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 ここよりもきっと凄惨な場所は世界中にいくらでもあるのだろう。
それは理解している。
けれど今ここに立っている私は、ここが世界で最も凄惨な場所だと感じてしまう。
東村山外れにある腐った畳の四畳半アパート。
目の前には垢でネズミの死体の様に薄汚れた布団から半身を起こし咳き込んでいる貧相な老人。
その布団の周りには未開封の封筒の束と痰壷代わりのペットボトル。
老人は奇妙な音を立ててペットボトルに痰を吐いて口を開いた。
「来て貰ってアレだけどよ、ご覧の有様だから返したくても返せねぇんだよ。」


 私はファクタリング業務をメインに行う金融会社の営業社員だ。
会社があって無い様なイメージを損なわない為にファクタリングなんて横文字を使わせているが、要は屑債権を叩き値で買い取って取り立てるだけの事。
真っ当に利息制限法の金利でサラ金を営む事は難しい。
例えば事務員一人の給与を支払う為には1500万の貸付が必要で、更には様々な経費、破産、民事再生手続き等で会社維持の為に必要な貸付金額は跳ね上がる。
ファクタリング業者の扱う債権は様々だ。
私の会社の主に扱う債権は昭和50年~60年の貸付債権で、それは元金の5~10%程度で仕入れた物である。
例えば今目の前にいる老人鈴本隆輔の債権は昭和57年に30万を貸し付け、元金の5%で債権譲渡され、一回の返済も無く今に至る。
出資法の上限金利で計算した場合は元利合計約257万円、利息制限法の上限金利で計算した場合は約170万円だ。

 1万5千円で買い取った債権で257万が回収出来れば大儲けだが、契約通りに返済が行われる事はまず無い。
殆どの客は連絡が付かないか死亡しており、死亡した債務者の相続人に請求をすれば債権放棄をされる。
連絡が付いた客の多くも時効を援用したり、生活保護受給者であったり、支払能力が無かったり、破産宣告を受けていたり、開き直って払わない客ばかりである。
その中で稀に、理や情を絡めた説得や恫喝で支払いをする者がおり、極々稀に満額返済する客が居る。
支払いをする殆どの顧客は大幅に減額をした和解契約を結び、分割で支払いをする。
82歳の老婆に、偶数月(年金支給月)に5000円を200回払う和解契約を結ぶ事もある。
死ぬ迄払わせ、死んだら相続人へ請求する為の和解である。
会社はそれ程儲かってはおらず、私達の給与も高くは無い。

 「この有様と言っても、アパートを借りてきちんと生活している訳だからお金が全く無い訳ではありませんよね?」
「息子が文句言いながら世話してくれてるだけなんだよ。」
「具体的に毎月幾ら貰っているんです?」
「手前に関係ねぇだろ!」
急に激高した鈴本は叫んだ後に案の定咳き込んで、数回目の咳で自分の手に痰を飛ばした。
それをティッシュで拭き取ると充血した目でこちらを睨み、「帰ってくれよ」と、濁った声を絞り出した。
入社当時は客に怒鳴られれば驚き、目の前で痰を吐かれれば胸を掻き毟られる様な気持ち悪さを憶えたが、今の自分は姿勢を崩さずに債務者の目を見つめている。
そんな自分が居る事を意識してしまうが、それは別に空虚も違和感も安心感も何も感じず、ただそういった自分を確認しているだけで、自分の中の感情のどこかが麻痺している事は理解できるが、それに対しての悲壮が無い。
麻痺している事に気付いて焦り悲しむ感情すらも麻痺している。
その事に気付いても悲壮は全く存在せず、麻痺している事に気付いても焦り悲しむ感情すらも麻痺して居る事に気付いても焦り悲しむ感情すらも麻痺している。
その事に気付いても悲壮は全く存在せず、麻痺している事に気付いても焦り悲しむ感情すらも麻痺して居る事に気付いても焦り悲しむ感情すらも麻痺している事に気付いても焦り悲しむ感情すらも麻痺して居る。



無限ループって怖いね!
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