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番外発『after the juvenile(二日目)』 完全版

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 大阪観光二日目、快晴。
 この日は朝から半日かけてユニバーサル・スタジオ・ジャパンでたっぷり遊ぶ予定になっていた。今回の旅行の目玉と言ってもいいだろう。
 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンといえば、我々SO……ではなく、黒の騎士団にとって思い出深い場所だ。ここで行動をともにしたことによって長岡と滝川は惹かれあい、ピザ太の恋は散り、僕と北原は取引史上最初で最後の接近戦に敗れた。それら三者三様の思い出をひとつに束ね、いつか少女が見た夢を実現させるのが僕の夢だった。
 なのになんだ、この気まずい空気は。
「お~い、関殿! あそこにニコニコ動画で一大センセーションを巻き起こした男、スパイダーマッ! の看板がありますぞ~!」
「見て見て綾っぺ、スヌーピーがいるよ。知ってた? スヌーピーってあれでけっこうハードボイルドな性格なんだよ」
 長岡と滝川がおたがいに目をあわせようとしない。表面上はなにごともなかったかのように振る舞っているが、夜中の口論が尾を引いているのは間違いなかった。昨日にも増してぎくしゃくしているおしどり夫婦に、ピザ太もとまどっている様子だ。
「……気まずいな」
「確かに」
 そんな状況下で僕が気を許せるのは、皮肉にも北原だけだった。みんなの秘密を共有しているという点において、僕たちは仲間だ。
 飲食物販売のワゴンを発見した長岡が、緑色の皮膚をした化け物の立像に話しかけている。
「関殿関殿ぉ、せっかくUSJに来たのですからチュリトス食べませぬか~?」
「あの、それ僕じゃなくてシュレック……」
「こっ、これは失礼をば! 姿形が似ていたものですから、つい!」
 失礼にもほどがあるだろ。
 毎月のように破局の危機に立たされている僕と須川とは違い、恋人同士になってから今日にいたるまで、長岡と滝川は夫婦喧嘩というものをしたことがない。ただの一度も、だ。もちろん目に映らないところで小競りあいはしているのかもしれないが、少なくとも僕の知る限りにおいては、ふたりは理想的を通り越して奇跡的な男女交際をしている。だからこそ、おたがいにこんなときどう接すればいいのかわからないのだろう。長岡はピザ太、滝川は北原を恋人の代役に立て、本物の恋人を意識的に遠ざけている。
 リーダー格である長岡と滝川がこれでは、黒の騎士団全体の士気にかかわる。バカップルの関係を修復すべく、僕はさりげないアシストに打って出た。
「ほう、このローラーコースターの座席はふたりがけか。じゃあ長岡、先頭はきみたちが」
「そうですな。ささ、関殿こちらへ」
 だからなんでそうなる。
 僕はその後も行く先々で長岡と滝川がペアになるよう仕向けた。しかし奮闘もむなしく、長岡はピザ太、滝川は北原にべったりとくっついて離れようとしない。おかげで僕は黒の騎士団内で孤立する憂き目にあった。
 ……面白くない。
 そんな僕に、北原が勝ち誇ったようにほくそ笑む。
「話し相手になってあげようか? 黒沢くん」
「くっ、性格悪いぞ北原先輩」
 頬と眉間が引きつるのをおさえられない。
 透明人間だったころの僕が今の僕を見たらきっと笑うだろう。自分の居場所がなくてふてくされるなんて、ずいぶん神経が細くなったものだと。
 ――私も連れてけー!
 旅行に出発する直前、須川にそんなことを言われたのを思い出す。彼女を連れてきたらこんな気持ちにならずにすんだかもしれない。そう思うとまた彼女が恋しくなった。
 園内のレストランで昼食を摂っている間も、僕はどうにかこの状況を打開できないかと頭をひねっていた。しかし閃きに恵まれず、黒の騎士団は内部分裂を起こしたまま午後もアトラクションを回ることとなった。
 こうなると僕の楽しみはひとつしかない。
 急流すべりのアトラクションを前にして、瞼のシャッターを切る準備をする。
「あ、ほら綾っぺ、あそこでレインコート売ってる。またびしょ濡れになったら後で困るもんね。すいませーん、店員さーん!」
 た、滝川……!
 こっちは朝からずっと気疲れしているというのに、その上僕からこの日最大の楽しみすら奪おうというのか。頼む、どうか慈悲を……!
 祈りは届かず、長岡と滝川の関係を修復する方策も思いつかない。
 時間だけが無情に過ぎてゆき、午後五時、僕たちは集合場所を決めてそれぞれ土産物屋へと散開した。

 集合場所に一番乗りしたのは僕だった。
 黒の騎士団のメンバー以外に友人と呼べる友人がいない僕からすれば、お土産選びなんてあっという間だ。紙袋の中身はほとんど須川へのお土産で埋まっている。彼女の喜びそうなものが想像つかなくて、とりあえず部屋に飾れそうな人形や家族で食べられそうな菓子類を片っ端から買い物かごに詰めた。物量作戦で彼女の機嫌を直せるとは到底思えないが、僕にはそれくらいしかできない。あびるには現金の代わりにクッキー入りの貯金箱を贈ってやることにした。
 ベンチに座って携帯電話のフリップを開き、懲りずに新着メールを問いあわせる。今朝もメールを送ってみたものの、やはり須川は返事を寄越してはくれなかった。これは本格的に嫌われてしまったかもしれない。
 曇り出した空に向けてため息をつく。
 怒らせるのは簡単なのに、どうして笑ってもらうのはこんなにも難しいのだろう。
「浮かない顔だねえ、文学少年」
 賛美歌を歌わせたら似合いそうなよく通る澄んだ声に、あわてて表情筋を引き締める。
「早かったじゃないか、滝川」
「じっくりお土産を選んでたら集合時刻に遅れそうだったからさ。誰になにを渡すかは家に帰ってから考えることにして、とりあえず頭数だけそろえておくことにしたの」
「人気者は大変だね」
 僕の隣に腰を下ろした滝川が、腕がちぎれそうだと苦笑して両手を塞いでいた荷物を地面に置く。ぜんぶで三つある紙袋はどれもはちきれんばかりにふくらんでおり、彼女の人望の厚さを物語っていた。
 黒の騎士団のほかのメンバーはまだ買い物をしているようだ。今日のような例外を除けば基本的に滝川は長岡とセットで行動しているため、一対一で話せるチャンスは多いようで少ない。なんだかなつかしい気分だ。
「なに悩んでたの? ため息なんかついちゃってさ」
「悩んでるように見えたかい?」
「黒沢くん、意外と顔に出やすいからねー。須川さんと喧嘩でもした?」
 まさかそこまで見抜かれていたとは。
 恋愛相談というより喫茶店で軽い世間話をするのに近い感覚で、須川とのいざこざをかいつまんで説明する。滝川が相手なら、長岡に恋バナをせがまれたときのような見栄は必要ない。雨の日の図書室で小説談義をしていたころから、彼女は僕にとってもっとも話しやすい友人だ。
 説明を最後まで聞くと、滝川は神妙な顔つきでぴしゃりと言ってのけた。
「それは黒沢くんが悪いです」
 同情を期待していたわけではないが、滝川の口から断定されるとつらいものがある。
「や、やっぱりそうかな?」
「そうだよ。前日の夜まで旅行のことを伝えてなかったんじゃ、やましいことがあるんじゃないかって疑われてもしょうがないよ」
「やましいこと?」
「黒沢くんは須川さんが自分にないしょで男友だちと旅行に出かけても平気?」
 指摘されてはじめて、自分が大きな見落としをしていたことを思い知る。電話でもメールでも、僕は今回の旅行の計画を黙っていたことを何度となく須川に詫びた。しかし隠しごとをされたことでなぜ彼女がそこまで腹を立てるのか、その理由までは想像しようともしなかった。要するに、問題の本質をこれっぽっちも理解できていなかったのだ。
「やれやれ。中学時代から変わらないな、僕は。人間ってものがまるでわかっちゃいない」
「そんなことないよ」
「え?」
 園内を行き交う家族連れや恋人たちを眺めながら、滝川は滔々と語り出した。
「ほんと言うとね、中学三年生の一学期に図書室ではじめて黒沢くんに声をかけたとき、けっこう勇気いったんだ。あのころの黒沢くんって、人を寄せつけない雰囲気があったからさ」
 古い木造の図書室に充満する湿気、窓ガラスを打ちつける雨の音、それをかき消すほどのどんちゃん騒ぎ。僕の心に極彩色の少女が入りこんできた日の記憶が、まるで今、自分がその場にいるかのような鮮明さで呼び起こされる。
「読書の邪魔して嫌われたらどうしようって思うと、なかなか声をかけられなかった。でも今は黒沢くんが一番話しやすい。もしあのころの私が出会ったのが今の黒沢くんだったら、迷わず声をかけてたんじゃないかな」
「滝川……」
「だから大丈夫、黒沢くんはちゃんと変われてるよ。私が保証する」
 滝川が目を細めてたおやかにほほ笑む。その笑顔はちっぽけな不安にとらわれて身動きが取れなくなっていた僕の心を解きほぐし、あたたかい毛布のようなやさしさで満たしてくれた。
「自分のことほどよくわからないもんだな」
 立場は逆だが、二年前にも滝川とこんな会話をした気がする。
 両手に紙袋を携えた長岡とピザ太がこちらに向かってきた。名残惜しいが、滝川とふたりきりの時間はここまでのようだ。
 最後に、励ましてもらったお礼をしておかなくてはならない。
「あのさ、滝川」
「なに?」
「僕もがんばる。きみもがんばれ」
「……うん。たくさん助け舟出してくれてありがとう」
 なんだ、気づいてたのか。
 長岡と滝川が重大な問題をかかえていることを知りながら、結局僕は助けになってやれなかった。だけど彼らなら、時間をかければきっとうまく折りあいをつけられるだろう。僕にできるのはそれを応援してやることくらいだ。
 そうだ、最初から僕が気を揉んだりする必要なんてなかったんだ。
 なんていったって、長岡と滝川は僕が知る限り最高のカップルなのだから。どんな葛藤も衝突も、あのふたりなら絶対に乗り越えられる。
 スズメでも飼っているのかと思うほどの天然パーマをゆらして駆け寄ってきた長岡を、滝川が「キョンくんおっそ~い」と言って迎える。
 かつて葛藤を乗り越えて僕を受け入れてくれたこのふたりは、僕の人間関係のお手本だ。

 旅行の最後は記念撮影で締めた。
 遊園地の園内で、笑顔で並んだ五人の男女。背景の建物には、英語でユニバーサル・スタジオ・ジャパンと書かれた大きな看板。
 どこかで見たことのある光景だろう?
 実を言うと、今回の旅行を計画したのは、この写真を撮るためだったんだよ。
 中学三年生のころから、ずっと夢だったんだ。

 帰りの新幹線で、僕は車輌間のデッキから須川に電話をかけた。
 しばらく息が詰まる思いでコール音を聞いていたが、やがて留守番電話サービスセンターの音声ガイダンスに切り替わってしまった。
「あの……もしもし、僕だけど。今帰りの新幹線でさ、あと二時間もしたらそっちに着くと思う。まだ晩ごはん食べてないんだ。よかったらいっしょに食べよう。返事待ってます」
 とっさの思いつきで、留守番電話にそんなメッセージを吹きこんだ。携帯電話をズボンのポケットにしまい、デッキを出る。
 横に連なった三列の座席でみんながうつらうつらと寝息を立てていた。修学旅行の帰途を思い起こさせる光景だった。北原だけ起きているところまで、あのときとそっくりだ。
 北原は窓側の座席で外の景色を眺めていた。僕はその隣に腰を落ち着ける。
「なあ、北原」
「どうしたの?」
「ピザ太の携帯電話のアドレス、知ってる?」
 うんざりしたような顔で首を横に振る北原。
「わかってるよ、きみがピザ太に特別な感情を持っていないことは。そういうつもりで聞いたんじゃない。とにかく、きみにピザ太のアドレスを渡しておくよ」
 携帯電話を開く僕に、北原は怪訝そうな声で尋ねてきた。
「どうしてそんなことするの」
「別に好きじゃなくたっていい。たまには連絡してやってくれ」
 たいせつな人と離れ離れになるのは、意外とこたえるんだよ。
「……まあ、たまに連絡するくらいなら」
「頼むよ」
 北原の携帯電話が赤外線でピザ太のアドレスを受信したのを確認し、僕はそっと瞼を閉じた。
 寝不足のせいか、それとも心労がたたったのか。
 安心したら、眠くなってきた。

 地元に着いた僕たちは、ひとりずつ順番にそれぞれの帰るべき家へと帰っていった。
「そ、それじゃあ僕はこっちだから。ばいばい」
 最初に別れを告げたのはピザ太だった。彼はひかえめに手を振って僕らに背を向けた。僕たちも手を振ってそれに応え、夜の暗闇に溶ける彼の背中を見送った。引っ越しのことについては、いずれ彼が自分の口から語ってくれる日を待つとしよう。
「私はここでみんなとお別れだね。二日間、めがっさ楽しかったよ~! またみんなで遊ぼうじゃないっさ~!」
「では、わたくしもこれにて失礼をば。黒沢殿、北原殿、二日間どうもありがとうございました。今晩はゆっくりお休みになってくださいませ~」
 次いで滝川、長岡と、次第に黒の騎士団のメンバーは減ってゆく。
 別れ際、僕は彼らとまた近い再会を約束した。同じ街に住んでいるんだ。会おうと思えばいつでも会える。
 だけどいつかは、みんな離れ離れになってしまう。
 ピザ太が引っ越すのは来年の話だ。そう遠い未来のことではない。再来年には滝川も高校を卒業して他県に移り住むことになるかもしれない。一年や二年なんてあっという間だ。
 長岡や北原だって、いつまでもいっしょにいられる保障はない。やがてかならず、気安く「また会おう」なんて言えなくなる日が訪れる。肩を並べて写真を撮ることも、手を振って背中を見送ることもできなくなる。
「さびしくなるな……」
 北原とふたりきりで家路をたどっていると、無意識にそんな言葉がこぼれ落ちてきた。こんなふうに彼女と夜道を歩くのはおよそ半年ぶりだ。あのころ、彼女はまだ外に出るのに慣れておらず、髪もぼさぼさだった。
「旅行が終わっちゃったのがそんなにさびしいの? おかしな黒沢くん」
 首を傾けて僕の顔を覗きこみ、くすりと笑う北原。卑怯だぞ、と思う。旅行の最中は無表情で悪態をついてばかりいたくせして、いきなり女の子らしい顔になる。
「なんでもないよ。じゃあ僕はこっちだから」
「うん。ばいばい」
 気がつけば、僕たちにも別れのときが訪れようとしていた。
「あ、そうだ、黒沢くん。ずっと言いそびれてたことがあるの」
「ん?」
 一度は僕に背を向けて歩き出した北原が、急にこっちに引き返してくる。
 その直後、僕は北原に正面から抱きつかれた。
「き、北原……?」
 両手が荷物で塞がっていて身動きが取れなかった。そうでなくとも、脈絡なくいきなりこんなことをされて冷静に対処できるほど僕は女性慣れしていない。
 面食らっている僕に、北原はゆっくり腕を解いてほほ笑んだ。
「いつかの仕返し」
 いろいろよくしてくれてありがとう、とつぶやいて、北原は今度こそ僕に背を向けた。僕はまごついてろくに返事もできずに、暗闇に溶けていく仔リスみたいな背中をぼけっと眺めていた。
 ……なんだったんだ、いったい。

 とうとうひとりきりになった。
 寂寥感に浸って歩く夜道は、実際よりもはるかに家までの距離が長く遠く感じられた。旅行鞄と両手にぶら下げた紙袋の重みが、疲労となって肩にのしかかる。昨晩ぐっすり眠れなかったこともあって、身体が骨まで軋むようだ。それから、心も。
 黒の騎士団の面々は、冴えない僕にできたかけがえのない友人たちだ。彼らと離れ離れになるなんて考えたくもなかった。
 それに、須川から留守番電話への反応がないことも気分を落ちこませていた。
 無理だとわかっていても、誰とも離れたくない。
 誰も、どこにも行かないでくれ。
「ほんとに冴えないな……」
 今夜は少し風が冷たい。ジャケットの前を正してとぼとぼ歩いていると、僕を呼び止める声があった。
「おいおい、たった二日のあいだにまたずいぶんとシケたツラになってんじゃねーかよ、元オナニーマスター」
 はっとして振り向く。公園と道路を隔てる柵に腰かけて、新鮮な卵のように白い、肉感的な脚をぶらつかせているのは……。
「須川!」
「なにちんたら歩いてんだよ。おせえよ馬鹿。どんだけ待ったと思ってんだっつーの」
 たった一日半声を聞いていなかっただけなのに、そのつっけんどんな態度がとてもなつかしく感じられる。嬉しくて心臓がくしゃくしゃになった。どうしてここにいるのかとか、昨日はごめんとか、聞きたいこと、伝えたいことは山ほどあったはずなのに、そんなものは彼女を見たとたんにぜんぶ吹き飛んでしまった。
 薄暗い夜道の中、須川がいる場所はそこだけ街灯の光で暗闇が切り取られていた。
 須川は柵から腰を上げると、片手を上着のポケットから出して軽く挙げた。
「おかえり」
 ただいま。

 須川がお腹が空いたと言うので、留守番電話で提案したとおり、ふたりで晩ごはんを食べにいくことになった。
 相談した結果、行き先は近場のラーメン屋台に落ち着いた。というか、須川があまりにも「屋台でいいよ、屋台で」としつこく繰り返すので、それに押された形だ。いつもこうなんだ。僕が雰囲気のいいレストランを調べて誘っても、遠慮して安上がりな店に行きたがる。わがままなようでいて、彼女は割合僕に気をつかってくれる。
 公園で待っていたのは、僕を驚かせようという意図があってのことではなかったそうだ。「おまえを迎えに来たってほかの連中に思われたら、なんか私がダサいじゃん」ということらしい。それにしたって、メールくらい入れておいてくれればよかったのに。
 屋台の簡素なカウンターに並んで座り、注文したラーメンができあがるまでのわずかな時間、湯気を浴びながら語りあった。
「ごめん、悪かったよ。これからは、だいじなことは事前にきみに伝えておくようにする」
「いや、私も大人げなかったよ。もう怒ってないから」
 ていうかさ、と前置きして須川はつづけた。僕から目を背けて、テーブルの木目をにらみながら。
「ほ、本当はちょっと拗ねてみたかっただけなんだよ。でもなんつーか……ちょっと、その……やりすぎちゃった感は、あるんだけど」
 すごいな。滝川の指摘は大当たりだ。やはりふたりともそういうところは女の子同士というわけか。
「そ、そんなことよりさ!」
 ほのかに頬を紅潮させて、須川は話題をそらした。旅行はどうだったのかという質問に、僕はありのままを話した。ありのまま、「いろいろあったけど、楽しかったよ」とだけ。
「あ、そうだ。お土産、たくさん買ってきたんだよ」
「んなこと聞いてねえっつーの」
「こっちの紙袋は、ぜんぶきみのぶん」
 ぬいぐるみやらお菓子やらもろもろ入っていて、岩のようにごつごつと膨らんだ紙袋を須川に手渡す。これでも苦心した結果だ。喜んでもらえるといい。
 紙袋を開けた須川は、その中身を確認して眉をしかめた。
「うわ、なんだよこのブッサイクなぬいぐるみ。キモッ! よりによってETっておまえ。どういうセンスしてんだ……てか福袋じゃないんだからよ。買いすぎだろこれは」
 酷評だった。予想はしていたが胸が痛い。
 だけど、
「でも、ありがと」
 その笑顔でチャラになった。
 土産話を肴にラーメンを食べる。盛り上がって、気がついたころにはすっかり麺が伸びきっていた。それでも、須川といっしょに食べたラーメンは大阪で口にしたどんなグルメよりも絶品だった。

 須川とふたりで帰り道をたどる。
 いつの間にか肩にのしかかっていた疲労感が薄れていた。ラーメンを食べて体力が回復したのかもしれないし、須川が隣にいるおかげかもしれない。
 喧嘩の後始末が終わり土産話も尽き、僕たちは極端に口数が減っていた。だけどそんなことは気にならない。須川が僕のそばにいる。ただそれだけで安らかな気持ちになれる。
「ねえ、須川」
「あん?」
「今年の夏休みはさ、ふたりで旅行に行こうよ」
「あ? おう。って、へ? ふ、ふたりで?」
 須川がくわえていた煙草を口から離して素っ頓狂な声をあげた。なにもそんなに驚かなくてもいいと思うのだが。
 かつて滝川マギステルという少女が描いた将来の夢は、いつの間にか僕の夢になり、そして今日、かけがえのない思い出に変わった。この先同じように黒の騎士団の面々とともに夢を思い出に変えられる保証はない。みんなが離れて暮らすようになれば、全員で集まることも難しくなるだろう。夢は思い出に変わる前に、砂となって消えてゆく。僕と須川にだって、この先どんな障害が待ち受けているかわからない。二度と携帯電話が鳴らない日が来るかもしれない。
 だから今から作っておくんだ。少年時代の先までつづく思い出を。どんな障害も上から見下ろせるくらいの高さまで思い出を積み上げて、僕たちはどこにでも、どこまでもいっしょに行こう。
 たとえ誰と離れ離れになっても。
 須川、きみだけは絶対に、大人になった後の世界にも連れていくよ。
「いい思い出にしよう。それまでにお金を貯めておいてくれよ」
「う、うん……って、まだ返事してねーだろ! 勝手に決めんな!」
 脛のあたりに軽く蹴りを入れられた。乱暴だ、相変わらず。
 その後、僕たちはどちらともなく手を差し出し、ふたりで手をつないで帰った。苦節五ヶ月、はじめてつないだ須川の手は、小さくて、やわらかかった。
「女の子の手だね」
「うるせー……黙って歩け」
 なんだか照れ臭くて、そこから先の道のりはさっきまで以上に口数が減ってしまった。
 だけどおかげでさっそくいい思い出が増えた。
 この思い出はきっと、ずっと先まで続くよ。
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伊瀬カツラ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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