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第一部最終話『第二章が始まる、とでも言っておこう』

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第一部最終話『第二章が始まる、とでも言っておこう』




 瓦礫、得体の知れない肉片、血痕。
 凄惨な光景の中で、男一人と女一人、加えて肉塊がその場に存在していた。どの様な経緯で“こう”なったのか、この場を第三者が見た場合、答えに行き着くことは先ず無いだろうこの状況。
 そんな中で、男――開道寺改が銀髪の女――ハインリーケ・ガーラックの容態を看ながら口を開いた。
「無茶をする。今の貴様ならば、捨て置くと思っていたのだがな。中々どうして、人の心は捨てきれないか?」
 半ば呆れたようで、それでも嬉しさを滲ませながら、開道寺はハインリーケに語りかける。が、その嬉しさの部分が気に入らなかったようで、ハインリーケは眉間にしわを寄せながら答える。
「人の心も何も、ただ、私を庇って死なれるのが嫌だっただけよ。あんなうんこ男に借りを作るなんて、それこそ死んでもごめんだった、ってだけ」
「そうか、相も変わらず素直じゃあないな。……さて、本題になるが、今回俺が受けた任務は貴様を保護という名目で拘束しろ、というものだ。見るに貴様は戦闘不能、大人しく捕まってもらえるか」
 先程の嬉しさ、それを隠すように開道寺は冷たい声色で自分が受けた任務を告げる。ハインリーケもまた、表情を強張らせて応える。
「名目だとか何だとか言わず、普通に保護するって言えばいいのに。まあ、そう言われたところで頷くことはないでしょうけど。……“あの男”に捕まるくらいなら、自決したほうがマシだわ」
「そうか」
 固い決意をぶつけられた開道寺は、あっさりと諦めた風に答えた。その反応を見て、ハインリーケは安心するのではなく警戒を強める。あの、何でも手に入れなければ気の済まない男が、そんな簡単に見逃すとは思えない。それは確信に近い考えだった。
 事実、それは当たる。いつの間にこの階に来ていたのか、エレベーターの前に小さな女が立っていることに、ハインリーケは初めて気が付いた。
 慌てて反応しようにも、体が上手く動かせない。それもその筈、左足の半分が失われた状態で正常な意識を保っていること事態が奇跡と言える。
 遅れて開道寺も“彼女”が来たことに気が付いたのだろう、ハインリーケの容態を観察し終え、その場に立ち上がり彼女に来るようにと合図を送る。
「貴様が大人しく着いて来ないことなど、とうに分かっていた」
「なら聞かないで欲しいわね。……で、あの子は何? 学校で見た気がするのは気のせいじゃないわよね」
 そう、ハインリーケは思い出していた。今日、このビルへ来る直前に長谷川未央を処理しようとした場に居合わせた、小さい彼女を。あの忌々しいうんこ男が居なければ、鑑田晃人が感付かなければ、目撃者として確実に始末していただろう、彼女。
 ……そもそも、あの場に居たからには何らかの経緯で楠木の関与があると疑ったほうが良かったのだ。ハインリーケは今更になって自身の不幸体質と、到らなかった考えに憤りを感じていた。
「彼女は長谷川未央への監視として潜り込ませておいた、メテオ・チルドレンだ。貴様に殺されたかと心配したが、どうやら無事だったようだな」
「心配、ね。人を殺すことに何の躊躇いも無い変人が、よく言うわ」
「貴様に言われるのだから、俺も相当なのだろうな」
 彼女――桐谷知江が傍に寄ってきたことを確認すると、開道寺は一歩下がり、ハインリーケを一瞥すると、そのまま背を向ける。続いて、ちょうど桐谷知江とすれ違う瞬間、口を開く。
「桐谷、後は任せた。終わり次第鎮圧課に連絡を入れてくれさえすれば、それでいい」
「はい」
「……ではな、ガーラック。俺は紗綾の容態を見に行くのでな。精々、次にあった時、怪物のような姿になっていないことを祈っているぞ」
 そう言って、開道寺はそのまま、開いたままになっていたエレベーターに身を投じると、この場から姿を消した。
 残ったのは、小柄の女、桐谷知江とハインリーケ、それに肉塊。
 桐谷知江は飽くまで無表情を変えることなく、先程まで開道寺が居た位置に歩を進める。手を伸ばせば届く距離、そこまで来た時、彼女は静かにしゃがみ込んだ。
 対し、ハインリーケはこの状況になっても、どの様にしてこの場から逃れるかを考えていた。気掛かりは兄の存在、アレをこのまま放置して行けば、また生き長らえてしまうだろう。それは、妹として許せない事実であり、出来る限り阻止しなければならないことだ。
「貴女、私に何をする気なの」
 時間稼ぎ。ハインリーケは桐谷知江から見えない位置で、スカートの中に隠してある物を確認していた。凹凸の激しい手触りに、無骨な重さ。それが三つ、ハインリーケの太ももに巻かれたベルトで固定してあった。……手榴弾、所謂奥の手。
 弱っている今の“アレ”ならば、再生することも無効化されることも無く、素直に木っ端微塵と化してくれることだろう。問題は、目の前の女。
 ハインリーケは、手榴弾を肉塊に投げる力が残っていることを祈りながら、投げるタイミングを見計らっていた。
「何も、しません。……ただ、頭を、触るだけ、です」
「頭を?」
 ――メテオ・チルドレン。彼等が持つ能力は多種多様であり、その発動方法も全て異なる。即ち、頭を触る、が引き金となっている可能性が高い。そして、相手に触れることで発動する能力の大半は、その触れた相手の状態を変化させる。……“あの男”から聞いた話が、ハインリーケの頭によぎった。
 つまり、相手は動けない自分を、好きなように出来るということ。その事実は、ハインリーケを焦らせるに十分なものと言えた。
「そう、です。私が、頭を触ると……その人は、寝ちゃい、ます」
 拘束。その言葉が頭に浮かんだ瞬間、ハインリーケは片手で手榴弾の安全ピンを引き抜くと、仰向けの状態から体を捻り、肉塊に向けて投擲していた。直後、ハインリーケは予想以上に小さい掌が頭に乗せられていることに気付く。
 だが、その掌から逃れられるほどの力は、既に残っていなかった。能力を使われる以前に、意識が遠くなるのを感じながら、ハインリーケの耳が桐谷知江の微かな声を拾う。
「おやすみ、なさい」
 その言葉を理解したのか、していないのか。ゆっくりと、ハインリーケの体から力が抜けた。
 対象が完全に動かなくなったことを確認し、桐谷知江は小さな溜め息を一つ漏らす。そのままハインリーケの頭から手を離すと、手榴弾が投げられた方向へ目を向ける。そこには醜悪な肉塊が当たり前だと言わんばかりに居座るのみ、ハインリーケが投げたであろう何かは見つけることが出来ない。
 桐谷知江は、いつか足立広大から聞かされたナンバー011について思い出していた。……曰く、肉塊に飲み込まれた物は炭素分子レベルまで分解される。曰く、その気になれば無機質であろうとも生存するためのエネルギーに変換してしまう。曰く、現段階で地球上に存在している生物の中で、唯一不死身と称するに値する生物。
 手榴弾は見当違いの方向へ投げられたのでも、不発でもない、ただ“分解された”。
 桐谷知江は冷静に今の状況と自身の知識を照らし合わせた結果、そう結論した。確かにそれは事実であり、弱っていたと思われた肉塊は、微かな鼓動を周囲に響かせている。
 おもむろに、桐谷知江はスカートのポケットから携帯電話を取り出した。携帯電話の画面に表示されているアドレス帳には、一つの名前しか登録されていない。
 “鎮圧課”。
 彼女はボタンを一回押し、十数秒待った後、通話することなく携帯電話をポケットにしまった。
「おわった……かな」
 複数の人間が近付いてくる足音を耳に感じながら、桐谷知江は一言、呟いた。





「――やった、ついにやったぞ。我々は今正に、未来を手に入れたのだッ!」
 一人の男――マティウス・ガーラックが銀髪を振り撒きながら、異様な空間の中で歓喜を表現していた。薄暗い照明、乱雑に置かれた機械類、地面には隙間を探すほうが難しい程までにケーブルが延びており、それらの中央には巨大な岩が置かれている。その岩の傍で、中年の男が身を震わせながら叫ぶ。
 そんな光景を傍目に、相羽涼子は苦悩していた。苦悩とは、膝元で意識を失っている相羽光史に他ならない。
 “今日の晩御飯はカレースープよ”。今朝、そう言われた光史の顔はいつも通りの、とても嬉しそうな笑顔だった。その笑顔が、今でも脳裏に焼きついている。……果たして、本当にこれで良かったのだろうか。
 相羽涼子は、相羽光史の目を覆うように置かれた自身の右手を見る。――幻想投影《ファンタズムアイズ》、自らが望んだ幻想を、対象に刻み込む能力。“あの時”も、相羽涼子は相羽光史に対し、この能力を使った。自身の罪を擦り付けるために。人間としてのモラルを考えれば、間違いなくこの能力は最低の部類になるのだろう。なんせ、行使された相手は、その幻想を現実だと認識してしまう。それは対象を実質思い通りに出来るということだ。それを唯一の肉親に数え切れない位、行使してきた。これを最低と言わずして、何が最低か。
「涼子君、彼を“メテオ”に取り付けろ。それはもう部品でしかないことは、君もわかっているだろう」
 微かな迷いが、マティウスの言葉により消え去る。そう、彼女、相羽涼子は確固たる理想を持って、この結果を自ら望んだのだ。この残酷すぎる世界を変えるために、それが肉親の犠牲の下に成り立とうとも、彼女はそれを望んだのだ。
 涼子は光史に対し、囁く。
「光史、あそこに貴方の大好きなカレーがあるわ」
「マジか」
 一瞬だった。気を失っていた光史は、その言葉を聞いて瞬時に目を開けると、涼子が指差す場所に向かって歩き始めた。足を撃ち抜かれているにもかかわらず、その足取りは軽いものだ。
 光史は、正確に言えば目を覚ましているわけではなかった。言うなれば夢を見ている状態に近い。涼子のファンタズムアイズは、対象に幻想を見せる能力。そう、光史の目には、正しく“メテオ”と呼ばれた岩がカレーに見えている。それだけが現実であり、疑うことは無い。
 涼子は迷いを振り切った。しかし、光史が歩いた軌跡のように、血が床に滴る様を見て、胸が痛くなるのを感じていた。
「よし、よしよし、いいぞ。このまま涼子君はメテオ粒子の拡散率を見てくれ。私はこの部品を取り付ける」
「わかり、ました」
 だが、胸を痛める資格が自分にはあるのか。涼子は立ち上がると、先程まで操作していた機械に向かって歩き始める。
 メテオの傍では、マティウスがフラフラしている光史をメテオに固定しようとしている所だった。
 ……話は簡単だった。光史の能力は、自分の望む未来を手繰り寄せる能力。その光史の望みを自分が幻想を見せることでその方向性を決める。詳しい理屈は足立に聞かなければ分からないが、メテオから常時放出されている粒子と光史の能力をリンクさせ、それを先ずは、この町全体を覆う様、放出する。
 その為の楠木ビルであり、楠木コーポレーション。自分も、それを成す為に楠木に身を置いていた。……今更、止められるものか。
「メテオ粒子拡散率、98.8パーセント。計器類に異常無し、相羽光史とのリンクを確認しました」
 涼子は画面に表示されている情報を口にすると、マティウスの居る方向へ視線を向ける。マティウスは既に光史とメテオの固定を終えており、今正に始まらんとしている光景を目に焼き付けようと、この部屋の中心に立っていた。
「始めたまえ、涼子君。……これで、私の望む未来が手に入る。そうだ、世界の第二章が始まる、とでも言っておこうか。これからが本当の世界なのだ」
 “私の望む未来”、これは涼子も思っていることだった。人は誰しも何らかの望みを持っている。それが方法によっては向こうから転がり込んでくると言われて、食いつかない人間は居ないだろう。
 涼子はマティウスの言葉が頭の中で回り続けているのを感じながら、機械に備え付けられたキーボード、そのエンターキーを押した。
「おお……! 見ろ涼子君、メテオが」
 綺麗。二人は、目の前の光景を見て同時にそう思った。
 部屋中に光が充満していた。発生源はメテオ。メテオと繋がれている太いケーブルとの接続部分から、淡い緑色の光が放出されている。それは漂うように、あっという間に部屋を覆い尽くしていた。
「メテオ粒子、まさかここまで可視化出来るほどまでの量が放出されるとは。やはり能力の規模が関係しているのだろうか。ここは素直に美しい、とでも言っておくべきか」
 マティウスが一人で興奮している間にも、メテオ粒子はケーブルを伝い、物凄い勢いで外へ放出されていた。今、外から見た楠木ビルは、さぞかし綺麗にライトアップされていることだろう。涼子はこの光景を見て、ふとそんなことを思っていた。
「……それでは始めよう、第二章のプロローグだ。先ず最初の未来を呼び込もうじゃないか。――私は望むぞ、“この街にもう一つ、メテオを降らせろ”、とな」
 見当は付いていた。涼子は光史が居るメテオ、眩い光を遮るように右手を目の前に掲げながら、マティウスの言葉を吟味する。……ここにある一つのメテオ、そう、北海道旭川隕石だけでは、“世界”を変える程の粒子を発生させることは出来ない。じゃあ、どうするのか。答えは到って単純であり、メテオを増やせばいいだけなのだ。
 光史の元へ辿りついた涼子は、光史の目を覆うように右手を添えると、再度、囁いた。
「光史、この街に北海道旭川隕石が落ちなきゃ、貴方の大好きなカレーが絶滅してしまうわ」
「おいおいマジかよ」
 その言葉を聞いた光史は、先程と同じように目を見開くと、今度は瞬時に目を閉じてしまう。……これでいい、光史は夢を見るように、自分等の望みを自身の望みだと思い込むだけで、それだけでいい。
 涼子は自分の役目が終わったことを確認すると、メテオに背を向ける。
「会長、終わりました」
「……いいや、始まったんだよ、涼子君」
 部屋に迸る光はとどまることを知らず、いつの間にか、このビル全体が静かに振動していた。――隕石が飛来して来たのだとこの街の住人が気付いたのは、今この時だった。





次回:第二部『プロローグ』
 
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