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一話 気まぐれと責任 前編

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 家族も友達も食べるものも時間も何もなかったわたしを
 ご主人様は暖かく迎えてくれました。

 わたしはとても幸せでした。

 わたしの他にも沢山の猫がいて、みんな親切でした。

 ご主人様は時々わたしの頭を撫でてくれます。
 心地よい手のぬくもりにわたしはつい、ニャアともらしてしまいました。

 わたしはご主人様が大好きでした。

 ある日ご主人様は帰ってくると暗い顔をしていました。

 いつものようにわたし達を抱き上げ頭を撫でてくれませんでした。

 その代わりにキッチンに行って、よく砥がれた包丁を持ってきました。

 叫び
 嘆き
 憎しみ
 殺意

 わたしはまた独りになりました。
 家族も友達も食べるものも時間もなくなった。
 残ったのは傷だけ・・・

                          ある猫の悪夢の惨劇

 1.拾ったつながり拾った責任

「ふああああっ」
 大きなあくびを噛み締め、肩からずり落ちそうになったナップサックを元の位置に戻して、側にある公園の時計を見た。
 8時20分―――
 このまま普通に何事も無く、歩いていけば学校には30分前に着くことができる。途中に信号が一つあるが、一回待つぐらいの余裕もある。
 絶は眠い目をこすりながらその公園を後にした。

 季節はすでに夏にさしかかり、せみたちが自分たちの終わりを告げる鎮魂歌を唄っていた。何もこんな朝っぱらからしなくてもいいのに。
 でも、いや、違うなと思い直す。比較的、朝は昼より涼しい。せみがミンミンとうるさくするのはオスがメスを呼んで交尾をし、子孫を残すため。昼の地獄的な暑さの中、行為に及ぶのは人間同様、厳しいだろう。むしろ昼にやったら自殺行為だ。わざわざ短い命をすり減らすこともあるまい。
 それならそれで違うとこに行ってくれよ。
 
 数えれば夏休みまで片手で丁度数えれるほどになった。
「夏休み、か。」
 俺にとって世間一般の楽しい期間ってわけではない。そりゃあ、授業を受けなくてすむし、学校まで通学しないで済むっていうんだから、うれしい期間ではあるけど、すくなくとも楽しめそうにはない。このままでは。
 
 とか、考えていたら、そもそもなんで学校なんかに通ってんだろ、と思って学校に行くのがとたんにめんどくさくなった。いつの間にか足も止まっていた。
「・・・さぼろう。」
 夏休み前、それも終業式が近くなると、学校で過ごす時間は普通の日より断然少ない。午前中に終わったりする。(そういえば、昔なんで午前中だけなんだろう。午後もやって早く終業式すればいいのに。そうすれば学校に行く手間が少し省けるのに・・・とか疑問に感じていたが、まあ、大人の事情ってやつなんだろう。)
 しかし、今、それに行くのさえだるく感じる。
 一回甘い蜜を吸ったらもう苦い蜜は吸えないみたいな?
 
 回れ右をして足を下ろそうとした。そのとき脳裏にある人物の顔がよぎった。
「・・・・・・・」
 少し長く重く考えたあげく、俺はまた回れ右をして歩き出した。
 今帰れば確実に、学校に行くよりめんどうなことになる。それが結論だ。


 こめかみから汗が垂れ、すこし口に入ってしょっぱい思いをしながら歩き続けた。
 なんとか信号までたどり着いた時、信号は丁度、赤から青に変わるところだった。
「・・・ふぅ。」
 なんとか時間どうりに学校にはたどり着けそうだ。信号へと足を進める。

 にゃー・・・

 消え入りそうな小さな声だったが確かに猫の鳴き声だ。
 いつもなら無視してしまうような出来事だが(それに時間も無い)こんな日にかぎって、なぜだかその鳴き声の主を捜したくなった。
 声のしたほうはすぐ横にあるコンビニの裏あたりらしい。
 
 この時間でなければ不良がたむろしていそうな場所に、一匹の猫が影から絶を見つめていた。
 にゃあ、とまた力なく鳴いた猫は、大きくも小さくも無い大きさで、銀色のようなきれいな灰色一色の毛をまとっていた。
 よく見ると、左の後ろ足から血が流れている。どうやら怪我を負っているらしい。
「動けないのか?」
 観察するために俺は少し猫に近づいた。影にも入りたかったし。今日は結構、暑いんだ。

 
 近づくと怪我は思っていた以上にひどい。このままでは菌が入ってさらに悪化するだろう。
「痛いか。助けてやろうか?」
 そう言っていつの間にか猫に向かって右手を出していた。人間ならそれに応えるとき、自分の右手を差し出すのだが、相手は猫。
 なぜ右手を出したのか、自分でも分からなかった。疑問は人間でもないのに右手を出したとか、なぜ左手じゃなく右手をだしたのかとかそんなことじゃない。
 なぜ自分から手を出したのか、だ。

 普段、自分以外のことに手を出さない。むしろ自分のことすらしないこともある。それは行動に伴う責任を負いたくないから。
 それなのに今、全く知らない怪我をした猫に手を出している。それはなぜか?

 一つは負う責任が少ないから。餌代やらがかかるが特に問題も無い。それに預かるのも足の怪我を治すまでだ。猫だし、どこにでもいけるだろう。
 二つ目、たぶんこっちが本命だが。それは単なる興味心。この猫を見たときから昔の自分の姿が重なって見えた。多分それで今日はいつものように通り過ぎなかったのかもしれない。しかし前にも言ったが、俺は自分からはあまり行動しない。なにかのきっかけがなければ動かない。いつも受身の姿勢だった。今日もそれを変えるつもりは無い。だからカケてみた。
 この猫の行動によって自分の対応を決めようというカケに。
 ・・・なんて理屈っぽい、屁理屈を後から付けたして、猫の反応を待った。

 猫はしばらく目の前にある右手を眺めていた。
 そして―――中指を噛んだ。
「痛ぇ。」
 手を振ると猫はすぐ放した、というより力がなく、放れたようだった。見ると中指の二つの穴から血が流れ出てきた。それを見てもう一度猫をみる。
 同情だけなら帰ってくれとでもいいたげにこちらを睨んでいた。

「・・・うん。気に入った。お前を連れて帰ろう。」
 絶は猫を両手で抱えた。最初は逃げようと動き回ったが、絶に危害を加える気が無いのが分かったのか、それとも動く気力も無いのか。じっとしていた。
 思ったよりも重みも無い。怪我をしてから何も食べていないのかもしれない。
 ・・・家に何かあるだろう。そう思い俺は家へと足を向けていた。
 帰り道のチャイムで学校のことを思い出したが、全く気にせず帰った。
6, 5

  


 2、発現

 家に中は人の気配が無かった。それに少し安心して猫を部屋に連れて行った。
 汚い台所を抜け、自分の部屋へ。
 部屋の中は相変わらず殺風景。家具なんてものはほとんど無い。あるのは服を入れる三段ボックスに、朝起きたままの布団とこじんまりとした机の上に乗っている本三冊だけ。
 数えるほどもないが、今のところ不自由はない。
 
 猫を布団の上に座らせ、台所に戻る。冷蔵庫を開けて中を覗くと・・・あった。牛乳と魚肉ソーセージを見つけた。
 次に牛乳を注ぐ器をさがした。二つ器が見つかったが、一つは真っ平らな皿で注ぐなんてものじゃない。もう一つはどんぶりで猫が飲むには不便すぎる。で、結局小さめのフライパンを持って自分の部屋に戻った。
 

 部屋に入ると鋭い視線で迎えられた。まだ俺を疑っているような目だった。
 それを無視して、牛乳が入ったフライパンを猫の目の前に置く。
 最初はじーっとフライパンのそこの牛乳を見ていたが、やがて我慢できなくなったのか、ペロッとひとなめ。
 その後あっという間に牛乳をを飲み干した。よほど腹が減っているんだろうなと思い、ソーセージを剥いて顔の前に近づける。牛乳同様、パクパクと食べていった。その豪快さは俺の手まで食べてしまいそうな勢いだった。
 フライパンに二杯目を注ぐ頃には大分元気になったのか、ニャア、ニャアと力強く鳴いていた。そんな姿を見ると、自然と暖かい気持ちになれる。
 
 そういえばと包帯を持ってきて左足に巻いた。勿論消毒もして。
 医者じゃないからよく分からないが、左足は思っていたより悪くは無かった。ちょっと深く切っただけみたいだ。どこかで引っかかったのかもしれない。

 二杯目も飲み終わった、猫は毛づくろいを始めた。
 時計を見ると10時ちょっと過ぎたぐらいで、そういえばいつもこの時間は寝ているなと思ったら自然にあくびが出た。 ――生活習慣という奴は場所が違えど巡ってくるものらしい。そのせいで既に目が細まっていく。でも眠る前に一つしなければいけないことがある。

「こいつの名前を決めなくちゃな。んー。そうだなあ。俺の無我 絶から無をとって『無』にするか。でも『無』だったらなんか呼びにくいから・・・『ムゥ』だ。なあお前の名前、『ムゥ』でいいか?」
 最初何のことか分からないように首を傾げていたが、納得したのかニャアと鳴いて、毛づくろいを続きをしていた。
 それをみて、絶はふうとため息を一つついてその場に寝転んで寝始めた。


 毛づくろいを終えたムゥは久し振りに食事をしたおかげで大分動けるようになったので、家の中を探索してみることにした。
 ほんとに何も無い絶の部屋はそのまま抜け出し、まっすぐ行くとキッチンがある。
 感想は・・・汚い。非常に汚い。他にあげることは少し臭うということでどちらにしろいい感じはしなかった。高くてよく分からないが、テーブルの上もシンクの中もいっぱいだと思う。
 
 キッチンを右に曲がると手前にトイレ、奥にお風呂があった。お風呂の中は一人しか入れそうにない浴槽とくぐもった鏡と散らばったシャンプー類、後水の張った洗面器があった。
 
 お風呂からキッチンに戻って今度はそのまま、まっすぐ行くと何か難しい文字が4つ書かれたドアがあった。すこし開いているので体を起用にひねりながら中に入った。
 ムワッと鼻につく臭いがする。
 それにすぐ目の前には黒い壁があった。と、思ったらそれは壁ではなくドラム缶だった。
 ドラム缶を回ると他にも、ライターやスプレーの缶が無数に転がっていて足場に困った。
 それでも軽い足取りでそれらを飛び越えると今度は変な文字が書かれた透明な瓶や、真ん中に豪華な飾りをしたおじさんが、笑顔で棹を持っている茶色のビンが数本あった。
 ここは特に匂いがきつくて足がフラッして思わずタンスにぶつかった。すると、ごとっと何かが落ちてきた。
 
 それは玉だった。緑色をしていて中のほうは濃くなっている。毛糸球ぐらいの大きさだった。そのきれいな緑色と丸という形に心を奪われたムゥはそれを前足で交互に転がして遊び始めた。でもすぐ止めた。
 思い出した。

 嫌な記憶。
 脳に焼き付いて取れない。
 消したくても消せない過去。

 
 そのままムゥは部屋を出て行こうとした。そのとき、いきなり後ろが明るくなった。振り返ると緑色の玉が光っていた。驚きながらもムゥはそのリズム良く光る玉を眺め続けた。それは心を奪われるというより、安心感のある、そんな光だった。
 ドクン、ドクンと自分の心臓の鼓動と光が重なったとき、ムゥの目の前は白く包み込まれた。


 気がつくとムゥは玉の前でボーっとしていた。玉はもう光っていない。
 頭がくらくらして、動悸も荒い。食事をしたからといって、無茶をしすぎたのかもしれない。それにしてもさっきから何か違和感がある。
周りを見渡すと瓶やドラム缶が一回り小さく見えるような気がする。でも見ていると段々視界がぼやけてきた。

「にゃぁあああ」
 試しに鳴いてみてもやっぱりいつもと違う。のどもゴロゴロ鳴らせない代わりに、うーと低い音がでてきた。尻尾の感覚が無い。ついでにひげの感覚もない。
 けっこうやばいかも。
 そう思って絶の部屋に戻ろうとする。
 
 ――――こけた。
 尻尾が無いと歩くことがこんなにも大変なことだとは。正直こんな状態のときに知りたくなかった。足がもつれてしまう。
 ――――こけた。
 
 半開きのドアから出ようとしたとき、体がつかえた。入ったときはスッと入れたのに。
 不思議に思いながら無理矢理通り抜けたら、体がドアに当たってすれた。でも痛みはあるくせに、あのフワフワの毛の感触がない。よく考えればすこし寒いような気もする。
 ふらつく足で汚いキッチンを曲がり、絶の部屋に入った。・・・また体をすってしまった。
 
 何かおかしい体を引きずってなんとか絶の元にたどりついた。
 布団で寝ようかとも思ったけどもう歩く力はあまり残っていない。
 仕方なく、一回り小さく見える絶の側に転がる。体を丸めようとしても、いつものようにうまくできない。それに体が寒い。
 最後の力を振り絞って絶にぴったりと寄り添う。

「・・・・・」
 何日か振りの人の体温はとても心地よかった。頭にかかる息はまるでやさしく頭をなでられている見たいだった。・・・こんなふうに感じられるのもこの人が『いい人』だからだろう。
 さあ早くこんな『悪夢』から抜け出そう。
 顔の前にある絶の胸に顔をうずめてムゥは次第に眠りに落ちていった。
8, 7

  


 3、誤解×誤解=誤解

 ムゥが眠り始めた2~3時間後、時刻は昼を少し過ぎてドロドロとした人間関係を描いた、いわゆる昼ドラが始まったぐらい。朝から根性のあるセミたちがまだ子孫を残すため、鳴き声の大安売りを続けていた。
 
 そんな道路には、不自然な男が鼻歌混じりに涼しい顔をして歩いていた。
 その男の何が不自然かというと、30℃を超える夏日の中をよりにもよって、黒に近い色をした革ジャンを着て歩いているのだ。しかし、そのくせ顔は未だ暑さを知らなそうで、汗一つ掻いていない。

 男の特徴は、言ってみれば『今風の若者』と呼ばれるような格好をしていて、首に大きな銀色のドクロの形したネックレスを提げていた。髪は赤に染まっている。そのところどころに黒が混じっていて反発するように外に向かって跳ね上がっている。顔は、イケメンの部類に入るほどきれいな顔立ちをしているが、今はサングラスで隠されていて、それに気づく人は少ない。
 
 そんな不自然で今風の男の夏楼 蒼夜(かろう そうや)は機嫌が良かった。
 それは蒼夜が右手にぶら提げている、有名なブランドのロゴが描いてある、黒い紙袋の中にあった。
 中には、最低一ヶ月、最高一年間超えるくらいの予約が入っている、世界大三企業『パブロフカンパニー』の誇る最高のワイン―――通称『ハイドロ』が入っているのである。味は言うまでもなく、値段は黒塗りの少し長い某車が一つ買えるほど。
 買うのは勿論、それこそ社長や大富豪たちなどがほとんどで一般の人々はそんなワインが売られていることすら知らないような代物だ。

 蒼夜はあの手この手を尽くしてやっと手に入れた。
 蒼夜はそんな物を手にしているのだからこれが喜ばずにはいられない。思わずガッツポーズを取りたくなったがさすがにそれは恥ずかしいから、家に帰ってからにすることにした。(革ジャンで歩いているのを奇異な目で周りが見ているのを蒼夜は知らない。)

 
 家は相変わらず汚いというか古いというか。まあ安いアパートだった。安い割りに中は広く、小さいながらも風呂もついている。それに大家の婆ちゃんは人がいい。ときどき懐かしい味のかぼちゃの煮付けをくれたりする。住むだけならここは最適な場所だろう。カンカンカンと鉄製の階段を上って、一番手前のドアノブを回した。
 
 玄関には見慣れた靴が雑に並べられていた。同居人の顔が浮かぶ。
「あいつ・・・学校サボりやがったな。」
 キッチンを右に曲がり、火気厳禁と書かれたプレートが貼られた部屋に入る。
 ガソリンの匂いが充満した部屋は、いつものように散らかっていた。でもなぜか家を出たときより散らかっているような気がする。

「あっ!?なんでこれが落ちてんだ。」
 これとは緑の玉のことである。いつもタンスの上に置いていたのに今は床に落ちていて、ビール瓶に囲まれている。
「あいつ、おれの部屋に入ったのか?・・・久し振りに遊んでやるか。」
 いつもは温厚(と自負している)な蒼夜は早くも説教ムードに入っていた。

 部屋を出て、絶の部屋に向かう、と言っても歩いて二、三歩の距離だが。
 コンコンとドアをノックする。こういうところは怒っていても、まじめに行う。誰だってプライバシーは大切だ。
 ・・・反応なし。
 ダンッとものすごい力でドアを蹴って入った。こうなったらプライバシーなんか知ったことか。ちなみにドアは穴も開いてなく外れてもいない。頑丈なつくりだった。
 
 
 絶はみごとに眠っていたがその爆発的な音に目を覚ました。すると部屋の入り口に同居人の蒼夜が青筋をたてて立っていた。やっぱり学校サボったことがまずかったのか。
「えーっと、これには訳が・・・」
「・・・・・・・・」
 説教がくるかと思ったらなにやら違ったらしい。いつの間にか蒼夜は唖然とした顔で指を震わせながら絶を指している。
 どういう意味だ?と疑問に思っていると、横でガバッと灰色のきれいな髪をした全裸の女の子が起き上がった。

「ふあぁぁぁあああっ」
 大きなあくびを漏らした後周りをキョロキョロと見回した後、絶に気づいた。
 そして女性は笑顔で絶に
「おなかがすいたのでご飯を下さい。ご主人様。」
 




 時が止まった。
 この人今なんて・・・
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
 少し遅れて蒼夜の理解できないといった、声が上がった。
 でもこの状況を理解できないのはもう一人いた。
「えーっと・・・あんた、誰だ?」
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
 二度目の雄叫びが上がった。


「―――つまり、まとめると俺の部屋に入って、例の緑の玉を見てたらいきなり輝きだした。で、気がつくと人間の体になっていたってことだったよな。・・・えーっと、ムゥちゃんだっけ?」
「はい。たぶんそうだと思います。あのときは視界もぼやけていて確認はしてにゃいですけど、視線の高さの違いや尻尾や、ひげの感覚がにゃかったから。」
 ぶかぶかの服を着た女は目を細めながら、うーと唸った。
 
 ・・・正直に言って、俺はまだこの状況を夢なんじゃないのかと、浦島太郎のように思っていた。 さっきからほっぺたをつねっているが痛みしか残らないから、現実なんだろうけど。
 でも、怪我をした猫を連れて帰って餌を与えて眠ると、数時間後にその猫が人間になっていたら驚かないほうが、おかしいだろう。まるで鶴の恩返しだ、・・・いや、まだ恩返しは貰ってないけど。
 
 さて、みなさんお気づきだと思うが、そう俺の横に座っている女がムゥなのだ。

「なあ蒼兄。その緑の玉ってなんだ?俺はまだ見たことすら無いんだけど。」
「ああ、そうだったな。」
 蒼夜は立ち上がって自分の部屋に入っていった。ガランガラッと瓶が倒れる音が聞こえる。
 ムゥの方を見ると手の甲を舐めていた。毛づくろいのつもりなのだろうが、今は毛なんて一切無い白い肌しかない。すぐ意味が無いのが分かったのか、舐めるのもすぐに止めた。

 人間になったムゥは俺より一回り小さい。だからムゥの着ている絶の服は大分余裕がある。髪は猫のものを受け継いだのか、銀色とも見える灰色だ。目は細くキリリと鋭い。元が猫だから猫目なんだろう。なぜか言葉もちゃんと話せる。『な』の発音が少しおかしいけど。

 ガサゴソといわせながら蒼夜は戻ってきた。手に緑の玉を持って。
「これがその例の玉だ。いつか話そうと思ってたんだが。いい機会だし、話しておこう。」
「やっぱり何かあるんだな。」
「ああ、それもとっておきのな。」
 とっておきと聞いて、俺とムゥはおもわず前のめりになった。


「実はな、この辺りは昔、ある民族が住んでいたんだ。その民族は一人、一人が特殊な力を持っていて、その力を使ってここら辺を支配していたんだ。絶対的な力でな。・・・そしてその民族の長は、この今、俺が持っている緑色の玉を持っていた。この緑色の玉は、民族の宝とされて代々、民族の長に受け継がれてきた。」
「それじゃあ、蒼兄はその民族の子孫なのか?」
「いや、違う。その民族はすでに滅んでいる。なぜ滅んだのかはまだ分からない。その後、嵐や地震でその集落は玉とともに土に埋もれた。そしてさらに時が過ぎて、その土地の上に俺たちの住んでいる町ができた。で色々あってこの玉は俺の元にきたって訳だ。あー、色々の部分はまた長くなるから今度話すわ。」
・・・沈黙。

「質問、結局玉は何の意味が「問題。この民族の人たちはなぜ特殊な力を持っているのでしょうか。」
 いきなり質問を問題で返された。
「そりゃ、血筋が「その玉が関係してるんじゃにゃいんですか。」
 ・・・今度はムゥに被せられた。
「そう、ムゥちゃんの言う通り。なあ絶、少しぐらい話の筋ってもんを考えろよ。ムゥちゃんのほうがよっぽど物分りいいぞ。」
 ―――どうせ物分りの悪い鈍感男だよ、俺は!!
10, 9

  


 俺を無視して蒼夜は続ける。
「そう、この玉は人に特殊な力を与える。特殊な力とは・・・」
 と言って目の前に右手の人差し指を立てた。

 何をするか、すぐに分かったから俺は少し後ろに下がった。ムゥは逆に少し蒼夜に近づいた。
 するといきなり、ボゥっと指の先から火が吹き出てきた。驚いたムゥが絶の後ろに隠れて、「にゃ、にゃんですかそれ?」と火を見ながら聞いてきた。

「あれは蒼兄の能力だ。『火を操る力』あんな風に火を出したりできる。」
「まあ、これには少し準備が必要だったりするけどな。」
「それって、てじにゃ(手品)ってやつですか?」
 そんなもんだなと蒼夜は笑った。

「お前ってさー、猫だったのによく色んなこと知っているよな。」
 と俺が聞くと、猫をにゃめにゃいで(舐めないで)くださいと抗議が上がった。
「猫はいつもこの町あの町と散歩しているんです。人の言葉なんて聞こうと思わにゃくても、聞こえてしまいます。だから言葉も自然に覚えたんです。――それとにゃまえ(名前)で呼んでください。」
 なんでと聞いたら、うーと唸りだした。
 ・・・・・変な奴。


「まあまあ。・・・話しを戻すぞ。今さっき見せたような能力が使えるようになる。だから、多分ムゥちゃんが人間になったのも能力のせいだろう。この玉が光ったってのは玉が能力を与えるときにする合図みたいなもんだろう。」
「なるほど。」

「二人とも、私を置いてかにゃいでください。」
 すっかり存在を忘れらていた。ムゥはご機嫌斜めらしい。
「すまん。すまん。ムゥちゃん。・・・あっそうだ。ソーセージが冷蔵庫にあったな。・・・食べる?」
「食べます!!」
 怒っていたと思ったら、もう笑顔。機嫌がころころ変わるやつだ。・・・というよりただ能天気なだけなのか。

「つまりムゥちゃんが人間になったのは俺たちのような力が原因じゃないかって話をしてたんだよ。」
 へーと口にソーセージを頬張りながら頷いた。
「ムゥは自分のことより食べ物の方がいいらしいな。」
「腹を立てたら、おにゃかが減るもんです。」


 ムゥがソーセージを食べ終わってから、さて、と蒼夜が言った。
「これからどうするかねぇ。別に同居人が一人や二人増えるいいんだけど、なんせ女の子だからなぁ。俺たちとは全然生活の仕方も違うと思うし。むしろムゥちゃんが《人間として》生活すること自体どうすればいいか分からないし。・・・仕方無ぇ、あいつでを呼ぶか。」
「あいつって、誰?」
「俺が知っている中で、一番信頼できる、嫌な女だよ。」
 そう言って立ち上がり自分の部屋に帰ってしまった。
「いやな女?」
 一人首を傾げると、ムゥに袖を引っ張られた。
 猫なで声で、
「おかわりください。」
 と言って手をおわん型に出していた。
11

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