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第壱話 下駄箱

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 それは、はじめて覚える衝撃で
部活で先輩に蹴られたときなんかより
ずっと、ずっとずっと衝撃的だった。

 石井啓太、16歳、高二の夏

俺はその日初めて人に恋をした。



「啓太は何点だったー?」
席で爆睡している僕に不意に声がかけられた。
「80点くらい」
僕は顔も上げずに答え、次の言葉を待っていた。
「すげぇ、いつもながらなんで授業受けてないお前がそんなできんだよ」
声をかけてきたのは親友の洋介。洋介とはまだ知り合って一年ちょっとしか経ってないが恐らく僕の人生で一番僕が心を開いた人だろう。正直大好きだ。洋介の言葉を聞き颯爽と立ち上がる僕、そして僕は大声で言った。

「天才だからね!」

                
 第壱話  下駄箱



 高校三年、梅雨。

 楽しい高校生活が終わりを告げ受験という試練に立ち向かわなければならないという現実に直面してからの初めてのテストが終わり、重圧からつかの間の開放感を得た学生たちは皆、思い思いに放課後の校内を暴れまわっていた。
 そして、その中でもひときわ目立ってテンション高いのが僕、石井啓太17歳(彼女募集中)だ。
 周りからものすごい迷惑そうな目線と黄色い声援とが入り混じりながら僕に向けられている。クラスの仲が良い男女でいつも行われる鬼ごっこはいつしか賞金がかせられ、テスト明けともなればオリンピックさながらの盛り上がりを見せる一大イベントとなっていた。僕は無駄良い運動神経をフル活用し大きく動き回ってみんなの注目を集めてみせた。視線が集まりみんな僕に釘付けだ。そう思えた。

僕は、王様だった。



 テストから一週間、はっきりいって今の生活は退屈だった。毎日学校に来て毎日友達と遊んで家に帰り寝て起きてまた学校に行く。何も変わらない生活に、僕は刺激が欲しかった。一年前のあの日のような、体が芯から痺れる様な刺激が。
 このクラスになって二ヶ月、たぶんいろいろなことがあったのだろう。初めのころはよそよそしかったクラスの雰囲気も明るくなり、最近はみんな明るい気がする。僕の周りも例外ではない、親友の洋介と安藤の二人は去年から僕と同じクラスでいつも一緒にいたが、その容姿や持ち前の明るさからこのクラスでリーダー的存在になっていた。無論、一緒にいる僕も。しかも僕の場合は空手部主将ということもあいまってか何故か発言に一番力があり、みんな僕の言うことはちゃんと聞く。はっきり言って不思議なクラスだ。だが僕は、クラスにいてもまったくクラスの人間に興味がなかった。全員が全員同じ顔、同じ服装同じ話題でまったくもってつまらないのだ。僕はクラスメイトの顔も名前も知らなければ、クラスの状況だってろくに知らない超絶自己中な無関心ヤロウだった。
 だが、そんな僕でもわかる今のクラスの状況が、先の体育祭や実力テストでの成果から自分がクラスの注目の的である。ということだった。まぁだからといって別段女の子にもてるわけでもない、小学生じゃあるまいし。やはり、退屈な日常は変わらず流れ続けていた。
 
 そんなこんなで半寝でいるうちに今日一日の授業が終わったらしい。なんだか今日は異様に眠い、早く帰ろう。MDを取り出し、爆音で銀杏BOYSを聴き外界をシャットアウトする。今日は洋介とでさえ一緒に帰りたくない、不思議と一人でいたい気分だった。
 階段を下りて下駄箱へと向かうがまったく人の気配がしない。どうやら授業が終わったというのは勘違いみたいだ。6限はまだ終わってないらしい。つまり僕は授業中にいきなりMDを取り出し教室から出て行ったのだ。なんとも恥ずかしい。そしてそれを咎められることさえないのが王様たる所以なのだろう。まったく昨今の教育はどうなっているのだか、成績優秀な生徒なら何をしてもいいとはまったくもって不可思議な教育現場だ。しかし誰が追いかけてくるでもなく止めるでもないならこのまま帰れるのはすごく気分がいい。とっとと帰ろう♪
 下駄箱に差し掛かったところで廊下の隅に人がいることに気づいた。僕の第三視野に映ったその子はこちらを見ている気がする。とても小柄な子、後輩だな。目も動かさずに通り過ぎた僕にその子の顔は映らなかった。ただ、なんとなくだが可愛らしい感じがした。

 学校から出て銀杏BOYSを聴きながら片道40分の道のりを自転車にまたがり進んでいく。

 車、他校の学生、日中に外を歩いてるサラリーマン。そのどれもが僕を迷惑そうな顔で見てくる、そしてその誰もが僕が睨み返すことで顔を背ける。まったく、弱者には強気に出るくせに僕の顔見ればみんなそれか。それなら初めから敵意など人に向けなければいいのに。

ホント、クソだらけな世の中だ。

 ふと、部活をサボってしまったことに気づく。道場の鍵は僕のポッケの中だ。今日は部活は急遽お休みで!部員全員にメールを送り部活を中止に。明日はみっちり練習しよう、そう思いながら僕は家路に着いた。下駄箱で見かけたどこか見覚えのあるあの子を少しだけ気にしたまま。


 あくる日、事件は突然やってきた。

「え~、みんな受験で忙しい時期だろうがそんな時期に季節外れの転校生が明日からうちのクラスに編入してくることになった。ちなみに進学校に行ってた超優等生だからみんな妬んでいじめとかするなよ。以上。あっ、あと可愛い子だから男子は変なことするなよ。」

担任のその一言はクラスに衝撃を与えた。朝のホームルームで突然発せられたその言葉にクラスは一瞬にして盛り上がった。と同時に男子達はかつてないテンションで舞い上がりさまざまな声が飛び交った。季節外れの転校生、しかも美少女。僕とて例外ではなく期待に心が躍った。
 そして、その日一日は明日来るという美少女にみんな堪えきれず、異様な盛り上がりとともに終業の鐘がなった。明日はサボらずにちゃんと学校に行こうとみんなで話しながら僕は部室へ向かった。このクソつまんねぇ日常が少しでも変わること期待しながら。

 


 次の日、僕は学校をサボった。





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