あれから三日たった。
相も変わらず嗅覚は狂ったままのようだ。
それはさておき、不幸は重なるものだと言うが流石にコレは何かの間違いだと信じたい。
あまりにも突然のことで始めのうちは正気ではいられなかったが、いざ冷静になってみてもこの状況は受け入れがたい。
漫画やドラマなどの創作物にはフラグというものが存在する。
女の子と仲良くなる、敵が仲間になる、爆風→「やったか!?」その他諸々…。
一方、現実というものは実に残酷で、むしろフラグが存在しないことの方が当たり前である。
いや、この場合は俺が気付けなかっただけだろうか。
全く体のいい言い訳を考える自分に腹腸が煮えくり返りそうになる。
なんにせよもう遅い。
啓太が亡骸になってしまった後では。
嗚咽と鼻を啜る音と強烈な臭気に混じって微かに話し声が周りから聴こえる。
「相当な借金が…」「仲の良い家族だっただけに…」「息子さんも新聞配達で…」
なんだ、知らないことだらけじゃないか
竹馬の友。長い付き合い。
(笑)を後ろに付けられても文句の一つも言えない。
親類、バイト先の人。
俺よりも本人に詳しい人はたくさんいた。
俺はただ単に立ち位置が近かっただけなんだろう。
自殺という最期を選んだアイツにとって俺の存在は足枷にもならなかった。
心の内で悲鳴をあげてる人間の隣りで何も知らずに笑っていた俺は、もしかしたら恨まれ疎まれていたかもしれない。
流れ出てくる鼻水のおかげで周りの臭いが薄らいでいる。
ホールには変わらず嗚咽と鼻啜りをベースに静かな哀愁のメロディが静かに流れている。
廊下のベンチに腰をかけていると、真崎家の知人、関係者が次々やってくるのが見える。
やはり家族三人とも周囲から慕われていたようで、俺の両親も啓太の親とは仲が良かった。
今日の葬式にも出席して、突然の一家の死の知らせに驚き、落胆し、悲しんでいる。
啓太だけでも、少なくともクラスメイト全員と小中学校で仲のよかった者が集まるのだから多くの人間が会場に集まるのは当然だろう。
そんな中、また見覚えのある黒い滝が視界に入ってきた。
明楽佳奈の名前はもうすっかり頭の中に刻まれている。
問題は、人の流れがホールに向かっている中、何故彼女は逆流しているのか。
そして、その足は何故非常階段に向かっているのかだ。
俺に女性の後をつける趣味はないつもりだ。
しかし、行動に至らせる挙動の不審さが彼女にはある。
そして目的地の踊場にて彼女が今とっている行動も後付けだろうと十分理由になるだろう。
彼女はヘッドホンを鞄から取り出して付けると大きくため息を吐いたのだ。
目の当たりにすると同時に沸々と胸から感情が沸き上がってくる。
ふざけるな。
自分のクラスメイトの葬式がそんなに暇か?
俺の大切な人間の死がそんなにつまらないか?
幸い鼻水と涙も収まった上、周りに人気がなく臭気に邪魔されることもなさそうだ。
説教?文句?何をぶつけるかよく考えてないがとりあえずは怒りにしよう。
歩みを強く進め標的の後ろに近づく。
「キャアッ!」
強引に叩き落したヘッドホンとともにに髪が大きく靡く。
何よりも早く帰って来たのは悲鳴。
おかしい。
怒号を用意していたのは俺の方だった筈。
いや、それよりもメインなのは、このとてつもない強臭だろう。
何年ぶりかに、口から氾濫した黄色い滝が止まらない。