『おい!ネクランティス!!』
横柄に俺を呼びつける声が聞こえ、俺は今日もあいつの元へひた走る。
もしひた走らなかったらどうなるのか。俺の膝が、彼のローキックによって悲鳴を上げるのだ。
-会社でお姉さんと仲良くなったのに凹られた-
「追憶と現地集合」
〜追憶と現地集合〜(10.06.11up)
○今日も人目を避けて男子トイレにそそくさと入るランチタイム。
個室に篭りこの校舎に二つしかない様式便座に腰を下ろし、愛情のこもった姉貴お手製の弁当を開封する。
今日のおかずは玉子焼きとほうれん草のおひたし、そしてハムカツか。慣れないながらも段々と弁当の基本は押さえ始めているようだ。
俺がこの個室でこのような素敵なランチタイムを過ごすようになってはや3週間。
始めた当時は素っ気無い無地のタイルと無言のにらめっこをしながら喉の奥に弁当を押し込むだけの食事だったのだが、今の俺には無造作に垂れ下がったトイレットペーパーはお洒落なカフェカーテンのようにも感じられるし、腰を下ろしている便座はさしずめ高級感溢れるボーンチャイナ風リラクゼーションチェアといったところか。
ともかく、今のところ俺はこの空間を「パニック・ルーム」と名づけて非常に心強い相棒として使用しているのだ。
セミの声を窓の外で聞きつつ優雅なを終え、自慢の「タフボーイ」から冷たいお茶を注ごうとしたとき、俺の耳が素早く反応した。
誰かが、いや、奴がまた来たのか。早いな。
『おーネクランティス!飯食ったか?早く出てきて遊ぼうや』
彼の言う「遊ぶ」というのは俺を「いじめる」ということで、そこに本気で遊ぶという意思は一分も含まれていない。
今日は何をされるのか。俺は速やかに弁当を片付け、お茶を慌てて飲み干す。
冷たさに喉が痛ささえ感じたような気もしたが、彼のローキックの痛さに比べたら何でもなかった。
『今日は、ネクランティスには体育倉庫に来てもらいまーす。』
なにが「来てもらいまーす」だ。どうせ本日のメニューはいつもの三人を引き連れた「人間サンドバック」か「人間ダーツ」のどちらかだ。
もう飽きた。というか慣れた。お願いですから是非ともお手短にお願いしますよ、と。
本校舎から体育館に続く長い渡り廊下を縦に並んで俺達は歩く。
セミの音がうるさく感じられる。先程飲んだお茶の所為か汗が頬を伝う。同時に次の水分を欲してか喉が低い音を鳴らした。
もう、何度こうやってここを二人で歩いたんだろう。
彼に引き連れられて体育倉庫に入ると、いつもの三人が、当然の如く体育マットの上でタバコを吸っている。
『いよぉーう、ネクランティス。今日は早いやんけ、感心やな』
気だるそうに一人が体を起こした。せっかく早く来たって言ってくれたのなら、とっととやってしまってくれないか。俺は一人になりたいんだ。
『おい、A男、お前アレ持ってきたか?』
『おうよ、これとー、これやろ?』
『おら、ネクランティス!今日はこれな?』
A男から何かを受け取ったB太が俺の足元にポケットティッシュとエロ本を投げつけた。
もらえるのか?いやそんなことじゃない、落ち着け。俺。
『今日はオナニー実況中継、やれや』
一瞬頭の奥がチリチリとした感覚に見舞われた。足元が震える気がした。
何を言い出すんだ、突然。こいつらは。
先程まで気にならなかったセミの声が今頃になって耳の奥まで届き始めた。
『ほらー、早くせな、昼休み終わるぞ』
『てゆーか早くせんかったら今日は俺らも部活休むからな。』
『わかっとんやろうなあ?なあ?なあ?ネクランティスう?』
『おっ!それええなあw「なあ!なあ!ネクランティスう?」か?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
四人の声が体育倉庫に響き渡る。彼らも叫んではいるが馬鹿ではない。離れた校舎まで声が届かないように声量を調整したうえでアホのようにシャウトしている。
黙って下を向いたまま、時間を過ぎるのを待とうとも思ったが、彼らは待ってくれなかった。
4人で最強のC夫が俺の肩を掴み、膝蹴りを俺の下腹部に入れた。
蹲って黙ったまま救いを待つ俺に、D輔が冷たく言い放つ。
『やれって、なあ。もう逃げられへんのん分かってるやろ』
蹲ったまま、涙を眼にためた俺に、A男が提案を持ちかける。
『いや、実はな、俺ら明日駅向こうのJ中の娘らとプールに行く約束してんやけどな。俺、明日原チャパクりに兄貴に誘われたから、ブッチしたいねんや。
ほんでお前やったら顔だけはええし、向こうの娘らも白けへんから、お前を行かせたらええかなって思ってやってんねん。
もちろんいらん色気出すなよw俺らのセッティングやねんからなw
ほんでー、コレ、やったらあ、明日からもうお前の事いじめへんわ。一応仲間ってことで。明日以降は別の奴いじめるから。
まあ、ゆうてみたら、ケジメやな。いじめられてきた人生への。 どうや?やるか?』
迷う事は無いはずだ。慣れてきたとはいえ、あの地獄から開放されるのなら、むしろやってしまえば後が楽なのではないのか?
もう、暗い男子トイレで姉貴の作ってくれた弁当を咀嚼することも無いのではないのか?
俺以外の誰かが苛められたとしても、俺が幸せになれるのだとしたら、それもありなのではないのか?
だって、通常一人で誰もが行う行為を、こいつら人間の屑の前で行う事に何のためらいがあるというのか?
屑の前でオナニーしたって、決して恥ずべき事ではないのではないのか?
俺はこの時、思考回路がどうかしていたのかもしれない。
黙ってズボンを脱ぎ、俺は恥ずべき行為を彼らの前で開始した。
後の事は、今となっては良く覚えては居ない。
ただ、彼らが、以上にはしゃいでいた事と、「立てへんなあw」と言っていた事だけは覚えている。
行為を終えた俺に、C夫が引き笑いを胸を叩いて抑えながら話しかけてきた。
『いぃぃ~よっしゃ、ネクランティス。お前はもうネクランティスやない。○○(本名)や!明日の予定やけどな~・・・~』
明日のプールの場所と、時間、大体の予定を告げた後、C夫は倉庫から出て行った。出際に『ほんまにやりよった~うははw』と言うのが聞こえた。
A男はにやにやと笑いながら俺に「海パン忘れるなよw」と告げてC夫に続いた。
『ああ、それから一応みんな今日から明日までオールで遊ぶから、現地集合なw遅れんなよw』
B太とD輔はそれだけ言うと、最後に俺だけを残し、みんな消えていった。
終わった。あの壮絶なイジメの日々が。
何か勝ち誇ったような気持ちになって、俺はその日は家まで自転車を疾走させて帰った。
通りすがりの女子小学生とぶつかりそうになったが、今日はなんてついているのだろう、彼女を轢かずに済んだ上、電柱とガードレールの間の60cm程の隙間さえ猛スピードですり抜けられた。
神がかっている。今日の俺は神がかっている。
とりあえず、姉貴に明日(土曜日)の朝ごはんのメニューをお願いし、爽やかな朝に備えた。
貯金箱をひっくり返し、女の子達との楽しいプールデートに備え、大枚を財布に入れた。
明日からいじめが無い、その事実がなによりも嬉しかった。
翌日は家の誰よりも早く起き、散歩しながら夏の朝の空気を吸った。
姉貴が作ってくれた目玉焼きトーストを食べ、鞄を持って駅まで向かった。
駅には土曜出勤のサラリーマンがまばらに見える。
今日もきょうとてご苦労様、と心でつぶやきながら電車に乗り、目的地のプールのある駅まで向かった。
電車を降りる頃には、日差しは真夏のエネルギーを発し、俺の首筋を強く焼いた。
家にこもりがちの俺には丁度いい。今日みたいな日には全ての気持ちのベクトルがプラスに働いているのが自分でも分かった。
やがて目的地に到着。俺は入場券売り場の前で日陰を見つけ、そこに腰を下ろして彼らと彼女らを待った。
そして彼らは14時を過ぎても来なかった。
「現地集合」
その四字熟語が呪いとなって俺の軽薄さを戒めた。
翌週、ショックで弁当を持ってくるのを忘れた俺は食堂へ急いだ。食券を買うためだ。
食券を待つ行列の何人かが俺に気付いてニヤニヤしている。何だ。いじめられっこが学食に来たらいけないのか。
俺を振り返る殆どがあの四人組の仲間だ。嫌な奴らだ、顔も見たくない。どうせ今日もいじめるんだろ。
昼休みに入ったものの、今日は彼らは俺に会いに来ない。俺が今日に限って教室に居るからおおっぴらに誘いにこれないのか?
さて、食堂に行くかな、と思ったその時、クラスで唯一俺に話しかけてくる女子で学級委員の田中さんが俺の下に歩み寄ってきた。
彼女はどうにもやりきれないような表情と、俺と眼を合わせたくない様子を見せながら、頬を染めて俺にあるものを差し出した。
食券だ。
買いすぎたから俺にくれるのか?と思った俺がそれを受け取ろうと彼女の手に右手を伸ばした時、彼女の手は食券を汚いものでも振り払うように手放し、
彼女のもう片方の後ろ手に戻っていく。
落ちた食券を拾おうとした俺がかがみこむと、裏返った食券に何かが書いてあるのが見えた。
眼を凝らして見ようとした俺は凍りついた。
『2-Bの○○は先日体育倉庫にて、男子数名の前で公開オナニーをしました。』
目の前が真っ暗になった。そこから先も、よく覚えていない。
覚えているのは、あの広告食券がその後も多数食堂の中で様々な生徒の手を行き渡ったという事実
そして、唯一俺と話してくれたあの学級委員も、それ以降話をしてくれなくなったという事実のみ。
俺の孤男人生は、ここから始まったのかもしれない。
「現地集合」という言葉が嫌いになったのも、ここからだ。
個室に篭りこの校舎に二つしかない様式便座に腰を下ろし、愛情のこもった姉貴お手製の弁当を開封する。
今日のおかずは玉子焼きとほうれん草のおひたし、そしてハムカツか。慣れないながらも段々と弁当の基本は押さえ始めているようだ。
俺がこの個室でこのような素敵なランチタイムを過ごすようになってはや3週間。
始めた当時は素っ気無い無地のタイルと無言のにらめっこをしながら喉の奥に弁当を押し込むだけの食事だったのだが、今の俺には無造作に垂れ下がったトイレットペーパーはお洒落なカフェカーテンのようにも感じられるし、腰を下ろしている便座はさしずめ高級感溢れるボーンチャイナ風リラクゼーションチェアといったところか。
ともかく、今のところ俺はこの空間を「パニック・ルーム」と名づけて非常に心強い相棒として使用しているのだ。
セミの声を窓の外で聞きつつ優雅なを終え、自慢の「タフボーイ」から冷たいお茶を注ごうとしたとき、俺の耳が素早く反応した。
誰かが、いや、奴がまた来たのか。早いな。
『おーネクランティス!飯食ったか?早く出てきて遊ぼうや』
彼の言う「遊ぶ」というのは俺を「いじめる」ということで、そこに本気で遊ぶという意思は一分も含まれていない。
今日は何をされるのか。俺は速やかに弁当を片付け、お茶を慌てて飲み干す。
冷たさに喉が痛ささえ感じたような気もしたが、彼のローキックの痛さに比べたら何でもなかった。
『今日は、ネクランティスには体育倉庫に来てもらいまーす。』
なにが「来てもらいまーす」だ。どうせ本日のメニューはいつもの三人を引き連れた「人間サンドバック」か「人間ダーツ」のどちらかだ。
もう飽きた。というか慣れた。お願いですから是非ともお手短にお願いしますよ、と。
本校舎から体育館に続く長い渡り廊下を縦に並んで俺達は歩く。
セミの音がうるさく感じられる。先程飲んだお茶の所為か汗が頬を伝う。同時に次の水分を欲してか喉が低い音を鳴らした。
もう、何度こうやってここを二人で歩いたんだろう。
彼に引き連れられて体育倉庫に入ると、いつもの三人が、当然の如く体育マットの上でタバコを吸っている。
『いよぉーう、ネクランティス。今日は早いやんけ、感心やな』
気だるそうに一人が体を起こした。せっかく早く来たって言ってくれたのなら、とっととやってしまってくれないか。俺は一人になりたいんだ。
『おい、A男、お前アレ持ってきたか?』
『おうよ、これとー、これやろ?』
『おら、ネクランティス!今日はこれな?』
A男から何かを受け取ったB太が俺の足元にポケットティッシュとエロ本を投げつけた。
もらえるのか?いやそんなことじゃない、落ち着け。俺。
『今日はオナニー実況中継、やれや』
一瞬頭の奥がチリチリとした感覚に見舞われた。足元が震える気がした。
何を言い出すんだ、突然。こいつらは。
先程まで気にならなかったセミの声が今頃になって耳の奥まで届き始めた。
『ほらー、早くせな、昼休み終わるぞ』
『てゆーか早くせんかったら今日は俺らも部活休むからな。』
『わかっとんやろうなあ?なあ?なあ?ネクランティスう?』
『おっ!それええなあw「なあ!なあ!ネクランティスう?」か?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
『なあ!なあ!ネクランティスう?』
四人の声が体育倉庫に響き渡る。彼らも叫んではいるが馬鹿ではない。離れた校舎まで声が届かないように声量を調整したうえでアホのようにシャウトしている。
黙って下を向いたまま、時間を過ぎるのを待とうとも思ったが、彼らは待ってくれなかった。
4人で最強のC夫が俺の肩を掴み、膝蹴りを俺の下腹部に入れた。
蹲って黙ったまま救いを待つ俺に、D輔が冷たく言い放つ。
『やれって、なあ。もう逃げられへんのん分かってるやろ』
蹲ったまま、涙を眼にためた俺に、A男が提案を持ちかける。
『いや、実はな、俺ら明日駅向こうのJ中の娘らとプールに行く約束してんやけどな。俺、明日原チャパクりに兄貴に誘われたから、ブッチしたいねんや。
ほんでお前やったら顔だけはええし、向こうの娘らも白けへんから、お前を行かせたらええかなって思ってやってんねん。
もちろんいらん色気出すなよw俺らのセッティングやねんからなw
ほんでー、コレ、やったらあ、明日からもうお前の事いじめへんわ。一応仲間ってことで。明日以降は別の奴いじめるから。
まあ、ゆうてみたら、ケジメやな。いじめられてきた人生への。 どうや?やるか?』
迷う事は無いはずだ。慣れてきたとはいえ、あの地獄から開放されるのなら、むしろやってしまえば後が楽なのではないのか?
もう、暗い男子トイレで姉貴の作ってくれた弁当を咀嚼することも無いのではないのか?
俺以外の誰かが苛められたとしても、俺が幸せになれるのだとしたら、それもありなのではないのか?
だって、通常一人で誰もが行う行為を、こいつら人間の屑の前で行う事に何のためらいがあるというのか?
屑の前でオナニーしたって、決して恥ずべき事ではないのではないのか?
俺はこの時、思考回路がどうかしていたのかもしれない。
黙ってズボンを脱ぎ、俺は恥ずべき行為を彼らの前で開始した。
後の事は、今となっては良く覚えては居ない。
ただ、彼らが、以上にはしゃいでいた事と、「立てへんなあw」と言っていた事だけは覚えている。
行為を終えた俺に、C夫が引き笑いを胸を叩いて抑えながら話しかけてきた。
『いぃぃ~よっしゃ、ネクランティス。お前はもうネクランティスやない。○○(本名)や!明日の予定やけどな~・・・~』
明日のプールの場所と、時間、大体の予定を告げた後、C夫は倉庫から出て行った。出際に『ほんまにやりよった~うははw』と言うのが聞こえた。
A男はにやにやと笑いながら俺に「海パン忘れるなよw」と告げてC夫に続いた。
『ああ、それから一応みんな今日から明日までオールで遊ぶから、現地集合なw遅れんなよw』
B太とD輔はそれだけ言うと、最後に俺だけを残し、みんな消えていった。
終わった。あの壮絶なイジメの日々が。
何か勝ち誇ったような気持ちになって、俺はその日は家まで自転車を疾走させて帰った。
通りすがりの女子小学生とぶつかりそうになったが、今日はなんてついているのだろう、彼女を轢かずに済んだ上、電柱とガードレールの間の60cm程の隙間さえ猛スピードですり抜けられた。
神がかっている。今日の俺は神がかっている。
とりあえず、姉貴に明日(土曜日)の朝ごはんのメニューをお願いし、爽やかな朝に備えた。
貯金箱をひっくり返し、女の子達との楽しいプールデートに備え、大枚を財布に入れた。
明日からいじめが無い、その事実がなによりも嬉しかった。
翌日は家の誰よりも早く起き、散歩しながら夏の朝の空気を吸った。
姉貴が作ってくれた目玉焼きトーストを食べ、鞄を持って駅まで向かった。
駅には土曜出勤のサラリーマンがまばらに見える。
今日もきょうとてご苦労様、と心でつぶやきながら電車に乗り、目的地のプールのある駅まで向かった。
電車を降りる頃には、日差しは真夏のエネルギーを発し、俺の首筋を強く焼いた。
家にこもりがちの俺には丁度いい。今日みたいな日には全ての気持ちのベクトルがプラスに働いているのが自分でも分かった。
やがて目的地に到着。俺は入場券売り場の前で日陰を見つけ、そこに腰を下ろして彼らと彼女らを待った。
そして彼らは14時を過ぎても来なかった。
「現地集合」
その四字熟語が呪いとなって俺の軽薄さを戒めた。
翌週、ショックで弁当を持ってくるのを忘れた俺は食堂へ急いだ。食券を買うためだ。
食券を待つ行列の何人かが俺に気付いてニヤニヤしている。何だ。いじめられっこが学食に来たらいけないのか。
俺を振り返る殆どがあの四人組の仲間だ。嫌な奴らだ、顔も見たくない。どうせ今日もいじめるんだろ。
昼休みに入ったものの、今日は彼らは俺に会いに来ない。俺が今日に限って教室に居るからおおっぴらに誘いにこれないのか?
さて、食堂に行くかな、と思ったその時、クラスで唯一俺に話しかけてくる女子で学級委員の田中さんが俺の下に歩み寄ってきた。
彼女はどうにもやりきれないような表情と、俺と眼を合わせたくない様子を見せながら、頬を染めて俺にあるものを差し出した。
食券だ。
買いすぎたから俺にくれるのか?と思った俺がそれを受け取ろうと彼女の手に右手を伸ばした時、彼女の手は食券を汚いものでも振り払うように手放し、
彼女のもう片方の後ろ手に戻っていく。
落ちた食券を拾おうとした俺がかがみこむと、裏返った食券に何かが書いてあるのが見えた。
眼を凝らして見ようとした俺は凍りついた。
『2-Bの○○は先日体育倉庫にて、男子数名の前で公開オナニーをしました。』
目の前が真っ暗になった。そこから先も、よく覚えていない。
覚えているのは、あの広告食券がその後も多数食堂の中で様々な生徒の手を行き渡ったという事実
そして、唯一俺と話してくれたあの学級委員も、それ以降話をしてくれなくなったという事実のみ。
俺の孤男人生は、ここから始まったのかもしれない。
「現地集合」という言葉が嫌いになったのも、ここからだ。