トップに戻る

<< 前 次 >>

リース

単ページ   最大化   


「ようやく歩けるところまで来たのね」
 アリスの部屋でスーシィは自嘲気味に言った。
「それより納得いかないわ。どうしてあんただけレビテーションでの移動を許可されたのよ」

 いい加減話さないとアリスは歩けないスーシィに何をするかわかったものではないというオーラがにじみ出ている。
「園長にやられたの。としか言いようがないわね」
「は――?」

 あの後、ユウトはアリスを抱えて小瓶を使った。
 すると魔法陣は消え、何事もなかったかのように事なきを得たが、問題はスーシィのほうであった。
 最後の力を使ったのか巨大な光弾とフラムの大魔法がスーシィの目の前でぶつかった。

 その際の風圧に小さい体が災いし、
 スーシィは屋根の上から校舎の裏側へと吹き飛ばされたのだった。
 それでも全身打撲と片足骨折で済んだのは不幸中の幸いだっただろう。

 アリスは魔法陣が出来たときから気を失って、
 今では記憶も朧気なのを良いことにフラム達三人はあの一件をなかったことにしようと決めた。

 だから、詳しいことは捏造(ねつぞう)してアリスに説明してゆく。

「なんで気絶した私を放っておいて園長と戦ったのか判らないけど、
 あんなのと戦うなんて……まあ、その時に負った傷だっていうんならレビテーションの許可も頷けるわね」
 アリスはそれでも禁書図書室の鍵を諦めきれないとぼやいた。

「さて、そろそろ授業に出ないと……ってユウトは?」
「さ? そんなことよりアリス、ちゃんと脚は治ったんだから私の正体は今後とも――」

「わかってるわよ。言われなくたって、これでもメイジの端くれなんだからっ」
 廊下をゆく二人はふふと笑い合う。
 窓から差し込む陽の中、二人の距離は確実に一歩縮まったようだった。


 一方ユウトは学園長室にいた。
 というのも、半ば強制的に連れてこられたようなものだ。
「…………」

 そして会話の内容はユウトにとって、衝撃的であった。

「そ、それじゃあアリスは……」
「恐らく、長くはもたん」

 園長フラムはアリスの体から無尽蔵に出てきた魔法陣が、
 ユウトの使った薬によってアリスの体内へ戻っていくのを見て確信したという。

「このことはミス・スーシィも気づいておる。
 でなければあのように適切な秘薬をお主に渡す道理がない」
「一体いつ誰にあんな魔法を……何の目的で」

 スーシィはアリスの魔法陣が人為的なものだと言っていた。
 しかし、それがまさかアリスの命を蝕むものなどと、ユウトは容易に受け入れ難かった。

「思えば、入学当時からどこか出自も性格も他の子たちとは違っておったわ。何かあるとは思ったのじゃが……」
 フラムは遠い目で窓の外を眺めた。

「あと、どれくらいなんでしょうか。アリスが……死んでしまうのは」
「死ぬと決まったわけではない。じゃが、確実にあれは命を減らしめるものじゃ……」

「何か手はないんでしょうか」
 ユウトの問いにフラムは小さく首を振る。
「あれはあの術を作ったものにしか解き方はわからんじゃろう。
 まさに闇の魔法としか言いようがない。そして、ミス・レジスタル、彼女の命があと何年続くのかも……」

 ユウトは園長室を後にした。
 重い気分のまま、アリスの部屋へと向かう。

121, 120

  


(出来ることは……何もないのか……)
 誰もいなくなったアリスの部屋は静かに甘い匂いがした。

「鍵くらい閉めていけよ……」

 ユウトは授業に出る気分にもなれなくて、学園内をうろつくことにした。
 使い魔が授業に出る道理など、何処にもないが、

 ユウト自身それが楽しいことであったし、皆にもてはやされるのは悪い心地ではなかった。
 けれど、今の気分はそんなものではなかった。

 気がつくとユウトは食堂にいた。
 すると、なぜか一匹、もとい一人がちょこんとテーブルに向かって座っていた。
「リース?」
 確か金髪の男が彼女をそう呼んでいた。ユウトは不思議に思って、彼女へ近づいた。

 ――――。
「ミス・レジスタル!」
「はいっ」

「授業に集中していますか?」
「……はい」

 スーシィの横でアリスは二度目の叱咤を受けた。
「……」
 鐘が丁度鳴り響き、先生は苦い顔をして授業の終わりを告げた。

「おい、アリス」
「――ぇ?」
 呼びかけたのは金髪の男、カインだった。アリスはすぐに隙のない表情になる。

「あによ」
「お前、今日はあの使い魔はどうした」
「知らない。どっかぶらぶらしてるんじゃない」
「管理が行き届いてないな。それでもメイジか?」

「私はメイジでも、あんたと違ってメイジであることを鼻にかけるような下賤とは違うわ」
 その瞬間に二人の間に何かが走った。スーシィもこのやりとりを見るのは何度目かだが、今回は少し違った。
「お前の脚も治ったことだ。一つ、使い魔同士の勝負といかないか」

「お断りよ。私は忙しいの」
 アリスは教科書を持って立ち上がった。


「あれだけ自分の使い魔を豪語してたお前が、決闘を挑まれて逃げるつもりか?」
「逃げる……?」

 アリスの雰囲気が変わる。

「そうだ、お前はいつもそうだ。逃げてる。友達からも勉強からも、あまつさえ七年前から――」
 ぺちんという音が教室に響き渡った。

「逃げてない。なんならここで始めたっていいのよ」
「ははっ……そうだ、それでこそアリスだ。決闘は明日の夜十の刻。いいな? 使い魔専用食堂の裏だ」

 そういうとカインはジャラジャラとマントを音たてて教室を出ていった。
「意外とモテるのね。アリス」
「あなたほどじゃないわ。ああいう変なのしか寄ってこないのよ」

「でも、彼、あなたをどうにかしたくて仕方ない感じだったわ。愛されてるのね」
「気持ち悪いこと言わないで。愛なんて今の私には不要よ」
 スーシィは言葉を続けずにくすりと笑って小さく同意した。


 その頃、リースとユウトは森の中で食料を集めていた。
 覆い茂った草むらや岩場をくぐり抜けながら、木の実や小動物を獲っていく。

「リース、そのキノコは食べられないよ」
 こっちの世界にもキノコなんてものがあるのは初めて知った時ユウトも驚きだったが、
 食べられるキノコはどこを探しても数種類しかないのがこちらの世界だった。
 それをリースは面白がって生えてるものを手当たり次第に引っこ抜くものだからユウトはその度に食べられないと言わなければならなかった。

「食う」
「いや、無理。あるいは食えても調子がおかしくなっちゃうから」
 リースは好奇心が旺盛だった。物覚えも早く、ユウトが教えた木の実は既に全て記憶してしまっている。

「どこの世界の使い魔なんだろうなあ」
 自分と同じ境遇で、この世界を受け入れているのではないかとリースを見て考える。
「リース」
 依然としてキノコに興味があるリースを呼び止めると、リースは紫色の髪を抑えて振り向いた。

「そろそろ終わりにしよう。日も暮れてきたし」
「うん」

123, 122

  


 食事時になると決まってユウトは森へ行く。
 ただし、夜は視界が悪いので昼に獲ったものを調理する時間となる。

「まあ、調味料はあるしね」
 使い魔専用食堂にも調味料はあった。
 何故だかわからないが、しっかりと調味料はあるのに出てくるものが保存食なのだ。

 ユウトは厨房へまわって昼の間に獲った豚っぽい動物を解体していく。
 リースは一瞬目をぱちくりとさせて見入っていた。

「リース、コレ持ってて」
 手渡した多分コショウっぽいものと、塩っぽいものの容器をリースに持たせる。
「切って肉片にしていったものにまぶしていくんだ。いいね?」
 こくりと頷くリースの目の前に第一号を置く。
 しゃかしゃか。
「ああ、加減を言い忘れた……」

 リースを止めたころには肉が粉で埋まっている状態だった。
 そんな調子でユウトとリースは厨房で勝手に食事を作るのだった。

「後はこれを火にかけるだろ。そうそう、炎じゃなくて火だよ」
 リースは加減というものをもう理解した様子で、
 ユウトが教えなくてもだいたいの行動は間違いがなくなってきていた。

「そして良い匂いがしてくるまで待つ。待つことは大事なんだ」
「待つ」

 食堂に現れ出す使い魔たちは共食いにでも当たるのか、あまりこちらの料理に興味はないようだった。

「リースは今までここの固形食しか食べたことないの?」
 こくと頷く。

「口に合わなかったらごめんね」
 ふるふると首を横に振るリースははっとした顔になって動きを止める。
「?」
 時々リースはしぐさのいちいちに何かを気にしているようだった。
 ユウトは取り立てて気にはならなかったが、それよりもリースの知性は高いのに知識はほとんどないことに驚いていた。

(どう考えてもあの金髪男のせいだよなあ……)
 そう考えているとリースがユウトの肩をつついた。


「お鍋、見て」
「ああ、そろそろいいかな」

 蓋を開けると蒸気から豚汁の良い香りがした。
「俺って天才」
「あたしって天才」
 互いにガッツポーズをつくる。変なところでリースはユウトの影響を受けたようだった。

「どれどれ」
 ユウトがお玉でかき混ぜていると、何やらオリゴ糖のような液体が、つつつと鍋へ投入される。

「リース。甘さを出すならはちみ――」
 隣のリースが垂らしていたものは口の杯(さかずき)のものだった。

「ぎゃああ――、口、くち」
 椅子の上からリースを担ぎ上げて地面へ下ろす。
 その間もずっと垂れ続ける唾液は鍋から見事に架け橋を作っていた。

「ちょ、ちょっと凄いな」
 感心している場合じゃないと自分に言い聞かせて、ユウトはリースの口元を拭ってやる。

 ――べちゃ。
 リースの口から切れた唾液の橋が落ちて床で太鼓を打った。
「さ、さあ、食べようかあ」

 こくこくと頷くリース。
 こうしてリースの唾液入りトンスープが出来た。

 リースはあっという間に三杯もおかわりをした。
 よほどおいしいものに縁がなかったのだろう。ユウトは自分がおかわりしたいのを我慢して、リースが食べた。
 その勢いたるや、華奢な体の一体どこに入っているのか不思議なほどであった。

 ごちそうさまから後片付けまでが終わると意外な訪問客があった。
「ユウト、ちょっと」

 白みがかった髪を舞わせるのはアリスだ。食堂を出たところでアリスは振り返った。
「なんだ?」
「明日の夜、使い魔同士の決闘をすることになったわ」
「ええ?」
 ユウトは狼狽えた。いくら復帰したからといって決闘とは穏やかではない。

「なんで、どうして」
「――っうるさいわね。なんでもよ」

125, 124

  


 そういうとアリスは踵を返して学園へと戻っていった。
 わけがわからないいままリースと別れ、部屋に戻るとスーシィがいた。

「おかえり、ユウト」
「あれ、アリスとの相部屋は……」
「今日で終わり。もう一人であるけるのだもの、それよりこの学園で決闘の話しは聞いた?」

 スーシィは鏡台に座って脚に魔法を唱える。
「うん」
「ユウトはどうするつもりなの」
 スーシィは魔法で脚を固定し直すと、ユウトを見据えて言った。

「アリスが戦うなら俺も戦う。それしかないんじゃないか」
「殊勝な心がけね。例えそれで退学になったとしても?」
「退学って?」

「許容するわけじゃないけれど、もし決闘が明るみになったらアリスも決闘を挑んだ子も学園追放。
 これは規則のようよ」
 そんなまさかとユウトは一笑した。
「冗談でこんなことは言わないわ。
 ユウト、決闘なんて馬鹿な真似はやめなさい。あの子は理由があってここにいる。
 何で決闘なんて言い出したのかはわからないけれど、プライドや事情で大事を見失うのは愚か者のすることよ」
 ユウトとスーシィの間に沈黙が訪れた。


「どうしてわからないんだっ!」
 とある生徒の一室で大声を張り上げる男がいた。
 リースは男と対照的に毎日が質素な身なりであった。そしてその外見が少女の使い魔は困った表情をつくって固まっている。

「いいか、僕は勝たないといけないんだ。そのためにあいつの使い魔に幻覚を見せることくらい何でもないだろ」
 緑の瞳を小さく震わせながらリースは首を横に振った。
「ちっ、使えないヤツだな。これ以上、僕の言うことを聞けないっていうんなら制圧魔法を使うぞ」

 金髪頭、カインの姿がすっと杖を構えるとリースは怯えた表情で許しをこいた。
「ごめんなさいっ。言うこと聞きますっ、だから――」
 杖の先をリースののど元に突きつけてカインは勝ち誇った微笑を浮かべる。
「そうだ、最初からそう言ってくれれば僕もこんな手荒な真似はしないさ。
 仮にも僕は高尚なメイジなんだからね」

 ぼうっと光るリースの首元のルーンが赤く光った。
126

ゆの舞 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る