シーナ再会
深い森の中、馬車の歯車が回る。
時折、御者台に乗る茶色のフードを被った者が手綱を振るう。
森の中の淡い香りを一身に受けながら水色の髪が舞う姿がそこにあった。
「フラメィン学園へはどれくらいなんでしょうか」
「後、数刻ほどになる。疲れたのなら言うといい」
「いいえ、大丈夫です」
がらがらと音を立てて進む馬車は森の中でも魔法の力によって水平に進む。
「シーナ、やはり決意は固いのか」
御者台の茶色いフードから女の声が放たれた。
「ええ、私はメイジにならなければなりません」
「シーナ……すまない、何度も言うようだが、君ほどの実力があればすぐにでも召喚魔法を執り行い、
高名な学園で学ぶべきだと私は思う。メイジに拘るのなら絶対にその方が後悔は少ない」
「ごめんなさい。私は使い魔をつけないで高位のメイジにならなくてはならないの」
シーナは横に置かれた剣をそっと撫でて言った。
「そうか……。私も騎士の端くれだ。これ以上の詮索はよそう」
「いいえ、私の方こそごめんなさい。今はまだ言えなくて……いつか必ず説明します」
待っていると言った御者台の女は手綱を振るい上げて馬を加速させた。
「編入生ですって? この時期に?」
それは四刻目の授業が始まってまもなくのことであった。
この時期とはもうすぐ進級試験を間近に控えた夏の終わりであったからだ。
「その者はわけあって使い魔を召喚できず、この心深い我が学園に迎え入れることとなりました。
先刻試験を終了し、見事編入が決定しました」
マジョリアは紫色の帽子を教卓の上へ置くと体を教室の入り口に向けてどうぞと言った。
「ミス・シーナ。お入りなさい」
「はい」
扉の音を立てて入ってきたのは水色の髪にミントの瞳を輝かせた可憐な少女であった。
「「おおおぉぉ……」」
気品のある流麗なしぐさがクラスの男子を釘付けにした。
「彼女がミス・シーナです。ミス・スーシィに引き続き二人目の新しい仲間になりますが、
前回同様に興味本位での質問は一切いけません。いいですね?」
明瞭な声でマジョリアは生徒へ念を押した。
「「はい」」
「よろしい。それでは、ミス・シーナ。何かみんなに言っておきたいことはあるかしら」
「はい」
シーナはしゃんとした物腰で教壇へ上がり、優しく生徒たちを一瞥するとお辞儀をした。
「ご紹介に預かりましたシーナです。皆さんにはこれからの間お世話になります。
皆さんのお仲間に加えて下さるのであれば興味本位の質問でも構いません。
共に良きマナに恵まれますよう、皆さんと同じ道を歩んでいけたらと思います。
どうぞよろしくお願いします」
ペコリと下げた頭にしんと静まりかえる教室。そしてわき起こる拍手が喝采へ。
「よろしくシーナ」
「わかんないことがあったら聞いてね」
みんなが騒ぎ立てる中で、アリスは一人毒づいていた。
「(なんか既視感を感じるわね)」
「それではミス・シーナ。好きなところへ座っていいですよ」
「はい」
恭しくマジョリアへ一礼してシーナは教壇を降りて教室を見渡す。
そしてアリスはシーナと目が合った。
「?」
正直言って嫌いなタイプだとアリスは一目で判断し、目を逸らした。
しかし、無用にも隣のスーシィがはらりと手を振った。
シーナはにこりと笑ってスーシィの隣へ近づいてきた。
「(来るなくるなくるな)」
アリスの思いもむなしく、スーシィの横に立ってシーナはお辞儀した。
「いいのですか?」
「ええ、私も最近入ったばかりなの。お互い仲良くしましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。えっと……」
「スーシィよ。こっちはアリス」
「はい、スーシィさん、アリスさん。よろしくお願いします」
眉をしかめてアリスは一礼した。
シーナのあまりの態度の恭しさに気圧されたといっても良い。
シーナはスーシィの隣に座る。
長テーブルに三人が座り、ユウトの席がぽっかりと空く形となった。
「珍しいペンダントをしてるのね」
中身のないペンダント。それがスーシィの目に留まった。
「ええ、大事なものよ」
シーナはそっとそれを握った。
「そーれ、リース。俺は三匹目の魚だぞ」
「私は五匹」
「……」
一方、ユウトとリースは森で食料確保していた。もはやそれはゲーム感覚に近い。
あの後、リースとカインは仲違いしたまま、
カインは自宅謹慎を命じられリースは学園に置いてけぼりにされた。
カインはアリスに負けたと思い込んでいるようだ。
「リース、コツを教えてくれよ」
そう言ってユウトがそばへ近づくとリースは困った顔をしてダメと一言いった。
「そんな……」
「違う、そうじゃなくて、私の髪は……から、あまり近づかない方がいい」
「なんだ、まだ気にしてるのか」
ユウトはリースに近づいて頭の匂いを嗅ぐようなしぐさをした。
「ぁ……」
「何ともないぞ。ほら、沢山釣れるコツを教えてくれよ」
「やだ……」
リースは首を振り、頬を染めてユウトから離れる。
「リースのその髪の効果って一度きりなんじゃないかな。俺にはもう効いてないよ」
「ほんと……?」
不安そうな顔でユウトを見つめる。ユウトは頭を掻いて手招きした。
リースが恐る恐る近づくとユウトはリースの腰をとって捕らえる。
「そらっ」
「あ……」
そのまま腕に抱えて元の位置へ座る。
「今日は魚料理だな。ほら、二人で釣ろう」
「う、うん」
ユウトが後ろから包み込むように釣り竿を持つ。傍から見れば、親子のよう。
ユウトの両腕に初めて人の温もりを感じたリースは小さな涙を流したかもしれない。
不思議な心地が流れ出て、二人は一刻ばかりを過ごした。
そんなユウト達は何処吹く風で、休憩時間の教室ではシーナの話題で持ちきりとなっていた。
「え? ご実家はジャポルなんですか!」
「あそこの市民権は銀行に一生遊んで暮らせるほどの預金が必要なんじゃなかった?」
「すごい! それじゃ、シーナはお金持ちなのね!」
シーナは人受けがよく、また大らかな性格で人気を博していた。
「一国のお姫様のようだわ」
誰かがそういったとき、人垣に潰されていたアリスが机の端に押し出された。
「うぐっ――」
尻餅をついて床に転がったアリスはスカートを叩いて席を離れた。
五刻目の鐘が鳴ってアリスはようやく自分の席にもどることが出来た。
スーシィはどこかで時間を潰していたらしく、しばらくしてから教室に姿を現す。
「ごめんなさい、皆さん悪気はないと思うんですけど」
シーナはアリスとスーシィに申し訳なさそうに答える。
「別にっ」
「でも、これで私は注目の的から外れたわけだし、私としては願ったり叶ったりね」
シーナが再び頭を下げて何かを言い終わる前に、アリスはぼんやりと空いた席を見た。
ここ最近はユウトと一緒に授業を受けていない。カインと決闘をしてからリースの面倒はユウトが見ている。アリスは嫌だったのだが、カインが勝手にリースを置いていってしまったのだから仕方ない。
そう割り切っているつもりだった、でも心細い。
「あによ……」
アリスは小さく呟いた。
五刻目が終わり、アリスとスーシィは早々に授業道具を纏める。
「それじゃ、ミス・シーナ。さようなら」
クラスメイトたちがシーナを囲み出す中、二人はそう告げて机をたった。
「ええ、さようなら。またお話しを聞かせて下さい」
ここにきて、シーナはアリスの横顔をどこかで見たことがあるような気がした。
「気のせい、かしら……」
アリスは部屋に戻ると、ため息をついた。
まさかとは思ったが、廊下に点々と続く泥の後はアリスの部屋の中へと通じていたのだ。
「ユウト、掃除しなさい!」
アリスは勝手に使い魔が部屋に入るのは仕方がないことだとしてもリースまでいるのはどこか不服だった。
「あ、ごめん、今やってるんだけどさ」
リースも頭に三角頭巾を被ってぞうきんを握っていた。
「せめて、着替えを持って外へ出るべきだったよ」
「そう思ってるなら出来るでしょう? 何度目だと思っているわけ?」
「ごめん――」
こんなことが言いたいわけじゃないのに……。アリスはますます自分が嫌になってきた。
ユウトが頭を垂れて床ふきへ戻った時、とんとんっとアリスの部屋の扉がなった。
「どちら?」
アリスが扉を開けた先には碧髪のシーナの姿があった。
ミントの両眼を優しく細めて彼女は頭を下げた。
アリスは何故だか自分でもわからないまま、ユウトを見せるわけにはいかないと部屋の外へ出た。
「この学園には放課後に研究という名目の自主勉強があると聞いたのですが、
よろしければミス・アリスの研究を見てみたいの」
「……誰に聞いたの」
また冷やかしだと思った、それもこんな時に。
アリスは自分の研究がいかに他の生徒たちから奇異の眼差しで見られているかは重々理解している。
「皆さん放課後の自主研究についてはそれは熱心に語られました。
しかし、ミス・アリスの研究を尋ねると不思議なことに誰もが口を閉ざしたのです」
「それで、見てみようって?」
「失礼かとは思いますが、皆さんが口を閉ざす理由が私には判りかねます。
志を同じくするフラメィンの気高いメイジ――」
「はいはい、もういいわ」
要するにみんなの言うことが信じられないからここに来た。
そういうことなのだとアリスはそう結論付けて早々追い返すことにした。
「悪いけど、見せてあげることは出来ないわ。
興味本位とかで見られるのはすごくイヤなの。
だから帰ってくれないかしら」
「ごめんなさい、心ない考えでした。お許し下さい」
失礼します。そう告げてシーナはアリスの元から立ち退いた。
入れ替わりでスーシィが来る。
「――今のシーナじゃなかったの?」
スーシィの手には見たこともない古ぼけた本が抱えられていた。
「ええ、私の研究が見たかったんですって。
どうせ好奇心だろうから断ってやったわ。
それよりその本は?」
「そう。立ち話も何ですし研究室に行きましょう」
部屋に残されたユウトとリースは一息ついた。
「これだけ綺麗にすれば充分だろう」
「うん」
バケツにたまった泥水を捨てるためにユウトはバケツを持って廊下に出た。
「うわっ」
ユウトは危うく泥水をひっくり返すところだった。
なんとか持ちこたえてその姿を確認する。
見ると部屋の前に少女が立っていた。
「……し、シーナ?」
優しい双眸が驚きに変わり、まるまるとした目がユウトを見つめる。
それは紛うことなくシーナの姿だった。
シーナは何も言わずにユウトをそっと抱きしめる。
「ああ……ユウト」
「シーナ、シーナなんだよな?」
ユウトの胸の中で何度も頷くシーナ。リースはその姿をそっと後ろから睨む。
「ど、どうしてここに?」
「それより早く場所を変えましょう。
きっとあの子、ユウトと私のこと知っていたに違いないです」
答えるよりも早くユウトの手を握って歩き出すシーナは二歩もいかないところで抵抗を感じた。
「ユウト?」
見ると後ろでユウトの袖を握る女の子がいた。
「(……もしかして、メイジの人なのかしら)」
シーナは一瞬そう思ったが、それは違うとすぐにわかった。
首元にルーンが刻まれている。使い魔だ。
「放して貰ってもいいかしら?」
リースは首を横に振る。
「だめ……」
「え? あなたは使い魔でしょう?
どうして放してくれないんですか」
リースはユウトをじっと見て言った。
「ユウトは私の大……事な人だから」