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第五話

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蜩の鳴き声が聞こえる季節になった頃、俺たち文芸部員は珍しく全員集合していた。
と言っても相変わらず先輩は周りを気にせず俺にイタリアの官能小説を朗読するし、時雨は俺の隣で静かにしてるだけだだし、小宮さんは扇風機の前を占領してさっきからずっと「あー」ってやっていて、佐々木はその小宮さんの向こうにある冷蔵庫を凝視している。
ちなみにあの冷蔵庫は天宮先生が買ってきた。扇風機もそうだ。そして、何故佐々木が冷蔵庫を凝視しているかと言うとピノが入っているからだ。あとジャージ姿だ。意味わからん。
ああ、あついな。ヒグラシの声が煩いほどに暑い。いや、意味わかんないけど。
俺も蜩になって一週間で死にたい。眠い。暑い。煩い。あっついー。
「そして―――って、ところで一つ聞くけどエイジ君ちゃんと聞いてるのかい?」
先輩の声ではっと我にかえる。
危ない。スリップしているところだった。あれ? トリップだっけ。
どっちでもいいや。
「もちろん聞いてますよ。俺が先輩の話を聞かないわけないじゃないですか」
「確かに君が僕の話を聞かなかったことは殆どと言っていいほどなかったが、僕が朗読している時は殆どと言って良い程きいてないよ」
俺が紳士的な態度で応えると先輩は実に先輩らしく返してきてくれた。
ふっ……そりゃあ普通まともに聞きませんよね。官能小説の朗読だなんて。
「一言いいですかね先輩」
「なんだい」
「なんで先輩そんなに官能小説好きなんですか」
言った。ついに言ったぜ。
いままでずっと気になっていた事だ。
「ああ、そんなことかい。うん、筆舌に難いけれどもそうだね……簡単に言うと趣味だからだろう。ふふ我ながら実に的確な答えだ」

わけわかめ。
とまぁ実に簡単に答えてくれましたけど今時の女子高生の趣味が官能小説の朗読ですって……ねぇ。おかしいでしょ?
「先輩なんでそんなものが趣味になったんですか」
「何故と言われると返答に困るけれど、例えばエイジ君。君は性欲と言うう者があるかい?」
さっきまで微笑していた先輩は少し真顔になって言う。
けど突然そんな真顔で……言われても。まぁあるけど。
だって……男の子だもん!
「そりゃあ……男子高校生ですからね。ありますよ」
其の言葉にびくっと肩を震わせて佐々木がこっちを見てきたがまぁ気にしない気にしない。
苦笑しながら俺は答えたが真顔で頷く先輩。
「ふむ。そうだろう。勿論僕にもそういうものはあると言ってもいいけど、実際はどうなんだろうね。有るのか。無いのか。僕にとってその境界線を引くのは実に難しい事なのさ」
「はぁ……」
なんだろう。いつにもまして元気だ。というか興奮してる。いや、性的な意味じゃなくて。
わけわかめ。マイブームだ。
「性欲と言うものはなんなのだろう。それを僕は疑問に思った。さっき僕は性欲があるといったが正確には自覚が無い。あったとしても僕はそれがどういうものか全くわからないのだよ。だからこそ僕はそれを証明するために官能小説を読んでいるのさ」
えーと。よくわからないが、先輩には性欲があるけどそれがなんなのかわかんなくて、それを知るために小説読んで興奮してるって事でいいのか。
いや、違うな。先輩が官能小説を朗読していても特段興奮した様子は見られないし。
わからん。意味不明瞭だ。
「どういうことですか」
「つまりだ、僕は性欲と言う感情が欠落しているのだろうね。けれど僕としてはそれは納得できないんだ。人間は性欲無しでは生きられないからね。だから色々な方法で自分に性欲があるということを知りたいんだよ。其の一つがこれと言う訳だ」
そう言ってさっきまで読んでいた小説を指差す。
成る程。流石先輩。不思議な人だ。
「それと他の方法の一つとして、エイジ君のパンツを使って調べたかったんだが残念ながらエイジ君は僕にパンツを譲ってくれなかった為に断念せざるをえなかったよ」
「そりゃあ普通パンツは他人に渡しませんよ。それに渡したら俺ノーパンじゃないですか」
「それもまた一つの方法さ。エイジ君がパンツをはいていないと考えるとして、しかもそれが実際に起こっているとしたら僕は知ることが出来だろうか」
多分出来ないと思う。
というか絶対出来ないと思う。
「まぁ……結局僕の言う趣味は調べる事にあるんだよ。僕は「知らない」という事が大嫌いでね。知らない事は知りたい。僕が言うのもなんだがそれが人間として普通だろう」

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「そして僕が一番嫌悪しているのは分からないさ。解からない。判らない。実に嫌な響きだ。僕は嫌なんだよ。分からないと言うのが。知らないと言うのが。あまりにもいや過ぎて死にたくなる。いや、死にたい。知らないと言う事は僕は世界を認知しないと言う事だ。分からないと言う事は世界が僕を認知しないと言う事だ。それはとてもじゃないが耐えられない。君たちはくだらないと言うだろうが僕にとってはとても深刻な問題だ。ありえない。それは僕が存在していないと同一だ」
さっきとは裏腹に本当に嫌そうに吐き捨てるように言う。
というかよくもまぁこれほどの量をかまずにいえるものだ。
流石先輩。不思議だ。
「しかしながら―――生憎僕は僕自身に余りにも欠陥が多すぎた。だからまず手始めに自分を解明しようと思っているのさ。感謝すべき事にお金には困らなかったからね、思う存分調べる事が出来たよ。その辺に対してはあのくだらない人間ともいえないような底辺の屑にも値しない父親に感謝すべきだろう」
今度は苦笑しながら身振り手振りを加えて話してくれた。
ところで一つ。どんだけ父親憎んでるんだ。
「まぁ、そんなところかな。ご理解いただけただろうか」
「はい」
いや本当のところあんまり理解できなかったけどいいさ。
先輩の話を、極論、先輩の声が聞けるだけで俺は満足だからね。
と、ここでさっきまでずっと扇風機であーってやっていた小宮さんが話に参加してきた。
「じゃあさー先輩は恋とかしないんですか?」
「勿論。愛とか恋とかは結論性欲だろう。だから僕は今までそういうものを感じた事は無い」
それは困る!!
なんと言うことだ、それは、これは由々しき事態だ!
あああああ。ならば僕は先輩の性欲が戻るようにパンツを上げなければいけないと言う事になる。
しかしそれも困る!!
どうすればいいのだろう。
頭を抱えて悩んでいる僕を心配して時雨が話し掛けてきた。
「ご気分が優れないようでしたらお背中をさすりましょうか? 私の醜く汚らわしい手で触れ、背中を汚してしまう非礼をお許しください」
そう言って背中をさすってくれる時雨。
いや、実に絶妙な手加減で気持ちがいいんだけれど、汚いとか一々そんなことを言わなくても良いよ。
そんな時、突然部室のドアが無造作に開けられる。こんな開け方をするのは天宮先生以外僕は知らない。
案の定入ってきたのは天宮先生だった。
「おう、全員いるかぁー」
そういいながら冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出して一気のみする。
「かっー! 旨いねぇ!」
ビールの違いが分かる、身長148cmの女、天宮雫。
其の年は20代とも30代とも。はたまた、10代とも言われているが真意は定かではない。
ちなみにエイジは三十路だと思っている。
「おい宮本、何じろじろ見てんだよ! パンツ脱がすぞ!」
「す、すいません」
変な脅迫されて縮こまるエイジ。
そもそも放課後とはいえまだここは学校なのだ。
そんなところで缶ビールをのむだなんて聖職者としてどうなのだろうか。
ていうかそもそも学校に缶ビールがあること事態おかしい。これはばれたら確実に怒られるのは俺たちだろう。
「あーそうそう。明日から合宿な。合宿」

突然先生がするめを食べながらそんな事を言い出す。
えっ、ちょ。マジ?
「マジ。まぁ、合宿って言っても部費を競馬で全部すったから城島家だけど」
今確実におかしい単語が合った気がするのは俺だけだろうか。
否! 俺だけではないはずである。って。先輩の家!?
「残念だけど僕の家は無理だよ。別に先生の家でも問題は無いはずだ」
「仕方ない特別に許す」
酔っ払ってるのかいつもより優しいぞ!
酔いって凄いなー。
酔いのメリットとデメリットについて考えて、ゲロはいただけないなーなどと考えていると佐々木が真面目にしかしどこか偉そうにふふんと言いながらやって来た。
「エイジ、私は凄い事を発見したぞ」
「なんだどうした」
大抵こいつの言う事は馬鹿な事だが気にしない。
おれは紳士だから付き合うのさ。
「電気は涼しい。冷蔵庫や扇風機などを冷やすのだからな」
「じゃあ何でヒーターは暑いんだよ」
少し沈黙した後顎に手を当てて名探偵がひらめいたように呟く。
「……冬は熱くなるということか」
俺は黙って冷蔵庫までいってピノをとる。
「ピノやるからこの話題は終了な」
「ふふん」
むだに偉そうに胸を張って微笑む佐々木。
不覚にも可愛いと思ってしまった。

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