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epilogue 〜九月一日

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「じゃあ、行ってきます」
 と僕は口にして、しかし、それを聞いてくれる人はいないのだと思い出した。誰もいない部屋と言うのは寂しいな、と僕は泣き言のような事を思うが、そこで萎えそうになってしまう自分を奮い立たせようと「いかん、いかん」と両手で頬をぴしゃぴしゃと叩き、気分を入れ替えようとした。
 アパートから外に出て、僕は自転車に跨ると約束の場所へと向かって走り出す。
「おーい」
「うぃっす」
 交差点で、僕の友人である南信也が手を上げた。どうやら先について僕を待っていたらしい。
「おせーよ」
「悪い、悪い。昨日帰ってきてドタバタしててさ」
「なに、昨日まで地元に帰ってたの?」
「そうだよ」
「どんだけ? 今日が始業式だって言うのに」
 彼はそう、僕を呆れた顔で見つめたが「まぁ、いいや、行こうぜ」と自転車を漕ぎ出した。僕は久しぶりに着る制服の感触に懐かしさと窮屈さを感じながらその後を追いかける。
「つかさぁ、昨日のニュース見た?」
 彼は首を捻る。
「ニュース? なんの?」
 僕ははぁ、と溜め息を吐くと「あれだよ、あれ」と切り出した。
「隕石の話」
「あぁ、もう相当昔の話じゃん。毎年やってるんだから今更言うような事でもないだろ? 譲」
 彼がさぞ退屈そうにそう言いながら僕――新垣譲の方を見てくる。
「それはそうだけどさぁ。なんか怖くね? 隕石が落下するとかさ」
「わかんねーよ。そんなの」
「まぁ、そうだけどな」
 僕は興味がなさそうだと判断すると、早々に切り上げる事にした。
 僕自身、そこまで聞いてもらいたい話だとも思わなかったし、彼の言う通り、そこにリアリティを見出そうとする事など到底出来そうにもなかった。


 巨大隕石が落下したのは今から八百年ほど前と言われている。ちゃんと調べればそれがいつのものかは調べられるし、八月三十一日に落下したと言う事も分かっている。
「昨日か」
 始業式だけで、あとはホームルームが終わると下校となり、僕は帰宅しながらふと呟いた。
 人類は、生き延びる事に成功した。
 確かに大量の死者が当時は出たし、文明はほぼ全て壊滅してしまったらしい。当時の生活がどんなものだったか、と言う事を推察するテレビなどが毎年この頃になると放送されるが、それは当時の時代からさらに千年以上遡った原始の時代と似て似付かぬものだったとも言われている。
 果たして、一瞬にして全てを失った人たちは一体どのようにして生き延びたのだろうか?
 そう考えながら、交差点に差し掛かったときだった。
「危ない!」
 そう声がした。僕は咄嗟にハンドルを切り、急カーブしすぎた自転車がバランスを失い危うくその場に転がりかけたが、なんとか足をつく。
「大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫」
 と言ったのは僕ではなかった。どうやら二人いたようだ。僕はその男女を見やる。先ほど叫んだのは男の人のようで、道路に飛び出した女の人を引っ張ったらしく抱きしめるような格好を取っていた。
「わり、そっち大丈夫?」
 彼は僕の方を見て、心配そうな顔をする。よく見ると僕とそう変わらない年齢のようだった。
「あ、うん、大丈夫」
「よかった、ごめんなさい」
「いや、僕もスピード緩めなかったから。ごめんなさい」
「いや、いいよいいよ」
 彼はそう言うともう一度彼女の安否を気遣うと僕に「じゃあ」と軽く手を上げ、通り過ぎていった。
「気をつけろよなー、全く」
「ごめんごめん」
「ったく、麻奈はぼーっとしてんだからさぁ」
「康弘には言われたくないよ。今も康弘のせいでこんなに急ぐ羽目になってるんでしょ?」
「あー、まぁ、そうなんだけどさ」
 僕はそう言って離れていく二人を見送り、先ほど事故を起こしかけたと言うのに再び思考へと潜っていこうとしていた。
 どうして、人は生き延びる事が出来たのだろう。
「本当に悪いと思ってる?」
「思ってるって!」
「じゃあ、許してあげる」
 どうやら彼氏さんは彼女の機嫌を直す事に成功したようだった。彼ははは、と澄んだ笑い声を響かせ、言った。
「ありがと、愛してるよ」


 愛してるから。
 それが理由ならいいな、と僕は思う。






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