死の使い魔『ユウト』
「アリス、結局あんたの使い魔はどうしたの?」
机の上で雁皮紙に羽筆を走らせ、授業に勤しむアリスに隣から声がかかった。
「何度も言ったけど、進級試験直前まで温存してるのよ」
「それって温存じゃなくて封印なんじゃない?」
その言葉に、くくくと笑いを押し殺す生徒達。
何度目か分からない冷やかしがまた始まったとアリスは思った。
反対側の男子生徒がアリスを追いうつ。
「直前まで鍛えるのはいいけどさ、人型が獣に勝とうなんざ、
カイン並の使い魔じゃなきゃ無理さ」
「どうせ訓練所で片腕の一本や二本無くなって返ってくるだろうよ」
後ろにいた生徒も嫌味っぽく言った。生徒達に笑いの声が広まる。
「っさいわね! ちゃんと五体満足で生きているわよ!」
「おー、怖い怖い。まあ、仮に生きてたとしても何の信頼関係もなしに使役できるわけがないけどな」
あはははと笑いが教室に木霊する。
クラスでアリスの存在は笑いの種になっていた。
『使い魔を使役していないメイジ』等、学園内でアリスだけなのである。
使い魔をろくに扱えないメイジはメイジ名だたる者としてはあるまじき事実でもある。
「上等じゃない。嫌ってほど言うこと聞かせてやるんだから」
アリスは啖呵を切って筆を走らせたが、同時に大きな不安もあった。
四年前の今日。
それがホワードからユウトのことを聞けた最後の日になっていた――。
机の上で雁皮紙に羽筆を走らせ、授業に勤しむアリスに隣から声がかかった。
「何度も言ったけど、進級試験直前まで温存してるのよ」
「それって温存じゃなくて封印なんじゃない?」
その言葉に、くくくと笑いを押し殺す生徒達。
何度目か分からない冷やかしがまた始まったとアリスは思った。
反対側の男子生徒がアリスを追いうつ。
「直前まで鍛えるのはいいけどさ、人型が獣に勝とうなんざ、
カイン並の使い魔じゃなきゃ無理さ」
「どうせ訓練所で片腕の一本や二本無くなって返ってくるだろうよ」
後ろにいた生徒も嫌味っぽく言った。生徒達に笑いの声が広まる。
「っさいわね! ちゃんと五体満足で生きているわよ!」
「おー、怖い怖い。まあ、仮に生きてたとしても何の信頼関係もなしに使役できるわけがないけどな」
あはははと笑いが教室に木霊する。
クラスでアリスの存在は笑いの種になっていた。
『使い魔を使役していないメイジ』等、学園内でアリスだけなのである。
使い魔をろくに扱えないメイジはメイジ名だたる者としてはあるまじき事実でもある。
「上等じゃない。嫌ってほど言うこと聞かせてやるんだから」
アリスは啖呵を切って筆を走らせたが、同時に大きな不安もあった。
四年前の今日。
それがホワードからユウトのことを聞けた最後の日になっていた――。
その頃、訓練所でユウトは試合の為、心頭を滅却し、無念無想の世界に入り浸っていた。
「ユウト、出番になります」
美しい案内人によって、ユウトはゆっくりと目を開ける。
今、ユウトの頭の中は勝利しかない。否、ユウトは勝利を確信していた。
五年の歳月の中でユウトが学んだこととは、どんな敵にも弱点は存在し、
そこを突けばどんな強敵もひれ伏すということだった。
五年前に送られた訓練所とは名ばかりだったことをユウトは思い出す。
その実は試合も交えた命がけの戦いが数多くあった。
そんな中、ユウトはそれこそ死ぬ気で頑張り続けるしかなかったのだ。
一度目の訓練試合は腹が切り裂かれ、何ヶ月も生死の境を彷徨った。
二度目は脚から骨が見えるほどの骨折をした。
三度目は腕が、四度目は指、そうして五度目には髪の毛が少し、六度目の決闘は完全無傷になった。
ある種の運もあっただろうし、師が良かったせいもある。
だが、ユウトは諦めが悪く、死地に直面しても活路を見いだすことに長けていた。
戦闘に特化したともいえる性分。それが、五年の歳月でユウトをここまで強くした――。
「ユウト、出番になります」
美しい案内人によって、ユウトはゆっくりと目を開ける。
今、ユウトの頭の中は勝利しかない。否、ユウトは勝利を確信していた。
五年の歳月の中でユウトが学んだこととは、どんな敵にも弱点は存在し、
そこを突けばどんな強敵もひれ伏すということだった。
五年前に送られた訓練所とは名ばかりだったことをユウトは思い出す。
その実は試合も交えた命がけの戦いが数多くあった。
そんな中、ユウトはそれこそ死ぬ気で頑張り続けるしかなかったのだ。
一度目の訓練試合は腹が切り裂かれ、何ヶ月も生死の境を彷徨った。
二度目は脚から骨が見えるほどの骨折をした。
三度目は腕が、四度目は指、そうして五度目には髪の毛が少し、六度目の決闘は完全無傷になった。
ある種の運もあっただろうし、師が良かったせいもある。
だが、ユウトは諦めが悪く、死地に直面しても活路を見いだすことに長けていた。
戦闘に特化したともいえる性分。それが、五年の歳月でユウトをここまで強くした――。
陽の光が燦々と降り注ぐ砂場へ出る。
気持ち悪いほどの人の群れが向こうから円になり、ぐるりと両側を伝ってきている。
これを見ているのはユウトをこんな場所へ放り込んだあのメイジ達であり、
彼らは自分たちを見せ物にしていることもユウトは知っていた。
のっそりと対極側から現れた緑色の体躯。
オーガメイジ。それが、今回の相手だった。
もはや、『死の使い魔』の二つ名を持つユウトであるが、
使い魔の中でも上位ランクのユウトがこういったモンスターを相手に魅せ試合をすることは珍しくはない。
――そしてメイジの相手もこれが初めてではない。
実際、過去に罪人の上級メイジとやり合ったことがあったユウトだ。
厄介なメイジは強大な回復力を持ったメイジと、
一撃必殺のスリースペル以上の強力魔法をノンキャステング(無詠唱)で放つメイジだ。
後者にはまだ会ったことがないユウトだが、果たしてこのオークメイジはどうだろうか?
どう考えてもそんな強敵のそれなどではないだろう。
しかし、油断はいつでも命取りになることをユウトは体で覚えている。
――開始の合図(ゴング)が鳴る。
まず、放たれたのは火炎弾だ。
ボウリング大の大きさのそれは間違うことなくユウトの顔面を目掛けて飛んでくる。
ユウトはあえて躱さず、持っていた大剣でいなした。
普通の剣ならば融解してしまうか、上級メイジならそのまま剣も頭も蒸発させてしまう威力なのだが、
ユウトはその威力がないことを瞬時に判断した。
無論、剣はわずかな抵抗を見せるだけで軽くその炎をかき消してしまう。
本気だとしたら随分と可哀想なオークである。
ユウトは地面を蹴り、一気に脈動する。
青い大剣を担いだユウトは、文字通りの青い線となり一息にその距離を詰めた。
敵の足元に大剣ごと潜り込み、一気に振り上げる。
――しかし、斬ではない。
これは剣の腹を使った打撃である。
自身に呪術を掛けた相手には斬撃が必ずしもダメージになるとは限らない。
斬られて死ぬようならば剣の間合いには入らず、
もし斬られるようなことがあれば必死で躱そうとするからだ。
だが、このオークは躱すどころか愚直に攻撃を受け宙に浮く――。
ユウトはこの瞬間、『相手の特性』『思考性』『奥の手』の有無などを瞬時に判断し、戦闘方針を変える。
また、道連れ目的で呪術を施しているものも中にはいるので注意がいるのだ。
だが、このオークは空中に放り出されたことに至ってもアイスボルトの一つ程度しか撃ってこない。
ユウトはその哀れな足掻きを首をわずかにずらすことで躱し、
「はッ――」
息をはき出すと同時に剣先を十字に斬り出す。
大剣を担ぎ倒すように二撃を放つと敵はいとも簡単に事切れた。
オークはまさかその大剣が目にも追えぬ速さで来るとは思わなかったのか、
驚いたような面持ちも声を上げる暇もなく果てた――。
『…………』
観客の歓声や声援はなかった。
皆、ユウトのあまりの強さに唖然としていた。
ユウトは分割されたオークを尻目に会場を後にした。
足場はじゃりじゃりとした砂からコツコツと石畳みの音に変わり、会場から完全に隠れたことを確認する。
「……ひゃっほ―い!」
ユウトは部屋に戻ると飛び跳ねて喜んだ。
普段はあまりメイジの目には触れることのない命がけの試合(コロシアム)に立ち会ったメイジ達の顔は皆、蒼白だった。
ユウトにとってそれは何とも言えない快感だったのだ。
「圧勝でしたね」
微笑みかけてきた美少女の姿は先刻の案内人だった。
「見た? 俺のずばばばーんってどぱーって」
「はい、ちゃんと見ましたからその汚れた服を脱いで貰いますよ。
今日はあの人から大事なお知らせがあるそうですから」
少女は慣れた手つきでユウトの鎧を脱がし始める。
後ろに回された細い腕はユウトの動きを封殺する。
少女の髪は蒼い花片のように艶めかしく、甘い匂いをさせてくる。
「し、シーナ、自分で脱げるからっ」
ユウトは思わず後ずさる。
「そうですか、じゃあ自分で脱いで下さい」
シーナと呼ばれた少女は意に介さずといった様子で答えるが、
何だか落ち着かないユウトである。
ユウトは小さく溜め息を吐くと、数十キルはあろう鎧を脱ぎ捨てた。
「(こういう鎧は嫌いだな。動きにくいといったら有りはしない)」
ユウトは一人胸の内で毒づく。
「汗はかいていないようですね。さ、これに着替えて下さい」
シーナが用意してきたのは旅服と革靴だった。
茶色い生地に皮を刺繍し、強化が施された丈夫な服だ。
そして簡単なズボン。
ユウトはその着慣れない服に袖を通すとシーナが言った。
「大変、お似合いですよ」
「そ、そうかあ?」
シーナはにっこり微笑むと、しなやかな手つきでユウトの襟を正した後、
上着に付いた埃をつまんでそれを見えないように捨てた。
「ありがと」
「いいえ」
シーナとの出会ったのはかれこれ四年前になる。
今ではユウトの身の回りを世話しているが、決して許嫁でもメイドでもない。
彼女自身四年前から過去の記憶を失っており、名前以外は今でもわからない。
外見は平民やメイジにはないミント色をした目に薄蒼色の髪が特徴的で、
ユウトの黒髪、黒目もただの人ではない為、今の二人はそんな境遇から仲良くなったとも言えた。
ただ、友達関係とは言い難い一面も多々あったりする……。
――コンコン。
あまり光の差し込まない簡素な部屋にノックの音が聞こえる。
ユウトは立ち上がるとドアに近づく。
まずい、緊張してきた。
ユウトの手がノブにかかる前にドアは開かれた。
そこには黒服を纏った老人が立っている。
ユウトを養い、師でもあった人。
その老人はゆっくりと口を動かした。
「今日で契約は終わった。おめでとう。あるべきメイジの元へ帰りなさい」
「――? どういうことですか」
「いいえ」
シーナとの出会ったのはかれこれ四年前になる。
今ではユウトの身の回りを世話しているが、決して許嫁でもメイドでもない。
彼女自身四年前から過去の記憶を失っており、名前以外は今でもわからない。
外見は平民やメイジにはないミント色をした目に薄蒼色の髪が特徴的で、
ユウトの黒髪、黒目もただの人ではない為、今の二人はそんな境遇から仲良くなったとも言えた。
ただ、友達関係とは言い難い一面も多々あったりする……。
――コンコン。
あまり光の差し込まない簡素な部屋にノックの音が聞こえる。
ユウトは立ち上がるとドアに近づく。
まずい、緊張してきた。
ユウトの手がノブにかかる前にドアは開かれた。
そこには黒服を纏った老人が立っている。
ユウトを養い、師でもあった人。
その老人はゆっくりと口を動かした。
「今日で契約は終わった。おめでとう。あるべきメイジの元へ帰りなさい」
「――? どういうことですか」
「君は忘れてしまったのかもしれないがね。もともと君のあるべき場所はここではないのだ」
「あるべき場所?」
「そうだ。そこが君の元いるべき本来の場所。主であるメイジの命(みこと)を守り、共に闘う。
それが使い魔である本来の君の姿だろう」
男はジャポルという街を目指すことと、たくさんの貨幣をユウトに渡し、
それだけを告げるとす―と廊下の角へ消えていった。
凄いお金だった。
ユウトは実感が沸かず、今までの感謝の言葉も忘れてしまったことに気がついた。
足下には一万ゴールドと同価値の紙幣が束になっていくつもあって両腕には収まらなかった。
「きっと、国の任務で得た報酬ですよ! ユウト」
そういえば、一度も任務(クエスト)の報酬などは受け取ったことがなかったとユウトは過去を振り返る。
あの老人が監視役と指南役を兼任していたので恐らくは彼が受け取った際に貯めておいたものだろうか。
――不思議なじいちゃんだったな。
ユウトはこれまでの五年間を想起しながら荷物を担いだ。
部屋を出ようとして、ふと気がつく。
「(シーナにはもう会えないってことか?)」
「お元気で……」
見るとそこには、小さな宝石を瞳に溜めたシーナがいた。
確かにシーナがユウトの後をついてくる道理は全くない。
ここに置いていってもあの黒服の老人が後の面倒を見てくれる。
「一緒に来る?」
しかし、気づけばユウトはそんなことを口走っていて、
置いていくという選択肢は初めからなかった。
こっちの世界にきてからというもの家族も友人もいなかったユウトにとって、
シーナは家族のようなものだ。
貨幣も充分にある。
もしかしたら旅先で記憶を取り戻すかもしれない。
「いいのですか?」
「こっちにいてもシーナは別に戦わないだろ?
それにシーナが暮らすならもう少し良い場所があると思うんだ」
何となく口から出た言葉だったが、
言ってみてからユウトは少し恥ずかしくなって目をそらす。
シーナは嬉しそうに顔を綻ばせて笑うと、潤んだ声で「ありがとう」と言い、
そそくさと部屋に駆け戻るとその姿はすぐに返ってきた。
見るとそこには、小さな宝石を瞳に溜めたシーナがいた。
確かにシーナがユウトの後をついてくる道理は全くない。
ここに置いていってもあの黒服の老人が後の面倒を見てくれる。
「一緒に来る?」
しかし、気づけばユウトはそんなことを口走っていて、
置いていくという選択肢は初めからなかった。
こっちの世界にきてからというもの家族も友人もいなかったユウトにとって、
シーナは家族のようなものだ。
貨幣も充分にある。
もしかしたら旅先で記憶を取り戻すかもしれない。
「いいのですか?」
「こっちにいてもシーナは別に戦わないだろ?
それにシーナが暮らすならもう少し良い場所があると思うんだ」
何となく口から出た言葉だったが、
言ってみてからユウトは少し恥ずかしくなって目をそらす。
シーナは嬉しそうに顔を綻ばせて笑うと、潤んだ声で「ありがとう」と言い、
そそくさと部屋に駆け戻るとその姿はすぐに返ってきた。
――――。
「荷物、それだけ?」
手には半分くらいしか入っていない大きめの刺繍バック。
「はい、元々私の物はあまりありませんので……」
「お別れを言う相手は……いないか」
あの黒服の老人だが彼は言うべきことは言うし、教えることは教えるだけの人だった。
彼とは契約での間柄、きっと彼が言うこともすることも、もう何もないのだろう。
「――いってきます」
馬車は静かに動き出した。
何もない平地をひたすら揺れ動く。
ユウトはシーナを横に、これから向かい出会うであろう五年前の少女を思い出していた。