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3月上旬。初春、とはまだ行かず肌寒い日差しが眠い眼を擦らせた。


がたん。ごとん。
一定のリズムが寝起き特有の眠たさを強くする。


乗り物に弱い自分もさすがに寝起きとなると気分は良い。
ましてや人の居ない車内など珍しいこともあるものだ。

外は曇り気味。
窓の向こうでは少し寂れた町並みが続いている。
見るからに古い家々は雪化粧をしてさらにその侘しさを引き立てている。


大学二年。
新しい生活にも慣れ、落ち着いたところで半年間の長い長い休学手当てを出した。
そうして今、ここに旅をしている自分が居る。
どこに行くでもなく、流浪の旅というのだろうか。
アルバイトで旅行資金を集めその額50万円。
実家で生活している自分にはこの大金を集めるのは難しくは無かった。


がたん。ごとん。
雲の切れ目から太陽が少しだけ顔を出した。


思えば何も無い人生。振り返っても特に思い出などは無い。
幼稚園、小学校、中学校、高校。
何か楽しいことはあっただろうか。
考えてみても平凡過ぎて何も浮かばない。
普通に遊び、普通に勉強し、普通に良い大学に入った。
浮き沈みの無い人生は然して面白みが無い。

それがこの旅の理由だ。
といって、そんな大袈裟な理由は無い。

旅行用バッグ一つと、暇つぶしのギター一本。
それがこの旅の同伴者。


がたん。ごとん。
太陽の少し横。少しだけ、空が青く染まった。



うとうととまた眠りに入ろうとした時、後ろから足音が聞こえた。

目を開けると向かい合わせの席に車掌が座っていた。
「これだけ人が居ないとする事も無いですからね。」
初老のその男性は軽く笑いながら白黒のひげを手でさすった。

「静かで良いじゃないですか。」
窓の外、遠く山々を見ながら答えた。
「毎日こうだと嫌になりますよ。」
彼は苦笑いをして帽子を被りなおす。

「泊まる当てはありますか。」
男性が先に口を開いた。
同じ質問をするつもりだったのだ。気が楽になった。
「いえ、行き当たりばったりなもので。」
彼はそれを聞くと一つ考えたように軽く頷く。
「私の知り合いが経営してる旅館がありますが、どうですか。」
まだ財布は厚い。僕は一つ返事で了承した。
「嬉しい限りです。」
計画性の無さに苦笑しながら、しかしこういう出会いが良いものだと微笑んだ。


映える海と山。空は成る程、晴れていた。

2, 1

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