『死の可能性』
『死の可能性』
「深くは聞かないけど、楠木コーポーレーションに“何か”されたのなら、私と同じ目的かもしれない。で、相羽君はどうしたいのか、って話」
「好奇心で知りたいとは思うけど、その、どうしたいかってのはなあ。結果的に怪我はしたけど、直接なにかされたってわけじゃないし。拉致はされたけど」
自分で言っておいてなんだけど、拉致程度ならどうでもいいという考えにちょっと変人臭。ああ、ちょっとどころじゃねえわ。けどなあ、間違ったことは言ってないよなあ。
そんな変人臭のする俺の言葉を聞いても、部長は特に顔色を変えるわけでもなく、潰した缶をゴミ箱へ投げる。ホールインワン。思わず俺は無言で拍手。
「ありがとう、ありがとう。とまあ、そんなわけで相羽君、黙って私達の仲間になりなさいな。悪いようにはしないよ」
「え、どんなわけでそうなるんだよ」
「流れ的に」
もう丁寧語とかどうでもいいと思えるくらいに、部長が突拍子もないことを言う。こっちとしては目的なんかありません、知りたいだけです、楠木コーポーレーションと敵対するつもりなら勝手にやってください、的な意味を含めて言ったつもりなんだけど、返ってきたのはそんな言葉。正直に言わせてもらえば、あんなでかい会社に対して、ただの学生風情が敵対とか失笑ものだわ。平気で人を拉致るんだぜ。明らかに頭がいっちゃってますわ。でも目の前でとんでもない怪力っぷりを見せ付けられた身としては、そんなこと、口が裂けても言えるわけないよね。卑怯だ!
というか仲間ってなんだよ仲間って組織かよ学生風情のくせにおっかねえ。
悶々としながら黙っていると、部長が口を開く。
「なんつーのかな、最近になってやけに楠木側の動きが活発になったというのか、“ここ”にまで手が及んでるのよ。ストーカーとまでは言わないけど、何度かつけられてるしねー」
「え、それってなんだか危ない匂いがぷんすこするんだけど」
「だよねー。なもんだから、事情を知っている人はどんどん仲間に引き入れたいなあ、と。そゆこと」
「謹んでお断り致しますです」
「手強いわね」
なんてことを言いながら、部長は溜め息を一つ。期待を裏切って申し訳ないけど、さすがの俺も怖いことを見せられたり聞かされたりした後で“それ”と敵対するような立場になるのは無理だわ。さすがにね。さすがに怖いよね。無理だよね。
少しの沈黙。お互い喋ることは喋ったというか、これ以上は平行線になりそうというか。だからと言って警戒しているわけでもなく、普通の沈黙。なんとなくともちゃんを見れば、俺がここに来た時から全く変わらず、黙々と図鑑を読んでいる。ほんとに好きなんだな。まあ俺のカレー愛のほうが凄いけどね。負ける気がしないわ。
と、くだらないことを考えていた時だった。不意にノックの音が、狭いプレハブ小屋の中に響いた。図鑑を読んでいたともちゃんを含め、部室の中にいた俺たち全員が扉を見つめる。そこで気付いたけど、外はもう暗くなっていた。もう冬だしね、放課後にゃ夕暮れ、帰る間際になれば夜も同然だわな。で、そんな時間にお客さんとはこれ如何に。不穏なことをさっきまで話していたのも相まって、なにやら怪しい感じがするでござる。
「こんな時間に客とは、怪しいでござる」
「面倒だから口調には突っ込まないけど、とりあえず相羽君、応対してちょうだいな」
「ええ! 俺ですか! とっても怪しいでござるのにですか!」
「いいから出てきなさいよ。早くしないと君を縦に潰してゴミ箱に捨てるわよ」
お腹と背中がくっ付くどころじゃねえ……。
仕方ねえなちくしょう。俺は部長に非難の視線を向けながら立ち上がると、扉まで向かう。というか、やってきた奴は分厚い扉じゃねえんだから用件を言えばいいものを。黙ってられると怖いわ。
俺は扉を鍵を開け、嫌々ながらも扉を開けながら口を開く。
「はいはいどうもこちら天文部で……すぅうええ」
扉を開けて、冷える外気を受けながら、やる気のない応対文句の語尾を頼りなく延ばして、俺はその場に立ち竦む。
それというのもそれだ。月の光に照らされた寒空の下、扉の前に居たのは、見間違えるわけがない、てっかてかの銀髪を携えた銀髪女だったからだ。もちろん手には銃が握られている。もちろんと思えるくらいコイツとはろくな会い方をしてないからな。つまり、今回もろくなことにはならないだろう。とんでもハップンだよ。学校に来てないと思ったのに。今の今まであえて思い出さなかったのに。のにのに。
「ちょっとー、相羽君、誰なのさ」
後ろから間の抜けた部長の声が聞こえてきた。が、返事をする勇気がない。こんな至近距離に銃を持った奴がいるんだぞ。一ヶ月前は余裕で撃たれたんだぞ。痛いんだぞ。怖くて動けねえよファック。
「――また、会ったわね。まさかあんたが“ここ”にいるとは思わなかったけど、手間が省けたってことか」
「と、とりあえず落ち着こうぜ。俺に敵意は無いわけですから、まずはその手に持った銃をしまうんだファッキンビッチ。話はそれからだ」
「話なんて無いわ。それと微妙に隠してない敵意は突っ込んだほうがよさそうねシット。……いえ、そんなことを話に来たんじゃないのよ!」
ノリノリじゃねえか。
「……楠木ビルに行って無事に帰ってきたってことは、あんたも“変わって”いるのでしょう? じゃあ」
パン、と。一つの音が聞こえた。鼓膜が張り詰めたように甲高い音を鳴らしているが、そんなことよりも胸の辺りが熱い。とんでもなく熱い。
「は、ぐえ」
なに撃ってんだてめえ! と、言おうとしたんだけど、口から出るのは苦しそうな言葉。言葉というか呻きだな。……あんまり認めたくはないけど、視線を自分の胸に向ける。
紺色のブレザーを着ているからわかりづらいけど、明らかに濃い色の液体が滲んでいた。まあここまで来ればわかるわ。血だわ。なんとなく赤いわ。撃たれた!
「ごー、ぎゅうう」
叫ぼうとしたけど、出たのは呻きと血。やべえ、これはやべえ。多分死ぬ。多分どころじゃねえ、死ぬ。絶対死ぬ。だって目が霞んでるし。いつの間にか倒れてるし。熱かったはずの体が寒いと思えるくらい冷えてきてるし。死ぬ。これは死ぬ。
何とか立ち上がろうとするけど、ぬるぬるしたものが床に撒き散らしてあって、上手く力が入らない。滑る。頭ぶつけた。痛くない。もう一度立ち上がろうとしたところで、パン、と。さっき聞いた音がまた聞こえたと思った瞬間、動けなくなった。ああ、こりゃ、死んだわ。