トップに戻る

その1

単ページ   最大化   

■PetShopBoy&Girl

夕暮れの街を行く人の波、
その中に沈んだ表情の女一人。年は26,7。名前はハナ。
あの人の電話の相手は恋人だろうか、
あの人の買い物袋の中身は暖かい夕食を待つ家族のためか、
そんなことを考えながら、人ごみのなかハナはとぼとぼと歩く。

内気で引っ込み思案な彼女でも恋したことはあるし彼氏がいたこともあった。
短大時代に引っ張り出されたコンパで男に免疫のなかったハナは
「私なんかに」やさしい言葉で近づいてきた男に簡単に引っかかった。

若い恋は盲目的に加速する、それが初めてのことならば尚更だ。
彼のために、彼の喜ぶことを、頑張りすぎたのか。
重い、と言い残して男は去っていった。
ハナに遅れてやってきた春は、自分自身を否定されたかのような
つらい終わりを迎え、彼女の華奢な心を引き裂いたのだった。
あまりのショックに不眠絶食で心身は疲弊し会社も辞めた。
元来臆病な性格である、それ以来、男のいる飲み会や紹介は徹底的に避け
生活のためのアルバイトも無意識のうちに、男性と関わらなくてよいものばかり
選んできた。つまり、心に壁を作って生きてきた。
もうあれほどに傷つくのはこりごりなのだ。

それでもやはり、人は誰かのぬくもり無しには生きていけない。
作られた出会いではなく、もっと運命的な、心ときめく何か、
そんな偶然の出会いを待っていたが、積極性のない彼女に
恋愛の神様がそう簡単にチャンスを与えるわけもなかった。
いつしか彼女は恋する方法すら忘れてしまっていた。

歳を重ねるにつれ年齢以上に心が乾いてきてしまったように感じる。
田舎の両親の元に帰ろうかと考えたこともあったが
弟夫婦が同居する中に今から混ざるのもわびしくて気が引ける。
そこで彼女が考えたのが、犬を飼うことである。
猫はだめだ、そっけがない。自分のあふれんばかりの愛情を
ちゃんと受け止めてくれそうな従順な犬がいいのだ。
愛情を与えぬくもりをもらう。心に潤いを取り戻したい。

そんな思いに駆られ、この2ヶ月ハナは商店街のはずれにたたずむ
民家の一階を改造したような造りのこじんまりとしたペットショップに週一回、
バイトの帰り道に少し遠回りをして通っているのだ。
___________________________________________________________________________________________
1

14sai 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

トップに戻る