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Cabbage Butterfly

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玄関を出ると、空気はまだ梅雨の臭いと湿り気を帯びていたのに、雲間の空の色がもう夏の色をしていた。

ああ、夏が来るんだなぁと思って、傘を閉じた。

雨は降りそうもなかったから。




学校へ行くには、家から駅まで自転車15分、電車で学校の最寄り駅まで30分、駅から学校まで10分歩かなくちゃならない。

全く、大した交通時間だ。

それでも、私は同じように無表情の沢山の人たちに流されながら電車に乗り込み、降りて、また乗って、降りて、同じ服を着た生徒達と歩いて学校へ行く。

私は平穏で何でもない日常が好きだった。


学校へ行く道に、トラックやバスが沢山通る大通りがある。

朝のラッシュの如く、その道は大量の車が排気ガスを撒き散らしながら我が物顔で通っていく。

そこさえ渡ってしまえば、角を曲がってすぐ学校だ。

しかし、大通りで交通量の多い道というのは得てして信号の変換時間が長い。

つまりなっかなか歩道が青にならないのだ。

私はなんとなくセーラー服のリボンスカーフを直しながら、同じように退屈な顔をした女の子や男の子たちと並んで待った。


ふと、横を見ると、ひらひらと紋白蝶が飛んできた。

藍色の背景の中、それは一片の雪のように鮮やかに私の目に飛び込む。

自然、ふわりと暖かな気持ちと笑みがこぼれた。

私は昔から蝶々が大好きだった。その証拠に、携帯のストラップにも、黒い靴下にも蝶々があしらわれている。

紋白蝶はひらひらと藍色の制服の合間を縫って、ソロッと道路へ進み出た。

途端、何もないように走ってきた白い乗用車にぶつかった。

「……!」

声も出ず、私はびっくりして硬直した。

紋白蝶は白い乗用車の起こした風に漂い、ふるふると身を震わし、暫らく羽をたためたまま浮遊して、ゆるゆると地面に落ちた。

死んだのだ。

私は紋白蝶が交通事故に遭うなんて、知らなかった。

余りの衝撃に、暫らく信号が変わったことに気がつかなかった。

ぶつかってきた無作法な鞄に漸く気を取り直して、慌てて歩道を渡ったものの、藍色の背景に紛れ込んでしまった私の目には、紋白蝶の無残な屍体は見えなかった。



「なーにぼけっとしてんの?」

「え?あ、んーん何でもない。えーと…なんだっけ?」

「はーーっ…もーバカ。明後日の事だって、映画、行くでしょーが」

「あーっ!そっか、そうそう。何時にしようかって話だよね、うんうん」

「まったく、だいじょぶかいな、この子ワ」

「へへ…ごめんごめん」


私は一日中そんな感じで、紋白蝶の影が離れず、ぼけーッとしていた。


あの白い羽、淡黄の身体…悶えるように震えたからだ。

儚い、儚いと思いつつ、何となく私は蝶々は花の側で眠るように消えてゆくのだと思っていた。

それこそ蝶々が生まれるのが花の側であるように。

どうして、あの紋白蝶はあんな酷い目に遭わなくちゃならなかったんだろう。


授業も私は手につかず、唯一の楽しみである吹奏楽部でも何度も失敗して、とうとう先生に怒られてしまった。

どうにも気が病んで、落ち着かなくなってしまったのだ。

怒られてもそれは変わらず、一層気が滅入るような厭な後味を残して、じわじわと広がった。


じわりじわりと私の脳と心と身体を支配していく、紋白蝶の影。

身悶えて落ちていく白い白い影。何度も目の前をちらつく……


ひら。

ひらひら…ひら

ひら……


そうして呆けたまま、友達が心配して一緒に帰るというのを、私は笑顔で断ってとぼとぼと家路に着いた。

空を見上げると好きな夕焼けはなく、鈍い光を放つ雲が空を隠してしまっていた。











ああ

ひかり…


ひかりが


ライト


ライト…ライト……!










「それで、園子ちゃんは一日中ぼうっとしていたんだね?」

「はい……絶対体調が悪かったんです。あたしが…あたしがちゃんと一緒に帰ってれば!こんな、こんな…!」

「落ち着いて…大丈夫だよ…他に、何か園子ちゃんは言ってなかった?頭が痛いとか、気持ちが悪いとか」

「さあ…何だかずっとぼっとしてたから、あんまり話したくないみたいで……あ」

「ん?なんだい?」

「いえ、あの…蝶々が…」

「え?ちょうちょ?」

「はい。園子は蝶々が好きだったんですけど…今朝、紋白蝶が轢かれたって言ってました。あの…学校の前の大通りで、白い車に轢かれちゃったのって」

「モンシロチョウねぇ…ん?白い車って言ったね?」

「はい。確か…普通の平べったい白い車だって言ってました。そんなにスピードは出てなかったみたいで…でも、蝶々は死んじゃったって」

「なるほど…」

「どうかしたんですか?」

「実はね、目撃情報で園子ちゃんを…その、轢き逃げした車が白い車だって言うのがあるんだ」

「え…!それじゃ、その車は?!」

「いやいや、いくらなんでもねぇ。まぁ、目撃した人がナンバーを覚えててくれたから、すぐに捕まると思うし、そんな事は…ないよ」

「そ、そうなんですか…そっか…」

カタン…ガチャ

「今日はどうもありがとう。参考になったよ」

「いえ、どうも……あの、刑事さん」

「ん?なんだい」

「…園子は…小学校であだ名があったんです」

「あだ名?」

「はい…園子って色白でしょ?小学校のときも誰よりも真っ白で…それで、蝶々が好きだったから…紋白蝶って」

「………」

「それだけ…です。お世話になりました…」

パタン




「全く、夏前に…気が早いお嬢さんたちだ」

煙草に火をつけると、窓の雨の中に紋白蝶が飛んでいる気がして、どうにも気分が落ち着かなかった。
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