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ミス・ラグランジェ

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「ごめんなさい」
 そんな声が上がったのは二人で階段を上っている時だった。
「私、本当はユウトに何か言えるような立場じゃないのに……」
「何言ってるんだ?」

 突然しおらしくなるシーナにユウトは不安な気持ちを隠せない。
「この学園に入れたのだって、ユウトやレミルのおかげなんです。
 普通の人としての人生を与えてくれた恩人でもあるのに……それを私、何を勘違いして……」

「レミル?」
 シーナの口からあっという言葉が漏れた。
 そう言えば、ユウトはシーナがどうしてこの学園に来たのか詳しい話しを聞いていない。
 お金だけ渡して、それさえあれば何でも出来るだろうと思っていたから聞くこともなかった。
 この学園に来たのもただ何かの偶然だと思っていた。

「俺の方こそごめん、勝手に押し付けて満足していたみたいだ。シーナの苦労も知らないで……」
「そ、そんな、実はあの後、レミルという治安部の方にお目に掛け頂いて……あ、ちゃんと女性の方ですよ」
 二人の辿々しい会話が階段の踊り場で繰り広げられる。
 ジャポルの六芒星団員の一人にシーナは拾われたようだった。
 当然だ。お金のおかげで住民票はあっても家が無ければ浮浪者同然である。
 そんなことすらユウトにはあの時点で考えてやれなかった自分を後悔した。

 しかし、経緯を説明したシーナはその魔法の才能も認められ、
 フラメィン学園に特別に使い魔がなくとも編入を許可されたのだという。
「そんなことが……」
 教室へ向かって歩き、シーナもユウトのことを責めることなど一度もない。
 話しが丁度終わると、スーシィが教室の入り口にいた。

「ああ、丁度良かったわ。二人とも」
 教室は何やら騒がしくなっており、周りの生徒は怒りに身を震わせていた。
「何があったんだ?」
「下級生の一人がセイラの使い魔を悪く言ったらしいわ」
 スーシィがさりげなくそんなことを言う。
 喧騒にまみれた一角を指さすスーシィの先には確かに混乱の渦があった。
 ユウトはそこで目を見開いた。明らかに浮いた存在でいるのは下級生であろうが、
 その姿は先ほどユウトにぶつかりそうになった少女のものだった。
 そこにはマジョリアの姿もあり、一瞬安心しかけた矢先、その口からはさらに信じられない言葉が紡がれた。
 大勢の生徒たちの間に割って入るマジョリアは声たかだかに宣言する。

「では、ここにミス・ラグランジェルとミス・ホオイェンの決闘を受諾いたします」
 決闘? 受諾? ユウトはこの間のカインとの決闘を思い出した。
「い、いいのかあれ」
 スーシィは首を縦に振って、
「元々下級生から上級生に決闘を申し込むことはアリになってるのよ」


 マジョリアと決闘を行う二人は魔法陣に乗って演習場へ向かった。
 追いかけるように生徒たちが外へ走る。
 スーシィは魔法陣を使うことが出来ると言って、人気がなくなったのを見計らって魔法陣を使った。
 光りの渦が沸き起こり、それが引いていくと、大きな湖をバックに草原のあるところへと出た。
 学園の横に位置するその広場はサロマンの湖に面した広場でもあり、授業で魔法の訓練を行う演習場でもある。

 湖をバックに見渡す限りが草原と木立のその場所に対峙する二人と一匹。
 それを見届けるべく集まり始めるクラスメイトたち。
 セイラは隣りに犬のような四足歩行のパワードウルフの使い魔を従えて、相対する少女は華奢な身一つだ。

「これより、ミス・ラグランジェルとミス・ホオイェンの決闘を開始します」
 マジョリアが二人から離れると空中に杖を振りかざす。
 二人を取り囲むように光りの輪が走ると、生徒たちは各々その輪を避けるように後ずさった。
 それが開始の合図だったのか、先ずは灰色の影が跳ねた。
 そう思った瞬間に少女の躰は既に宙へと泳ぎ、そこへセイラが容赦なく魔法を穿つ。

「Gell alza !!(黒火球)」
 放たれたのは即詠唱の歪な黒い煙だった。
 宙に浮いた少女は避ける術もなく自由落下の矢先にその塊を綺麗に受ける。
 裂けるように赤く迸る閃光が必殺の威力を持っていることを証明した。
 硝煙は爆音と共に大気に暗い影を生みだし、焼け焦げた臭いが辺りに充満する。

「おお――――」「流石、学年一のセイラだわ」「中堅クラス以上でござる」
 クラスの歓声がわっと沸いた。
 信じられないほど容赦のない戦いである。
「おい、やりすぎなんじゃないか」
 しかし、マジョリアはまだ決着がついたとは言っていない。
「あんなに容赦なく魔法を撃つなんて……」

 シーナは少女が居たであろうその方向を不安気に見つめて言った。
 辺りは何も見えないほどに黒い煙によって覆われ、いよいよセイラの姿も消える。
「あまいね」
 そのせせらぎのような声が闇から響いた刹那、何本もの水の大蛇がうねりあがった。
 じゅわ、じゅわ。水が悲鳴をあげながらセイラを捉えようと飛びかかる。

「ホエイ! 下がって!」
 蛇のようにしなやかな動きの水流がいくつもセイラに飛びかかる。
 水は煙をかき消して行き、二人の姿が徐々に明瞭になっていった。
 じゅわ、じゅわ。
 ホエイと呼ばれた獣の背中にまたがったセイラはその水蛇をくぐるように躱す。
 じゅわ、じゅわ。
 耳障りな着弾の音が響く。ホエイは透き通った水のオブジェを漂う煙のように見える。

「Onikis..kelialoe Flaise..(淀みの力を持ち、凍れ)」
 水蛇は少女の杖からいくつも放たれた後、自らに意志を持ってセイラを追いかけ飛びつき、そこに凍結の花を飾りだす。
「風魔法の応用ですか」
 マジョリアも感嘆とした様子でそれを眺めている。
「Chaser..(さらなる追撃)」
 少女は目を瞑り、蛇をより大きく、数多を召喚していく。
 セイラも幾度となく攻撃を試みるために近づくが、その度にかすり傷を負っていた。
 氷の彫像はもはや舞台を余すところ無く飾り、少女の立ち位置だけが緑に浮かび上がるようだ。
 冷気によって白む空気の中で獣にまたがるセイラがいた。

「くっ、ホエイ! Ignition!!(発火)」
 ごうっと音がした途端、熱気が氷の半分を瞬時にかき消した。
 セイラの使い魔が燃えるような真紅に染まり、背中を蒸気に歪めていた。
「一族の実力を見せてあげましょう」
 セイラはそう言うとその使い魔の熱をモノともせずに背中から降り、長期詠唱を始めた。
「Lacc..Licc..Lecicc..(火、炎、豪火)」
 当然少女はそのセイラをめがけて攻撃を放とうとする……しかし、その詠唱は杖を構えたところで使い魔によって阻止される。

「グルルゥゥウ……」
 ぐわりとその毛が総毛立ち、空間があまりの熱量に耐えきれず炎上したようだった。
 爆発という形容が相応しいほど、はっきりとした爆音を持って使い魔が消え、同時に少女が光りの結界へ強かにぶつかる。
 直線に燃え上がる芝は、少女のいた位置まで真っ直ぐに伸びている。それは使い魔が通過したことを証明していたのである。
「あ、あんなの避けられねぇよ」
 ユウトの隣にいたクラスメイトが呟く。
「やだ、燃えてる!」
 ざわめく周囲の学生たち。
 吹き飛んだ少女の身体は光りの壁にぶつかって土の上で転がり、不気味な炎を上げている。
 それはかつて少女だった体、誰もがそう思ったときだった。
 バキィ――。

「キャウンッ」
 火だるまのそばにいた使い魔は突然閃光に弾かれたように吹き飛んだ。
 空気を無理矢理引き裂いたような轟音がとどろくと、ようやく何が起こったか実感できる。
「そんな……嘘よ……」
 セイラは詠唱を止め、一撃のもとにひれ伏した使い魔を凝視する。
 じゅ、じゅ。
 燃え尽きたかつて少女だと思っていた残骸は、ただの水となって土へ返った。
「――氷が燃えるなんてとんでもないマナなんだね」
 声がする方を生徒は一斉に見た。
 戦場とは無縁の空中。そこに少女は優雅に漂っていた。
 ブルーとグリーンのオッドアイ。その両眼に添えられたハの字の眉は下の者に対する慈悲にすら見える。

「どうする? 勝負はついちゃったと思うけど」
 少女が杖を天に掲げる。碧く捻れるように伸びた異様な杖。
 嘘ではない残酷な宣言が、セイラの負けを促している。
「ミス・ホオイェン。わかっていますね、決闘は戦闘不能か、負けを認めるまで続きますよ」
 マジョリアが憔悴に駆られ、慌てた様子で声を荒げる。それほどまでに実力差は歴然としていたのだ。
 生徒たちは皆なにも言えず、ただ次の瞬間に正真正銘の命の搾取が行われるのかと息を呑んでいた。

「――わ、わかった。負けよ、私の負け……」
「……」
 圧倒的な実力差。少女は傷一つどころか、汚れすらない。ゆっくりと降下すると、余裕の微笑すら浮かべていた。
 光りの円が解かれ、息を呑んでいた教員たちが一斉に駆けつける。
 歓声も拍手もない、白けた決闘の幕引きとなった。


223, 222

  


 次の日、セイラの使い魔は全治二ヶ月という重傷であることが学園で噂となった。
 当然セイラは授業を欠席した。テストでの採点は0となり、
 100ポイントがポイントカードから引かれた。

 クラスメイト達はその少女がルーシェという名前であることと、
 セイラを倒したことでメィンメイジの学年一ではないかと騒がれていることなどを噂していた。

「僕はテストどころじゃないと思うんだが……」
 カインは金髪を掻き上げてその濁った赤い目を逸らす。
「そうね、あのレベルの魔法は既に先生、いやこの学園の園長クラスといってもいいくらいだもの」
 スーシィでさえ、そう言うのだ。間違いはなかった。

 騒然となっている教室はもはやいかんともしがたく、
 教師と互角かそれ以上の実力を見せたルーシェの活躍は一躍有名となった。

 セイラに勝ったルーシェに挑む生徒もおらず、
 クラスではルーシェと遭ったら逃げるよう話し合ったりなど、学園の雰囲気は変わっていった。

 アリスはそんな中、皆の表情を伺うように教室へ入ってきたが、
 アリスがダブルワンドを出来なかったことについて追及する者などおらず、既に忘却の彷徨へと忘れ去られていた。
 今日もいつものように席へ着くアリスの横をユウトが続く。
 辺りが騒がしいのを気にして、アリスはユウトに聞いた。

「これ、一体どうなってるのよ?」
「なにが」
「このクラスよ。廊下で聞いたじゃない、
 何か変わったことはないのって。明らかに異常よ。
 セイラの名前も時々出てくるし、みんな何を噂してるのよ」

「……セイラが下級生に負けたんだよ」それを聞いてアリスは目を丸くする。
「嘘でしょ?」
「こんな嘘ついたってなんの得にもならないだろ」
 相当ダブルワンドを気にしていたのかアリスはしばらく取り憑かれたようにブツブツと言っていたが、放課後になって教室を無言で立ち去った。

 ユウトはその後を追いかける。どうも嫌な予感しかしないのだ。
「アリス」
「あによ」
 早足で廊下を進んでいくアリスの背中にユウトは声を掛ける。
「まさか、そのルーシェなんていう子と戦おうとしたりしないよな」
「なんで? 戦いたいわけ?」
 頭を左右に振るユウト。
「じゃあ、黙ってて」
 有無を言わせぬ物言いだが、やはりユウトには不吉な予感しかしないのであった。
 

 しばらく進むと、園長室が見えた。
 またここかとユウトは思ったが、アリスは話しかける隙もないままどかんと踏み入った。
「大先生(ビックマスター)! あんたのひ孫が留年するわよ!」
「なんじゃい。騒がしいのう……」

 白衣に身を包んだ老人は明らかにマナを部屋中に充満させていた。
 大層おっくうな様で振り返る。アリスは全く意に介さずフラムの元へ進んで行ったが、
 心得のない者なら入り口で途方に暮れて立ち止まるようなマナの圧力だろう。

 アリスが話しかけたことで、部屋に充満したマナがフラムの体へ戻されていくのをユウトは確かに感じ取っていた。
「先生のひ孫、セイラが留年確定にされたのよ、それも下級生に。そんなのってあり得ないでしょ?」

「セイラ……? セイラは末孫じゃよ。曾々々孫くらいじゃの」
 ユウトはこの老人がただの人間ではないことを改めて痛感した。

「……な、なんでもいいわ、で、娘なのは変わりないでしょ。それで良いの?」
「いいの? とはまた理解に苦しむ言い方じゃの、それがどうしたんじゃ」

「どうしたじゃないわ、メィンメイジの一つ下のメイジ階級に負かされて『どうした』ですって?
 セイラは私たちの中でも一番の実力者じゃない。
 それを簡単に負かすってことは最上級生でも勝てるかどうかというレベルじゃないのよ」

「まて、アリス。決して簡単に負けたわけじゃない」
 ユウトの声は全く意に介していなかった。
 むしろ、アリスはユウトに睨みを利かして黙っていろと言わんばかりだ。

「ふむ、確かにセイラが負けたことについてはワシも聞き及んでおる。
 しかし、何のための決闘制度かと言えば、実力あるものがこの学園を上も下も関係なくいち早く卒業できるよう仕組んでおるからなんじゃ」
「――」

「案ずるではない。セイラを倒したことで、既にその勝者にはセイラと同等の学年と地位が与えられることとなる。
 もはやお主らとの決闘はあり得ぬよ」
 アリスは拳を握っていた。スカートの下、白磁の太腿の横でその手は戦慄いていた。
「そういうのは、納得できません」
「納得できないとはどういうことじゃ? お主は関係ないのじゃぞ」
 きゅっと唇を噛んだ後、アリスはおもむろに言った。
 アリスは無造作にポケットからポイントカードを取り出し、足下に叩き付ける。一瞬の出来事だった。

225, 224

  


「――力だけで卒業出来るのなら、こんな進級制度は無意味だからよ!」

 ようやく先日のクエストでお情けの200ポイントを溜めたカードが虚しく光っている。
 フラムは別段怒った様子もなく、アリスを見据えていた。
「ただの魔法勝負で下級生が上級生に勝てるわけがないじゃない。魔法を勉強している時間は全然違う。
 それを勝ったということは、真っ当な魔法ではなかったはず、そうでしょっ?」

 アリスはフラムを睨むような目で見返す。
「違うのぅ。あれは純粋な魔法勝負じゃった」
「嘘よっ! 真っ当な勝負でないのに勝つことを目的にするくらいなら手段はいくらでもある。
 そういう決闘制度を問題指摘しているんです」
 フラムは何処か呆けるように言ったことで、アリスは啖呵を切った。

 ユウトは一考する。確かにフライで浮くルーシェという少女には違和感があった。
 漂うような動きでフライは飛ばないからだ。フライではなかったのかもしれない、
 だとすればルーシェはどんな魔法で空中へ浮いていたのか?

「お主は実際に見たわけではないじゃろて。
 嘘だと言うのなら、証明するのじゃ。
 そうすれば、あの決闘は不正があったとして――」
「今すぐ是正してくださいと言っているんです!」

 アリスは息も切れ気味にそう叫んだ。
 どうしてここまで向きになるのか、ユウトには何となくわかった。
 アリスのこの五年はまさに苦難の連続だったといえるはずだ。
 弱い使い魔、自分の余命、強いられた内にある闇魔法の探求。
 それらはいかに学業を疎かにしても自分の力だけでは遠く及ばないものだと知りながら、
 誰の助けを乞うこともなく、今まで必死に学園というわずかな知識の宝庫を拠り所にして学び学級を上がってきたのだ。

 それを今、一人の少女に力だけでこうも簡単に否定されようとしている。
「戯けるではないぞ、アリス」
 しかし、フラムの返答はその理不尽なものを肯定するかのように現実を浴びせる。
「……え」
 ユウトは風のようにアリスの前に進み出た。
 フラムのマナは異常なほど部屋に満ちている。
 窓はめしめしと揺れ、燃えていた燭台はその火種を炎に変えていた。

「……ルーシェは確かに主の言うとおり、不正があったのやもしれぬ。
 しかし、尊厳せねばならぬのは二人が合意の元で決闘を行ったということ。
 ここを違えてはならぬ」

 ふっと急速にマナの圧力が弱まると、自分たちが汗を掻いていたことに二人は気がつく。
「だが、アリス。
 お主にもお主なりの譲れぬ矜持があることはようく解った。
 下級生が上級生に勝てるはずがないと、そうも言った。
 普通の学生ならば確かにその通りじゃ」

「はい――」
 ユウトは反対こそはしないが、ルーシェとやり合うのはご免だと思う。
「そこでじゃ、アリス。お主は時にグロイア・デオを存じておるかの」
「聖、誕祭……?」

「左様じゃ。そこで行われるうら若き者どもの合理の上での決闘がある」
「まさか、あの下級生と同じ相手に告白申請を出して決闘しろというんですかっ?」


「その通りじゃ。決闘は一ヶ月に一回までと決まっておるが、グロイア・デオの日だけは特別。
 意中の相手が同じならば、最後の一人になるまで決闘が出来る」
 まさかそんなことでどうにかなるものだろうか。ユウトは思った。

「一対一じゃセイラでも傷一つ付けられないのに?」
 アリスもこの点に関しては同じ意見だったらしい。
 だが、話しにはまだ続きがあった。

「今回、ワシは過去の例も鑑みて集団勝負にしようと思っておる」
「えっ? 集団戦なの?」
 フラムは確かに頷いた。

「まぁ、後はどうしようと勝手じゃがの。
 この勝負、負けたものは決闘と同じ扱い。
 二度とその学年に決闘を申し込むことはできん」

 アリスは頭の隅に学年全員対ルーシェで勝てば、
 ルーシェは実力だけで卒業できなくなるということが思い浮かぶ。

「い、いいんですか? そんなことがあって」
「何、年々上級生に憧れる下級生が増えておってな。
 告白者が多いと場所は不足し、目にとめて貰おうと時間は稼ごうとするわで可哀想じゃったからの」

 ユウトは気になり出した。何故、皆そこまで聖誕祭に拘るのか。
「あの、聖誕祭で告白すると、何か良いことがあるんですか?」
 ユウトの質問にフラムは言下に低い声で答えた。
「――どんな要求でも告白された側は呑まなければ、死ぬんじゃよ」
「し、死ぬっ?」
 ほっほと笑うフラム。

「百人くらいが一人にいたらの話しだわ」
 アリスは付け加えた。
「聖誕祭はマナと人の誕生祝い。そこでワシがそういう呪いめいたサプライズを設けたんじゃ」
 酷すぎるとユウトは思った。
「お言葉を返すようですが、そんなんじゃ色々問題が――」
「いいんじゃ、最近の若いのは情欲に率直だからの。これぐらいせんと皆欲求不満で何を起こされるかわからん」
「あの、でもそれだと――」
 ユウトは男から女に告白をしようとしたときの凄惨さを想像してしまう。
 告白を目論む男が多いと、大変なことになるのではないか、と。
 ましてや告白側が強い。何しろどんな要求でも呑まなければならないのだから。

「ユウト、あんたくだらないこと考えてるでしょ」

「え、でもだな……」
「女子の場合、意中に思いを告げる側なら告げられる対象にはならないし、
 例えそうでなくてもこのエロじじ……フラム大先生が最後に相手をする手はずになってるわ」
「え、なにそれキモイ」

「き、キモイってなによ……? まあ、断ったとしてもせいぜい十人くらいで風邪ひいて寝込むくらいよ」
 がっかりしたような、安心したような気持ちでユウトは「そっか」と一言呟いた。
 それをよそにアリスが聞く。
「でも、大先生。ルーシェが告白する対象を選ばなかったらどうすればいいんですか?」
「ふむ、それは難儀じゃの。じゃが、安心せよ、その少女はもう相手を選んでおる」
「え?」
 驚いたアリスはたじろぎながらフラムへ聞いた。
「それは、一体誰なんでしょうか」
「そんなことは個人の毀損に関わるからの……まだ言えんのう」
 フラムは髭を持て遊びつつ続ける。

「じゃが、お主も知っての通り、グロイア・デオは告白対象の告知が直前に行われることになっておる。
 そこでそやつと同じ人間に告白の申請をし、雌雄を決するが良い。
 皆の心の準備と、情事の整理を怠らぬようにの」

 にやにやと笑うフラムは本当に楽しそうであった。
 二人の胸中に一抹の不安と、それぞれの安堵が沸く。
 次のクエストが終わる頃、聖誕祭(グロイア・デオ)は始まるとフラムは言った。

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