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『新・死の可能性』

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 広がっていた。“それら”は地平線なんて境界に縛られることなく、どこまでも、ただ“先”を目指して広がっていた。
 それらを確かな存在として知覚しながら、俺という意識――いや、意識という表現は間違っているかもしれない。……言ってみれば主観の入り混じる高次的存在として、当然の如く知覚していた。俺という範疇に存在する全ての俺を。
 “線”として捉えるそれらは不規則に連鎖し、分岐し、部分的に朽ちてゆく。概念としては“面”なのかもしれない。“俺”そのものを指す面は、今も絶えることなく広がりを伝えてきている。
 主観は全てを把握するようなことはしない。主観的に回避すべきあらゆる事象の原因を、結末を、否定的に把握していた。まるで神に等しい行為。……いや、神ですら許されないだろう。己が望むままに世界を、可能性を手繰り寄せる行為。客観的な要素の入る余地がないこの行為は、紛れもなく、神に等しい行為に違いなかった。しかし、俺は――主観は、神のように万能ではなかった。
 人という概念に縛られた上での高次的存在。知覚可能限界の三次元をゆうに飛び越えた先に在るそれらを、人という形で知覚してしまった代償。……人とは、どこまでも有限な存在だ。しかし、それらは限りなく無限大に近い存在。無限大に等しい情報量を受け止められるほどの容量を、人は持っていないのだ。――故に主観が活かされる。取捨選択し、情報としてではなく“経験”として得る行為。情報を吟味するかの如く、主観――俺は、経験してきた。
 在りのままの情報を得るまでのクッション。それを幾重にも敷いて、それでも尚、俺という主観は悲鳴を上げた。これこそ人という縛り、精神や感情と言った主観足る所以が耐え切れなかったんだ。
 “線”が朽ちる原因は何か。それは死だ。逃れられようのない袋小路。あらゆる“先”が否定された結果。“面”となった中には、朽ちる“線”が必ず潜んでいる。……そういった“線”の死を回避《否定》するために、主観を潜ませた俺は経験する。身体と精神の死を。
 死とは苦痛という感覚を事象として表したに過ぎない。そして、死とは大体が苦痛を伴なって降り注ぐものだ。それでは、その死を今まで連綿と受け続けていた“主観”はどうなるのか。主観は人だ、神でもなんでもない。だから、耐え切れないんだ。
 “俺”は容赦ない死を前にして、成す術もなく壊れていった。時に死は気付く間もなく、時に残虐に、時に受け入れ。そんな中で“主観”がとった行動は、至って単純なものだった。限りなく細分化された“主観”を混ぜた“俺”を壊れるたびに補填するという、ただそれだけのこと。飽くまでベースは“俺”、情報過多となってしまった“主観”を必要最低限のみ与えられた人格。予定された“死”を回避するための“主観”だけが、“俺”の中に在った。
 ある時からの『死にたくない』という思いに則って、主観は俺のために翼を広げ続ける。“先”を目指して。
 ――時間の概念というものが無いのかもしれない。過去と現在、未来を同時に見渡すような感覚を、“主観”は知っている。だからこそイマを進む“俺”は“知っている”死を潜在している“主観”によって回避することが出来る。
 だが、“主観”は気付いてしまっている。地平線の向こうには何も存在していないことを。ある時を境に、“俺”の“面”は壁に遮られたかのように続けることを止めてしまっていた。それが“俺”自身の死を意味しているのか、“主観”が持つ能力の限界なのか。得体の知れない恐怖というものは、現実と乖離したココでも十二分に感じることが出来た。
 回避することは不可能だ。言ってしまえば終着点。今までの尺度から見ても寿命を全うするとは思えない、唐突な“線”の消失。既に数字で表すことが不可能な程の“線”で構成された“面”は、もうすぐ何かの終わりが来ることを“主観”に突き付ける。……そんなものがあると知らず、少し先の未来で、幾度と無く繰り返された“俺”の死が視えた。


『新・死の可能性』


 ドカーン、なんて。擬音では到底表現できないくらいの爆音が、部屋に響き渡った。体中が痛む。慌てて見渡せば、目の前に紗綾ちゃんが倒れていた。
「おい、しっかりしろよ。まさか死んでないよな」
 手にまとわりつくいやな感触を無視しながら、俺は紗綾ちゃんの手首から脈を測る。止まっていた。なんてこった。――“主観”が目を覚ます。
 “やっぱり”人が死ぬのは、こんなにもあっけない。さっきカレーを作ってきてくれたこの子は、一瞬で絶命したんだ。その事実に俺は吐き気を覚えながらも、視線を紗綾ちゃんからさっきまで扉があった場所に移した。
 そこには、目にこびり付くような銀色と鈍色の塊。
「またお前か! 何度俺を殺せば済むんだよ! 見ろよ、紗綾ちゃんが死んじゃったぞ! お前、どうすんだよ! 人殺しだぞ!」
「うるっさいわね、メテオチルドレンが人なわけないでしょ。言ってみればエイリアンよ、こいつらは。……あなたも、ね」
「自分も、の間違いだろ!」
 俺は立ち上がって、どこか逃げる場所が無いか探す。が、無い。それに、ここにいるのは俺一人だけ。……知らない、俺は、この状況から逃れるすべを“まだ”知っていない。
 じゃあ諦めて死ぬのか? 全知全能の神である俺が? まさか。“知らなくても”、“可能性”がある。たとえ死んだとしても、“今”を生きている俺にその可能性を手繰り寄せてやれば、そう、それでいいんだ。
「あたしね、アンタの能力がなんとなくわかってきたのよ。あれでしょ、貴方、異常に運が良いことに気付いてる? あたしが殺そうとするたびに銃がジャムったり、誰かが来て邪魔したり、狙い済ましたように貴方は生き延びてきた。つまり、貴方を殺そうとしても……!」
 銀髪女が銃を俺に向ける。その目にためらいはない。何がコイツをここまで駆り立てるんだか。俺に何の価値があるっていうのか。何もわからない、知ろうともしなかったが、ここで殺される道理にはならないよね。
「待っ」
 待ってくれ。そう口を開こうとしたところで、ふと、暑いことに気付いた。暑い。この部屋の温度が急激に上がっている。……暑いというよりも、熱い。
「ガァラックゥゥゥゥ!!」
「――やっぱり、邪魔が入ったわね」
 部屋の外から、叫び声が聞こえてきた。あの声は開道寺か。と、銀髪女が喋り終わると同時に、部屋に突っ込んできた。遅れて、部屋の向こう側、廊下が灼熱に包まれていた。
 灼熱が通り過ぎ去った後、続いて現れたのは、全身に炎をまとった改堂寺だった。
「来たわね、開道寺。あなたとも決着をつけなきゃならないわね」
「黙れッ! 妹は、紗綾は虫も殺せないような優しい子なんだ! それを、貴様は、なぜそうも簡単に人を殺す!」
「はたして、どうかしらね。虫も殺せないよう、ってのは。……みんな気付いていないのよ。メテオチルドレンは、どこか狂っている。人間としての常識が、理性が、どこかが壊れている。あなただってそうでしょ? 連続放火魔さん」
「それ以上喋るな! 俺の怒り《ボルケーノ》が貴様を燃やし尽くす!」
 ごう、と。開道寺の炎が揺らめいた。銀髪女が動く。
「馬鹿がッ! 貴様の能力など、目を見なければ――ッ!」
 揺らめいていた炎が、いっせいに銀髪女の方へ襲い掛かる。が、それがぴたりと止まった。炎の先には、紗綾ちゃんの死体があった。
「あらま、狂っているくせに、いっぱしの家族愛はあるのね」
「狂っているのは、貴様の方だろうッ! そこからどけ!」
「まあ、否定はしないわ。けどね、これ以上あたし達のような狂った人間は増やしちゃいけないのよ。だから、あたしはお前たちを殺して、“アレ”を壊さなきゃならない。……こんなところで死ぬわけにはいかないのよッ!」
 銀髪女が、紗綾ちゃんの死体を背に、開道寺へ一直線に駆ける。
「どいてくれ……そこを退くんだガーラックゥゥゥゥゥ!!」
「いやよ、死んじゃうじゃない。――ブラックアウトッ!」
 開道寺は躊躇した。それだけだ。その一瞬で、銀髪女は開道寺に能力を行使した。あの時の部長のように何も見えなくなったんだろう、慌てるようにあたりを見回す開道寺に向かい、銀髪女はゆっくりと銃を構える。
「安心しなさいよ、すぐに貴方も妹のところに行くわ」
「何を」
 パーンと。無慈悲にも銀髪女は引き金を引いていた。
「ね、すぐだった」
 見ているしか出来なかった。
 力なく床へ吸い込まれてゆく開道寺の体を見ながら、俺は今どうするべきかを必死に考える。
 ……こうなってしまった以上、もうどうすることも出来ない。助っ人も期待できない。じゃあ、“こう”ならないようにするしかない。そう結論に到った頃、すぐ目の前には銀髪女の姿。
「ジ・エンドってやつかしら?」
「終わんねえし。少なくとも、まだ終わってない。お前が俺を殺しても、終わらないはずだ」
「意味がわからないわ。自分が死んだ時点で、それは終わりなのよ? それともアンタ、まだ何かを――」
「冥土の土産に教えてやる。確かに“ここ”じゃあお前の思惑通りになったけどな、“ここ”じゃない別の今で、俺は絶対にお前をぶっ転がすことが出来るんだよ」
「……ふうん。じゃあ、アンタが死ぬことに変わりはないのね。よかったわ」
 衝撃が体中を駆け巡った。目の前が真っ赤になる。……死んだと理解した瞬間、俺は広がる意識を感じていた。



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