏には蟷螂男と化した旧友の姿があった。
それに正直、あんな魔法みたいな力を使う相手に勝てるとは思えない。
勇とこの聖剣はなるべく敵にすべきではないだろう。
「フッ、命拾いしたな」
いちいち人差し指を僕に向けて吐き捨てる勇。
ちっ、どうしてコイツはこんななんだ。