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怠惰な生活

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 思い出したように湧き起こる眠気とわずかな気怠さ。たしか前にもこんなことがあったかもしれないと思い出すのはまた夢の中の記憶という二重底。鼻孔を刺すようなコーヒーの臭いが部屋に充満していて脳みそまで黒い液に浸したような感じがする。ペニスは勃起している。それはもはや生殖と切り離され刺激を求めるだけの自生した一つのもの。私はそれに行動を促されるものの、どうにもその気になれずただそれがおさまるのを待つ。
 こういった時私は普通に生活していたのだったらどうだろうかと夢想する。日光を感じながら爽やかな気分で生きる。けどそれは所詮光と陰の物語の一つの側面に過ぎない。私はこうやって向こう側に思いを馳せる時はあるものの、向こう側から手をさしのべられる事は決してない。そして私はまた影の根を張りつづける

 陰の国の物語は始まりも無ければ終わりも無い。全てが平坦な暗黒の地平上に存在する。時折夢の中から這い出してきてはまた夢の中へ全てを詰め込む。愚かな単純作業は何も産まないし何も感じない。綺麗な音楽を聴いても何も感じないし食欲も起こらなければ仕舞いには起き上がるのすら億劫だ。日の中で快楽という物があるとすれば半日に一回ほど便所に行って半分水のような排泄をする事だ。夢、夢、夢、夢の中へ何かを求めてももはや麻痺した感覚が映すものなど何もない。楽しいことなど記憶の中を探し回っても見つからないのだから夢に現れるわけでもない。

 これまでだらだらと目的もなく書いてきたが私は一つ考えた、これは後に万が一幸せな生活を送るようになった私に向けての手紙である。私がこのような暗闇の底で生きていたということを忘れないためにも、忘れさせないためにも私は書く。やあこんにちは、私は今最悪の気分です。おそらく今の私の目の中は精液を入れたようにドロドロとしていることでしょう。

 起き上がりまた書く。そういえば私は以前小説家になりたいと思っていました。何故そう思っていたのかは今ではよくわからないのですが、以前ならこうやって日がな暇なときがあれば進んで本を読んでいたものでした。けど今ではそんな気は起きません。昔だったらおそらく何らかの未来のための糧になると思っていたからだろうと思います。今は全く、こうやって書いているのすら何ら将来とは関係のない事だと思っています。小説家を目指さなくなった私の方が小説家然としているのは何か皮肉なものを感じます。

 昔どうしようも無い人間の日記を見たことがある。あれは本当にくだらないものでまさに日記だった。私は触れていることに嫌悪感すら感じた。

 何も変わらないと思っていてもおそらく私の代謝機関は機能していることでしょう。すると私の中の細胞や精虫といったものは日に日に姿を変えているわけです。何年か経つともうすっかり中身が入れ替わってしまって前に私を模っていたものはどこかへ消え失せてしまっているわけです。そうすると私はもう別人になっていて以前怠けていた私では無いのです。そう考えるとまたこうやって何もしないのも良いのではないかと思えます。三十年後の私は生きたいと思っているでしょうがそれはそれで私とは関係の無いもので、また素晴らしいものであると思います。

 人々は動きます。人々は歩きます。私はなんだか置いてきぼりになったような感じがします。何も起きません。何もしません。夕暮れに何の感慨も起きません。

 私は時々、一年に一度ほど自殺という物を考えます。それはもはや使い古して埃の被った玩具を押し入れから引っ張り出してきたような感じです。それを手の平の上で転がしてみたりします。もはや死ということはあまり考えません。考えても刺激がないのでつまらないのです。それだからどうやったら死ねるだろうかとその時々の知識の上で考えて終わりです。また私はその玩具を大切に取っておくのです。

 私は時折自慰をします。モーパサンの脂肪のかたまりのような女を想像するのです。それはまさしく性欲や肉欲の象徴で油にまみれていて時々それを舌の上にまでぬるりと感じるときがあります。ちょうどルノワールの裸婦像にコールタールを塗りたくったような感じなのです。それで私の欲望は充足します。それでいいのです。

 そういえば今になって思い出しましたが、私は始めにこの文章を書く時によくある小説の出だしのようなものを書いていればそのうちに私の身に何か起こったり、何か物語が始まったりするのではないかと思っていたのです。けれども実際は何も起こることもなくただ同じような文章を羅列するだけで終わりました。事実は小説よりも奇なりと言いますがこれはまさしくこのことであって、何も起こらない小説などめったにないものですから、これはこれで良いのではないかと思っています。
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