シーナの得点
――二日後。
「え? アリスが進級確定?」
「あによ、その意外そうな顔は」
スーシィがアリスの部屋で驚きの声を上げていた。
「凄いじゃない。奇跡だわ」
「奇跡……」
ユウトは蒼剣に赤い布を巻きながら苦笑した。
「ちょっとユウト! 笑ってるのわかってるわよ!」
あのポイントカードに600ポイント以上入っていたことはまさに奇跡だろう。
クライスについてフラムより話しを聞くところによれば、クライスという生徒は三年前の学生だったらしい。
サモンエスケープが主人より先に死んだ使い魔に適用されず、
クライスの強い思念を曖昧な空間に閉じ込めたのだろうとスーシィは語った。
「ふふっ、じゃあとにかくアリスはもう問題ないわけね」
「残念だけど、そうなるわね」
アリスはベッドの上で自慢げだった。
スーシィはそんなアリスを見て、それより――と神妙な空気をつくる。
「あなた達、なんか前より仲良くなってない?」
「気のせいだろ」
ユウトが即答した。
「――そ、そうよ、気のせいよ」
ふうんとスーシィはユウトを手招きした。
「じゃ、ちょっとユウトを借りるわね」
「えっ?」
「気のせいなんだからいいでしょう?」
アリスが「あ」とか「え」と言っている間にユウトとスーシィは廊下へ出た。
「で、実際は?」
「何の」
「アリスとユウトは何であんなに自然になったのかって聞いてるのよ」
「どうして」
スーシィは頭を抱えて口を閉じた。
「やっぱり歳相応だわ、アリスもユウトも」
「? まぁ、最近になって突然邪険にされることはなくなってよかったけど。
仲良くなったといえば、なったのかもしれないな」
「そこまで気づいてて、無意識なのね……」
スーシィはシーナのことについて話し始めた。
「あの子、多分進級できないわ」
「え、どうして!」
ユウトは声を荒げるより他になかった。シーナは学年一のセイラと並ぶようなメイジのはずなのだ。
「ポイントが全然足りない。後二回のクエストで400ポイントを稼がないと無理なのよ」
だから協力してあげてほしいの、スーシィはアリスが療養中だからと付け加えた。
「それは構わないさ、けど……アリスは許さないんじゃないか」
あんな言い方をしてクエストを拒絶したシーナにアリスが良くするとは思えない。
「確かにね……」
あの時は掲示板で高得点クエストに限り一人が条件になっていた。
しかし、それをアリスが知ったとしても、シーナのそれはまるで絶交のようにも思えた。
スーシィはシーナの部屋の前までくるとノックした。
「はい」
入るなり、シーナの顔は破顔した。
「ユウトっ、なんだか久しぶりに……見た気がします」
手を伸ばすシーナにユウトは一歩引く。
「……ユウト?」
「ご、ごめん、なんかいけないような気がして……」
「いえ……」
行き場を失った手は下に降りた。
シーナは一瞬息をのむ。
「どうしてアリスにあんなようなことを言ったんだ?」
ユウトは寂しげに降ろされたシーナの手を取ってみる。ひやりとした感触は今も昔も変わらない。
それでも、ユウトの中に何かが引っかかっていた。
「ごめんなさい、今は言えないの……」
スーシィが首を小さく振ってユウトに答える。
「でも、決して二人を嫌いになったとか……そういうのではない……んです」
シーナの瞳にユウトの悲しい顔が浮かんでいた。
ここまでしてユウトをアリスから引き離すのが本当に正しいことなのか、シーナにもわからなくなってきた。
「ごめんなさい」
ユウトの視線から逃れるように視線を床へ逃す。
「そのうち説明してくれるよな?」
ユウトはそう答える、シーナが家族のような存在であることに変わりはないのだ。
「はい……」
「はいはい、そこまで」
スーシィは一人蚊帳の外なのが不服そうに二人を遮った。
「とりあえず今はシーナが進級するのに必要なもの、まずはこれ」
そこにはルールが書かれたメモがあった。
使い魔の同行、ポイントの消滅、不正行為、色々書かれているが、滅多に該当しないものの方が多かった。
「最後よ」
「最後……えっ――」
そこにはユウトの知らないルールが追加されていた。
ポイントカードは奪い合うことを良しとする。
尚、1枚のカードにポイントを譲渡することは可能。(ただし、分割は不可とする)。
「これって……」
「そう、学園側は実力があるにも関わらずクエストでポイントが溜まらなかった者のためにこういうルールを出したのよ」
ユウト以外の二人は神妙な顔つきになった。
「それじゃあ、地道に集めてた奴から奪うのか?」
「そうなるわ」
「シーナも賛成なのか?」
「はい……ユウトにも協りょ――」
「俺はいやだよ!」
ユウトはシーナの肩を掴んで言った。
「なあ、今からでも遅くない。きちんと普通にクエストを受けてポイントを溜めよう。どんなクエストでもクリアしてみせるから」
な、と念を押すがシーナは狼狽して目を白黒させていた。
ユウトは何よりシーナに人から奪うという行為をしてほしくなかった。
シーナは必ず奪った生徒のこともずっと気負ってしまうだろうと確信できる。
「無駄よ」
「どうして! 諦めるのはまだ早い!」
「じゃあ聞くけど、仮に200ポイントのクエストがあったとして、
それも何とかクリアした後、疲れ切ったところを襲われてもシーナのカードを守れる?」
ハルバトで100ポイント、その二倍の200ポイントが仮にあったとして、
一体どれくらいの難易度なのかは想像もつかない。
「でも、この学園の校則は……」
「正々堂々? なりふり構ってくるかしら、皆もう後がないのに……
もし、仮にクエストだけで一度に200ポイントを獲得するというのならユウトが昔に戦ったビックメイジなみの戦いを覚悟した方がいいでしょうね。剣の力に支配された――」
「言うなっ、言わないでくれ……」
ユウトは目を瞑ってからゆっくりと目をあける。
「ユウト……私」
「ああ、ごめん」
そういうことよ、とスーシィは後ろ髪を掻き上げた。
「他に方法はないのか」
「ないわね、十中八九全員が同じことを考えているはずよ」
「それじゃあ……」
「そう、後の二回は誰もやらないでしょうね」
暗澹とした三人を急かすように窓は風に吹かれてキシキシと音を立てていた。
次の日の朝、新しいルールのせいか、やはり教室はいつもよりぴりぴりと痛い空気が漂っていた。
アリスは歩けるようにまで回復したが、ルールをみるなり自分のカードをゼロポイントにし、クライスのカードに全ポイントを入れて部屋に隠した。
よって遅刻である。
「アリス、一体どうしたのですか」
「すみません、掲示板を見ていたら遅れてしまって」
アリスは嘘をつくときは流暢になるらしい。実に最もらしい言い訳である。
「まだ怪我の回復はしていないのでしょうが、気をつけなさい」
「はい」
ユウトはアリスの後方に続いて席へ座る。
「おい、アリス、お前何ポイントたまったんだよ」
後ろの生徒が話し掛けてくる。早速探っているらしかった。
「800ポイントくらいね」
「は? 嘘だろおい」
「さあね、いっとくけどあげないわよ」
「いらねえよ、お前のカードなんかで進級しても笑われるだけだ」
口ではそうは言いつつも顔が真剣になっていては説得力がない。
しかも、これから奪いますと宣言しているような台詞についユウトは笑ってしまう。
「おい、何で笑うんだ」
「ごめん、でも勘弁してやってくれ」
「何がだよ」
「そこ、うるさいですよ!」
先生の叱咤に生徒は仰け反るように席へ戻る。
アリスはスーシィにしか話していないのだから、スーシィが漏らさない限りは噂だけが一人歩きするだろう。まず始めにクラスの落ちこぼれ同士がつぶし合う構図ができてしまうことは仕方のないことだ。
その後、スーシィとシーナが準備はいいかと聞いてきたが、それ以外は得に変わったこともなく授業は終わった。
「ユウト、この間の――」
「悪いアリス、約束があるんだ。先に戻っててくれ」
「なっ――」
アリスを一人教室に残し、ユウトは先に待ち合わせ場所へと向かった。
多少の不安はあったが、怪我をしたアリスを襲ってポイントを得ようとする卑劣なやつは少なくともクラスにはいないとユウトは思う。
廊下を何度か曲がり、渡り廊下をいくらかいったところにその部屋はあった。
『調理室』と書かれたプレートがユウトの頭上を過ぎる。
「来たわね」
スーシィがユウトを見ずに言う。手には食材が握られていて、品定めをしているようだった。
「ユウトっ、無理を言ってすみません」
シーナが奥の食材置き場からトレイを運んでやってくる。
「俺が持つよ」
シーナは微笑で応えた。
「こんな方法があったなら私もユウトに何か作ってあげるべきだったわね」
スーシィはじゃがいものようなさつまいものような野菜を手にとって言った。
「その時は喜んで」
ユウトは有り体に答えただけだったが、シーナは顔を歪めた。
「私の料理じゃ不満ですか?」
どう言おうか迷ったところで、結局ユウトはシーナにこう言うしかない。
「シーナの料理が一番だ、何せ俺専用メニューがあるからな」
「それは興味深いわね」
結局何をしにきたのか、話しは料理で盛り上がっていく。途中から料理を作りはしたものの、シーナは最後までユウト専用の料理の話をスーシィに話さなかった。
「ごちそうさま」
スーシィは貴族のように上品な食べ方で、見ていて気持ちが良い。
「どうだった、シーナの料理は」
「毎日でもいいくらいよ、宮殿で雇われれば間違いなく料理長ね」
そこまでの評価もどうかとユウトは思うが、シーナもお世辞を言われていることはわかっているらしかった。
「お世辞だと思ってるわね……実際今の世の中で料理に心得のある人間はみんな権力者から引っ張りだこよ。だから、総体的にみても数は少ないし、腕の立つ料理人を雇うということは外交や交友を深める意味でも重要な――」
「スーシィ、おーい」
「なに、今大事なところでしょ、私はお世辞とか言うタイプじゃないっていう証明が」
「それはわかった。でも、他にも話があるだろう? シーナはこのままじゃ進級できないんだから」
「そうね……実を言うと私は様子見がいいと思っているの」
「様子見、ですか……」
「そう、シーナに必要だったポイントが何ポイントだったか覚えてる?」
「確か400か?」
「そうよ、その400ポイントをどう集めるかについてだけど……」
「教室で待ち伏せ、だろ?」
調理室に現れたのはランスだった。
「ランス……」「久しぶりだね、ユウト」
「だれ?」
スーシィにはハルバトの後、園長室で一緒にいた男だと話してやる。
ランスは扉にもたれて腕を組むしぐさで優雅に話し始めた。
「実は俺の友達のためにポイントを稼ぎたいんだ。しかし、あいつは小心ものでね。他人(ひと)から奪ったもので進級するなどしたくないそうだ」
シーナはぎゅっと握り拳をつくった。
「だが、僕はそう言われても納得ができない。彼が病に倒れているのは僕のせいなのだからね」
「相変わらずまわりくどいな」
「まわりくどいだとっこの僕が――まぁ、いいだろう。要点をいうと君たちと協力させてほしい」
「だってさ、二人とも」
スーシィは呆れている様子で、シーナは目を逸らしてランスを見ない。
「当然、そちらにもメリットになる事はあるぞっ。例えばクラスメイトが何系統が得意なのか、とか……」
ランスは前屈みに力説するが、スーシィはランスの前へ歩きながら首を振った。
詰め寄ったスーシィにランスはたじろぐ。
「勘違いしてるわね、協力するならポイントが既に500以上の者に頼みなさい」
ポイント500以下の者と協力したところで最終的には敵同士。だとしたらポイント500以上の者に協力を頼み込む方が賢明といえた。
「た、確かにそうだが……」
「なら無理に私たちと組もうとしなくてもいいでしょ」
少し突き放したようにスーシィは締めくくった。
「くっ」
ランスはユウトたちを尻目に去っていった。
「スーシィさん……」
シーナが複雑な顔をしてスーシィを伺う。
「良かったのか……?」
「……いいに決まってるでしょ、私がシーナに進級してもらうのは私のためでもあるんだから――あっ……」
スーシィは目を見開いてすぐに口を閉じた。
ユウトは疑問に思う。スーシィをいつから仲間と思っていたのだろう。そもそも、スーシィがいる時点でユウトを誘う意味は薄い。目的はカードを奪うだけなのだ。
「シーナは進級にポイントが必要なのはわかる、けどスーシィは自分のためってどういうことだ?」
「……」
スーシィは答えない。それが4の使い魔を手に入れることに繋がるとは、本人を目の前に説明は難しかった。
「シーナ?」
「ごめんなさい、ユウト……」
シーナはユウトから目を逸らし、駆けだして行った。
「……っ」
スーシィも後を追うように出て行く。
水色の髪が乱れるのも気にせず、息を切らせて部屋に戻った。しかしすぐにノックの音が聞こえる。
「だれです」
震える声にスーシィは優しく名乗った。
「……」
沈黙を許可と取ったスーシィは部屋へ入る。
「私、ユウトを騙すことなんて出来ませんっ」
対面するとシーナは堰を切ったように叫んだ。
「ごめんなさい、私が口を滑らせたせいだわ」
「私には、ユウトしかっ……いないのに……」
スーシィは少し顔をしかめる。シーナはユウトに依存しすぎているのではないか、だとしたらメイジとして絶対にあってはならないことだ。
依存が生み出すものは固執だけではない。自己犠牲や負の連鎖は魔法を闇へ導いていく。
その想いのマナはサモンエスケープのような死を代償にした魔法さえも本人にとっては容易にさせる場合もあるだ。
「マナを律しなさい、シーナ」
スーシィは杖をシーナの額へ突き立てて一喝した。
「……えっ」
「気がついていないの? あなたの中に渦巻くユウトへの想いは、正しいものではなくなり始めている。自分のマナの色をよくイメージしてみなさい」
シーナにはユウトと出会ってからの四年間しか記憶がない。
彼(ユウト)だけが、シーナにとっての支えだ。そう思うと、それを奪っていくアリスへの嫉妬が黒い色となって、鮮やかな碧を漆黒に染めていくのがわかる。
「その眼……お祖父様を思い出すわ。ふふ、いいでしょう。そこまでの想いがあるなら直接アリスにぶつけるしかないわね」
アリスにはいい逆恨みだけど、彼女にもそれを受ける義務はあるでしょなどと言いながらスーシィは踵を返す。
「どういう、ことですか」
「聖誕祭、忘れたの? 何もユウトを取り戻す方法は一つじゃないわよ」
聖誕祭。明日だった。
ここ、フラメィン学園では聖誕祭(グロイア・デオ)を境に一年を締めくくる。
国境を越えて世界に白い粉が舞い落ちる神秘の日だ。
ここから一ヶ月も経てば、アリスは晴れて最上級生(メィンメイジ)の二学年ということになる。
世界の賢者たちがこの日だけ天候を操り、晴れにしているというおとぎ話がある。しかし、実際はマナの周期現象らしい。
学園の一室、ユウトの部屋に差し込む光りはその目蓋を優しく叩いた。
「んぁ……」
昨日のシーナたちの一件で、ユウトはあまり寝付けなかった。
ベッドをおもむろに這い出ると、蒼剣セイラムがぎらぎらと輝いている。
「そうか、もう五年目か……」
シーナと出会う前、その記憶が嫌でも思い出されてくる。
ぱんぱんと顔を打ち付けて、ユウトは蒼剣を丁寧に布で巻いた。
「ユウト、起きてるんでしょ!」
ノックもなしにどんと入ってくるのはアリスの一人しかいない。
ユウトは相変わらず挨拶のないアリスに苦笑しながら蒼剣を背中に背負った。
「ちょっと、そんなもの部屋で振り回して穴でも空いたらどうすんのよ」
「あ、ああ」
すぐにお説教モードになるアリスはここのところ得に酷い。
何かあったのだろうかとも思うが、ユウトには全く心あたりがなかった。
「いくわよ」
「行くって?」
「今日、聖・誕・祭っ」
いよいよクラスからの雪辱というか、汚い戦いが始まるようだ。
アリスは階段をとんとん降りてエントランスまで来る。
ユウトが使い魔だと思わせないほどにそこはメイジだらけで、使い魔も多数の種類がいた。
「俺みたいな人間の使い魔って他にもいるのかなぁ」
「なんかいった?」
首を振るユウト。どうやら喧騒で声が聞き取りづらいようだった。
下手に話し掛けてはアリスの機嫌を損なうだけなので、ユウトは黙ってアリスについていくことにした。
人混みのエントランスを抜けると、今度は石畳と芝生だが、ここにもこれでもかというほど人が溢れている。
「凄いな……」
「毎年こんなもんよ、多分」
「?」
人の波を交わしながら建物の裏へと回っていくアリス。
完全に裏手に来た頃に見知った顔があった。
「リース!」
「ユウト……」
普段と違う学園の様子が二人を興奮させているのか、リースとユウトは手を握りあってはしゃいでいる。
「久しぶりに見た気がするよ」
「うまくやってるか?」
「うん……」
行くわよ、とアリスの呼びかけにリースは片手を上げてユウトを見送った。
「何処に行くんだ?」
「観戦席よ」
「観戦席?」
「今年は生き残り形式の集団戦だから観戦席があるらしいわ」
受付でわざわざそう言われたらしい。魔法が周囲に被害を及ぼす危険を危惧してのものだ。
学園側の裏に突き当たると、途端に景色が上空へと移った。
観客席というよりは廊下に椅子が置かれただけ。
普段より窓が広くなっており、下のグラウンドがよく見える。
「きっとラグランジェルとかいうやつが一番凄いことになりそうね」
他人事のように言うアリス。その案を持ちかけたのはアリス自身である。
「告白される側はたまったものじゃないな」
人数が多くなるほどその告白内容へ強制力をもつと言われるフラムの呪術。
果たしてルーシェは誰に告白するつもりなのだろう。
『――あ、テスト也、テスト也』
学園全体から聞こえるかのような音。魔法で増幅している音の主はフラムだった。
『本日は聖誕祭、グロイア・デオの記念として告白大会を行う。馬鹿げておるだろうが、お主たちも知っての通り、メイジは短命であることがほとんどじゃ。恋愛、喧嘩、強いては日頃の鬱憤を晴らすも良し。この機会にワシからのささやかな助力を大いに活用するが良い』
そう言ってフラムは両手を天へと掲げる。上空に現れた巨大な炎の塊は蛇のように曲がりくねって文字を生み出す。
『ここに指名された者はまずワシの元へ呼ぶぞ』
どういう手品か、フラムが書きだした文字が出終わるとフラムの元に様々な生徒が召還される。
「知らない生徒ばかりね」
「そうだな」
学園より少し高い位置に炎で縁取られた空間に次々と名前が連なる。
「アリスは誰かに告白しないのか?」
「――ッ、私が?」
アリスは一瞬遠い目をした後に窓辺へ向き直った。
「いつかしてみたいわ」
アリスがそう言って空に目をやった頃、見知った名前が書き連ねられた。
【使い魔:イクウラユウト】
「はぁっ?」
アリスは目を丸くして身を乗り出す。
「お、俺?」
ユウトも身を乗り出すが、間違いなかった。
【イクウラユウト】とはっきり書いてある。
「はは、誰か間違って俺を指名しただけだろ」
「…………」
アリスは怒るも慌てるでもなく下を睥睨する。きっと誰かのいたずらに違いないと。
「ユウト、ちゃんと顔を覚えて帰ってきなさい」
「え――」
アリスの顔には静かな怒りの様子が伺えた。
ユウトは全身の重力が軽くなったかと思うと、次の瞬間フラムの眼前に召還されていた。
「まじで俺なのか……」
数多の男子生徒が列挙される中、フラムは一息ついて拡声の魔法を使う。
『では、諸君、今並べた者を巡り争う気概のある者は後方に整列せよ』
ぞろぞろとグラウンドにいた生徒たちが動き出す。
しかし基本は女生徒、それも謙虚に並び始めている。そして一対一。つまり、争いなど起こらない構図だ。
「(そうだよな)」
男子から女子にこの場で告白しようと思えばフラムと戦闘。まずそれはあり得ない。そして男子を巡って女子が争うというのはなかなか起こらないことなのかもしれない。女子は色々と裏があるというスーシィの話が現実味を帯びる。
つまり戦う相手が一人もいないとなれば、ただの告白となるのだ。
ユウトはとりあえず、誰に呼ばれたのか後ろを振り返ってみた。
「?」
誰も来ない。
「あの、ユウトって――」
後ろから自分の名前を言う声が聞こえる。
見ると、フラムの隣りに薄黄色の髪を結わいた少女が立っていた。
フラムはユウトを指さしながら髭を撫でている。
「あっ!」
少女は何か探していた物を見つけたように顔を綻ばせてユウトに駆け寄ってきた。
「ユウト……?」
ユウトには目の前の少女に覚えはなかった。何故なら彼女はルーシェだったからだ!
「えっと……? 君は確か――」
「ルーです! 一緒に戦ったでしょっ」
「えっでもあれはドラゴン――っ」
ユウトは咄嗟に口を塞がれる。
「ん――っ」
唇がルーシェのそれと重なり合い、ユウトは抵抗もできないまま首に腕を回されていた。
周りから息を呑む声が聞こえる。
大胆とか、そういう次元じゃない。周りには学園のほとんどの生徒がいる!
『――Flables explizt!(爆発の火)』『Melva Explizm!(奔流)』
突如爆風が吹き付け、ユウトとルーシェはグラウンドごと吹き飛びそうになる。
それはユウトたちに向けて放たれた魔法だった。フラムは片手でそれを制している。ノンスペルの防壁などフラム以外には出来ない。
「まてまて、取り乱すではない。並ぶ時間は過ぎたのじゃから今のキスに問題はないのじゃぞ」
フラムの見据える先には白髪のアリスと蒼髪のシーナがいた。
「異議あり」「右に同じ」
その後方にはアリスたちのクラスメイトが連なっている。
「ほっほ、よろしい」
アリスはきっ、とユウトを睨みつけて言った。
「どうでもよくなり始めてたけど、気が変わったわ」
「…………」
シーナも今までにない冷淡な目を向けている。
後ろに連なるクラスメイトたちは狼狽しながらもユウトを指さした。
「お前、そ、その女子と、ど、どど、どういう関係なんだ。お前の主人はアリスだろうッ?」
「いや、主人がアリスだからって恋愛は自由だろ」弁明してくれるクラスメイト。
「そうじゃなくて、私たちを裏切ってることが問題なんじゃない?」
「そうだそうだ」
気がつけば周りの生徒たちは一波乱とはこのことかと言わんばかりにグラウンドを退散していた。
「そんな……まさか当事者に、なるなんて……」
ユウトの声もむなしく、フラムの手によりユウトの身体が空中へ遠ざけられる。
「ほっほっほ、最後まで力を証明出来た者がこやつを自由にしてよいぞ」
およそ俯瞰図のようになったところでクラスメイトの数が見て取れる。
少なくみても200人ほどもいる。そばに控える使い魔もあわせれば300以上だった。
「そんな大勢で恥ずかしくないの?」
ルーシェの言葉ももっともだとユウトは思った。
「プライドの問題ね、誰一人として戦ってもない相手に負けを譲るほどお人好しじゃないってことよ」
今まで戦う気配すらなかったアリスの説得力は薄い。
それでもクラスメイトたちは頷きあっている。
「それならこっちだって考えがあるんだから」
ルーシェは杖を真上に掲げると何やら長い詠唱を唱え始める。
「lelqu maz kuadolp …」
クラスメイトたちの中で詠唱中にルーシェへ魔法を放つ者がいた。
しかしその魔法は何かに弾かれるように消失する。
「マナの濃度が……」
フラムが対峙するかの如く、周囲のマナの密度が高くなる。
中級以下の魔法は原型を保てない空間と化すのだ。
「く、息苦しい……」
クラスメイトたちの大半はその重圧に耐えかねるように膝をつく。
「..Relift!(解除)」
周囲の重圧が消え、ルーシェを中心に巨大な煙幕のような白煙が舞う。
空間密度の均衡が一気に同じになったため、蒸気が発生したのだ。
「くぅ……」
マナによる爆風と水蒸気は誰も抗うことができない。
「あれは……」
ユウトの目からみてもはっきりと今確信する。
「イノセントドラゴン……ッ!?」
白い身体に金の目。その翼はしなやかに曲線を描き、本来のドラゴンとは一線を画した壮麗な姿が浮かび上がる。
「な、なんだよあれ、あれがあいつの使い魔なのかっ?」
見たこともないドラゴンというだけじゃない、対峙するだけでマナの絶対量が違うと悟ってしまうほどにその身体からにじみ出るマナの量は計り知れない。
「クルルル」
怖じ気づいた生徒たちを嘲け笑うようにドラゴンが鳴く。
「ワシでも難儀かの……」
そばにいたフラムがユウトの前でそんな言葉を漏らした。
ドラゴンの黄色の眼がマナの変調によるせいか翆と碧を時折見せる。
その時ユウトの脳裏に三年前の光景が浮かんできた。
「(そうか、あの時のは……)」