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二話 帝都

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帝都ギスラーニ。かつては栄光を極めた朝廷は今は見る影も無い。現在第十二代皇帝にいまや権力は無く宦官たちの傀儡となっている。賂は蔓延り農民は重税に苦しみ民は生きるのですら困難になった世の中で怨嗟の声を上げていた。
官位は金で売り買いされ、何事にも賄賂が必須となり逆らうものは片っ端から斬首にされる。ただただ役人に怯えるだけの生活。
これが帝都。それが帝都。
そんな現状を見たルーナは失望に呑まれていた。
現在ルーナは女だと何かと面倒なので男装し、ショウと言う偽名を使って兵士をやっていた。
武芸が得意な自分を生かせる場所を捜していたところに徴兵が行われており、これぞ天意と心得て兵士になったのはいいが毎日訓練ばかりだし何事も金が必要な生活に息苦しさを感じていた。
ちなみにレンは塾の先生をやっている。なぜならレンは脆弱なのでとてもじゃないが兵士になるのは無理だと思い私が止めておいた。
そんなある日に民が蜂起がしたということで私たちは鎮圧部隊として戦闘員に組み込まれる事になった。
五百人隊長であるリョハク隊長の集合令で広場に兵士たちは集まっていた。
全員が集まり静かになったところで隊長は今まで閉じていた口を開いた。
「命令は三つ。殺せ、奪え、犯せ。命令は絶対厳守でありこれに逆らうものは斬刑に処す」
リョハクは早口にそう告げるとさっと身を翻してどこかへ行ってしまいかわりに傍らに侍らせておいた副官と思わしき人物が前に出て妙に高い声で高らかに叫んだ。
「出陣!」
ルーナの隣にはレンがいる。ルーナが戦に出るときいて兵士として駆けつけてきたのだ。
もちろん彼は塾長なのだが、塾で稼いだ金を工面して臨時で兵士になったのだ。
ルーナは非常に苛立っていた。
レンが賄賂を使って兵士として駆けつけてきたことは勿論、いくつかの理由はあるものの其の最大の理由は五百人隊長リョハクの言葉であった。
殺せ・奪え・犯せ。なんと残虐極まりない非道な命令だろうか。しかも命令不服従は首を刎ねられるなどと……それは当然なのかもしれないがあんな命令をまもれと言う方が無理である。
どう考えてもおかしい。理解できない。
というか私は男という事になっているが中身は女だから犯すにしても犯せない。いや、そんなことをしようとは考えないが。
ちらりとレンを横目で見る。レンがつけているのは自分たち兵卒の鎧とは違うもっと上級のものだ。偉そうに十人隊長の格まで貰っている。
全く……いつの間に賄賂を使うような腑抜けた男になってしまったのか。
ルーナは静かに嘆息した。
しかしルーナの認識が間違っているものがある。
レンが賄賂を使ってまで臨時とはいえ兵士になったのはルーナのみを案じてだし、隊長格になったのはそっちの方が便利だからだ。
ここまでならルーナも予想できるだろうがここからがルーナの間違いである。
レンは他人、同じ仲間の兵士たちを使ってまでルーナのことを護るつもりでいると言う事だ。要はレンは自分の立場を使って周りの兵士を身代わりにしようと考えているのだ。
とはいえ所詮は十人隊長。隊長とはいえそれほどの権力があるわけでもない。
だからレンは極力戦闘を避けるように気をつかってはいる。
が、無理なものは無理な訳で。
戦闘区域に突入したのだった。

4, 3

  

舞い散る血飛沫。
耳を劈く断末魔。
想像を絶する光景だった。
ルーナは武芸が得意と言っても所詮は何も知らない村娘である。
そんな少女にとって其の光景は余りにも――衝撃的過ぎた。
味方が殺され敵が殺されるのをただ呆然と立ち尽くして見つめるルーナ。
隙だらけな其の姿を見て一人の屈強な男がルーナに剣を振りかぶる。
「ルーナ!! 危ないっ!」」
レンの呼び声で咄嗟に横に飛んで避けるが足がもつれた為に転んでしまう。
「おいっ! あの男を殺せっ!!」
レンの怒鳴り声で数人の兵が男に向って槍を突き出す。四方からの攻撃によって男は成す術もなく崩れ落ちていく。
ぴしゃっと顔に男の血がついたときルーナはたまらず悲鳴をあげた。
「ひっ……きゃぁぁぁああああ!!」
頭を抱えて蹲るルーナをレンは無理やり立ち上がらせる。
「ここは危ない。比較的安全な場所にすぐ移動しよう」
ルーナを抱えてレンは近くの家へ入った。
すでに家の主は逃げたらしく部屋は散らかってはいたが人の気配はなかった。
レンの息のかかった者に周辺を見張らせた後、静かにルーナを下ろす。
「大丈夫だ。もう安心していい。ほら、顔についた血を拭いとらないと」
「レン……もういや。私、帰りたいよ……」
「大丈夫。すぐに終わるさ」
憔悴しきっているルーナを励ましつつ顔についた血を近くにあった布で拭い取る。
レンには一つの疑問があった。
それはこの民衆の群れである。ただの一揆かと思ったが妙に準備が良い。
普通なら剣や鎧などをそろえられる金などこの役人の天下の時代にどうやって集めたのか。
また、どこから役人の目を逃れて手にいれたのか。
そして最後にこの家だ。まるで荒らされたかのようなこの散らかり様。兵士たちがやったといえばそうだが、ここの人間は一揆が起きるなどまるで何も知らなかったようではないか。
総合して推測してみれば一つの結論たどりつく。
第三の勢力による援助。
今は推測の域を出ないが、これからもっと調べれていけばこの説はより確実なものになっていくだろう。
まぁ、いまはそんな事よりもルーナだ。ルーナには恐いものなどないと思っていたが案外そうでもないらしい。女の子だと言う事を危うく忘れかけていた。
「レン、ありがとう。すこし……落ち着いてきたよ」
ルーナはレンに支えられながらもなんとか立ち上がる。
「大丈夫か? もう少し休んだ方が……」
レンの言葉に首を振って断る。
「ううん。大丈夫。ありがとう……貴方が居てくれてよかった」
ルーナの言葉に少し顔を赤らめたレンだったがすぐに真面目な顔に戻る。
「それじゃあ、そろそろ外に出よう敵前逃亡とか言われたら面倒だ」
「うん」
レンの言葉に頷いた時地を裂くようなという銅鑼のなる音が聞こえた。
戦が終った合図である。

戦いの後兵士達は広場に集合していた。
隊長であるリョハクの言葉を聞くためである。
「諸君。今回の戦いは我々の勝利で終わった。おめでとう。なお、この戦いの後におきたことは一切帝国は関与しない。好きにしろ」
隊長がそう告げると兵士達はわれ先にといっせいに駆けていった。
略奪品を得るためにである。
誰も居なくなった広場に残ったのは隊長と副官にルーナのみだった。
周りを見渡すとレンが居ない事にルーナはまた苛立った。
レンがまるで違う人間になってしまったかのように感じたが、あの時自分の身を案じていてくれたのはいつものレンだったことを思い出しルーナはなんともいえない感情に支配された。
私は今後どうやってレンと接すればいいのだろう。いつも通りにできるだろうか。
レンは……
「おい、お前は行かないのか?」
ふいに隊長のリョハクから話し掛けられ驚いたがすぐに返事をする。
「勿論です。こんなことをするのは非道徳的です。私は絶対にしたくありません」
ルーナの言葉にリョハクはふんっと鼻で笑った。
「随分と笑える理由だな。よほど金に困っていないと見える」
「金に困っていない訳ではありません。そんな事をするくらいなら死んだ方がマシです」
「くくくっ……あっははははは!」
ルーナの答えが心底おかしいのかリョハクは腹を抱えて笑い出す。
むっとしたが特に何も言わずにしておいた。顔は不機嫌そうだったが。
リョハクは何分間かずっと笑いつづけて疲れたのかぐったりと副官にもたれかかった。
「……疲れた。しかし随分とおもしろい。なぁ?」
「ええ。非常に」
副官は同意を求められるとすぐに返事をした。しかしリョハクと違ってその声は酷く冷徹だったが。
さっきと打って変わって真面目な顔でじっとルーナを見つめるリョハク。
数秒沈黙が流れた後、静かにリョハクは口を開いた。
「お前は、ここで一体何がしたいんだ?」
ルーナはその問いに答えられなかった。

6, 5

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