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シーナとスーシィのもくろみ

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「悪いけど、本人に聞いてくれ」
「はあ? あんた私の使い魔でしょ、教えなさいよっ」
 誰のおかげでこんなに疲れているのかと言いたくなったユウトはその言葉を飲み込んだ。

「アリス、あなたユウトを酷使しすぎよ。明らかにストレスも溜まってるわ。
 さ、行きましょうユウト。部屋まで連れて行ってあげる」

 スーシィはすかさずフォローに入ってくれたが、そろそろユウトも限界だった。
 下手をすれば、アリスに酷いことを言ってしまいそうだった。
 スーシィの華奢な体に引かれてユウトは去っていく。

「あによ、いいわよ。別に気にならないわ」
 アリスは今回のクエストでやったことといえば、
 ひたすら光りの魔法を使っていたことくらいしかない。
 不完全燃焼という感じが、またアリスをもやもやとさせていた。

 踵を返すと、既に帰るところであったカインと目があった。
「悪いがアリス、リースは返して貰うぞ。僕も進級試験は受けたいんでね」
「何言ってるのよカイン。あんたは勝負に負けたんだからそんな権利はないのよ」
 言っていることは滅茶苦茶だった。当然、そんな義務はない。

「あの決闘は結局先生たちにバレただろ?
 あんなうやむやになった決闘で自分が勝ったつもりでいたのか?
 ……まぁ、それはいい。だが、次のクエストを受けるにはリースを預けておくわけにはいかない」
 
 条件に従う以上は使い魔を手放すわけにいかないとカインは歩いて行った。
「条件?」
 アリスはそれを確かめるべく廊下の踊り場、
 そこの掲示板にクエストを受ける条件というのを見た。

『次回以降のクエストでは使い魔の同伴を絶対とします』
 教室の廊下、踊り場の一角にそれはかかげられていた。
 使い魔の同伴……?
 他の生徒たちも今更の注意書きに訝しげだった。

 シーナへ対する注意書きなのだろうか?
 だがそもそも、あれほど才能のある彼女が、使い魔を持たない理由が思い当たらない。

『補足1:使い魔は貸りることも可能とします』
『補足2:使い魔がいない場合でのクエストはペナルティを課します』

 アリスは不思議に思うと同時にユウトがそばにいないことを思い出した。
「後で話せばいっか……別に心配なんかしてないし」
 アリスは溜息をついて軽く肩をまわす。
 このまま部屋へもどって休もうかとも思ったが、アリスは今回のクエストの反省点を思い返す。


「ダブルワンド……」
 スバルはこれを出来るかと聞いてきた。まるで、当然のことのように。
 アリスはおもむろにマントの内ポケットから杖を取り出す。
 あのジャポルでの事故以来、いつも常備しているスペアだ。

「軽く練習していこうかしら……」
 役に立つわけではないのだが、考えれば考えるほど今回の事件は本当に危なかったと言える。
 もしも、あれが不器用なカインだったら確実に全員死んでいただろう。
 得意の泥騎士を出したところで、あの数を前にしてはたかが知れている。

「(出来るに越したことはないのよ)」
 アリスはマナ的にはまだいけると思う。何よりクエストが物足りなかった。


 アリスはしばらく廊下を進んだところで、その突き当たり七六七という壁を前にした。
 そこは授業以外で入ると、直接学園の外へと繋がる不思議な壁だ。
 壁には薄茶色で「767」と書いてあるので、アリスはここを『七六七の壁』と呼んでいた。

 外へ出るだけならここからだと随分と早い、アリスだけが知るであろう裏道だった。
 壁に触れると、アリスはすり抜けるように外へと出る。

「寒いわね……」
 そこは学園の裏庭、アリスは辺りに誰もいないことを確認して安堵する。
 暗くなり始めていた空を見上げて、両手に杖を構えてみるが、どうにもいまいちだ。

「どうやっても格好つかないのね……」
 見た目を取ることはやめて、アリスは詠唱を始めた。
 右手と左手の先にマナを同時に集める。

「っ――!」
 アリスの眉がつり上がる。大気のマナが打ち震え、白色の髪が風を仰ぐようになびき出した。

「le――……――or――」
 もはや、自分でも何を詠唱しているのかわからないほどの詠唱速度を紡ぎ出す。
 やがてそれは副音声のように木霊した。
 マナのバランスを意識しながら、練り上げたマナを一気に現象へと変換する。

「「hyeli isscula(火花)」」
 両手の杖に確かな手応えが走る。

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 アリスは一瞬、自分が成功していることに気がつかなかった。
 授業ではあの学年一と謳われるフラムの孫でさえ、この技は出来ていなかったはずだ。

「や、やったわ――!」
 自分が怖くなるのと同時に何か言いようのない優越感が沸いてくる。
 たかだか一回でここまで出来るなんて私って天才じゃないかしら、と思ってしまう。

「やったぁ――!」
 嬉し涙なのか何なのか、アリスの視界は徐々にぼやけて切り替わった。

「……ス、――リス? アリス、起きなさい」
「や――っえ?」

 スーシィの声に目を覚ました。
 大きな月が窓から覗いている。九と半の刻を指した時計が端に見えた。

「私――」
「覚えてないの? あなた階段から落ちて意識を失ってたのよ」
 アリスは辺りを見回した。
 階段の踊り場、あと半分降りると夢にあった七六七の壁へと続く廊下に出る。

「どれくらい眠っていたのかしら」
「さあ、見つけたときにはもう倒れていたんだもの」
 子供の身なりをしていても、スーシィからは大人の雰囲気が漂っていた。

「立てる?」
「ええ」
 アリスが立つとスーシィの顔を見下ろすようになる。
 紫色の目はマナを帯びているように見えた。
「今日の研究はもうだめよ。寝なさいアリス」
「言われなくたって寝るわよ。マナの使いすぎかしら」
 アリスはスーシィに見送られて踊り場を後にした。

 アリスの長い巻き毛が見えなくなると、スーシィは溜息をついた。
「ふう……」
 スーシィは階段を下って七六七の壁へ向かう。
 廊下を左に曲がり続けて三週したとき、右の柱の影にその道はある。

 この行き方を真似しなければ、部屋を使っている今は壁に近づくことすらできない。
 七六七と書かれた壁は、今だけ壁ではなく扉となっていた。
 幻を見せる魔法、人通りが滅多にないこの部屋へ近づく者はその魔法によって幻覚を見てしまうのだ。


 部屋に人がいないときは、外への近道となる。
 この部屋を借りた時に見つけた便利なカラクリだった。

 ――ガチャ。

「あ、スーシィさん」
 中から出てきたのはシーナだった。

「あら、もう終わったの?」
「ええ、今日はあまりマナも残っていなくて……」
「大丈夫よ、かなり早いペースで溜まっていると思うわ」
 ちょっと見せてもらうといってスーシィはその部屋へと入る。

 綺麗に片付いた部屋には様々な薬瓶が並んでいた。
 その一角、特に大きな瓶には人一人がすっぽりと収まるほどのガラス張りに青白い液体がなみなみと詰まっている。

「うん、上等だわ。
 後はこのままマナを蓄積させてそれに見合う形の魔法陣を完成させて、
 最後にユウトのパルス(一部)ね」

 そう言うスーシィの態度は清々しいものだった。
「アリスさん、許してくれるかな――」
「何言ってるの、そのアリスの使い魔を奪うのが目的でしょ」

 スーシィはそういうと、マントの中から薬瓶を取りだしてその中身を青白い液体へと入れた。
 黒い繊維のようなものが、こぽりと溶けてなくなった。

「ごめんなさい、私の方は取れませんでした」
「いいのよ、元々ユウトに接触できるほどチャンスもないわけだし」

 シーナはダンジョンの中で、ユウトのパルスを探していた。
 しかし地面に落ちたものではなく、
 スーシィのように直接ユウトから取ったものの方が好ましいらしい。

「これで本当にユウトを召喚できるのでしょうか……」
「大丈夫、あなたのマナならドラゴンだって呼ぶことができる」

 使い魔召還具と書かれたそれは、スーシィが独自に開発した使い魔を呼び出す装置だった。
 そこにはシーナがありったけにマナを蓄積させている。
 その為に青白い発光液が出来上がっているのだ。

「それじゃ、ついでに講義もやりましょうか」
 シーナが頷くと、スーシィは黒板を机の上に置いた。
「使い魔の二化成から三化成要素に起因する召喚については教えた通りよ」

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「はい」
 複雑な式をかき込んでいく。おおよそは四大要素を示す記号だった。

「そしてユウトはさらにその上の四化成要素からなる使い魔、
 故に四の使い魔と呼ばれる存在なの」
「四化成というのは、あり得るんでしょうか」

 スーシィとシーナは近くの椅子に腰掛けて後ろ手にあった黒板に何やら書き出しながら説明を始めた。

「おさらいになるけど、
 通常魔法使いは自分の得意とするマナの性質というものを持っているの。
 火、水、風、土の四要素よ」

 シーナは頷きで返す。
「得意系統にも個人によって優劣の順番があるわ、
 この学園でも教えてるところね。
 例えば、火の次に風の魔法が得意だったりとかそういうこと」

「四化成は全てが得意ということでしょうか」
「有り体に考えればそうね、
 使い魔は主人(マスター)の得意系統を純粋に投影してしまうものでしょ。
 だからその得意系統の数によって二化成、
 三化成という名の下に二の使い魔、三の使い魔という呼び名が存在するわ」

 でも……とスーシィは続ける。

「四の使い魔はもっと特殊なのよ。
 考えてみて、四つも得意系統があると互いの系統を打ち消しあってゼロになってしまう。
 これは得意系統とは言わない。
 現実的にあり得ないことになるのよ」

「そうなると、三化成は打ち消しあわないんですか」
 いい質問ね、とスーシィは黒板に十字の線を引いた。

「火(左)、水(右)。風(上)、地(下)。
 この二つは互いに打ち消す要素となるけれど、例外が存在するの。
 それが、最初で言った得意系統の順列よ」

「対立系統の間に他の系統が入れば、バランスが取れる……?」

「その通り、凄いわねシーナ。数年前にようやく立証された研究よ」
 スーシィは魔法で黒板を右斜めにして、その十字を×字に見えるようにした。

「この三化成要素のバランスについてはこのように解釈するといいの。
 得意系統が火で地と水が同じくらいに得意。
 すると、火の得意系統の間に地があって水とは対立しない構図になるでしょ?」

 スーシィは⊥を書いて両端に地と水、上に火を書き入れる。
「……よくわかりました。では、四の使い魔はどういうものなんですか?」
「これは、私の研究でしかないのだけれど
 ――最初私はこの研究をみて◇か□の系統バランスをイメージしていたの」


 でもそうすると、三系統か、二系統の使い魔が召喚されてしまうでしょう。
 と言われ、シーナははっとした。

「だから、一般論での四化成は横線の上に全ての属性が拮抗した状態。
 無に等しいバランス。そう結論付けられたわ」
「一般的には……?」

「そう、だけど私はそれは間違いだと確信していたのよ」
 スーシィは壁掛けの時刻を確認して、溜息をつく。

「話し込んじゃったわね。
 結論からいうと、四の使い魔は4という系統バランスで事実上可能になると計算できるの」

 スーシィは計算式を書き出すが、
 それはシーナに理解できる範疇を超えていた。勉強不足もあるだろう。
 しかし、それ以上にスーシィの理論はどこか狂気めいた執念が感じられた。

「詳しく話すのはやめておくわね。
 だから今回の召喚魔法陣はユウトの属性の反対属性を強めたもの。磁石みたいなものね」

「ユウトにも使い魔としての属性があということですね!」
 シーナはそれだけを納得した。
「そうよ、じゃなきゃ召喚なんてされないじゃない」

 スーシィは笑って返した。

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