男は今日も目覚ましの音で規則正しく朝六時に起きた。とはいっても規則正しい生活を
する意味はないのだが…。その男は今日も答案用紙に答えを書き始めた。ふと時計に目を
やると1月1日ということが分かった。この時計には年が表示されていないのだ。
それもそのはずで元々この部屋に二年以上住み続ける人間などいない予定だったのだ。
ここはある学習塾が作った施設の地下室だった。
男は一冊のノートを引っ張り出してきて、ずらずらと並ぶ横棒にもう一本横棒
を書き加えた。そして横棒を数え終わるとつぶやいた。
『やれやれ今年で19回目の正月を俺は迎えたのか。とはいっても全く実感が
わかないな。テレビも観れないし人ともあっていないからな。』
男はにここに住み始めてから生の人間を見たことも生の声を聞いたこともなかった。
みたことがあるのはテレビに出ている人間だけでそれも4ヶ月ほどで見れなく
なってしまった。ピッーとブザーの音がした。朝食用の冷凍食品が届いたのだ。
男はそれを取り出して電子レンジにかけながらふと思った。俺も頭がそこそこ
良かったらこんな目にはあわなかったのに。
この施設は金持ちの浪人生のために、作られた施設だった。地下数十メートルに作られ、
毎日朝六時に目覚ましの音を鳴らし、受験生にあわせた問題を送り解かせる。
食料は毎日3回送られてくる。水は蛇口をひねれば出てくる。男が入る数年前
に作られた施設で評判は上々だった。受験生は他に何もすることがないので
勉強をするしかない。よって成績も伸び、有名難関校に合格できるというわけだ。
安全対策も施してあり定時にボタンを押さなければ、監視カメラで警備員が確認し、
異常が見付かった場合には部屋の中に入る。換気装置もあるし発電装置もあると
いうことで心配性の俺の親も安心だった。しかしいくら何でも核戦争が勃発するとは
思っていなかったろう。俺はその日1日で30分しか見れないテレビをみていた。
好きな番組がやっている時間帯だったからだ。しかしそこで臨時ニュースが入った。
独裁国家の同盟の盟主であるA国が民主主義国家の同盟の盟主であるB国の首都に
核ミサイルを発射したというのだ。すぐさま報復を行うとB国の大統領が演説を
行ってるところでテレビは切れてしまった。その後どうなったかは男には分からない。
しかし受験日に扉が開かなかったことを考えると相当酷いことになっているようだ。
部屋の扉は緊急時をのぞいて外側からしか開かないようになっているからだ。
地上の施設にいた職員たちはおそらく開けるかどうか迷っているところで核によって
吹っ飛んだんだろう。おそらく地上は惨澹たる様子だろう。
俺は毎日送られてくる問題を解くことによって何とかまともな意識を保っている。
あんなに嫌っていた勉強のおかげでまともでいられるなんて何かの皮肉のようだ。
しかしこの生活はいつまで続くんだろう。水や食料が送られなくなる日が突然来るのだろうか。
いやそれ以上に問題が来なくなるのが怖い。もしそうなったら俺は発狂してしまいそうだ。
核で突然死んだほうがどれほど良かったか。いっそ死ぬか。
そんなことを考えながら長い年月がたったが俺はまだ死ぬことができずにいる。