ep.5 死ぬことに慣れろ
一部屋八畳の安アパート『弐位斗館』。その窓際に俺のベッドは置いてある。
現在時刻は夜一時半。真っ暗な部屋の中、ベッドに腰かけて黙祷をしていた。
少しして、窓を軽く叩くポルターガイストに、待ち構えていたかのように眼を開ける。
「行くぞ」
「ああ」
窓の外には白き少女――冬羽(ふゆう)が無表情にこちらを睨みつけている。
我ながら情けない、こんな誘いに乗ってしまうなんて。
「早くしろ」
「……ああ」
“ようやく”か、とため息をつくふりをして、深呼吸をした。
「……」
だが、それも悪くない。
Ep5.死ぬことに慣れろ。
ベットから腰を起こすと、その下――ベッドと床の――デッドスペースに右手を突っ込む。ごそごそとせわしく右手をうごかし、“獲物”を取り出す。
――聖刀「百日紅(さるすべり)」
ヤクザが使う必須アイテム“匕首(あいくち)”に似ている純白の木でできた、柄と鞘だけの日本刀。
俺の住むマンションの東にある、高山。そのふもとの白龍神社に奉納されていた宝刀だそうだ。龍神の魂の宿る刀として祭られていたやつを、冬羽が持ち出し、俺に渡した。
現在時刻は夜一時半。真っ暗な部屋の中、ベッドに腰かけて黙祷をしていた。
少しして、窓を軽く叩くポルターガイストに、待ち構えていたかのように眼を開ける。
「行くぞ」
「ああ」
窓の外には白き少女――冬羽(ふゆう)が無表情にこちらを睨みつけている。
我ながら情けない、こんな誘いに乗ってしまうなんて。
「早くしろ」
「……ああ」
“ようやく”か、とため息をつくふりをして、深呼吸をした。
「……」
だが、それも悪くない。
Ep5.死ぬことに慣れろ。
ベットから腰を起こすと、その下――ベッドと床の――デッドスペースに右手を突っ込む。ごそごそとせわしく右手をうごかし、“獲物”を取り出す。
――聖刀「百日紅(さるすべり)」
ヤクザが使う必須アイテム“匕首(あいくち)”に似ている純白の木でできた、柄と鞘だけの日本刀。
俺の住むマンションの東にある、高山。そのふもとの白龍神社に奉納されていた宝刀だそうだ。龍神の魂の宿る刀として祭られていたやつを、冬羽が持ち出し、俺に渡した。
「私がその龍神だ」
と、無茶苦茶なことを平気でいってのけるその少女に、俺は畏怖の念と皮肉、そして感謝をこめてこういった。
――「寝言は死んでから言え、お譲ちゃん」
刀を紐で背負うように体にくくりつける。
まるでブリーチだなと考え、そう考えた自分を鼻で笑った。この刀で敵をぶった切る、まさにアクションRPGの主人公。それも悪くない。
そんな俺の心を見透かすように、冬羽が「ふふふ」と笑う。
「別にその刀で霊を斬るわけではないぞ。むしろ霊は斬れん、ただの刀なんだから。“斬魄刀”だったっけな、そんなもの現実には存在せんよ。……アイデアとしては秀逸だがな」
ニヤニヤしながら俺を見る。まったく嫌な気分だ、こいつには自分の心の中を見透かされているようで、どうも落ち着かない。
「なん……だと……。え?」
と、見返す俺。そのしぐさを見た冬羽がにやりと口の端を歪めた。
図星か、と、そいつは笑っていた。
「じゃぁ、何のための刀なんだよ?」
俺はそっぽを向いて、冬羽に悪態をつきつつ、姉に気づかれないようにアパートを抜ける。
鈴虫が鳴く中、Tシャツにジーンズ、靴は動きやすいスポーツシューズといった割とラフな格好で夜道を歩く。
首には“お守り”に穴をあけてひもを通したネックレス状のものをかけていて、なんとも変な格好だ。自分で思うんだからそうなんだろう。
一度俺が“お守り”を忘れて白龍神社にきたときに冬羽が激怒してそうしたのである。俺自身の意志では取ることができない、勘弁してくれ。
「“それ”は戦うためさ。ただ、最近のマンガみたいに“人外”を相手に戦うわけじゃないさ。刀で斬るのはいつの頃だって“人間”だよ。ほんの三百年ほど前なんか、“試し”に人を斬ってもよかったのだよ?」
にやり、と。その瞳で俺を流し見る。
嫌な気分だ。
「……そうか」
俺は動揺を悟られないよう、深呼吸をする。
と、無茶苦茶なことを平気でいってのけるその少女に、俺は畏怖の念と皮肉、そして感謝をこめてこういった。
――「寝言は死んでから言え、お譲ちゃん」
刀を紐で背負うように体にくくりつける。
まるでブリーチだなと考え、そう考えた自分を鼻で笑った。この刀で敵をぶった切る、まさにアクションRPGの主人公。それも悪くない。
そんな俺の心を見透かすように、冬羽が「ふふふ」と笑う。
「別にその刀で霊を斬るわけではないぞ。むしろ霊は斬れん、ただの刀なんだから。“斬魄刀”だったっけな、そんなもの現実には存在せんよ。……アイデアとしては秀逸だがな」
ニヤニヤしながら俺を見る。まったく嫌な気分だ、こいつには自分の心の中を見透かされているようで、どうも落ち着かない。
「なん……だと……。え?」
と、見返す俺。そのしぐさを見た冬羽がにやりと口の端を歪めた。
図星か、と、そいつは笑っていた。
「じゃぁ、何のための刀なんだよ?」
俺はそっぽを向いて、冬羽に悪態をつきつつ、姉に気づかれないようにアパートを抜ける。
鈴虫が鳴く中、Tシャツにジーンズ、靴は動きやすいスポーツシューズといった割とラフな格好で夜道を歩く。
首には“お守り”に穴をあけてひもを通したネックレス状のものをかけていて、なんとも変な格好だ。自分で思うんだからそうなんだろう。
一度俺が“お守り”を忘れて白龍神社にきたときに冬羽が激怒してそうしたのである。俺自身の意志では取ることができない、勘弁してくれ。
「“それ”は戦うためさ。ただ、最近のマンガみたいに“人外”を相手に戦うわけじゃないさ。刀で斬るのはいつの頃だって“人間”だよ。ほんの三百年ほど前なんか、“試し”に人を斬ってもよかったのだよ?」
にやり、と。その瞳で俺を流し見る。
嫌な気分だ。
「……そうか」
俺は動揺を悟られないよう、深呼吸をする。
「……なぁ、お譲ちゃん」
空を見つめ、溜息を吐く。
大事なことを確認しなくてはならない。
「もし、優勝したら……。願いが一つだけかなうって本当なんだろうな?」
厨二設定くさい話である。かくして、俺たちが交わした“契約”もそのような胡散臭いものだった。
――“何かしら”の“戦い”で、“勝ち残れば”“願い”がかなう。
普段だったら馬鹿ばかしい話である。親友である尚紀が、このような話を持ちかけてきたのなら「死ね」の一言で一蹴していた。マジで。
「ああ。本当さ。生き残れればな」
だが、持ちかけてきたのは目の前にいる白い童である。幼馴染の尚紀とは違い、まずこいつは人間じゃない。そして自らを龍神と名乗る“半透明の存在”だ。
「前にも聞きたかったんだが、お譲ちゃんには何の利点がある?」
「聞いてどうする? お前のような糞餓鬼にはとうてい理解できないぞ」
そういって「ふふふ」と笑う。
うまく逃げたな、こいつ。
「なぁ、この“お守り”ってずっと首から下げてなきゃいけないのか?」
気を取り直して別の質問をぶつける。多方向からの質問は、本音を出しやすい……はず。
「別に、首から下げる必要はないさ。私が“肌身離さず持っていろ”といったのにもかかわらず、忘れてくるからだ。お前に死なれては私自身も困るんだと、何度言えばわかる?」
「それはわかるんだけどさぁ……、この“お守り”ダサいんだよねぇ……。俺の姉ちゃんも、あきれて何にも言わないほど、ダサいんだよねぇ……」
割と本気でぼやく。
それをしり目に白い少女は「ふふふ」とまた笑う。
「安心しろ、“それ”はお前以外には見えてない。見えるのは“同じような奴”だけだ。さぁ、そろそろか」
一通りの説明を冬羽から受けた後、俺は黙祷をする。気配を察知するためだ。
時刻は二時。
場所は双桜樹公園、二つ並んだ桜の木前。
あの時ベンチに座っていた“和葉”と呼ばれるミュージシャンは、今夜はいない。
こんな夜中に何で刀で戦うんだよ、まったく。
……殺し合いか。
そこまで考えた時、ふいに後ろの方から
――じゃら
と金属音がした。振り返る俺。
と、同時に、俺の左手首に痛み、否、火であぶられたかのような激痛が劈く。
くるくると。
くるくるくると。
いとも簡単に、俺の左手首は宙を舞っていた。
ボトッと鈍い音がして、敵の目の前に落下する。
まさに瞬撃、血すら流させないほどの早業だ。
「気がつくのが遅すぎる」
“そいつ”が発する声。若い男――少年だ。前のボタンを全部外した学ランを着ていて、中学生くらいに見える。その両手には左右一つづつ鎌を持っていて、まるでカマキリのような風貌だった。
「今回はそれ、か」
外見は中学生のくせに鎖鎌という“実に人間にとって扱いにくい”武器も使いこなしていることに、実に関心する。
……感心している場合じゃない。
ボタボタと今切られたことに気がついたかのように、血が流れ出す俺の手首。
「……」
右手で、担いだ刀「百日紅」を引き抜き、俺の左手を切り落とした“そいつ”に向かって俺は突進した。
片手を失うという序盤的には致命的な肉体的欠落を許した俺は、ロジカルもくそもなく、早急に決着をつける必要があった。
「!」
俺の敵は、突進する俺に対して防御もせず、そこに立ち続けた。
横薙ぎに一閃、俺はそいつを斬った。
――ひゅん
俺の刀はさも当たり前のように空を切った。
「……そんな攻撃では当たらんぞ」
軽快なバックステップで俺の斬撃を交わす“そいつ”。
だが、“それでいい”。
相手に防御行動をとらせることで、一瞬だけ相手の気を“刀”にそらし、思考を“戦いだけ”に集中させることができる。
「坊主、左手の出血を止めろ」
「やっている。だが、長くはもたない。早急に決着をつけろ」
「わかってる」
今、この戦いには三つのルールがある。
第一のルールが“公園中”で行うこと。
第二のルールが“武器”は“指定の獲物”しか使えないということ。
そして第三のルールが“相手”を“殺して初めて勝利”ということである。
“武器は指定のもの”というのは俺のサポーター的存在の白い少女――冬羽が渡したこの「百日紅」のこと。対戦相手の“少年”が今回は“鎖鎌”といったようにどうやら全員が刀といったような武器ではないらしい。
――ひゅん
暗闇の中、鎌が俺を襲う。街灯に刃が反射して一瞬きらっと光る。
良く訓練されている、無駄のない動き。
こいつは骨が折れるな。
「だが、こう“何回も”死んでたまるかッ!」
俺は飛んでくる鎖鎌を、体を無理やりねじって最小限の動きでかわし、一気に間合いを詰める。そして、さっき“攻撃すると同時に”どさくさにまぎれて拾い、ポケットに“引っかけて”いた、“俺の左手”をここぞとばかりに投げつけるッ!
「ッ!」
相手の視覚を一瞬だけ飛んでくる“物体”に移せれば、それでいい。
一瞬、まさに刹那の間。
相手の懐に飛び込んで相手の心臓を突く!
――びしッ
刀のはじかれる音。
そして背中に走る痛み。
……心臓に到達している。
「今のはちょっとひやっとしたよ、大輔くん。やっぱり君には驚かされる」
両ひざから崩れ落ち、あおむけに倒れる。
土の味が血の味とまざってなんとも言えなかった。
そして“一瞬だけ”意識がぷつりと途切れる。
「……そんな攻撃では当たらんぞ」
軽快なバックステップで俺の斬撃を交わす“そいつ”。
だが、“それでいい”。
相手に防御行動をとらせることで、一瞬だけ相手の気を“刀”にそらし、思考を“戦いだけ”に集中させることができる。
「坊主、左手の出血を止めろ」
「やっている。だが、長くはもたない。早急に決着をつけろ」
「わかってる」
今、この戦いには三つのルールがある。
第一のルールが“公園中”で行うこと。
第二のルールが“武器”は“指定の獲物”しか使えないということ。
そして第三のルールが“相手”を“殺して初めて勝利”ということである。
“武器は指定のもの”というのは俺のサポーター的存在の白い少女――冬羽が渡したこの「百日紅」のこと。対戦相手の“少年”が今回は“鎖鎌”といったようにどうやら全員が刀といったような武器ではないらしい。
――ひゅん
暗闇の中、鎌が俺を襲う。街灯に刃が反射して一瞬きらっと光る。
良く訓練されている、無駄のない動き。
こいつは骨が折れるな。
「だが、こう“何回も”死んでたまるかッ!」
俺は飛んでくる鎖鎌を、体を無理やりねじって最小限の動きでかわし、一気に間合いを詰める。そして、さっき“攻撃すると同時に”どさくさにまぎれて拾い、ポケットに“引っかけて”いた、“俺の左手”をここぞとばかりに投げつけるッ!
「ッ!」
相手の視覚を一瞬だけ飛んでくる“物体”に移せれば、それでいい。
一瞬、まさに刹那の間。
相手の懐に飛び込んで相手の心臓を突く!
――びしッ
刀のはじかれる音。
そして背中に走る痛み。
……心臓に到達している。
「今のはちょっとひやっとしたよ、大輔くん。やっぱり君には驚かされる」
両ひざから崩れ落ち、あおむけに倒れる。
土の味が血の味とまざってなんとも言えなかった。
そして“一瞬だけ”意識がぷつりと途切れる。
「今回はこれで終わり」
学生服の少年が一瞬光に包まれ、ジーパンとパーカーといったラフな格好に変わる。
さっきまで持っていた鎖鎌もいつの間にか、いつも持っているギターに変わっていた。
俺自身も意識を取り戻し、“あらゆる”痛みから解放され、“左手を”軸に起き上がる。
「和葉さん、あなたは何ものなんですか? ただのミュージシャンとは思えないですよ、本当に。てか、どんだけ武器に精通してるんですか? 刀、弓、槍はもちろん、薙刀や鎖鎌まで……“何度殺された”ことか」
「んー、ただの亡霊だよ。今は、ね。大輔くんも“人間にしては”達人並みの上達だよ、うん。手首を落とされても動じなくなったし、ね」
「そりゃ、五体を順番に落とされたり、首を半分だけ斬られるよりかはマシですよ」
ニコッと笑う笑顔が、俺にはちょっと寂しく見えた。
この相手に今晩“殺された”回数、実に“二十八回”。
「ただし、この戦いで勝ち残るには、“達人”ではだめなんだ」
俺と和葉さんの会話に、白い少女が割り込んできた。なんとも不服そうな言い草である。
「まだまだ“練習”が必要だ。無傷で勝たなくては先が思いやられる」
そう、これは“練習”だった。双桜樹公園の亡霊である和葉さんの力を借りて、来るべき戦いの前哨戦。だからルールもこの公園内といったような縛りがあった。
実際の“本番”の戦いとは、いつ何時始まるか分からないものらしい。突然“時間”が止まり、敵が襲ってくる……らしい。
「勝てばいいんだろ? 勝ったら戦いで受けたダメージはチャラになるんじゃなかったのか?」
勝てばダメージは“無くなる”。正確には“無かったもの”となる。相手の存在を抹消することで、起こった事象がなかったことになる……というまぁ、何だかよくわからないがそういうことらしい。
“練習”では公園内で受けたダメージは、俺が“死ぬことで”、すべてのダメージが“無くなる”ように和葉さんがルールを組んでいた。まぁ、俺が勝ってもいいらしいんだが、それはまだまだ先の話daze。正直勝てる気がしねぇ。
「今のお前では、“敵”には勝てん。そこらへんの人間と思うな。相手は“何年生きているかわかんない”相手なんだからな」
“何年生きているかわかんない”、か……。
冬羽の説明によると、俺がいま首から下げている“お守り”、これを受け取った時点で、肉体の成長が止まるという。つまり“不老”状態になるそうだ。
だが、“不死”ではない。首をはねられたり致命傷を負えば死ぬ。いつ何時現れる俺みたいな“有資格者”と戦うための時間を約束してくれる、まさに“お守り”ってわけだ。
「私が知っている中でも最低で二百年生きている奴がいる。その間、訓練をずっと続けているんだぞ。そんな奴にたった今剣術を覚えた奴が勝てると思うか?」
俺は言葉が出なかった。
今日稽古をつけてくれた和葉さんでさえ、十分の一も本気を出していない。“それがわかる”くらいが今日の成長といっていい。ってか和葉さんって何者?
「だから、まずは“死ぬことに慣れて”、“生きのびることを覚えて”もらう。和葉の力があれば生き返らせるのくらいは簡単だからな。長い訓練に打ち勝つには、質と量の訓練しかない。……もちろん、明日も死んでもらうぞ」
こんな生活がいつまで続くのか……。
もしかしたら俺は“殺される前に”“殺されてしまう”かもしれない。いや、“殺されてる”んだけれどね……。
最初は指が二、三本無くなったくらいでギャアギャア喚いていたが、今ではもう片腕を切り落とされたとて絶叫する気すら起きない。
「まったく」
死ぬことに慣れるってのは、複雑だ。