第四掘「五里霧中」
四人の標的を、どの順で狩るか。
既にススムは、おおよその目処は立てていた。
江川はキレると危ないヤツだが、身体能力そのものは大した事は無い。
村井も、取り巻きが多いという点では厄介だが、戦略次第でどうとでもなるだろう。
問題は、久坂と松野の二人だ。
この二人は、単純に『強い』からだ。
久坂は空手の有段者だし、松野は柔道の経験者で体格もデカい。
客観的に戦力差を分析して、一対一で勝つのは難しいだろう。
やはり、真っ先に葬るべきは久坂だ。
今はまだこちらに対して、そこまで警戒心を抱いてはいない。
まだこちらの戦力を侮っている内に、奇襲で討ち取る。
これが理想だ。
後は、江川と村井を順番に潰していけばいい。
松野は、戦略的な意味合いにおいては早めに摘み取っておいた方がいいのだろうが、それではこの復讐劇の意味が無い。
ヤツには、仲間が順番に掘られてゆく恐怖を味わわせながら、じわじわと絶望の淵に追い込んでやらなければならない。
この一年間で得た“力”は、その為にこそ行使されなければならないのだ。
「らめぇ~! お尻はらめなのぉおおお!!」
女が、江川の前で獣じみた嬌声をあげて腰を使う。
その刺激的な情景とは裏腹に、江川は自分の心がどんどん沈んでゆくのを感じていた。
今日は夕刻から、江川のバンド『スカトロ』のライヴがあった。
ジャンル的には、ハードコアの部類に入るバンドだ。
酒の入っていた江川は、暴動のようなテンションの中で客と共に暴れ狂った。
そして、ライヴの打ち上げの後、こうしてファンの一人をテイクアウトしてきた訳だが、江川はまるで薬が切れたかのように心が冷めきっていた。
尾藤は姿を消す前、江川にだけ一言、メールを送ってきていた。
『スマン』
たった、三文字のメールだ。
最初、江川はそれが何を意味するのか、分からなかった。
いや、分からなかったというのは嘘だ。
その直前に、尾藤の犯される写メを受け取っているのだから。
しかし、江川はそれには触れず、
『何が?』
と、すっとぼけた返信を返した。
メールは、それきりだった。
それを境に、尾藤は街から姿を消した。
思えば、あれは尾藤からの最後のSOSだったのではないか。
この街から姿を消す前に、自分にだけは引き止めて欲しかったのではないか。
あれ以来、メールをしても全て返ってきてしまう。
電話も繋がらない。
尾藤と江川を繋ぐものは残っていなかった。
口惜しかった。
何より、無神経だった自分に腹が立った。
その腹立たしさを紛れさせようと、酒もライヴも女もやったが無為に終わった。
ああ。
やはり駄目だ。
この悔恨を晴らすには、『ヤンキー掘り』を血祭りにあげる以外に術は無い。
それが、今、江川に出来る唯一の贖罪だ。
セックスを終えて、江川はラブホテルから出る。
そこで、ふと見覚えのある顔を発見した。
「堀……? お前、あの堀か?」
江川がそいつの名を呼ぶと、そいつはびくりと肩を震わせた。
間違いない、堀だ。
あの、見ると嗜虐性を刺激させられる、小動物のような風貌。
確か、こいつは一年前に松野に掘られてから不登校になり、そのまま休学だか退学だかになっていた筈だ。
まさか、こんな所で再会するとは。
堀の方も意外だった様で、その死んだ魚のような目が、江川を釘付けにして離れなかった。
「知り合い?」
傍らの女が江川に尋ねる。
「いやぁ、去年まで俺らのパシリだった奴。 ちょっちイジり過ぎちまって、不登校になってたんだけどよ。 相変わらず、根暗そうな面してんなぁ」
揶揄するように言ってから、ふと江川は気づく。
尾藤、久坂、村井、松野、そして、自分。
尾藤が掘られた写メールが送られてきた面子。
これは、堀が松野に掘られた時、ちょうどその場に居合わせた面子と重なるのではないか?
いやしかし。
まさか、こいつが――――――?
「おい、堀。 お前、『ヤンキー掘り』って、知ってるか?」
堀は、答えない。
「『ヤンキー掘り』? 何それ?」
女が聞いてくる。
「この間、俺のダチが通り魔に会って、ケツを掘られた。 その犯人を捜してる。 おい、堀。 まさか、お前の仕業ってこたぁねぇよなぁ?」
堀は、答えない。
堀は、小刻みに震えているようだった。
「ほら、やめなよ。 その子、ブルってんじゃん」
「お前は黙ってろ。 なぁ、堀―――――――」
「お前は、もう少し後のつもりだったんだけどな」
堀の声色が、変わった。
江川の知る堀の声ではない、険のこもった声色。
しかし、元パシリに“お前”呼ばわりされて、黙っていられる江川ではなかった。
「ああ? テメェ、誰に向かって口利いてやがん…」
閃光が瞼を走った。
殴られたのだと理解するのに、数秒が必要だった。
そして、その拳の一撃で地に横たわっている事に気づくのに、さらに数秒が必要だった。
「お……ま………え…………?」
本当にあの堀か?と尋ねようとしたところで、足蹴りが見舞われた。
女の悲鳴があがった。
「先走ったな、江川。 次は、お前の番だ」
その言葉は、江川は確信に至った。
どういう脈絡で、どういう過程を経てそこに至ったかは問題ではない。
こいつこそが、『下北ヤンキー掘りボクサー』なのだ。