夢を見たことが一度もない。
作 モヂ
後悔はしていに。
夢を見たことが一度も無い。
学校に行くと、にぎやかな空気の中で時折昨晩見た夢の話や過去に体験した衝撃的な夢の暴露話で盛り上がることがままある。
俺はそういう時に、決まって誤魔化す。偽る。
見たことが無いので、これまでに聞いたり知ったりした事を膨らませて会話に混ざろうとする。勿論夢の話だし疑われることは無かった。面白おかしく話して、みんなの笑いを誘うことにひたすら固執した。
『俺な、母ちゃんが怪獣にペシャンコにされて涙目やったわー。ペシャンコぜ? チョー凹んだわー』
アハハハ……マジかーそりゃびびったやろー!
『で、妹がアッチに行っちまってよー』
アッチってどこだよそれーwww
『そしたら俺なんか溶けちまって、それでオワタ! って感じでよー』
あっはははーーー。
あっはははーーー。
あっはははーーー。
みんなが俺の作り話で爆笑している。普段の弛まぬ研鑽が、面白いと思ってもらえる空気を作り出すことに成功したのだ。
夢を見なくても、夢を語れる。正に夢のような話。
つまんねうぇえうぇ。でもこんな話ですらウケてもらえるかな……。
そんなことを考えていると、先生が俺の前までやってきた。
『おい、落ち着いてきくんだ。お前の親御さんが事故に―――』
ビルの工事現場を横切っている途中で、突風で飛ばされてきた鉄板の下敷きになった。
病院につくと、放心状態の妹がぼんやり集中治療室の前に佇んでいた。
『おい! しっかりしろ! オイ!』
何か口をパクパク動かしているが、声を失ってしまっている。
ゆさゆさと妹の体を動かし、必死に声を掛けるが、焦点も定まらずどこを見ているかわからない。
『ショックで失声症になっているようです。しばらく安静に……』
妹は精神を害してしまった。
ICUで、植物状態になった母。
もう、目覚める可能性は極めて低いらしい。
これから、どうすれば……。
不安。絶望。恐怖。
俺の体から、滝のように冷や汗とも脂汗ともつかない大量の水分が流れ出した。
夢を見たことが一度も無い。
目が覚めた。
これは、夢だったのだろうか?
寝汗を大量にかいていた。
部屋を出て、辺りを見回す。
家の中はガランとしていて、人気は全く無い。
『やっぱり……。』
夢なら、覚めてくれ。